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       不意にパチと目が覚める。 
      反射で開けた目――から入ってくる情報は2つ。 
      ここが室内で、この部屋の天井は木でできている――ということ。 
      …まぁ要するに、視覚から入ってきた現状を把握するための情報はゼロだった、ということだ。 
        
      「っ――…お嬢様…!」 
      「、ぁ゛…?………………?」 
      「大丈夫ですか…っ?!どこか体に痛みは……っ」 
        
       私が目を覚ましたことに気付いた――のは、傍にいてくれたらしい花浅葱色の髪の少女・心皇。 
      なにがどうなって眠っていたのかはまったく覚えていないけれど、心配をかけるような要因で眠っていた――というか意識を失っていたようで、 
      私の顔を覗き込む――というかの表情は不安げ、というか怯えすら感じるような心配そうなもの。 
      なにほど心配をかけることをしたんだ――と、頭の中の記憶を掘り返していると、不意にの顔が引っ込んだ。 
        
      「あーあー落ち着け――それじゃあ余計にお嬢が混乱する」 
      「いやっ、だがな?!」 
      「――心配は、無用だろ?お嬢は式神に抱き止められてた――んだからな」 
      「……抱き止め…?」 
      「ああ、現場にいた連中の話だと、なんの前触れもなくお嬢が降ってきた――らしい。 
      んで、落ち切る間際で式神が出てきて事なきを得た――ってな顛末だ」 
      「……アルバが……か…」 
        
       空から降ってきた――パラシュート無しのスカイダイビング状態だった私を救ったのは、私の霊核式神であるアルバ。 
      構築する気力さえあれば、私とは別個の意思を持つアルバは、私の意識がなくとも行動できる。 
      だからアルバは私を助けることができた――わけだけれど、 
      わざわざアルバが出張ったということは、落ちてきた――空中にあった時点で私の意識はなかった、ということ。 
      空中にいる時点で意識があったなら、よっぽどのことがない限り、私がただ落ちる程度のことで気を失うなんてことはあり得ないのだから。 
        
      「……なにがあったの?」 
        
       布団の上で上半身を起こし、呼び出したアルバに私が気を失う以前の記憶を問う。 
      …しかしどういうことやら、アルバもその記憶がないという――気付いた時にはノーパラシュートスカイダイビングナウ!だったらしい。 
      …なんだその状況……。 
        
      「…………だ、大師匠との修行中に……なにか…こう………」 
      「……いや、大師匠といえど空間転移は――…………大和も…いない、しなぁ……」 
      「………薩摩?」 
        
       そう名前を呼び、が左――自分の左肩に乗っている白の子鼠に視線を向ける。 
      それに倣うような形で私――と、薬研の視線が白の子鼠・薩摩に向く。 
      そうして三人の視線を、小さな体で受け止めた薩摩――は、物凄い勢いで首と手を振って自身の潔白を主張した。 
       空間転移を特性とする鍛神の子神・大和――の双子の弟である薩摩、もまた空間転移の特性を持っている。 
      なので、その能力を使って私を転移させることは可能――だけれど、薩摩は大和に似ず――というかに似たおかげで真面目で誠実な性格だ。 
      だから大和の様にイタズラ心を抑えられずに悪ふざけに走る――ことはない。 
      …ただもちろん、親であり上司である鍛神――武蔵に命じられれば、私を空中に落とす程度の指示であれば従うだろうけど。 
        
      「……双葉の時空跳弾で気絶して、武蔵の作った穴に落ちた??」 
      「…有り得そう――…ではあるんですが……状況が不自然過ぎると思うのですが……」 
      「だよねぇ」 
        
       双葉たちが――というのは十二分に有り得る。 
      必要さえあれば、あの二人は平然と――いや、双葉がゼーハーの全消耗に陥るとしてもやってのける。 
      あれで武蔵は上司の指示に忠実だ。もし鋼西に「ちょっくら――」と言われれば、二つ返事で応じるだろう。 
      …二人とも、人間を育てるのが好きな者同士、だからねぇ…。 
       …とはいえここに私を――の元に落とす理由がわからない。 
      いったいここで何を学べというのか――……ん?学ぶの私じゃなくての方?? 
       じぃっとを見る――と、はなにやら困ったような、戸惑うような色を浮かべながら――も、笑みを見せる。 
      …相変わらず気遣い屋――というか謙虚というか、腰が低いというか…。 
      今はお互い何の肩書も持たないただの退魔士同士なんだから、もっと気楽に接してくれてもいい――というか肩書きあっても気楽に接して欲しいんですが。 
        
