鬱蒼と茂る木々――その中に作られた獣道を進む。
獣道だけに足元が悪いが、この程度の悪路などは慣れたもので。
難なく私は道を行く――先日届いた書状に、もう一度目を通しながら。
 現在私がいる場所は、拠点としている中部から大きく離れた――九州は鹿児島県。
訪れるのは初めてではないが、それでもその土地の全てを知っているわけではないし、
その山の中ともなれば――踏みならされた獣道と、方角を示す腕時計に頼るほかない。
だが、だからこそ私にはある一定の安心感があった。
 
 私の職――というのは、この世に死を振り撒く異形のもの――妖を滅する存在。いわゆる退魔士と呼ばれるもの。
それだけに、妖を追って土地勘のない夜の山中の飛び込むことは度々ある。
だが、その度に務めを果たして帰ってくることができているのだから――昼の山中はいつも・・・に比べれは楽なものだ。
しかし、肉体的には楽なものでも、精神的には少しも楽なものではなかった。
 いつも、私に送られてくる任務しごとは、己の身を危険にさらして妖を討つ――妖退治。
だが今回、私に送られてきた任務――は、まったくの説明もないただ「ここに来い」という一言だけ。
明らかに、普通ではない仕事を任されることになるのは確実だった。
…ただ、そもそも私はそういう仕事を任されるのが本業――今までがぬるかったといえば、そうだったのかもしれないが。
 
 やや水分をすくんだ道を踏みしめ、方位磁石とややアバウトな地図を確かめながら目的地へと向かって進む。
…そも、地図がアバウトなだけに、少々自分が目的地に近づけているのが不安になる――が、今更な懸念だと頭を振ってとにかく前へ進む。
私は予知を得意とする家系ではないが、多少の感は働く方だ。
その感が本気の警鐘を鳴らしていないのだから――まだ、慌てるには早いのだと思う。
 …そんなことを考えながら歩みを進めているうち、不意にパチリと静電気が奔ったような音が鳴る。
しかし、本当に私の体に静電気が奔ったというわけではなく、それはあくまで音だけ――だが私はその感覚に心当たりがあった。

 

「…結界………空間系、か?」

 

 結界の薄い膜を通り抜け、その中へと侵入した感覚――それが、今私が体感した感覚に近い。
そして、その内側と先ほどまで私がいた外側の空気の差で、外側と内側が同じ空間ではないことがわかる――が、
それは私の体感によるところの所感なので、絶対的確証はない。
…恥ずかしながら、私は近接戦闘を得意とするタイプなので……。
 今更、自分の偏った戦闘スタイルに苦笑いを漏らしながら、止めていた足を改めて前へと進める。
その途中、ふと目に止まったのは腕時計。方位を示す針はくるくると回転を繰り返している。
一応、画面を切り替えて時計を見てみれば、そこは正しく時を刻んでいた。
…おそらくではあるが、ここは結界で作られた異空間――だが、時間は外と同様に刻んでいる、んだろう。
 山中で、方位磁石が機能しなくなる――というのは、死活問題と言えば死活問題。
特に土地勘のない場所では、本当に死に直結する場合もあるだろう。
――しかし不幸中の幸いか、前を真っ直ぐ見据えた先――に、本当に僅かではあるが家と思わしき影がある。
状況から察するに、あそこが私の目的地――と思って間違いないだろう。
 
 この結界内に入ってからというもの、嫌な予感が止まらない――が、私に逃げ出す権利はない。
だが、ため息をつくぐらいは許されるだろうと思い――私は歩を進めながらも、思い切りため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えられた始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠目から見た家と思わしきもの――は、絵に描いたような和風建築だった。
とても美しいつくりの家――だったが、完全に人の気配がないために無機質に感じられてやや物悲しく感じる。
だが、逆に言えば遠慮せずにこの家に入っても誰に文句を言われることはないと思えば、それはそれで気が楽だった。
…それに、独りで事をこなせるなお楽だ。
 遠目で見ていた時よりも「嫌な予感」は薄れ、多少楽なった心で玄関の引き戸に手をかける。
そのまま軽い気持ちで戸を引けば――そこには、土間の向こうにある廊下に子狐――の姿をした式神がちょこんと座っていた。

 

「お待ちしておりました――心皇様」

 

 ペコリと、私に頭を下げる式神。…どうやら彼が私にあてがわれた案内役――らしい。
状況の説明は、話せば長くなるのか、式神は名前を名乗るよりも先に「さぁ」と言って私を家に上がるよう促す。
私もそれに逆らうことはせずに家に上がれば、式神はトコトコと歩を進めてから振り向き、
「こちらです」と言って――私を適当な和室へと案内した。
 部屋に入ると、式神は適当な位置にちょこんと座る――ので、私も大体その前にあたる位置に腰を下ろす。
すると、式神は改まった様子でペコリと頭を下げた。

 

