ひとつここで確認しておこう、ガザンは薬師であって、陰陽師や坊主ではない。
まったくもってそんなものとは無縁の関係だ。なのに、ガザンの元にこういった依頼が届いた。
「獣付きの男をどうにかして欲しい」
嫌がらせかと思ったが、届けてきたのは水行組の頭のナギの使い。
裏世界の噂ではナギの側近が獣付きになっているという噂は立っている。
それを考えるといささか嫌がらせとも思えなかった。
しかし、だからと言って、「はい、そうですか」と赴けるほどガザンも暇人ではない。
そこで白羽の矢が立ったのが言わずともだった。
一応、の姿では色々と対処できない。と抵抗したものの、がガザンに逆らえるはずもなく。
結果、はガザンに笑顔で見送られることになったのだった。
水行組は賊だ。だが、賊は賊でも義賊という奴で、人から恐れられるような存在ではなかった。
そのせいか、裏稼業に手を染めつつも人々のために診療所を営むガザンに水行組は協力的だった。
ガザンの頼みで遠い土地に態々薬草を取りに行ってくれた事があるほどだ。
そんな風に協力的な部分もある中で、時々嫌がらせ的な事を持ちこんでくるときもある。
そのため、ガザンはこの水行組の依頼には慎重だった。…というか、大体任せだ。
おかげで、水行組の嫌がらせ依頼の始末はがつけるようなってしまっている。
いい加減嫌になりつつも、水行組のおかげで診療所が成り立っている節もある。
それを思いながら足取り重くは水行組のいる館へと向かった。
 
 
 
 
 
すっかり顔馴染となった
行き会う男達に「よぉ、姫!」だの「相変わらず美人だなぁ」やら「腹黒薬師に苛められたないか?」などと声をかけられる。
適当に返事を返しながらは完全に馴染んでいる自分を笑った。
殿」
「……クロイチ殿、…お久しぶりですね」
不意にに声をかけたのは水行組の三幹部の一人のクロイチだった。
この水行組の中では唯一色んな意味できちんと話の通じる相手だ。それ故に、は敬意をはらうことを忘れない。
だが、それがクロイチにとってはむず痒い様だが。
「俺に敬語は結構だと言っているだろう」
「そうも参りません。クロイチ殿は唯一話の通じるお人…、敬意を払わなくては私の気がすみません」
「俺としてはやりにくい限りなんだがな」
クロイチにやりにくいと言われては口篭もった。
迷惑をかけたいわけではないのだ、ここはクロイチの言う通りにするのが一番いいのだが、
自分でも言っていたように、気がすまないのだ。クロイチにだけは敬意をはらわないと。
「しかし、クロイチに敬語を使いながら、脚らのワシには敬語を使わんとは…失礼なおなごじゃきに」
「頭領…!いつの間に帰ってらしたんですか」
悩んでいたの耳に男の声が届く。聞き覚えがあるその声に多少げんなりしつつも視線を向ける。
の目には言った男の顔はよく見知った顔で、この屋敷において最も偉い男の顔だ。
だが、その男には敬意を表さずに歯に衣を着せない口調で言葉を向けた。
「あなたも十分に失礼な奴だと思うけど?今回は何事?嫌がらせかしら?」
敵意剥き出しなのがよくわかる。
だが、あえてそれを気にせず水行組の頭領――ナギはの問いに答える。
「いいや、本当に困っているぜよ。オニシバの奴が暴れてな」
「…本当だったのか、獣付き」
「うむ」
あまり、は噂を信じる方ではない。それ故に獣付きの噂も単なる噂で、真実ではないと思っていた。
だが、ナギの口調から察する限りは真実のようだ。
そう言われては改めて「自分達に依頼するなよ」とナギに思った。
ガザンは薬師、はその弟子。そんな人間が普通に考えて獣付など、どうにかできるはずがない。
「…太白神社にでもお払いを頼めばよかっただろうに」
「あまり、モンジュ殿には迷惑をかけたくないきに」
「私達には迷惑をかけてもよいと?」
うむ
あっさりと答えるナギを見ての眉間に皺がよる。今にも殴りかかりそうな勢いがあるから恐ろしい。
慌ててクロイチが「それだけ信用しているということだ」とフォローをいれるが、あまりには意味はない。
にとってはもう既に信頼して貰っていることは大前提なのだから。
「はぁ、師匠の借りは弟子の借りだものね」
「ガザンもよい弟子を持ったぜよ。ガザンの元においておくのが勿体無い」
溜め息をつきながらは観念した。ガザンは先代の水行組の頭領に大きな貸しがあるのだという。
その貸しを返すまで、ガザンは水行組への協力を惜しまないとしていた。
その結果、それは弟子であるにも適応され、こんな状況だ。まぁ、結論的には逃げられないと言うことだ。
 
 
 
 
 
