一閃が空を切る。男は肩で息をしながら飄々とした態度で自分を見る男を憎らしげに睨み付けた。
しかし、男はその男に睨まれようとも怯むことはなく、その顔に笑顔に浮かべながら男を見た。
「はっはっは。やっぱりリーチの違いは大きいな」
「………うるさい」
男達は役人。しかし、この二人の働きぶりは天地の如く真逆だ。
上司からの信頼も厚いヤクモ。もう一人の方は、遊郭遊びの激しいだ。
だが、今の打ち合いでほぼ勝利を収めたのはだ。剣の腕、知識、どちらも実はの方が実力は上だった。
しかし、はその働きぶりに故に出来損ないの役人と呼ばれている。
もちろん、役人はもちろんのこと、一部の町人からもそう思われている。
だが、にとって世論などどうでもいいようで、どんな目で他人に見られようとも、なにも引け目に思うようなことはなかった。
「、もう一本だ!」
「おうおう、ヤクモ君ったら頑張るなぁ」
にキツイ視線を向けてヤクモはもう一度打ち合いを申し込んだ。
はあまり乗り気ではないようだが、言われては仕方がないといった様子でため息をついて先ほどまで打ち合いに使っていた竹刀を取る。
一瞬だけ、目の色が変わる。
でもそれは本当に一瞬で、ヤクモはそれに気付かずにに打ち込んでいく。
「はぁッ!!」
ヤクモの渾身の一撃も、はいとも簡単に片手で受け止めてしまう。
ヤクモとでは確かに体格が違う。
その結果、の方が力があり、力のぶつかり合いだけを考えるとヤクモに勝ち目はなかったりする。
しかし、この戦法は相手を油断させる戦法であって、闇雲に打って出たわけではない。
「はい、そこまで!」
不意にヤクモとの間に邪魔が入る。
何事かと声のする方を見ればそこには一人の少女が仁王立ちをしている。
その少女は二人もよく知っている少女だった。
「なんで止めるんだよ」
「神社の前で打ち合いなんてやられたら商売上がったりでしょ!」
「そんなに金のこと気にするんだったら俺の嫁になれってナナ」
「バッ、バカ言わないでよ!!」
止めに入った少女――ナナに不機嫌そうに声をかけるのはヤクモで、ナナもヤクモに不機嫌そうに言葉を返した。
だが、そんな険悪な空気を持つ二人とは反対に、は底抜けに明るい声音でナナに声をかけるが、
内容が内容だったがためにナナは顔を真っ赤にして怒鳴った。
そして、それを見てはさぞ楽しそうに笑う。
「かっかっか。可愛いなー、ナナは」
「ちょっと!子ども扱いしないでよっ」
顔を赤くしているということは照れているということ。それに気付いたは更にナナをからかう。
それにナナは更に反応して照れ隠しに怒る。だが、それではの思う壺である。
それに長年の付き合いのせいか気付いたヤクモがに「それくらいにしておけ」と声をかけた。
「もっとナナの可愛いところ見たかったんだが…まっ、仕方ない」
ヤクモに言われはつまらないそうにナナの頭から手をどけた。
その一瞬、ナナは名残惜しそうな表情を浮かべたが、ヤクモももそれには気付かなかった。
「それにしても、がヤクモの稽古に付き合うだなんて珍しいわね」
「ちゃかすなら兎も角」と言いながらナナはに意地悪そうな視線を向けた。
そんな視線を向けられたは苦笑いを浮かべながら事の経緯を話した。
それは昨夜のこと、ヤクモとビャヤクが見回りに出向いているときのことだった。
本当にたまたまだったのだが、人斬りと出会ってしまったのだった。
人斬りは、己の仕事を終えたようで、特にヤクモ達のことを警戒する様子はなかった。
だが、ヤクモ達は役人。人斬りを放っておくわけにはいかない。
そこでヤクモが斬りかかって行ったわけだったのだが、悉くあっさりとヤクモはあしらわれていた。
「やる気のある人間に実力がなく、やる気のない人間に実力があるとは……、お役人も大変だな」
去り際に放られた人斬りの言葉がヤクモの闘争心に火をつけた。
そして、その近くにたまたま居合わせた同じく役人のに稽古に付き合えと頼まれた――いや、命令されたのだった。
それに大人しく従いはヤクモの稽古に付き合っているのだった。
「ふぅん。で、何でその時はその人斬りと戦わなかったのよ」
「勝機のない戦いはしない主義でな」
「意気地ないわね」
呆れたような視線をにナナが送るがは痛くもかゆくもないようで、
不敵な笑みをその顔に浮かべて平然と話す。
「戦いにおいて、足元を取られるよりも頭上を取られる方が危険でな。
で、ヤクモ君のおかげで上をとられて断念したの」
「……最終的にはヤクモの所為なわけね」
が何故不敵に笑っていたのか、それがふっと明確になった。
ヤクモの不手際、それがあったからは悠々としていたのだろう。
それに納得したナナは原因のヤクモに「ほぉ〜」とでも言いたげな視線を向ける。
ヤクモはバツが悪そうに二人から向けられる視線から逃れようと視線を逸らした。