古来、日本に肉を食べるという習慣はあまりなかった。
まぁ一応、雉やウサギ、猪を狩ったりして食べる習慣はあったようだが、
それも猟師など極一部に限られた話であって、農民を多く要する日本では一般的な話――ではなかった。
そして、日本の肉食文化が浸透しはじめたのは――刀が廃れはじめた時期からだった。
 華焔が持ってきてくれた屋外用のコンロに木炭をくみ上げ、そこに火を入れる。
少し待ってから一気に下から団扇で空気を送り込めば、ゆっくりとだが確実に木炭に火が入る。
無心で団扇を扇ぎ、大体の木炭に火が入ったところで木炭を追加して――これで、とりあえず火の準備は完了した。

 

「華焔!牛肉!」
「はいはいはいはい」

 

 笑顔全開で華焔に言えば、華焔は慣れた様子で私に肉の入ったトレーを手渡してくれる。
それをトングでどんどんと乗せていけば――たまらない香りが鼻腔をくすぐった。
 おそらく、刀剣みんなは私の豹変ぶり+肉を食べるという構図に引いていることだろう。
彼らが生きた時代において、肉を食うなんてことは珍しいこと――なのだから、
私の異常なまでの肉への歓喜は気持ちの悪いものだろう。…というか、現代でも普通に気持ち悪がられるのだから間違いない。
 気持ち悪いと思われている――なんていうのはもう慣れているのであまり気にならないので、
網の上に載せた肉をひっくり返してから数十秒――が経ったところで、トングから箸に持ち替えて全ての肉を回収する。
ああっ、なんという甘美な光景…!肉、肉、肉――待ち望んだ肉がてんこもりっ。では早速!

 

「いただきますっ」

 

 口に広がる――のは、ほとんどタレの味。
だがまぁ、このジャンキーな味も久々であればこの上なく美味い。肉も薄い割りに固い――って、

 

「……華焔…?」

 

 安い肉――にしても、あまりの質の悪さに思わず私は華焔を見る。
けれど華焔は少しも表情を変えず――いや、やや冷たい表情で「アンタの場合――」と切り出した。

 

「とりあえず安い肉でお腹膨らませた方がいいのよ」
「………」

 

 ご尤も――といえばご尤もだ。割と私は質より量派――なので、そんな高い肉を初っ端から食べるなんていうのは勿体無い。
それに今回は長い禁肉生活もあり、余計に味よりも肉というものを食べること自体に重きが向いている風がある。
であれば、安い肉をよく噛んで食べて腹を膨らませてからいい肉を食べた方が経済的だろう。
…でも、経済的も何も――出資者は私なんですが…。
 そんなことを思ってジト目で華焔を睨むけれど、
華焔はまったく涼しい顔で網の上で焼かれている厚く大きな牛肉に塩と胡椒をふっている。
思うところはある――けれど、私に多くを言うことはできない。
私が出資者とはいえ、多くの労を払ってこれらの荷物を東京から鹿児島まで持ってきてくれたのほかならぬ華焔だ。
そんな彼女にこんな小さいことで文句を言うのは、あまりにも失礼だ。
 とりあえず、皿に盛った焼肉を口にする。
濃い味のタレが染みこんでいる――のはいいが、やはり少々肉の固さが気になる。
でもまぁ、噛み応えがあると思えば悪いものでもない。
これをご飯と一緒に食べようとすれば問題だったろうが、これだけで食べれば触感は問題ない。
ただ――ご飯がないとしょっぱいな。

 

「主、それ美味しいんですか?」

 

 不意に、横からひょいと私の皿の中を覗き込んできたのは鯰尾。
匂いに誘われてかなんなのか、他の面々が敬遠している中、鯰尾は好奇心の混じる視線を肉に向けている。
一瞬、食べてみるか――と、皿の中の肉を渡そうと思ったが、
初めて食べる肉の味と触感がこれではあんまりなので、「ふむ」と言って満足げな表情を浮かべている華焔に視線を向けた。
 私が華焔に視線を向けると、それに気づいた華焔はフッと笑みを浮かべる。
そして焼きあがった肉をテーブルの上に用意されたまな板の上で切り分けると、
それを箸と一緒に「はい」と言って鯰尾に差し出した。
 私も食べていない――上に、
初対面の人間から差し出された肉を食べることに抵抗があるのか、
鯰尾は珍しく少し困惑したような視線を私に向ける。
まぁそりゃそうかと思い、私が華焔に視線を向ければ、華焔は「はいはい」といった調子で頷く。
それは当然、了承なわけで、内心で「やったー」を両手を挙げながら――いい加減に火の入った分厚い牛肉を口の中に放り込んだ。