暗い。明かりもなければ窓もない。光が一切ない部屋には通された。
だが、そこには血の匂いが薄くではあるが充満している。
血の匂いをかぎなれているからこそ、逆に微かな血の匂いでも敏感に反応してしまう。
狐が尻尾を出しそうになるが、がたりと何かが音を立てると尻尾は直にすっこんだ。
「これは…、お嬢ですかい?」
「うん、私。…本当に獣付きとは思っていなかったよオニシバ」
暗闇から聞こえてきた自分以外の声はとは顔見知りのオニシバ。彼もクロイチ同様に三幹部の一人。
そして、ナギの命によってよく共に仕事をさせられる相手だ。
別に嫌っている訳でも、苦手としている訳でもないが、
油断ならない相手と認識しているだけにはオニシバと一歩おいた関係を保っている。
「あっしも、まさかとは思いやしたよ」
「だろうね。……にしても、暗い。悪いけど確認したいことがあるから明かりをつけてもいい?」
「…勘弁願えやせんか?お前さんにはこの姿は見せたくないんでさァ」
珍しく困ったような声音で話すオニシバ。
はこうも言っているオニシバに無理強いをするのも悪いと思い部屋の外で確認しようと戸に手を伸ばす。
がっ
動かなかった。立て付けが悪いのかと色々と思考錯誤してみるが、まったく動きはしない。
だが、当たり前といえば当たり前。この部屋にを放ったのはナギ。
で、を放った後にナギはが逃げない様にと心張り棒をかっていったのだった。結果、戸が開くはずがない。
それになんとなく気付いたは怒鳴る。
「ナギィ――ッ!!」
「……頭領も変なところで頭が回る」
思わず部下のオニシバもナギを一瞬だが恨んでしまった。彼の珍しい考慮は逆効果だった。
「…、悪いけど明かりはつける。でも、オニシバの方は見ない」
「手間かけますね」
そう言っては灯籠に火をともした。目が馴れていたので火をつけることには苦労しなかった。
しかし、今度はあまりの明るさに目が潰れそうになる。
だが、なんとか目を開き持ってきた書物に目を通す。そこには獣付きに関することが書かれている。
ガザンに頼んで借りてきた本だ。
幻想地味た内容に笑いがこみ上げるが自分の背中にいるであろう獣付きの男のことをどうやっても否定できない。
故に笑い事ではないといと思いつつも笑えた。
「何か面白いことでも書いていやしたか?」
「いいや。
ただ、ふざけた内容だと思ってさ。お前がいなければこの本は戯言並べた塵だよ、本当に」
笑いながらオニシバの問いに答えは本を閉じて火を消した。
オニシバがいるであろう暗がりに目を向けながらは自分の着物に襷掛けを施す。
そして、オニシバに小瓶を放る。
「残念ながら、今の状況では獣憑きをどうこうはできない。
でも、応急処置程度は出きる。憑き物にどちらが偉いか覚えこませてやるわ」
ニヤリと笑っては鉄扇を取り出す。
その姿からは一度だけ見たことのある「お狐様」に酷く酷似していた。
一瞬はためらうも、「お狐様」が相手であれば心配する事はないだろうと思いオニシバはの寄越した小瓶の中身を飲み干した。
酷い味だ。だが、それよりもオニシバはこの薬の効き目の早さに驚いた。血肉が疼き、体が熱くなる。
そして、理性が眠りについた。
「さて、どうこの犬っコロと遊んでやろうか」
 
 
 
 
 
「っ痛〜」
「本当にお前は無茶をする」
腕に巻いた包帯を撫でると鈍い痛みが体をかけぬける。あまり痛くはないはずなのだが、思わず言葉が出る。
それを聞いて呆れたように言ったのはクロイチで、そう言われたはただただ苦笑いを浮かべた。
思う以上にオニシバに憑いていた獣は強く、流石のも死ぬかと一瞬は思った。
しかし、思うより自分はしぶといようで、火事場の馬鹿力ともいえよう力でなんとかねじ伏せた。
そして、きっちり主従関係をつくっていた。
その結果、もしまた暴れるようなことがあればの一声で静まるという仕組みだ。
絶対的な信用性があるわけではないが。
「でも、深手ではないようにやったから大丈夫。あんまり傷を増やすとガザンが怒るしね…」
「生死よりも、ガザン殿の怒りの方が怖いか」
それは、もちろん
「なら、その恐怖から逃げてここにくるか?」
「……馬鹿を言わないでくれ。そんなことをしては余計怒り買うだけだ」
からかうつもりで言ったナギであったが、言葉を返したの目は本気で、切羽詰ったような表情をしている。
「冗談じゃき、本気にするな」
「それは失礼。…さて、そろそろ私は戻る。
次に来る時はオニシバの獣憑き、どうにかする。まぁ、いつ材料が入るかわからないけどね」
自分の横においてある鞄を掴みは立ちあがる。
「うむ、頼んだぜよ。……送りはいるか?」
「いや、一人で十分。じゃあね」