      「」 
      「は、はい?」 
      「敬語禁――」 
      「無理です」 
      「早っ?!」 
      「……お嬢様…無茶をおっしゃらないでください…っ。 
      ………千刃であった頃ならまだしも……今の自分は『狗族』――…本来であれば、言葉を交わすことさえ許さ――」 
      「それを上回って『鍛神の神子の従者』――だからね?」 
      「ぁう……」 
      「くく…まぁお嬢、タメ口は勘弁してやってくれ――でないと、色々と不都合なんでな」 
      「……不都合?」 
      「おう、敬語で一線引かないと――お嬢へ対する好意やら尊敬やらが抑えられねーのさ」 
      「っ…!!!」 
        
       楽しそうに笑いながら言う薬研――から、反射でに視線を向けると、はうつむいた状態で更に右手で顔を精一杯隠している。 
      …ただそれ故にあらわになっている真っ赤な耳が、色々なことを包み隠さず明らかにしている。………待て、これで抑えてる――の? 
        
      「……薬研」 
      「ん?なんだ?」 
      「これで………の心配性…っていうか過保護……抑えてる、の…?」 
      「ああ、抑えてるさ。もし抑えなけれりゃ――霧嬢レベルのそれ、だぜ?」 
      「ぅわーマジかー」 
        
       とは歳の近い友人――みたいな感覚で私は接しているけれど、実際は年上で、更にいうと姉弟子だ。 
      昔から私に対して気を遣って世話を焼いてくれていたけれど、 
      よくよく考えてみるとのそれは部下が上司に対する気遣い――ではなく、母親が子供に対する気遣いに近いものだった気がする。 
      ――…んでそれが愛情深い蛇の気を持つ霧美に匹敵する――………それは、とても、危ない。 
        
      「……、これからも敬語でいいよ――…これ以上心配されたら動けなくなる」 
      「…………………すみません……」 
        
       それは何に対する謝罪だ――と、思ったけれど、それはあえて突っ込まなかった。 
      そこをわざわざ掘り返して、のなんか過保護なモノが噴き出しては困る。 
       …これが以前の――意思なき狗だったなら、どこまでも掘り進めるところだけれど―― 
      ――今、多くの仲間たちを抱え、彼らを戦いの中へ送り出すという役目を負っているにはできない。 
      過保護、なんてのは今に任されている役目を果たす上ではとんでもない足枷になってしまう。 
      …それも成長の糧――とか、武蔵や大師匠は言うんだろうけれど、 
      似た痛みを分かつのだから、そんな非情なことは――自分にダイレクトで跳ね返ってくる綺麗事なんぞ、口にできるわけがなかった。 
       自分のありよう――自分の身勝手な思考回路にムカムカとする不愉快さを覚えて頭をかく。 
       自分と近い失敗と、そして傷を負った。 
      なまじ他を圧倒する強者であったが故に他者を信用できず、一人というある意味責任のない立場で、ただ割り振られる任務を意思なくこなすだけ。 
      私もも、同じ逃げ道に走って、向き合うべき課題から目をそらし続けていた――が、はもう違う。 
      今のはたくさんの仲間に囲まれて、信頼されて――そして自身も彼らを信頼し、信頼する仲間たちと共に戦っている。 
      …未だ全盛には程遠い自分に対し、はいつかの時分――通り越して、その倍くらいにまで成長を遂げていた。 
       …そんな頼もしいの姿は、かつて共に戦った仲間としては嬉しい――というか「よかった」と思う。 
      思う………けれども、…元は彼女たちを率いる立場だった自分が未だくすぶっている――…という現状だけに、純粋に心穏やかにはなれない。 
      ……………コレ、が、修行――とでも? 
        
