審神者して、歴史修正主義者の攻撃から過去を守る役目についておよそ一ヶ月が経過している。
それに伴い、最初は陸奥だけだった刀剣(なかま)も、今では第二部隊を結成できるまでに増えていた。
 比較対象がないので厳密なところはなんとも言えないが、それなりに私の審神者としての任務は順調に進んでいると思う。
どうしても、この欠落した左腕のことで、新しい仲間が加入する度に敬遠されたり、実力に不安を覚えられたりもするが、
それでも私なりの事実を話せば――薩摩が事件の報告書を引っ張り出して、彼らはそれを見ると私への警戒を解いた。
 …刀剣たちが警戒を解いた理由が、同情ではないとわかっているが、それでもやはりむず痒いものがある。
私が全部悪いのに、そうではない――と勘違いしてしまいそうで。
 私に、左腕のことを聞いてくるものもいる中で、そんなことは一切聞かず、私の実力だけを確かめるものもいる。
左腕の失った理由がなんであれ、力が、強さがあるならそれでいい――そういう刀剣たちも。
 …正直、こういう連中の方が私の肌には合っている。
言葉など交わさずとも、力でお互いを知れる――そんなあり方が。
そして、そんな乱暴なやりかたで、彼らは私を主として――自分の命預けられる人間だと、認めてくれた。
 歴史修正主義者――の手先・時間遡行軍の戦いは過度の苦戦はなく、
刀剣たちとの関係も良好――と、特別危機感を覚えることはなく、本当に私たちの戦いは順調だ。
そう、順調……なんだ。任務は。

 

「う゛ー……」

 

 自室の机に突っ伏し唸る。
今日はもう時間遡行軍との戦いも終わり、あるものは内番の仕事をこなし、
あるものはその手伝いをし、あるものは自分の時間をすごし――と、各々の時間をすごしている。
そんな中、私も自分の時間をすごしていた――唸りながら。
 私は悩んでいた。
でも、部隊の編成でも、刀剣たちの刀装のついてでも、明日の内番の担当についてでもない。
私が悩んでいるのは――この邸の食事についてだった。
 この邸は、私が審神者としての任を果たすために特別に用意された――結界空間。
だが、この結界内には森、山、川と豊かな自然を要しており、キノコ、山菜、川魚と、多くの恵みを提供してくれる。
加えて、邸から少し離れたところにある畑では野菜を栽培しており、
まだ収穫には至っていないがそれでももう数週間もすれば収穫の時を迎えるだろう。
 それでも、主食である米と、調味料各種ばかりは自分で用意できるものではない――ので、定期的に本家から支給されている。
そう、必要なものは、支給されている。だから、この場所と、私の時代を繋ぐ手段はない――わけじゃない。
 なのに――

 

「肉…肉が食いたい……」

 

 肉が、支給されない。鶏肉も、豚肉も、牛肉も。
 私は肉が好きだ。焼肉とか、しゃぶしゃぶとか、すき焼きとか、本当に大好きだ。
野菜も、けして嫌いなわけではないが――肉が好きだ。
審神者としての任を受ける前までは、週六で食べていたぐらいに好きなのだ。
 ――なのに、ここ数週間は肉という肉を食べていない。
…確か、最後に食べた肉は森の中で狩ったウサギの肉――ああ、あの時は刀剣のみんなにドン引きされていたな。
まぁ、それよりも肉を食べられるという事の方が重要――というか、
舞い上がっていたので興奮を取り繕う余裕はそもなかったんだけれど。
 動物性たんぱく質が足りないわけじゃない。
それは魚から摂っているし、たんぱく質自体は本家から支給された大豆で補っている。
大豆がいいなら肉も――と思うが、やはり生肉は足が速い。
それに対して大豆は肉なぞよりずっと日持ちがする――上に、栄養豊富だ。
それを考えれば本家の方針は何一つ間違っていないのだが――

 

「…薩摩、頼む……」

 

 一縷の望みをかけて、私は一通の手紙を薩摩に手渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

代的コミュニケーション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシと、頭の中で軽い火花が奔る。
けれどそれは私にとって有害なものではなく――寧ろ、歓喜の知らせだった。
 口をつけていた湯飲みを机の上にドンと置き、みっともなく自室から飛び出す――と、危うく大倶利伽羅とぶつかりそうになる。
ただ、お互いに反応がよかったおかげでぶつかって大惨事――ということはなかったが、
それでも急に飛び出した以上、非があるのはこちらなので、謝らなくては――と思ったところで、私の頭に名案が一つ浮かんだ。

 

「すまない――あと、一緒に来てくれ!」
「なっ…?!」

 

 謝って、から問答無用で大倶利伽羅の手を取り走り出す。
とっさのことに大倶利伽羅の抵抗はなかった――が、玄関まで来たところで、ぐいと手を引かれた。

 

「……なんのつもりだ」
「それはあとで説明する。とにかく今は付いてきてくれ――頼む!」

 

 私が思いっきり、頭を下げれ――ば、大倶利伽羅が大きなため息をつく。
それは更なる拒否――ではなく、抵抗を諦めたもだった。
 他者とつるむことを好まない大倶利伽羅ではあるが、不要に他人を拒絶したり、くってかかるようなことはしない。
加えて、実力を認めてくれたらしい私には一定の敬意を払ってくれているようで、
嫌な顔をしたり、無言の抵抗を見せたりはするが――割と最終的には私の願いを飲んでくれる。そして今回も――

 

「……わかった。…だから手を離せ」
「ああ、恩にきる!」

 

