退魔士とは、己が身を挺して人の世に死を振り撒く妖を滅する――それが仕事。
そして私は退魔士 で、それなりの場数を踏んだ――…自分で言うのもなんだが、実力を認められた戦力の一人だ。
…だから、自分の力にはそれなりの自信と自負があったのだが――
「…………」
「…未だに慣れませんか、様」
「ああ……」
ここは過去の時代の鳥羽――戊辰戦争の始点となった場所。
そしてそれは開戦の時を前にしており、私たちの敵である歴史修正主義者たちの手先――
――時間遡行軍が歴史の改変を成すべく行動を開始しようとしている。
そしてもちろん、それを阻止するべく私たちは既に行動を開始していた――が、その実働部隊の中に、私は参加できずにいた。
現在、私が始めて仲間とした刀剣男士・陸奥守吉行――通称・陸奥を筆頭に、
これまでの戦いの中で仲間としてきた刀剣男士が、歴史改変を止めるために戦地に赴いている。
そして、それを私はただただ見ているしかない現状だった。
正直なところを言えば、私も陸奥たちと共に戦いたい――
しかしそれは彼らの無事を思えばこそ、選択することのできない選択肢だった。
陸奥たち刀剣男士は付喪神という性質上、「世界」の理から見て歴史干渉の力が弱いらしく、
過去の時代に降り立ったとしても「世界」の異物として認知されることはない――が、ただの人間はそうはいかない。
悪意の有無ともかく、未来の人間が過去に降り立つことは許されることではないらしく――
――強力な妖刀の付喪神、通称・検非違使が問答無用でその存在を排除しようと動き出すのだ。
一度だけ、陸奥が重傷を負い、敵に追い詰められ、
思わず検非違使たちの目を欺く結界内から出てしまった時――私は検非違使と対峙した。
検非違使たちの存在感は確かに圧倒的な威圧感があった――が、死ぬ気で戦えばどうにかできそうな観があった。
ただそれも、一人であったなら――の話ではあるが。
強力な検非違使たち――自分一人の命であれば無茶も簡単だが、刀剣たちの魂を預かるものとして、それは許されない傲慢。
であるからこそ、私は大人しくこの結界の中で刀剣男士 たちが勝利の報告を持って帰還する時を待つしかない。
…ただ、戦える力あるからこそ、見守るしかできないこの現状は私にとって何よりもどかしく、辛いものだった。
宙に浮いた青銅鏡。そこに映し出されているのは、異形と戦う陸奥たちの姿。
戦力的にこちらが優勢で、次々に敵を倒していく――が、それでも敵部隊の隊長と対峙するまでに戦闘を重ねてきた疲労もあり、
紺色の軍服を着た桃色髪の少年――秋田藤四郎が負傷する。
それに続いて同じく紺色の軍服を着た少女――のように見える金髪の少年・乱藤四郎も負傷した。
だが、敵の攻撃はそこで止み、黄枯茶色の長髪を団子状にまとめた少年――今剣と、
紺色の軍服を着た白髪の少年――五退虎の改心の一撃が決まり、
全ての敵が完全な戦闘不能状態となり――そこで全ての戦闘は終了となった。
「っ〜〜〜……」
やっと終わった戦闘に、思わず声にならない安堵の息が漏れる。陸奥たちのことを信頼していない――わけではないのだが、
全員が全員、目覚めたばかりで戦闘能力が十全ではない。
だからどうしても危なっかしい部分が多くて――
「(心臓に悪い……)」
慣れない事
鳥羽での戦闘を終え、拠点としている邸へと帰って早々――私は秋田と乱の傷を癒すべき動き出す。
秋田たちに刀の状態に戻るように言い、刀の状態に戻った二人を抱えて屋敷の奥にある手入部屋へと入る。
そして、部屋にある二つの刀掛台にそれぞれを置き――刀匠の格好をした小人サイズの式神たちを呼び出し、
彼らに「頼む」と秋田たちの修復を頼めば、彼らは自信満々な様子でコクリと頷いてくれた。
どかりと畳の上に腰を下ろし、秋田たちの本体ともいえる刀を修復していく式神たちの姿を見守る。
幸いにして傷が浅かったこともあり、数分もすれば修復は完了となるだろう。
無傷で帰ってきてくれた陸奥たちも労いたいが、
やはりどうしても負傷してしまったものを優先してしまいたくなる――のは、人の性だと思う。
結果だけを考えれば、褒められるべきは陸奥たちなのだが。
そんなことを思いながら秋田たちの修繕を待っていれば、パチンという音が耳に届き思考が現実に引き戻される。
反射的に音の聞こえた方向――刀掛台がある方向へと視線を向ければ、そこには鞘に収められた秋田と乱の姿があった。
式神たちに礼を言い、下がってくれと言えば、式神たちはこくりと頷いて――札の状態に戻る。
床に並んでいる札を取り、腰に装着しているホルダーに札をしまう。
そして私は徐に刀たち手を伸ばせば――カッと強い光を放ったかと思うと、そこには人の姿を取った秋田と乱の姿があった。