      「……………しばらくここにいる」 
      「…ふぉっ!?」 
      「……迷惑?」 
      「いっ、いえ…!…いや……でも………?!」 
      「…不都合なら帰るよ――……ただの個人的なワガママだし…」 
      「っ…いえっ…不都合、というわけではないのですが……なんっ、と、いう、かぁ……」 
      「…――はっきりせいッ」 
      「ふぐんっ――………はい…」 
        
       いつまで経ってももごもごとはっきりとした答えを口にしないにイラっとして思わず手が出る。 
      両手でベチとの両頬をサンドして「はっきりしろ」と言えば、は「はい」と観念する―― 
      ――けれど、その顔に浮かんでいるのは相変わらず困惑が色濃く浮かんでいた。 
       ……ここに如何ほどの何があるの…。 
        
      「…そんなに気がかりになるような事があるの?」 
      「うーん……あー…なんというか…なぁー……」 
      「もー薬研までもごもごしないでよ」 
      「いや、うん――お嬢の言うことは尤もなんだが――」 
      「もう!白状します!!お嬢様がみんなにもみくちゃにされてゲッソリすることになる――のと! 
      ……自分の統率力の無さというか、主としての威厳の無さが原因ではあるのですが………本丸全体が浮ついて何かやらかしそうな気がして…!」 
        
       意味の分からない――というかすっとぼけた理由で私の滞在を渋っていた。 
      何の心配をしているんだ――と思いながら「マジか」と薬研に視線を向ける――と、薬研は「まぁそういうこった」とまさかの肯定。 
      ……私、パンダじゃないんですけど?というか―― 
        
      「…幽雅亭のこともあるし……寧ろ敬遠されると思うけど…」 
      「……齢を重ねていない刀剣であればそうかもしれませんが………平安刀たちはアグレッシブに絡んでいく気がして……」 
      「…私がげっそり――対応できないくらい大勢いるの?」 
      「いえ…人数は多くないのですが………その……アク…というのかクセというのか……そういうのが強い面々で……」 
      「…………」 
      「? は、はい…」 
      「彼らの個性は――神子サマ方に勝るほど?」 
      「――――」 
        
       私の指摘に、はこの上なく渋い顔をする。 
       平安――齢千年を超える刀剣、ともなれば重ねた歳月の分だけアクは強くなるだろう。 
      …実際、彼らと同年、もしくはそれ以上の付喪神と会って言葉を交わしているけれど――アレは手強い。 
      彼らがこちらに対して好感を持っているから尊重されているけれど、それがなければどうなっていたことか――と思うレベルに千年オーバー付喪神のアクは強い。 
      なのだから、きっとの仲間である刀剣たちもアクが強い――とは思うけれど、 
      神子界屈指のメンタルクラッシャーな蒼介やら勇やら霧美やらの、事実という名の暴言を耐えてきた私であれば――なんとかなると思う。…たぶん。 
        
      「…お嬢、俺っちも正直なところお勧めはしないが――…それでも、か?」 
      「……たちの迷惑になるなら帰るけど……。 
      ……たちの心配が的っ外れな気がし過ぎて素直に『はい帰ります』とは言う気になれない」 
      「……そこまで的っ外れじゃあないと思うんだがなぁ――現にこう、だぜ?」 
      「ぅおおぉ!?」「うわっとぉ?!」「わわっ!」「ぅわっ、ちょ…!」 
        
       薬研が気配を消し、素早く移動してふすまに手をかけ――それを引く。 
      すると漫画かなにかのような風に、少年少女に青年、大人――が仲良くバターンと倒れる形で部屋に入ってきた。 
       …気配で何となくわかっていたけれど、やっぱり――たちが心配するほど多くはない。 
      確かここには70近い人数がいたはず…。だけれどここに集まっているのはたったの7人――全体の約1割ほど。 
      ……間違いなく、たちは心配し過ぎだと思う。所詮私の集客力(?)なんてのはこの程度、だ。 
        
      「……各自通常運航で――と…言ったはずなんだが…」 
      「いや、そうは言われても――なぁ?」 
      「そうそう、空から降ってきた――んだからさ?気するなって言われてもムリでしょ」 
      「それにあんなに慌てた見たら気になっちゃうよっ」 
      「そっ……それについては申し訳ない…」 
        
       7人組の紅一点・金色の髪の少女が口を尖らせて反論すると、は観念した様子で謝罪を口にする。 
      …私が目覚めた時でさえああだったんだから、私が気を失っている姿を見た――…時には………きっと慌てふためいたんだろう…。 
       …割と、落ちつた印象の強いだけれど、謙虚が過ぎて私たちが関わると急激に落ち着きが無くなるんだよね…。 
      千の字持ちとしてもうちょっとドンッと構えて欲しい――んだけど、それは言わない。 
      だってそれは盛大なブーメランだから。 
        