 

「……鯰尾」
「…はい?」
「美味いぞ」

 

 ゆるっゆるの笑い顔で鯰尾に言えば、鯰尾は苦笑いを見せる。
おそらく、私の天に召されたレベルに穏やかな表情にどう反応したらいいのか困っているのだろう。しかし、そこは勘弁して欲しい。
久しぶりに――審神者としての任を受ける以前から数えても久しぶりに口にした上等な肉なのだから。
 鯰尾たちは日本刀――なので日本人の人柄というのもきっちり受け継いでいる。
そう、頼まれる、勧められるを断れない人の良さ――も、だ。
なので当然、鯰尾も「やっぱり――」なんて拒否することはなく、やや怪訝そうな表情でただ肉を見てた。

 

「……無理に食べなくてもいいぞ?」
「いえっ、何事も挑戦ですから!」

 

 ――と言って、勢いに任せて箸を取る鯰尾。
そして更にやっぱりそのままの勢いで肉を口の中に突っ込めば――

 

「…………美味い」
「だろう?」

 

 驚いた表情で「美味い」ともらす鯰尾。
たとえ食べることに抵抗感があっても、口にすれば美味い――というもの意外とは多い。
特に肉なんていうのは、現代では基本誰でも食べられて、かつ美味しいと感じるのが基本なメイン食材だ。
旨みを感じることのできる日本じんであれば、肉の旨さも感じられて当然――不味いと思うヤツの方が少ないだろう。

 

「…もう一切れ、貰ってもいいですか?」
「ええいいわよ。好きなだけ食べて」
「華焔、私は――」
「だからアンタはそれを食べてから」

 

 思わず「ぅぐ」と声が漏れる。
別に、今食べている肉が食べられないぐらい不味い――というわけではないんだが、
やはり先ほどの上質な肉を食べてしまっては、非繊細なあの肉を食べるのにはやや抵抗があるのだ。
…まぁ、なにを言ったところで華焔が自分の発言を取り下げるとは思えない――ので、大人しくノルマの肉を食べ進めていくしかない。
 ――そんな中、刀剣たちの輪の中では変化が起きていた。
鯰尾が肉を食べ、かつ美味いと言ったことで彼らの肉に対するハードルが下がったらしく――
――陸奥がわくわくとした様子で華焔から箸をもらって肉を口の中に放り放り込めば、
「おぉっ!」感嘆の声を上げたかと思えば「美味い!」と笑顔で声を上げた。
 今度はそれを見た短刀たちがわらわらと華焔に箸を要求し、
箸をもらった者から肉を口にしていけば――「美味しい!」と次々に声を上げる。
それを笑顔で見守っていた――のだが、その輪に加わっていないものが約三名。
一人は大倶利伽羅なのだが、彼はまぁ性格上仕方ない――として、
陸奥を除いた打刀二名――歌仙と、最近仲間に加わった加州清光が加わってこないのは少し不思議だった。

 

「二人はいいのか?」
「…私は………」

 

 私の問いに、歌仙は顔を背けて抵抗の意を示す。
まぁそれも仕方なのかもしれない。歌仙は雅を愛する風流人。
そんな彼が獣の肉を食べる――なんて、彼の感覚的に野蛮な行為を率先してしたいとは思わないだろう。
 美味しいのになぁ…と思いながらも、それを強制することはせずに「そうか」と返して――
――私は沈黙を貫いてる清光に「清光も嫌か?」と尋ねると、
なぜか清光はいたずらっ子のような笑みを浮かべて私の元へ一歩近づいた。

 

「アンタが食べさせてくれるなら、食べてやってもいいけど?」

 

 清美の発言に、歌仙が「ぶっ」と噴出し、何処かでぺきと音がすれば「兄さん?!」と秋田の声をあげる。
…まぁ、ビックリするよな。どうしてそんな話になったやら。

 