「2人とも、よく頑張ってくれた――ありがとう」
「でも僕、負傷しちゃって…」
「それも頑張った証だ。胸を張っていいんだよ」
「主君…っ」
「ぶー、秋田ばっかり褒められてずるーいっ」
口を尖らせぴと、と抱きついてくるのは乱。
甘えるような仕草は少女のよう――だが、刀剣男士というだけに、スカートをはいていようと彼も列記とした男子。
なのに女子特有の色っぽさがある乱に、内心苦笑いを漏らしながらも、むくれた表情をしている乱を宥めるように頭を撫でてやる。
すると、先ほどまでのむくれた表情はどこへやら、乱は機嫌を直したのかニコリと笑顔を見せた。
すると、今度は秋田が何かをぐっと堪えているような表情を浮かべる。
私の自意識過剰かもしれないが、頭を撫でられた乱が羨ましい――のかもしれない。
やはり、言葉で褒められるのも嬉しいものだが、こう物理的に褒められる――というのは、それよりも嬉しいもの。
…ただ、嫌うものから頭なんて撫でられた日には「なんだこの野郎」と殴り飛ばすところだが。
私が秋田にとって嫌な主ではないこと祈りつつ、秋田の頭に手を伸ばし――ふわふわとした秋田の頭を撫でてみる。
すると秋田は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに彼の表情は照れを含んだ笑顔に変わっていた。
…どうやら、私は嫌われていないらしい。よかったよかった。
「ずるい……」
ふと、後ろから聞こえた声。反射的にそちらへ視線を向ければ、そこにはむくれた表情の今剣と、どこか困惑した様子の五虎退。
私たちの帰りを待ちきれずにやってきた――のかもしれないが、
この部屋に来てから10分程度しか時間が経過していないと思うのですが……。
「みだれとあきただけがほめられてずるいです!ぼくもほめてください!」
「そうだな、今剣も五虎退もよく頑張ってくれた――ありがとう」
「えへへー」
「っ……!」
つい、乱と秋田と同じ調子で2人の頭を撫でてしまった――が、幸いにして2人とっては嫌なことではなかったらしく、
今剣は笑顔を浮かべ、五虎退は恥ずかしそうながらもどこか嬉しそうな表情を見せていた。
…これは懐かれている、と思ってもいいのだろうか?……まぁ、例外も当然いるのだが。
「小夜はどうした?」
「さよはむつといっしょにいますよ」
「そうか」
小夜――というのは、藍色の髪に大きな笠が特徴的な少年の姿をした刀剣男士・小夜左文字のこと。
群れることを好まない――ではなく、他人を信じられないという、心に深い闇を抱えている短刀 だ。
それだけに、彼がこの場にいないことは何の不思議もない――のだが、
個人的にそれを良しとできない私としては、少し心に暗いものが落ちる。
…ただまぁ、まだ出会って日も浅いのだから多くを期待すること自体間違っているのだが。
小夜のことはとりあえず棚に上げ、秋田と乱の修復が終わったのだからこの部屋にいる必要はもうない。
長々といるには不向きな場所なので、作戦などを決める会議部屋へ移動するように全員を促す。
すると、秋田、乱、今剣から「はーい!」という元気な辺というが聞こえ、それから少し間をおいてから「はい…」と五虎退が答えを返す。
4人の返答を聞いてから、私は部屋と廊下を繋ぐ障子戸を引いた。
短剣勢をぞろぞろ引きつれ、会議部屋に戻れば――そこにいるのは小夜一人。
思っても見ない光景に「ん?」と眉間にしわがよれば、呆れた様子で小夜がため息をつき――徐に隣の部屋へと繋がる襖を指差す。
もちろん、小夜の言いたいことはわかっているので、答えを教えてくれた小夜に「ありがとう」と言ってから――私は襖に手をかけた。
「陸奥」
会議部屋の隣――居間でごろりと寝転がっているのは、第一部隊の隊長であり、それと同時に私の近侍でもある陸奥。
私と短刀たちを見ると「おう」と起き上がりもせずに手をヒラヒラと振る――が、
それからすぐに起き上がると陸奥は私ではなく秋田と乱に視線を向けた。
「おんしゃら、元気になったみたいじゃのぉ!」
「はい!あっという間に元気になりました!」
「おうおう、よかったのぉ――ん?」
修復を終えた秋田と乱の頭を撫でようとした陸奥。
秋田は大人しく撫でられた――が、それが嫌だったらしい乱はひょいと陸奥の手を避けると、むっとした表情で私の後ろに隠れた。
「ボクの頭を撫でていいのはだけなの。気安く触らないで欲しいなっ」
「………」
思っても見ない乱の発言に、思わず驚きで表情が固まる。
…いや、慕ってくれるのは嬉しい。乱たちを戦いの場に送り出しながら、自分は安全な場所から見守っているだけの私だ。