      「………うん。よし、わかった」 
      「……へ…?」 
      「強制的にここにいる」 
      「ほォ?!」 
      「追い出したかったら実力行使でお願いしまーす」 
      「な゛っ……端から詰んでるじゃないですか…!!」 
      「…詰んでないよ。はいい加減に自分の才能自覚した方がいいよ? 
      単純な剣士としての技量とポテンシャルはアイツらに並ぶんだからね?」 
      「っ…滅相もない!私なんて…っ」 
      「まぁ総合能力でいったらアイツらに軍配上がるよ? 
      神子様ブーストに+αが高水準だからねぇ――でもそれ引いたらにだって勝てる可能性あるよ。現に幸のこと押してたし」 
      「…あれは…一瞬、ですよ…。その後は防戦一方で…………… 
      ……って、論点ずれてますっ。そもお嬢様とは相性が悪いじゃないですか…!」 
      「まあねぇ」 
        
       剣士としての才能は、四神の神子たちにも匹敵する。 
      単純な剣士としての実力だけを言えば、十二支の神子たちを圧倒するだろう。 
       だからこそ、優秀な陰陽剣士を多く抱える心皇において「千」の名を襲名できた―― 
      ――わけだけれど、一点に特化しているからこそ苦手な部分というのは欠落のレベル。 
      今更そこを強化・補強したところでの「実力」が目に見えて向上する――ことはないだろうけれど、天敵となるタイプとの相性は多少良化するだろう。 
      ……まぁ、同等以上の「天敵」には意味がないだろうけどね。たぶん。 
        
      「でもほら、私もさすがに物量で押されると苦戦せざるを得ないよ?」 
      「……みんなにお嬢様の相手はさせられません…」 
      「……それはなに?私に手加減なんてできるわけない――と?」 
      「それはさすがに思いませんが……お嬢様、初見の相手には滅法強いですから…。………正直みんなじゃ足手纏い…」 
      「ははーだろうなー。今のお嬢の相手が務まるのは、この本丸じゃあ麗だけだろうからなぁ」 
      「天下五剣――大典太でさえかすんで見えるほどの気力量、だからなぁ。確かに俺たち程度じゃ話にならんだろうさ」 
      「……思いがけず…潔いね?」 
      「ははは、これでも付喪神――だからな。きみほどの大物ともなれば、誰だって畏れるさ」 
      「…………今は神子じゃないんだけどなぁ…」 
      「――とはいえその気力量だ。 
      単純にその質量で圧倒もされる――…あと、若い連中は感じないようだが……」 
      「ぅん?」 
      「きみを覆っている神気が中々……」 
      「あー……。 
      ……………ってことはやっぱりたちの心配的っ外れじゃ?」 
      「……」 
      「ハハッ、ここで怯んで噂の姫さんとお近づきにならないなんざ――男が廃るっ」 
      「いいや?!鶴丸それは違うぞ?! 
      何の覚悟もなく軽い気持ちで姫様に近づくとか命知らずのバカの所業だからな?!!」 
      「……姫様…?」 
      「ぶあ゛…!!」 
        
       止めさせた――にも関わらず、 
      私の与り知らぬ所で未だに呼んでいるらしい敬称。 
       半ば反射でイラッとして、に冷ややかな声を向ければ、はビク!と肩を震わせ、変な声を上げる。 
      イカンと思いつつ改められない――という感覚に心当たりはあるけれど、それはそれ、これはこれ。 
      まだ顔面鷲掴みが足りないか―― 
        
      「ああ、うちの主を責めないでやってくれ。俺のコレは主のが移ったわけじゃなんでね」 
      「……じゃあ?」 
      「ええと……こぎつねまる、というとうけんをしっていますか?」 
      「こぎ?」 
      「……どうやら知らぬようだなぁ…」 
        
