俺の名前は鯰尾藤四郎。元小薙刀で、現脇差の付喪神――刀剣男士。
俺たちの刀剣男士の目的は、歴史修正主義者っていう連中が、歴史を改変しようとすることを阻止すること。
…正直、いつかの主のことを思えば、思うところがないわけじゃないけれど――

 

「うぅ〜…まめができちゃうよぉ〜〜…」

 

 俺と同じく粟田口吉光が打った小刀――で、俺の弟に当たる乱藤四郎が土いじりに堪えきれず愚痴を漏らす。
女子のような外見からも想像が付くとおり、乱は繊細――というか汚れ仕事を嫌う傾向にある。
だから、この泥にまみれて、力仕事の多い畑仕事は乱にとって苦痛なもの――なんだろうけど、

 

「ぼやかない、ぼやかない。これも主のため――頑張るぞー」
「はぁ〜い……」

 

 俺が主を引き合いに出して乱のやる気を引き出せば、
本当に乱は主の存在を理由に、嫌そうながらも止めていた手を動かしはじめる。
 甘え上手で、結構ワガママなところがある乱が、
自分の嫌なことを我慢してまで頑張っているのは――今の主のため。
乱にとって、今の主というのはそこまでの存在なのか――と、ちょっと驚いた。
 
 ざっくざっくと畑を耕しながら思う。
今の主が、自分の命を預けられる良い主君――信頼に足る主なのかを。
 まず、人望は――ある。弟たちをはじめとした小刀たちからはだいぶ――
――いや、かなり慕われているし、近侍である陸奥さんも主を信頼しているように見えた。
多少性格に癖はあるけれど、俺たちを大事に思ってくれていることはわかる。
俺も、主のそういう部分は認めている。優しいいい人だと。
でも、そんな優しい人だからこそ、戦場の指揮を執れるのかという疑問がある。
…まぁでも、それは俺の杞憂で済んですんだんだけど。
 指揮官としての手腕は上等。
加えて一人の兵士としての実力も十分に備えている――
――なんて、仕える主としてはかなり高水準だと思う。
優しくて、有能で――でも、俺にはまだ懸念があった。それは――がばりと失われている左腕だ。
 本当に、本当に有能な人間であれば、腕を失う――なんてことにはならない。
それはたとえ相手にしているものが人間ではなく、人を越えた異形――妖だったとしても。
だって主はその退治を専門家である退魔士――妖と対峙する危険性、そしてノウハウを知っているはずなんだから。
 きっと、主の腕は妖との戦いで失ったんだろう――でも、どうして失ったのか、が気になって仕方ない。
一応、俺は過去に縛られるタイプじゃないけど、でもやっぱり命を預ける以上は、
ちゃんと主のことを見極めておきたい――し、知っておきたい。損失それが、どうして起きたのかを。

 

「んじゃ、気合入れて頑張るとしますか」

 

 ――でも、まずはこの畑仕事を頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ったもの同士の話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主曰く、畑仕事には広い畑で働くことで視野を広く持ち、
力仕事することで持久力を向上させることができる――のだという。
正直、ちょっと眉唾物なんだけど、主がやれというからとりあえずやる。
 それに、畑仕事これをやらないと俺たちはもちろん、
一番食べないといけない主が食べれなくなってしまうんだから――拒否することはできなかった。
俺、そもそも土いじりは全然嫌いじゃないし。

 

「…………」
「………」

 

 いつもは大概、畑仕事の相方は短刀たち――なんだけど、なぜか今日は最近仲間になった打刀の歌仙さん。
刀には珍しい雅と風流を愛する感性の持ち主――なだけに、土に汚れる畑仕事は苦痛なはず。
だけど歌仙さんは文句も愚痴もこぼさず、黙々と雑草を引っこ抜いていた。

 

「……歌仙さん」
「…なんだい」
「畑仕事、好きなんですか?」

 

 意外と、疑問を疑問のままにしておくことができない俺。
畑仕事とは縁遠そうな歌仙さんが愚痴の一つもこぼさない――のが気になって、
遠慮なしに歌仙さんに疑問を投げてみれば、
歌仙さんは微妙な表情を見せたかと思うと、不意に「はぁ」と小さなため息を漏らした。

 

「…好きではないよ」
「そうなんですか――でも、仕事が速いですね」

 

