青い海に一隻の大きな船が浮いている。その船の中上からは活気あふれる人々の声が聞こえてくる。
この船には多くの人間が思いのほか乗り込んでいるようだ。
そんな騒がしい甲板とは裏腹に、船内は実に静かなものだった。その船内の一室で話し合いの場がもたれていた。
「タイキだけで大丈夫なんですか?」
そう不安げに声を出したのは薄い橙の髪を持つ青年――モズ。
モズに心配されているタイキという少年はこの船の船長の息子で、この船でもそれなりに腕の立つ人間の部類だ。
だが、その性格は一本気。まぁ、悪く言えば猪突猛進だ。
そんなタイキに命じられた仕事は「ある人間に届け物をする」というものだった。
簡単なもののように感じるが、届ける相手が一筋縄ではいかないし、これから向かう港町からわりと距離がある。
そういった点から、お世辞にも頭のいいとはいえないタイキを送るのはモズには少々不安なことだった。
「だからといって、他に適任者もいないだろう?
ハヤテが居ればよかったんだが、今はあいにくはずしている。
……お前が行くと言っても、体力的なところで心配だ」
「………」
タイキの父であり、この船の船長であるケイジが諦めたように口を開いた。
意見したモズもズバリと痛いところをつかれて押し黙る。確かに、自分では体力的な問題がある。
そういった点を考えると総合的にタイキが行くのが無難と言うわけだ。
「途中で野垂れ死にされても困るからな」
意地悪そうに笑うのはアカヤという少年。モズはケラケラと笑いながら言うアカヤに殺気を帯びた視線を送る。
だが、アカヤはまったくと言っていいほどモズの視線を気にしてなどいないようで、涼しい顔をしていた。
そんな険悪な雰囲気を話の中心であった少年――タイキが打ち破った。
「心配しなくても大丈夫だって!いざとなったら道聞いたりすりゃいいんだ。楽勝、楽勝」
三人を安心させるために豪語したのだろうが、彼らには心配の種を増やすだけだった。
「海賊が陸で暢気できる訳ねェーだろ…」
呆れたようにアカヤが溜め息をついた。
 
 
 
「海賊……」
「ええ。でも、いい人達なんですよ?」
とある日、はガザンにとある闇市場に行くようにと命を受けた。
その理由は、ガザンが取引をしている海賊の使いが来るからだと言う。
ガザンが直接行ってもいいといえばいいのだが、
生憎、患者の多い今のこの状況ではこの診療所を空けるわけにはいかず、に役目がまわってきたのであった。
闇市場には何度か足を運んだことはあるし、取引もこなした事はあるが、
海賊との取引はどころか、接触すら、流石のも持った事はなかった。
乱闘になったとしても負けるつもりはないが、扱いの難しいそうな人間であることは確かだった。
「緊張しなくてもいいですよ。
海賊は気風のいい人ばかりですから。…まぁ、一部には切れ者もいますがね」
「……どっちだよ」
励ましているのか、逆に追い詰めているのか、
ある意味でどちらとも取れるガザンの言葉には思わずため息をついてしまった。
だが、このガザンの一言のおかげでの中で一つだけ結論が出た。
海賊であろうがなんであろうが、ガザンに比べればなんだって可愛いものだということだ。
その結論にいきついたは「よし」と自分に気合を入れて立ちあがった。
それを見てガザンが満足そうに「頑張ってください」と励ましの言葉をかけてくれた。
しかし、そこでは見事にガザンの策にはまってきた事に気づいた。
「はっ、これに比べれば海賊だろうとなんだろうと…赤子同然だ…っ」
「独り言ばかり言っていると、日が暮れてしまいますよ?」
「…御意」
 
 
 