「いや、清光?自分で食べても、私が食べさせても味は変わらないぞ?」
「なに?嫌なわけ?」
「いや、まぁ……嫌ではないが…」
「ならいいじゃん。食べさせてくれよ――あーるじっ」

 

 にこと笑って顔を近づけてくる清光に苦笑いが漏れる。
まぁ、こうして私のわがままに付き合ってもらっているのだし、これぐらいの要望に応えるぐらいはしないとダメだろう。
 華焔に言って新しい箸を用意してもらうように言う――が、それを清光が止めてそのままで言いという。
まぁ当人がそれでいいと言うので、それに従って華焔の差し出したまな板から
一切れとって清光の前へ差し出せば、清光はパクリと肉を口にする。
そしてもごもごをしばらく口を動かす――と、ごくりとのどを鳴らしてから意外そうな表情で「美味い」と言った。

 

「ならよかった」
「うーん、これは意外……。な、もういちま――」
「――それは、さすがに甘えすぎですよ。清光さん」

 

 清光のセリフを遮ったのは鯰尾。
甘えすぎだと清光をたしなめる鯰尾の顔には苦笑いが浮かんでいる。
おそらく、打刀の清光がこれでは、短刀たちの手本にならない――教育上よろしくないと判断したんだろう。
 そう考えが至れば、私も配慮が足りなかったのだと反省する。
確かに、清光だけのことを考えて、周りの事――周りからどう見えるかまでは考えていなかった。
ぅうむ…。まだまだ、視野が狭いんだなぁー……って、

 

「いーじゃん別にぃ。主は嫌がってないんだしさー」

 

 私の頭にあごを置き、抱きつく格好で清光はふてくされた様子で鯰尾に反論を返す。
すると、苦笑いが浮かんでいる鯰尾の眉間にしわが一本増えた。
 …どういうわけだか、あまりいい予感がしなかったので、鯰尾が口を開くよりも先に私が口を開く。
「そういう問題じゃないだろ?」と。
すると、私にまで注意された清光はよりむくれた表情を見せ、不服げに「俺だけ悪者かよ」と漏らした。

 

「確かに最初は私も同罪だが、引き下がらなかったのはお前の分だよ」
「…へーへー、悪ぅございましたー」

 

 半ば開き直った様子で謝罪を口にする清光。
明らかに反省している様子は見受けられない――が、今ここでこれ以上彼を責めたところで、
どうなるものではないと半数以上が理解しており、特別清光の態度を非難する者はない。
それに清光は賢い子だ。態度はああだが、ちゃんと学習している。
そも後からあーだこーだと言う必要のないヤツ――なんだが、

 

「……清光、どいて…くれないか?」
「なに?邪魔??」
「いや、邪魔ではないんだが……周囲から見てどうかと…」

 

 いつの間にやら抱きつく格好から、組んだ腕を私の頭の上に置き、思い切りよりかかる格好に変わっていた清光。
邪魔か否かを問われれば、邪魔は邪魔――だが、我慢できないほどではない。
こちらの都合につき合わせていることを――と思えば目をつぶれるのだが、
先ほどと同様にこの体勢が周りから見て不快なものであるか否かが心配だった。
 …後ろから、トゲトゲしい視線を感じるし、前にいる華焔は呆れた顔をしているし、
同じく鯰尾は――眉間のしわが更に増えている。
明らかに……明らかにご不興を買っている気がする…。

 

「体面なんて気にするんだ?」
「つい数分前の話だからなぁ…」

 

 自分と相手が嫌かどうか――だけではなく、周りがどう感じるかも考慮して行動しなくてはならない。
その必要性を学んだばかり――だというのに、初っ端からそれを忘れて迂闊な行動に出るわけにはいかない。
そこまで阿呆だと思われても困る――のもあるが、やはりみんなの気分を害すのは嫌だから。
 そんなことを思いながら顔を少し上げ、清光の顔を見る。
すると、清光は一瞬きょとんとしたような表情を見せる。そしてそれをどこか困ったような笑みに変えた――と思ったら、
その次の瞬間にはイタズラを思いついた子供のような笑みを見せていた。…あれ?これ不味い??