 「弟たちとやるより早く仕事が片付きそうです」と付け加えれば、歌仙さんはまたため息をつく。
一応俺は褒めたつもりだったんだけど、歌仙さんにとっては褒められてもそんなに嬉しいことじゃなかったらしい。
 でもまぁそりゃそうなのかな?
文系の歌仙さんが、肉体労働はたけしごとが上手ですね――と言われも、一つも嬉しくないか。
――なんて、思っていると、また歌仙さんが小さなため息をついてから口を開いた。

 

「好き嫌いと、できるできないはまた別の話だからね」
「なるほど」
「…それに、主の命である以上、半端なことはできないよ」
「……え?」

 

 一瞬、思考が鈍る。歌仙さんは今、なんて言った?
いや、それよりも気になるのは歌仙さんの言葉の意味合いだ。
 今の歌仙さんの言い方は、主の命令だから仕方ない――
――じゃなくて、主のためだから仕方ない――という意味合いに取れる。
…これが、陸奥さんや短刀たちなら、俺も不思議に思わないけど、
つい昨日まで主を敬遠していた歌仙さんが言っているから――酷い違和感を感じる。
一体、歌仙さんの中でなにがあったっていうんだ――か、

 

「………聞いたんですか?主に」
「? 何の話だい?」
「左腕のことです」
「!」

 

 俺の振った話題に、歌仙さんは驚いた表情を見せる。どうやら俺の予想は当たったらしい。
 確かに、主の左腕の話を聞けば、
大概のひとは同情でもなんでもして、彼女に対して忠誠か庇護欲かを覚えると思う。
それぐらい、主の失ったもの、そして背負った業は大きいから。

 

「……知っていたのか」
「はい」

 

 歌仙さんの質問に肯定を帰せば――歌仙さんはどういうわけかため息を漏らす。
…もしかして、俺たちが知っているなら刀剣おれたちから聞きたかったのかな?
うん、たぶんそうだ。だって歌仙さん、それぐらい主のこと敬遠してたからなー。
 まぁでも、歌仙さんに聞かれたからって俺は答えなかったけどね。
だってあれは、おいそれと第三者が答えていいことじゃないから。

 

「…君は、…過去に興味がないんじゃなかったのかい?」
「興味がないっていうか…振り返るつもりはありません――けど、
これはばっかりは気になるじゃないですか。自分たちの命を預ける主のこと、ですから」

 

 うじうじと、過去を振り返って前に進めない――なんていうのは、俺の性に合わない。
でも、俺が知りたかったのは主の過去――じゃなくて、主が左腕を失った理由。
それは不慮だったのか、不注意だったのか――油断、だったのか。
自分の命を預ける以上、知っておかなきゃいけないことだ。――それに、俺の場合は弟たちもいるわけだし。
 俺の答えに、歌仙さんは渋い表情を見せる。
どうやら歌仙さんも俺と同じ理由で主に左腕の事を聞いたらしい。
やっぱり誰だって気になりますよね、それぐらい――主の欠損は大きいから。
 ――でもそう考えると陸奥さんは楽天的というか、危機感が薄いというか……。
…でも、主の近侍としては、それぐらいでいいのかな。

 

「鯰尾、君はあの本を読んだのかい?」
「ああ、あれですか。はい、読みましたよ」
「…なら君は、あの顛末をどう思った」
「そう…ですね。主にも過失があった――としても、主が全ての罪を背負う必要はないんじゃないかと思います」
「…やはり君もそう思うか…」
「――でも、俺たちがなにを言ったところで、主が考えを改めるとは思えませんけど」
「………」

 

 気楽な調子で俺が言えば、歌仙さんは困った様子でため息をつく――どうやら歌仙さんもそう思ってるらしい。
でもそれも当然かな。だって主は誰がなんて言ったって、自分以外の人間の非を認めようとはしないし――
――仲間の死を、全て自分の未熟さ故と言って譲らないんだから。
 真面目なのか、頑固なのか――悲観的なのか、卑下が過ぎるのか。
まぁ、なにが理由であれ、主が自分の考えを譲るとは思えない。
その頑固さ――意志の固さが、あの人の悪いところであり、良いところだから。

 

「歌仙さんは、主の考えを改めさせたいんですか?」
「……ああ、主があそこまでの業を背負う必要はない。最も責められるべきは――」

 