「はじめまして様。私はこんのすけ――
――あなた様の手助け役を仰せつかったものです。以後、よろしくお願いいたします」

 

 そう言って、もう一度ペコリと頭を下げる式神――こんのすけ。
丁寧なこんのすけの対応に、こちらも会釈程度に頭を下げて「よろしく」と挨拶を返した。
 私が挨拶を返すと、こんのすけは改まった様子で私を見ると、本題に入ってもいいかと尋ねてくる。
その問いに私は「ああ」と了承の意を返すと、こんのすけは大きく息を吸ってから
ゆっくりと私が置かれている状況――私に課せられた仕事について説明し始めた。

 

「現在、歴史の改変を目論む『歴史修正主義者』によって、過去への攻撃――過去の改変がなされようとしています。
歴史の改変は過去という現在の前提を破壊すること――今を守るためには、なんとしても『過去』を守らなくてはなりません」
「…その役目を私が?」
「はい――ですが、様だけが戦っているわけではありません。
多数の審神者が、過去を守るために戦っております」
「………審神者?」

 

 聞きなれない言葉に首をかしげる――と同時に、疑問が生じた。
 心皇が、過去の改変を阻止するために、全ての時間軸を見張っていることは知っている。
なので、過去の秩序を犯す歴史修正主義者なる者の排除に乗り出すことに不思議はない――が、
どうにも「多数の審神者が過去を守るために――」というのが引っかかる。
まるで、心皇一門以外の人間も過去を守るために動いているような――そんな、ニュアンスがあったからだ。
 …だが、そんな疑問よりも先に明らかにしておかなけばならないことがある。
それは言うまでもなく――審神者とはなんであるか、だ。

 

「審神者とは、眠っている物の思い、心を目覚めさせ、
自ら戦う力を与え、振るわせる――そのちからを持つ者のことです」
「……それは………物の式神化させるということか?」
「いえ、式神化ではありません。
物を付喪神として目覚めさせる――それが審神者だけがなせる技。様が持つ力です」

 

 付喪神とは、およそ百年の時を経た物に、霊力であったり、妖気だったりが宿ることで生まれる――
――「神」の字はついているが、私個人としては妖としてカテゴライズしている存在だ。
…まぁ、妖だからといって一概に悪いものとは言い切れないのは事実だが。
 そんな付喪神そんざいを生み出し、使役する力を持つという――審神者。
そして、私もまたその審神者なる存在である――というのだが、正直なところ眉唾物だ。
何度も言うようだが、私はそういった呪術的な要素には疎い。
だというのに、付喪神を目覚めさせるなんて能力が備わっている――とは、とても思えなかった。

 

「……なにかの間違いじゃないか?」
「いえ、そんなことはありません。様の力を見込んだのは、他ならぬ――大師匠なのですから」
「!」

 

 大師匠――こんのすけの挙げたその名によって、彼の言葉は全て肯定される。
これは心皇に属すものなら誰にでも通用する絶対的なモノ――否定することができない・・・・モノ、なのだ。
 大師匠の名にぐうの音も出ず――自分が審神者なるものであることを受け入れる。
未だに自分の力に疑問はあるが、それはいずれ明らかになることなのだから、それは現状は放っておいてもいいだろう。
――となれば、次に解消すべきは、他の審神者について、だ。

 

「…その審神者というのは、心皇に限ったものじゃないのか?」
「はい。陰陽宮はもちろん、一般人の中にも審神者はおります。……ただ………」
「…ただ?」

 

 今までスラスラと私の疑問に答えてくれていたこんのすけの言葉が、ここにきて滞る。
 言い難いことでもあるのか――と思っても後の祭り。
そう思うよりもこんのすけの言葉に次の言葉を――答えを促す言葉を口にしまったのだから、
今更、「話さなくても――」などとは言えず、じっとこんのすけの言葉を待っていると、不意にこんのすけが大きく息を吸った。

 

「…驚くとは思いますが――実はこの戦い、百年以上先の未来で起きていること、なのです」
「…………」

 

 意味が、わからなくて――思考がフリーズする。
眉間にしわがより、独りでに体は前のめりに――こんのすけに向かってズイと顔を近づいていた。
 私の行動にこんのすけはパタパタと手を振って「落ち着いてください!」と私を宥める。
そのこんのすけの大きな声に、若干頭の中にごちゃごちゃと溜まっていた情報が無へと帰り、
前に倒していた体を持ち上げ――大きく深呼吸を一つ付いてから、こんのすけに「どういうことだ」と説明を求めた。

 

「歴史修正主義者が大々的な活動を始めたのは2205年の事――
――時の政府は彼らの行いを阻止するべく、審神者を過去へ派遣しました。
しかしそれでも事は収まらず――一般人の審神者も駆り出したところ死傷者が出る事態となり――」
「――能力ある過去の裏側の人間を活用することを考えた――と」
「はい…」

 