 

「――なら、二人っきりの時はいいわけ?」

 

 私から離れて、そのまま私の前に立ち、清光がそう言う――と、ざわ…と空気がざわついた。
 なんぞ、揚げ足取りな清光の問いかけだが、
答えないわけにもいかない――し、どうにも上手い返しが思いつかないのだから仕方ない。
…とりあえず。とりあえず事実だけ返しておこう。

 

「まぁ……理論上は」

 

 清光へのおよそ肯定を私が返した瞬間、その場の空気はカオスと化す。
ただ6割方、私に対する呆れなので存外カオスではないかもしれない。
 …よし、いっそのこと全員、私に呆れて団結してくれ。
そうして、私を責めるなりなんなりしてください…。…ではないとこの沈黙に――

 

「はーい、次の肉が焼けたわよー。おチビたちー、美味しい内に食べなさーい」
「「はーい!」」
「む〜、ぼくはおちびではないですよっ」
「はいはい、わかったわかった――ほら、冷めちゃうわよ」

 

 おチビと言われたことが不満だったらしい今剣が華焔に抗議を返す――が、
それを華焔はお見事にスルーして、そのまま今剣の皿の中に新たに焼けた肉を突っ込む。
それでも今剣の気は治まらなかったようだけれど、華焔に早く食べるように急かされ、そのまま肉を口の中に放り込めば――
――「おいしいです!」と先ほどの怒りどこへやらといった様子でキラキラと目を輝かせていた。
 …ああ、ありがとう。本当にありがとう…華焔と短刀たち……!
お前たちのおかげで、淀みきった空気が何とか動き出しました…。
いやはや、一時はどうなることかと………。

 

「おねーさん、俺にも肉ちょーだい」
「……イイ性格してるわね、アンタ」

 

 そう言って華焔は、箸と一緒に肉を取り分けた皿を、
いつの間にか私から離れていっていた清光に少し呆れたような苦笑いで手渡す。
けれど、清光はそれを気にした素振りもなくけろりとした様子で「どーも」と答えて、皿の中に肉に箸をつけた。
…イイ性格……なんだろうか、これは…。まぁ…なかなかなイタズラ好きで、肝が据わっている――のだからイイ性格…なのか。
 少々、困ってしまうところはあるが、
それでもこうして早く地が出せるほど打ち解けてくれているならそれに越したことはない。
新入り君のささいなイタズラだ。先輩諸君らには、少し大目に見てもらおう。

 

「主……」
「なんだ、歌仙」
「主は…清光に甘くありませんか?」
「まぁ…まだ清光は仲間になって日が浅いからな。多少のワガママは――いいだろう?」
「ですがこれでは――」
「お前も、」
「!」
「お前だってあっただろう?短刀たちの手本になっていない時期が」
「――………〜」

 

 頭が痛いとでもいうかのように額に手を当て、「はぁ…」とため息をつく歌仙。
過去の自分の姿を思い出してなんとも言えない気持ちになっているのだろう。
だがそれも、歌仙に心当たりがあるからだ――かつての自分の身勝手ワガママに。
――まぁそれも、主が問題点の多い私だから起きてしまった問題モノだが。

 

「……私が原因か、みんなが問題を起こすのは」
「………まぁ……大きく括ればそうかもしれません」
「…左腕のことは難しいけど………性格的な部分はどうにかしたいな」
「……それは不要です」
「………どうして?」
問題それは個性の衝突によるもの――そも不可避のもののために、主の個性を殺す必要はありません」
「……であれば、清光のようなことがまた起きるかもしれないぞ?」
「………それもまた止む無しかと…」

 

 苦い表情で言う歌仙に思わず笑みが漏れる。
最初は嫌った個性わたしを、殺す必要はない――とまで言ってくれるとは、随分と信頼を得たものだ。
やはり、戦いの中で培われる絆というのは、成長が早いものなのかな?
 ――でも、

 

「こーゆーのも、大事だよな」

 

 知らぬ間に、大倶利伽羅まで輪に引き込んでいる華焔の手腕に舌を巻きながら、
私は戦から離れた楽しい一時を十二分に満喫するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 前編のキャラとの絡みのなさを挽回する――ことができたと思います。(弊サイト比)
あえて経緯は省きますが、清光ちゃんは夢主に懐いている設定です。ただ、常にはべたべたしてません。
自分が懐きたい時、他人をイジるために懐く、イタズラ好きのネコっぽい感じ――が、我が家の清光ちゃんです。