 歌仙さんの言葉に、思い浮かぶ顔は、眼鏡をかけた短髪の男の顔――主たちの戦いを地獄に変えた張本人。
確かに、コイツらの横槍がなければ、主は仲間を失うことも、そして左腕を失うこともなかった。
その事実を考えれば、歌仙さんの言うとおり、主がそこまで自分を責める必要なんてないはずなのに――。

 

「油断――って、どれだけしてたんですかね」
「…20人の術者に不意を突かれては、油断も何もあったものではないと思うのだけれどね…」

 

 歌仙さんがまたため息を漏らす。
確かに、歌仙さんの言葉には俺も同意するところ――だけど、やっぱり俺は主の考えを改めさせようとは思わない。
それは諦めた――というわけではなくて、それも主の個性かと受け入れようと思ったからだ。
 別に、主は自分の負った罪にさいなまれ、
その罪に責められることで自分の存在を肯定しているわけでも、自分の生きる意義を見出しているわけでもない。
ちゃんと、自分の罪を背負った上で前を向いて、確りと生きている。
であれば、その生き方は否定されるものでもないと思うし――少し、憧れるところもある。
…俺はまだ少し、過去に囚われているところがあるから――。

 

「――鯰尾、歌仙」

 

 不意に、声がかかって反射的に振り返る。するとそこには竹かごを背負い、手には竹の水筒を持った主の姿。
まさかの人物の登場に、一瞬きょとんとしてしまうけれど、
道をそれて俺たちの元へやってきた主を前にして思考が再度動き出して「どうだったんですか?」と尋ねた。
 俺が成果の程――川での魚獲りの成果を尋ねると、
主は俺たちに水筒を手渡しながら、満足そうな表情で「大漁だ」と笑って見せる。
別に主の言葉を疑ったわけじゃないけど、ほぼ無意識に主の背負っている籠を覗けば、
確かに主の背には透明な袋に入れられた大量の魚たち。
思わす「おー」と感心の声を漏らせば、主は「大漁だろう?」と笑った。

 

「今日は豪勢な夕飯になりそうですね」
「ああ、久しぶりの動物性たんぱく質だっ」
「たんぱく…?」

 

 主が少し興奮した様子でなにか言えば、その言葉の意味がわからないらしい歌仙さんが首をかしげる。
けれどそれの主がわざわざ答えを返すことはなく――何かを思い出したように、俺たちに渡した水筒を指差した。

 

「川で冷やしてきたお茶だ。今日は暑いからな、ちゃんと水分はとってくれ」

 

 そう言う主に「ありがとうございます」と言って、早速お茶に口をつければ、本当によく冷えたお茶が口の中へと入ってくる。
炎天下――ではないけど、日の下で黙々と作業をしていた俺にとって、これは何より嬉しい差し入れで。
ごくごくとお茶を喉に通し、喉を潤わせでから、思いっきり笑顔で「美味いです!」と言う。
すると主は「そうか」と嬉しそうに笑ってくれた。
 やっぱり、こういう時の主の笑顔はいいと思う。
俺たちが喜んでいることを本当に喜んでくれいる――それがよくわかるから。
それに、こんな笑顔を浮かべている人が、過去に囚われて苦しんでいるとは思えないから。

 

「それじゃ歌仙さん、三回戦も頑張りましょうか!」
「ああ――これも皆のため、だ」

 

 歌仙さんの言葉に、内心で苦笑いが漏れる。
さっきは主の命うんぬんと言っていたのに、主の前ではみんなのため、なんて。
まぁ、そんなことを言ったら、主は「みんなのために、だろう?」と歌仙さんをたしなめるんだろうけど。
 そんなことを思いながら、俺はもう一度主の持ってきてくれた水筒に口をつけ、
その中身を飲み干し――「頑張りますね!」と主に笑顔を返して、また畑に生える雑草たちとの戦いを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 鯰尾兄ちゃんから見た夢主のあり方とかうんぬんの話でした。歌仙さんとはちょっと対照的。
普段は前向きな印象を受ける鯰尾兄ちゃんですが、回想を見ると結構過去を払拭し切れていない感じがありますよね。
しかし!そこがいい!そのギャップがいい!!ちょっと危ういところがありげな鯰尾兄ちゃんが大好きです(笑)