       白の男性――鶴丸と呼ばれた彼が、自分が私を「姫」と呼んだ原因がではないと言う。 
      「では誰が?」とその原因を尋ねれば、彼らと共に倒れずに立っている桜鼠の髪に、袖のない水干を着た少年が「こぎつねまる」という名前を上げる。 
      だけれど聞き覚えのない名前に「ぅん?」と首をかしげると、 
      白の彼と桜鼠の少年――そして修行僧を思わせる服装をした2mはあろうか大男が、なにやら憐れみの混じる苦笑いを浮かべた。 
       ……狐…で、私を知っていて、なおかつ私を「姫」と呼ぶ―― 
      ――その事例(?)に心当たりはあるけれど、ソレの立場が立場だけに、合点はいかない。 
        
      「えーと…大妖狐の関係者……なのかな?…でもここにいる刀剣って表の、じゃなかったっけ?」 
      「うむ。小狐丸は我らの兄弟――三条宗近が打った太刀。 
      しかしその相槌を打ったのが大妖狐――故に大妖狐の眷属として華戸預かりとなっている」 
      「ほー?そんな珍しい子が華戸にいたんだ―― 
      …華戸の記憶は大体輝にお説教されてるか、輝望に餌付けされてるか、だから…なぁー…」 
        
       獣神を祀る華戸神社――には、獣神にまつわる武装や採物が数多く収められている。 
      その多くが長い年月を重ねている――ので、付喪神となって神社の職員として働いている。 
      …いつかの時分、神子であった私は彼らから「姫様」と尊ばれ、可愛がられていた。 
       ――して、その筆頭が鳳凰ノ神の加護を受ける瑞宝七武装の長である輝望海帝。 
      …そして彼よりも私の中で強く印象に残っているのが―― 
        
      「あんのじょう――というやつでしたね」 
      「ははは…まぁその輝稲ってヤツの気持ちもわからんでもないが」 
        
       …どうやら、私は件の小狐丸という刀剣と会っているらしい。 
      だけれど彼は、私の記憶がすべて輝に持って行かれている――と予期していたらしく、 
      「案の定」と口にした少年の表情はなにか悟ったようなものだった。 
       ううむ……輝…も、悪いけど…会ったことがあるのに記憶していない私も十分悪い。 
      自分が契約する獣神と関わりが薄い獣神の関係者であったならまだしも、直轄の永狐の眷属だっていうのに……。 
        
      「はぁ…これはちゃんと謝らないと…」 
      「…みこさまがあやまると、ぎゃくにこぎつねまるはあわてふためいておおごとになりそうな……」 
      「あー…みたいになー」 
      「…………はぁ…神子……じゃないんだから、もっとこうみんな気軽に――」 
      「「「「無茶言うな」」」」 
      「食い気味にハモったね?!」 
      「そんだけ、お嬢の『注文』は無茶ってこった。 
      ただの付喪神ならともかく――の力を受けた刀剣男士たちには、な」 
      「………………………ぇ…まさか……武蔵の『枠』に入ってるの…?!」 
      「…おそらく――な。最初こそ、違いはなかったんだが………どうにも、双葉の兄さんが畏ろしくて、なあー…」 
        
       苦笑いしながら言う薬研に、妙に納得してしまう。 
      鍛神の神子の従者であるの力によって顕現した付喪神だからこそ、 
      獣神に関するモノの影響を強く受けてしまう――それは事例として「よくある話」だ。 
       獣神の、霊的なモノへ対する影響力は良くも悪くも大きい――ものの、一応、人の「感情」に因ったモノへの影響は一番弱い、らしい。 
      だけれど、まずその影響力が強烈だからその差などあるもないも同じ――とは地方神仏の談。 
      そしてそんな彼らが私に対して軽口を叩けていたことを考えると、 
      普通(?)の刀剣男士であれば、ただの人間への加護程度であれば、獣神が関わっていても影響はないんだろう。 
      …しかし彼らの場合は、主がガッツリの獣神関係者だから、神子ではない私程度でも、その神気を敏感に感じ取って「無茶」と相成ってしまう――んだろう。 
        
      「ぅんー……刀剣だからなおさら影響が大きいのかなぁ…」 
      「それも……あるとは思いますが――…単純に、お嬢様の受けている加護が規格外、ということも一因かと……」 
      「ぇ」 
        
       刀剣に対して加護を与えているのは鍛冶の神―― 
      ――だから、それに準ずる影響が刀剣らに強く出ているのか、…と思ったら、横から聞こえた意見に「え?」っとなる。 
       思ってもみない要因――というか認識していなかった事実を持ち出され、 
      その上それが一因と言われては、誰だって驚くと思う。だって、あくまで加護――ですよ?? 
        