 大倶利伽羅の手首から手を離し、急いでスニーカを履く。
そして、大倶利伽羅を見れば、彼も外に出る準備は整っているようだったので――
――ガラッと玄関と外を繋ぐ引き戸を思いっきり引き開けると、そのままの勢いで外へと飛び出した。
 思い切り走って邸の敷地内から出る。
歩幅の差か、私のスピードに大倶利伽羅はちゃんと付いてきてくれる。
他の仲間達と比べれば、大倶利伽羅の機動力はあまり高いとはいえないのだが、人の域から見れば十分すぎる速力だ。
これであれば、敵に先手を取らせず、無傷で敵を屠ることは容易だろう――なんてことを考えながらも、とにかく奔る。
邸を抜け、多少踏みならされた獣道の行き、見えてきたのは――

 

「肉!!」
「っ…!誰が肉じゃー!!
「ああっ!」

 

 ぶん投げられ、袋から舞い飛ぶ――色とりどりの赤を内包する白。
それは落ちたところで、どうということはない――が、待ち望んだそれを無残な格好にはしたくないと、体は勝手に動き出す。
 ズダンッ!と地を蹴り一瞬で距離を詰め――可動できる全ての箇所を使って
赤を内包する白――肉を内包する発泡スチロールのパックの全てを受け止めた。

 

「華焔…辛い…!早くとってく――ださい…!」

 

 私の前にいる――のは、肉の入った袋をぶん投げた少女・山打華焔。
サフランイエローのセミロングの髪を前で緩く三つ編みに結った姿は非常に愛らしい――が、
この通り頭に血が昇るとなかなかに乱暴な行動に出る非常に気の強い少女だ。まぁ、慣れてしまえばどうということはないが。
 ため息をつき――ながらも、華焔は私の足やら頭やらに乗った肉を回収し、
私の腕に掛かっているビニール袋の片方を取り、テキパキと回収した肉を戻していく。
そしてそのままビニール袋を私に任せると――不機嫌この上ない表情で私を睨んだ。

 

「すまない――とは思うが、私も追い詰められていたんだ」
「…アンタのそれはもう中毒ね、中毒」

 

 不機嫌な表情――から、華焔は表情を呆れ顔に変えると、深いため息をつく。
だが、それは呆れている――のではなく、私の肉中毒をどうこうするのは、この上なく難しいと諦めるもの。
かなり微妙なところではあるのだが、付き合いが長いだけに、彼女の感情の見当をつけるのはそれほど難しいことではない。
――おそらく、それは彼女にもいえたことなんだろうが。

 

「…ところで、後ろの人が――」
「ああ、刀剣男士の大倶利伽羅だ」

 

 華焔に私の後ろにいた大倶利伽羅を紹介すれば、華焔は「よろしく」と言って大倶利伽羅に手を差し出す。
…けれど、やはり大倶利伽羅が華焔の握手に答えることはなく――変な沈黙が続いた。
 だがそれも長くは続かず、不意に華焔の不機嫌そうな視線が私に向く――ので、私はとりあえず苦笑いを返す。
すると、華焔は諦めた様子でため息を一つ漏らす――と、
背負っていたダンボールの箱を下ろすと、ずいと大倶利伽羅に向かってそれを差し出した。

 

「持ってもらえる?」
「………」

 

 華焔の言葉に、大倶利伽羅の不満げな視線が私に向く。
肩をすくめ、手を顔の前に上げれば、大倶利伽羅は変わらずむっとした表情を見せながらも、
文句は言わずに華焔の手から荷物を取り、軽々と背負って見せた。

 

「あー疲れた――全体的に」
「? 全体的に?」
「…アンタね、私の格好見て何も思わなかったわけ?」
「…ああ、肉しか見えてな――でっ

 

 スパーンと引っ叩かれる後頭部。非常に痛い――が、それも止む無し。
おそらく、華焔がなにか凄い格好をして――ああそうか、背にダンボール背負って、両手にはパンパンのビニール袋。
なにの事情も知らない人から見れば、それは異質――それが一人で、なのだから余計に異様に見えただろう。
 そんな人たちの奇異の視線を浴びながら町を越え、
舗装もされていない獣道を歩いてきたのだから――それは確かに、精神的にも、肉体的にも消耗したことだろう。
…しかし、それをわかっていながらこうしてきてくれる辺り――

 

「いい幼馴染を持ったものだ」
「…じゃー私は嫌な幼馴染を持ったもんよ」

 

 ケッ、と悪態をつき顔を逸らす華焔――が、髪の隙間から見える耳は真っ赤。
口にしている言葉とは裏腹に、彼女の胸には私の言葉は響いているらしい。
それを思えば、やはり私はいい幼馴染を持ったものだと思う――こんな可愛い幼馴染なのだから。

 

「ふっ」
「……なによ、その笑みはっ」
「いや――可愛いなと思って」
「っ――二度とその口、使えなくするわよ…!」
「いででで」

 

 グイと頬をつねり引っ張る華焔に、苦笑いしながら「すまん」と謝る――けれど、
その謝罪がテキトーなものであると気づいた華焔は更にぎゅうぅと頬をつねるので、
さすがにそれには私も堪えられず――

 

「ゴメンゴメンゴメン」

 

 顔を青くして謝れば、華焔は「フンッ」と鼻を鳴らして――私の頬から手を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 版権キャラとの絡みがほぼない話でした。挙句、ほとんど中身がなかったですね!(開き直り)
ただこの話、後編のための前振り話なので、軽くスルーしてくださるとありがたいです。
次回話は(弊サイト的に)キャラとの絡みが多い話になります!後編がメインなんです!!(逃)