闇市場。そこには役人達の目をかいくぐった商品ばかりが肩を並べていた。
麻薬、銃、その他外国の品物が尋常ではない値段でやり取りされている。
だが、これは闇にいきるものにとっては極普通の風景で、何が珍しい訳でも、何が尋常ではないわけでもない。
表の人間から感覚が狂っているといわれてもどうとも思わないが、感覚がおかしいとも思ってはいない。
は久しぶりに訪れた闇市場に少しの好奇心をくすぐられつつも、取引場所として指定された酒場へと足を動かした。
「―――!!」
「――っ!」
なにかあったのだろうか?の目的地である酒場が随分と騒がしい。
「面倒事ではなければいいが…」と心の中でげっそりとしながらそう言い、は近くにいた男を捕まえて状況を尋ねた。
男はすんなりとに事の状況を教えてくれた。
「アンタくらいの餓鬼が冬牙組の幹部に喧嘩を売ったようだよ。
腕は断つようだが、冬牙組は数にものを言わせる連中だからなぁ…」
大体の事を説明して男は「面倒に巻き込まれたくなかったら、近寄らない方がいいよ」
と、最後に助言して酒場から去っていった。溜め息をつきながらは財布を懐にしまった。
面倒には首を突っ込みたくは――いや、絶対に突っ込みたくない。
だが、自分が用のある酒場はあくまでこの面倒ごとが起こっている酒場で、
騒ぎが治まるまで待ってもいいが、そんな事をしていては後が怖い。
もし、取引が遅くなって海賊の怒りを買っても、力尽くで無理矢理にでも鎮めればどうにでもなる。
だが、ガザンは絶対にどうにもならない。
一度ガザンの機嫌を損ねては、まず一週間はまともな生活は送れない。
最低でも三日間は眠る事すら許されないだろう。
「っち…、冬牙組だかなんだかしらないが……まったく面倒な事をっ」
ガザンの機嫌を損ねるくらいならば、この闇市場で顔を聞かせる冬牙組に喧嘩を売った方が安全策。
数にものを言わせている連中ならばやることも高が知れている。
それに、最終手段として「お狐様」の依頼を使えば簡単にことを収めることもできるだろう。
護身用に持ち歩いている鉄扇を取り出しながら酒場へと足を運ぶ。
あたりの人間がどよめくが気にせずは酒場へと足を踏み入れた。
「うらぁっ!!」
「テメェら!餓鬼一人になにてこずってやがるッ!!さっさと殺っちまえ!」
「そう簡単に殺られっか!ボケが!!」
清々しいほどに荒々しい言葉が男達の口から出てくる。
あまりにも低能なやりとりにはいきなり鉄拳制裁に出たくなったが、
今ここで一人の少女が約10人ほどいる喧嘩馴れした男達を伸してはもっと面倒な事になる。
本当にこういった場面で「」であることは面倒だ。
「そこのお兄さん達、お役人がいないからって店の中で喧嘩とは……、折角の賢そうな姿が台無しだわ」
「あぁ?なんだとこの女」
「あら、褒めてるのに……。
ねぇ、こんな子供相手にするよりも、もっと有意義に時間を使わない?」
誘うように冬牙組軍団のリーダー格であろう男に近寄り妖艶な笑みを浮かべる。
男は近寄ってきた女を邪険にはせず、誘われるがまま女の腰に手を回した。
そして、何人かの仲間達にこの店に残って先ほどまでやりあっていた少年のけりをつけるように言い渡した。
だが、女の表情は一瞬たりとも変わらず、楽しげに男の表情をうかがっていた。
ようするに、この女に少年を助けるつもりはないということだ。
しかし、男を誘ったこの女はそれほど簡単な女ではない。
「さぁ、お遊びはここまで」
酒場を出て数歩ではそう言った。
そして、男がその言葉に反応を示す前に男の腹部に重い一撃を決めた。
男は声もあげずにずるずると大地に倒れこんだ。
辛うじて意識はあるようだが、あまりの衝撃に呼吸をするだけで精一杯のようだ。
この男の取り巻きの男達が声をあげたことにより店の中に残っていた男達も姿を見せる。
先ほど酒場で見た人数と一致したところで、かがんで伸した男の頭に鉄扇を突き付け取り巻きの男達に交渉を持ちかけた。
「この男に死なれては困るでしょう?この人を運ぶ人間一人残して私の前から消えてくれるかしら?」
「て、てめぇ!俺達が冬牙組だってことわかって言ってんのか!」
「あなた達も、こちらの方が有利だってこと理解して喧嘩腰なのかしら?」
明らかに男達はに対して恐怖感を覚えている。それが声と表情に完全に表れている。
はそれを見逃さず、あくまで攻めの体制で出てくる男達に向かって改めてこちらの方が有利であることを主張した。
「お役人がいない以上、ここでは殺生もご法度ではない。あなた達が一番理解しているでしょう?――失せろ」
殺気の帯びたの声が辺りを支配した。
あっという間に男達の顔は真っ青になり、の言葉通りに男一人残して他の男達は一目散で何処か々と走り去って行った。
ある程度距離を置いたことを確信しては伸した男を残った男に渡し、
自分は何事もなかったかのように酒場に入って行った。
 
 
 
酒場に入ると男達と騒ぎを起していたが少年が不満げな表情でに視線向けていた。
おそらく、自分一人で方をつけられるものを女なんぞに方をつけられ彼の自尊心を傷つけたからだろう。
だが、には関係ない話――では、すみそうにないようだ。
彼が座っている席を見ては心の底から大きな溜め息をついた。
本日この市場に来た理由である「海賊との取引」で、
一番の重要な存在――取引相手の海賊が座るべき場所に彼が座っていたからだ。
痛くなる頭を押さえながらは少年――タイキの正面の席に腰を下ろす。
一瞬タイキも驚いたようだったが、それはほんの一瞬ですぐに怒りの矛先がに向かった。
「男の喧嘩に女が介入してくんじゃねぇよ!!」
「でも、止めなければやりあいが長引いてこの店はどうなっていたでしょうね」
「むっ…!?」
尤もな回答をされタイキは口をもごらせた。
が納めたことによりこの店の損害は少なくて済んだが、
タイキがあのまま男達と乱闘を続けて入れは被害は比べ物にならないほどに大きかっただろう。
「まぁ、馬鹿なやり方はしていなかったようですから、まだいい方とは思いますよ」
「……可愛くない女」
不貞腐れた様子で苦し紛れにタイキは言うが、はさしてそれを気にする素振りも見せずに
「可愛いだけではやっていけませんよ」とさらりと言い返して、取引用の品物を取り出した。
が品物を出したので、タイキも促されるように品物を出した。
 
 
 
「初陸の闇市場はどうだったよ?」
「すっげー可愛くない女がいた。もう、今まであったどんな女よりも可愛くねぇ」
潮風をその身に受けながらタイキはアカヤの質問に答えた。
陸の闇市場の品揃え、店や商人の印象などほとんど覚えていない。覚えているのは可愛げのない取引相手。
思い出すだけで腹立たしい。だが、なぜか思い出してしまう自分がいた。
最高に可愛くない女ではあるが、最高に強かな女ではあった。
「今度会ったら絶対にケリつけてやる!」
「…つーか、お前陸の闇市場の情報収集どうしたよ」
「あ゙―……」