 付喪神を目覚めさせ、使役する――という時点で、こちら側の領域であることはわかっていた。
 裏の世界とは、命のやり取りをする世界。
そんな世界に、審神者としての力があるからといって、一般人が足を踏み入れて長く勤めを果たせることはそう多くはないだろう。
そしてそれはこちら側の人間であればわかること――のはずだが、
だとしても新たな戦力を一般人の中から駆り出さなくてはならないほど、事は切迫しているのだろう。

 

「状況はわかった――それで?私はなにをすればいい?」
「はい!まずはあちらの刀をお持ちください」

 

 そう言ってこんのすけが前足で指すのは、床の間に置かれた刀掛台に収められた打刀。
こんのすけに促されるまま、その打刀を持って見れば、その感触は極々普通で、
特に長い年月を経ているようには思えない――が、とりあえずその刀を持ったまま私はこんのすけの前へと座りなおす。
するとこんのすけはやや緊張した様子で口を開いた。

 

「鞘から刀を抜いた瞬間、その刀は付喪神――刀剣男士として目覚めます。お心を決めて、刀を抜いてください」

 

 そのこんのすけの言葉を受け、私は刀を自分の目の前に持ち上げ、改めて手にした刀に眼を向ける。
鍔、柄、鞘――どれをとっても極々普通。加えて、特別な神力や妖力も感じられない。
正直なところ、自分の力もそうだが、この刀が付喪神として目覚めてくれるか――非常に不安だ。
 だが、それでもいつまでも不安を抱えて足踏みしていても仕方ない。
ふぅ……と大きく息を吐き、チャキと音を立てて刀を鞘から引き出した。

 

「っ!」

 

 刀を引き出した瞬間、カッと強い光が放たれ――ると同時に、手にしていたはずの刀の感触が融けるように消える。
だが、目がつぶれそうな光にそんなことを深く考えている余裕はなく、
私はただその光にから自分の目を守ることで精一杯だった。
 ――しかし幸いにして、その光のはほんの一瞬のもので。
後を引くことなく薄れていった光に、目を覆い隠していた腕を除ける――と、
私の前には、一人の男が人好きのする笑顔を浮かべて立っていた。そして彼は不意に私に向かってニッと笑って見せた。

 

「わしは陸奥守吉行じゃ。おんしゃがわしの新しい主か!」
「…陸奥守吉行……?」
「お?わしを知らんのか?
わしは坂本龍馬の佩刀として知られとぉ刀じゃ――ま、龍馬を知っとっても、わしを知らんのは仕方ないかのぉ」
「坂本龍馬の佩刀……?…悪いが、とてもそんな大層な刀には思えなかったが………」

 

 坂本龍馬――と言えば、日本のあり方を変えた明治維新、その出発点ともいえる薩長同盟を結ぶために奔走した幕末の志士。
過去の偉人としては、織田信長などの戦国武将に並ぶ知名度を誇る偉人だ。
そんな人物が携帯していた刀となれば、それ相応の刀匠が打った名刀であるはず――なのに、
先ほど私が手にしていた刀にそんな重厚感どころか、年季すら感じられなかった。
 だが彼が坂本龍馬の佩刀であるというのならそれは――

 

「――それも審神者の力、なのです」
「も?」
「ただの刀に名刀の魂を呼び、その魂を具現化させる――それもまた審神者の力なのです」

 

 こんのすけの言葉に「なるほど」と納得した。
 ただの刀に、名刀の魂を呼び入れたことで、ただの刀が名刀――の付喪神として現界する。
その理論は理解できる――し、刀に限れば、国宝級の刀を世界の危機とはいえ、ほいほい貸し出すわけにはそもそもいかないはずだ。
そしてそんな調子で戦力を調達していては、すぐに戦力は尽きる。
それを考えれば――その審神者という存在の能力はよくできている。
…ただ、付喪神の魂が分裂するかに関してはやや疑問が残るが――それは今考えるべきことではないだろう。

 

「疑ってすまない――」

 

 そう言ってから、私はスクと立ち上がる。そして、徐に右手を差し出し――

 

「心皇だ――これからよろしく頼む」
「おう、わしの方こそよろしくのう!」

 

 ぱしと握り返された手に感じるのは、暖かで力強いモノ。
これが名刀と呼ばれる刀の力か――と思いつつ、
これは坂本龍馬の傍で世界を見てきたからこそ形成された性質ちからでもあるのだと思う。
そんな彼の力を借り戦いというのも、なんとも申し訳ない感覚――だが、そうしなければ勝つことができないのだろう。この戦いは。
 この先に待つ戦いに、若干の不安を抱えながらも――私は一番重要なことをこんのすけに問うた。

 

「敵はどこにいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 刀剣乱舞夢、初回導入話でした。いつもどおりの安定感ですね!キャラとの絡みの少なさが!!
でも、次回からはガンガン増えていきますよ!(当サイト比)ふ、増えますってば!
 このシリーズでは、戦いの最中にあるほのぼのとした一場面を切り取っていけたらと思います。