仕方ない――とはいえ、嫌悪されても仕方ない――のに、それでも好意を示してくれるというのは本当に嬉しいことだ。うん。
嬉しいことなんだが……仲間の厚意は素直に受け取って欲しいぞ、乱。
乱の思ってもみない行動に、全員が驚きの表情のまま固まっている――と、
不意に陸奥が「あっはっは!」とおかしそうに笑い出す。
またそれに驚いていると、陸奥は乱から私にのその視線を切り替えた。
「まっことうちの主は刀剣に慕われっとうのぉ!」
否定も肯定も、どちらもし難いことを、平然と言い放った陸奥。
どう返したものかと私が頭を悩ませていれば、今剣が「とうぜんです!」となぜか胸を張り、今剣に同調するように五虎退がコクコクと頷く。
それに続いて乱がまた私に抱きついて「そうそう」と今剣の言葉を肯定し――
――秋田は「陸奥さんもですよね!」となにか爆弾と思わしき言葉を投下した。
してそれに対する陸奥の反応と言えば――
「当然じゃき!」
ぐっと親指を立て、ニカッと笑って言って寄越す陸奥。
…いや、否定されるよりは全然いいが……。そうも真っ直ぐ好感を向けられると――さすがに照れる。
思わず今の状態がいたたまれなくなり、やや顔を下げで引きつった苦笑いを浮かべながら手を挙げて「ありがとう」とだけ返す。
すると今剣と秋田が、嬉しくないのかと尋ねてくる。
もちろん、みんなの好意は嬉しい。嬉しいのだが、なにぶんそういう感情を受けなれていないので――対応に非常に困るのだ。
「なにもそげん照れることはないじゃろう」
「…悪かったな。慣れていないんだよ、こういうのは……」
「じゃっ、ボクが慣れさせてあーげるっ!」
「ぼ、僕もお手伝いします!苦手なことは少ない方がいいですよね!」
苦手克服(?)を手伝ってくれる――という乱たち。彼らは本当に厚意で私の手伝いをしてくれようとしている。
それはわかっているが――こういうものは時間が解決してくれるものではなかろうか。
「い、今はもう少し時間をくれっ…。いきなりはハードルが高い…!」
「そっか…。うん、無理強いはよくないもんね」
「でも、僕たちの力が必要になったらすぐに言ってくださいね!」
「あ、あああ…ありがとう…」
笑みを引きつらせながらも乱たちに礼を言えば、
とりあえずこれで納得したらしい彼らはニコニコと笑顔を浮かべる――が、それでも私の傍から離れない。
…ううむ……一度落ち着く場を得たいんだが……。
「コホン。主様、ご報告がございます」
「こんのすけ――む」
咳払いをして全員の注目を引いたのはこんのすけ。
報告があるというこんのすけに視線を向ける――が、ふと視界の端に入ったモノが気にかかり、
そちらへと視線を向けてみれば、そこにあったのは机の上に載った一本の脇差。
だが、目を引くような装飾などはなく、どちらかといえば簡素な作りだった。
「先の戦いの中で手にいれた刀剣です」
先の戦い――それは鳥羽にて陣を張っていた部隊長との戦い。
秋田と乱の負傷で目に入っていなかったが、その戦いの中で陸奥たちはきちんと新たな刀剣 を回収していたようだった。
すっかり周りが見えなくなっていた自分を猛省しつつ、この脇差を持ち帰ってきてくれた刀剣 たちに「ありがとう」と礼を言う。
それに対して秋田たちと陸奥は当然といった表情を見せる――が、小夜だけはどうでもいいといった様子の表情を見せている。
だがそれでも嫌な表情を見せていないだけいい方だ。
机の上に載った脇差を取り、外に出してあるサンダルを履いて外へと出る。
…こうしないと、刀剣男士を現界させる際に土足で畳の上にあがられることになるので、
外に出るというのは刀剣男士を現界させるに当たっては結構重要なことだったりする。
…話が横道にずれた――が、そんなどうでもいい話題を振り払い、大きく息を吐く。
気を張ることをせず、力を込めることもせず、ただ自然に刀を引き抜けば、
カッと強い光がほとばしり視界が白に染まったかと思うと、ふっと白は引いていき――
――気づけば、私の前には秋田や乱たちと似た紺色の軍服を着た、五虎退たちよりも年上の黒髪の少年の姿があった。
「俺は鯰尾藤四郎。燃えて記憶が一部ないけど、過去なんて振り返ってやりませんよ!」
ニコリと笑みを浮かべて前向きな自己紹介をする鯰尾藤四郎に、「よろしく」と返すよりも先に――
「兄さん!」
「お兄ちゃんっ」
「に、兄さん…っ」
「わっ、お前たち!」
――まずは、粟田口兄弟の再会を見守るのが先だった。
■あとがき
刀乱夢話第二弾でした。増え…ましたよね?刀剣たちとの絡み、増えてますよね?!
刀乱夢主は、黙っていると無愛想に見えるけれど、仲間になるととっつきやすい子です。
それプラス審神者フィルターで一部刀剣(特に短刀)からは普通に懐かれます(笑)