      「………神子の基準で見れば、加護の域で得られる支援は塵に等しい…のかもしれませんが、 
      そも獣神の基準が規格外――…な上、四皇はその中でも群を抜いて規格外、なわけですから………」 
      「……………じゃあ…もしかして私……涼しい顔してえげつない神気撒き散らしてるの…?」 
      「……いえ…以前は配慮されていたようでした――…でも今はなんというか………」 
      「牽制されている――ってな感が強い、な」 
      「…あれ?そう…ですか? 
      ぼくはたんじゅんにみこさまのしんきにけおされる――ってかんじですよ?」 
      「ああ、俺も気圧されはするが――…それに敵意や害意のようなものは感じぬぞ」 
      「――俺はそもそも3人の言ってる『神気』っての自体、よくわかんないんだけどー? 
      …まぁ、霊力っていうのか気力っていうのか……ソレの量っていうか規模には気圧される、けど…」 
      「うむ、ワシも加州と同意見じゃ。 
      …これが重ねた年月の差、っちゅーヤツなんかのぉ?――鯰尾と乱はどうじゃ?」 
      「俺も、陸奥さんたちと同じだよ。双葉サン――…みたいな気配は、感じない…かな」 
      「うん、ボクも鯰尾兄と一緒だよ――あれ?薬研は?」 
      「俺っちは、なぁー……基が身近だったせいか――…今剣たちに近い『感じ』だな」 
      「…思っていたより……個々で様々なんだな…。 
      …しかしどうして鶴丸だけ……、…なにか因縁でもあるのか??」 
      「いやいや、ないない――というか、あったらこの程度じゃあすまないだろ?」 
      「ぁ…ああー……どの程度かはわからないが…お嬢様に軽口を叩ける――…なら『その程度』なんだろうな…」 
      「ぅーん……たぶん鶴丸さんのは、日向のせいだと思うよー…」 
      「……あ…」 
      「ひ――ぅおぉぉっ??! 
      なんだっ?今っ、凄まじくゾクッ!!ときたんだが!?!」 
        
       真っ青な顔で、好奇心にまみれた楽しげな笑みを見せる鶴丸さん―― 
      ――に、思わずと二人、苦笑いが浮かんだ。 
       昇華の気配すら漂っただろう「警告」に、 
      純粋な消滅の恐怖を感じながらも好奇心を覚え、その恐怖すら楽しんでいる――らしい鶴丸さん。 
      それは「普通」の視点から見れば「異常」とくくるに値する感覚――だけれど、私からすればそれが面白く、愉しいわけで―― 
        
      「――お?」 
      「…? どうした?」 
      「いや……急に冷気が抜けて…な?」 
      「……お嬢様……」 
      「なに?私の意思じゃないし。あくまで決めたの日向だし」 
        
       迷惑そう――というか心配と困惑の混じる不安げな表情で私を見るに、はっきりと事実を返す―― 
      ――と、はその不安げな表情を納得と不満の混じるなんとも言えない複雑で渋いモノに変える。 
       正直、そんな顔をされたって困る。 
      だってその判断は、私の意思に因るものではあるけれど――私が、下したものじゃない。 
      それを、鶴丸さんの存在を容認したのは私――ではなく、私を見守る獣神――鳳凰ノ神。 
      ――加護を受けるだけのただの人に、神である彼女の決定に対して異議を唱えることなど、拒絶することなど――できるわけがないのです。 
        
      「……お二人がそれでいいのであれば…それに対しする異論はありませんが……」 
      「が?」 
      「…後々、鶴丸が死ぬほど大変な目に合うんじゃないかと………少々心配で…」 
      「? なに、が??」 
      「……瑞宝――…輝望様、の……気分、的に………」 
        
