この時代は武士が全てを仕切る時代。
それ故に武士には多くの権力が与えられ、何不自由ない生活を一番おくっている者が多いのは武士だろう。
だが、そんな武士の中にも町民の事を思う珍しい武士もいた。
人を斬っても罪にならないのに太刀を振るわないものもいた。
珍しい部類の武士ではあるが、そういった武士達は人の中心にいることが多かった。
やはり、血を流さない人間が好かれるのが世の道理だ。
 
 
 
太陽が真南に居場所を移した。今で言えばそれは正午になったことを告げてりる。
今も昔も食生活というやつは代わらないようで、人々は次々に休憩を取り、昼食を取り始めたり、店屋に入って料理を注文している。
そんな町民達にまぎれても昼食をとっていた。
生憎、昼食を持ち歩いている訳でもないは適当な店に入った。
昼時は飯屋にとって一番の稼ぎどき。この店もその例に漏れず人でごった返している。
一瞬、人の多さにげんなりしたが、
特にこの後の予定の入っていないのだから気長に待てばいいと思いながらは歩みを前に進めた。
「お兄ちゃん!相席になるけど構わないかい!」
「ああ」
威勢のいいおばさんの声がにかかる。
連れがいるわけでも、考え事がしたい訳でもないはおばさんの言葉に答えを返す。
「いやー、ごめんね」などと苦笑いしながらおばさんはを席に案内した。
その席には既に三人の先客の姿があった。
「すまないね、お兄ちゃん達」
「気にしなくていいよ。こういう時間帯だしね」
おばさんに声をかけられと相席になった三人の男のうちの一人が笑顔でおばさんに言葉を返した。
は特に言葉を返すことなく席についた。そして直に料理を注文した。
「俺、ガシンって言うんだけど、あんた名は?」
「…?」
今日のこの後の予定でも考えようかと頭を動かそうとしたに妨害がかかる。
の横に座る、ガシンと名乗った男がいきなりに声をかけてきたのだ。
あまりに突然だったためには疑るように眉間に皺を寄せガシンを見た。
あからさまに警戒心を剥き出しにするにガシンは苦笑い。
の正面にいる男とその横にいる男ものような対応をされたことがないのか苦笑いしている。
は「人望に恵まれているのか、それとも…」と心の中では考えつつも、溜め息をついてからガシンの質問に答えた。
「…名は
「ヒショウだ」
「俺は
友好的な空気とは言えないが取り合えずは名前だけは知ることができた。
一期一会であろう人間に名など告げたくなかったのだが、先に名を言われてしまっては答えない訳にもいかない。
面倒なものだと思いつつは男達に目をやった。
ガシンを言う男は一見、優男に見える。だが、その瞳の奥に隠れている強い意志は隠せていない。
それに、彼の腰に眠る刀が彼が普通ではないことを告げている。
まぁ、刀のことを言うととヒショウの刀もただの刀ではないようだが。
ヒショウはガシンとは違い、多少を警戒しているようだった。まぁ、形が形だけに文句は言えないが。
だが、と違いその警戒心を剥き出しにすることはなく、あくまで隠していた。
そして、の正面の席についている男――を見てはくすりと笑う。
そして、確認のために尋ねた。
「失礼極まりないのは承知だが…、男だよな?」
「あ、ああ、当たり前だろ?」
「すまないな。あまりに綺麗な顔をしていたものでな」
ここでは一つ確信する。は男ではなく女だと言うこと。
にとっては同類。男装においてどういったところでボロができるかよく熟知している。
そして、そのボロの出る部分を見た結果。見事にボロが出ていた訳で。が女だと確信した訳だった。
「(……にしても、血の匂いのしない武士だな)」
三人の身なりを見れば、というか刀を持っている時点で察しはつくが三人は武士のようだった。
だが、血の匂いがしない。武士なら人の一人や二人斬っているものだろう。
そのときに人を斬った人間独特の「匂い」が生じる。
しかし、この三人からはその匂いが感じられなかった。おそらく、人に好かれる武士なのだろう。
「そう言えば、今日は太夫にお呼ばれしてないの?」
「……呼ばれてる」
「太夫?」
不意に、普段は聞きなれているが、表の世界では酷く聞きなれない言葉がの耳に入った。
その所為か、は思いがけず達に尋ねてしまっていた。
まさか、が話に入ってこようとは思っていなかった三人はきょとんとを見ている。
は三人の視線が集まっていることに気付きバツが悪そうに「すまん」と謝った。
も遊郭に行くんだ」
「こんな形の人間がいかないわけないだろ」
は扮装しているのは、「遊び人の男」なわけで。遊郭に行くように見えていなければはっきり言って困る。
というか、困るうんぬんの話しではなく、の場合は死活問題だ。
だが、達がの言葉を聞いて苦笑いしているあたり、遊郭に通っているようには見えるのだろう。
不安の種が潰れはホッと胸をなでおろした。
は霜花太夫のお気に入りなんだ」
「ほぉ…、霜花太夫といえばかなり高名な遊女。そのお気に入りとは…凄い人間と相席なったものだ」
悲しき同志のお気に入りに会えるとは、おもしろい。
哀れな視線を自分に向けた同士――タイザンのことを思い浮かべながらは感心したように言った。
噂でタイザンは酷く好みに五月蝿いと聞く。
そんなタイザンが気に入った存在だ。気にならないはずがない。
は霜花太夫を見たことあるか?」
「まさか。遊び人風情には高嶺の花さ」
ご尤もな事だ。普通の遊び人であれば霜花太夫に会うことなくその命を終えるだろう。
それだけ、遊び人とは金のない人間で、霜花太夫とは高みの人間なのだ。
まぁ、の場合はお膳立てがあるが。
「……なら、会ってみるか?」
「あ?」
「そ、それいいかもな!が来てくれたら太夫の気がそれるかも…!」
「オイ、俺は生贄か?」
にとってはそうかもな」
突然言い出したのはを警戒していたはずのヒショウだった。
がよく話すようになったので警戒を解いたのだろう。そして、それに賛成したのは
の言う通りにもしかではあるが、タイザンの興味がそれるかもしれない。
確率的には低いものの、それで色々なものが守れるうえに、も高嶺の花と賞した霜花太夫に会えるのだから一石二鳥である。
だが、話を聞く限り、どうしてもは自分が生贄のようなものとして扱われている気がしてならなかった。
も太夫に会いたいないならいいよな!」
期待に満ちた表情で尋ねるであったが、の返事は思わしくない。
これが、普通の遊び人ならば二つ返事でついていくだろう。
だが、にも霜花太夫に会うべきタイミングというものがある。それは今ではない。
「遊び人の」が霜花太夫に会うのはもっと先のことだ。
「太夫には興味はあるが…所詮は男。抱きたいとは思わない。まぁ、君なら考えるけど?」
「はぁ!?」
食事を終えたは店の者に料理の代金を払い席を立ちながら達に誘いを断った理由を告げた。
そして、去り際にの耳元に遊女達を口説く調子で言って見る。
一応は今まで男として対応されていた人間に、急に女のように扱われては素っ頓狂な声をあげた。
その様子を見てはケラケラと笑いながら店を出た。
「あ、あいつ……俺の性別に気づいて…た?!」
「男を抱きたいとは思わないと言っていたからな……」
「気づかれちゃったかもな!」
「気楽に言うなぁッ!!」