       なぜか顔色を悪くして、は輝望の存在を、その気分を害してしまうのではないか――という懸念を口にする。 
      …一体、の中で輝望の人格というのはどーゆー認識がされているんだろうか。 
      孫を究極甘やかす激甘じぃじ――な風はあるものの、千年オーバーなだけに、 
      その器というのは他の付喪神とは一線を画す大きさと深さを、輝望は有しているというのに。 
       …正直、私の見立てでは、鶴丸さんが輝望と肩を並べる――なんてのは難しい、通り越して無理に等しい。 
      刀剣としての格――も、そうだけれど、まず鶴丸さんと輝望では一個の魂として重ねてきた年月が違う。 
      刀剣として経た歴史というのは、輝望よりも鶴丸さんの方が波乱万丈かもしれないけれど、当事者として積んだ経験というのは輝望の方が――だ。 
      …それを考えると、そも輝望が鶴丸さんのことを眼中に入れるかどうかすら怪しいところで―― 
        
      「…鶴丸の旦那には悪いが――そいつは考え過ぎだろ?」 
      「…だといいんだが……麗や魅香さん… 
      更に言うと…羅龍様の性格を考えると………ありえなくもないのでは……と…」 
      「「………」」 
      「それに……鳳凰――は、その…………そ、の………愉しい一派――…なので……」 
      「………要するに、日向が輝望煽って鶴丸さんと一悶着起こす気なんじゃ――って心配なんだ?」 
      「そっ、そこまでは思ってませんよ?!」 
      「そこまでは、思ってない――かぁ〜」 
      「う゛……」 
      「…まぁ、の懸念も当然――っていうか的外れではないけど、 
      輝望もその辺りはわかってるだろうから、問題にはならない程度で収まると思うよ?」 
      「…ならいいのですが……」 
        
       私の「大丈夫」という言葉に対し、から返ってきた反応は芳しくない。 
      は心配性ではあるけれど、臆病ということもなければ慎重すぎるということもない。 
      ――ということは、今が抱えている「心配」は、が冷静な精神から生じたモノ――ということになる。 
       …正直、本気での考え過ぎだと思う――んだけど… 
      …、当人が何を言ったところで――鍛神一派の一員、だからなぁ…。 
        
      「……まぁ…輝望が華戸から離れるなんてよっぽどのことがない限りないから――大丈夫、来ない来ない」 
      「…そうですね…そんな暇、ありませんよね…」 
      「いや、暇はいくらでもあると思うよ?運営全部透彩に投げてるんだし」 
      「………かのうせいを…広げないでください…!」 
      「あ、ゴ――」 
      「〜〜!!!」 
      「ッ博多?!」 
        
       私の謝罪を遮った――のは、酷く慌てた様子で部屋飛び込んできた赤縁メガネが印象的な金髪の少年。 
      相当慌てているのか縁に足を取られて倒れてしまい、全身をビターンと盛大に畳に打ち付けた少年――に、 
      彼と似た雰囲気の服装をした黒髪の少年と金髪の少女が心配そうに「大丈夫?」と声をかける――と、 
      少年は「そんな場合じゃなか!!」と声を上げた。 
        
      「…なっ…何事なんだ博多…っ」 
      「あの!あの山吹色の刀剣が!!」 
      「…ぇ」 
      「なに!?」 
      「い、今はなんとか綺羅姉が抑えちょるけど…っ長くは持たんばい!」 
      「っ――姫様!」 
      「――姫じゃないけどねッ」 
        
       とっさに出ただろうの呼称に否定を返し、駆け込んできた少年に「何処だ」と訊くに続く。 
      一体全体なにがどうなっているやら――抑え込まなくてはならないくらい輝望が怒りをあらわにしている、なんて。 
      …正直、輝望の本気なんて今まで見たことないんですけど?! 
       大所帯でバタバタと、眼鏡の少年にあとに続いて問題の現場へと足を運ぶ――と、 
        
      「!!!!」 
      「ぉうっ?」 
        
       目に入った現実が、想像もしないほどに恐ろしくて――思わず、傍にいた鶴丸さんの後ろに退避する。 
      …けれど、どうにも第六感にチリつく静電気のような不快感に、だいぶ鶴丸さんの霊核が心配だった。 
       本音を言えば、ミリほども前になんて出たくないけれど、 
      の大事な仲間に迷惑をかけるわけにはいかない――…いやもう十二分にかけてるけど…。 
      でも、だからといって「今更」と投げるわけにはいかない。 
      理由はまったく見当もつかないけれど、胃を握られるのを覚悟した上――で、私は鶴丸さんの後ろからの背後へ移動した。 
        
      「………ええ…と……… 
      …ま、まずはその殺気を引っ込めていただけますか――……輝稲殿…」 
        
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