いつぞ我が本丸 へやって来たサフランイエローの少女――山打華焔。
彼女は私にとって、同門の人間以外としては唯一の幼馴染と呼べる存在で。
親同士が親しかった関係で、私と華焔も自然と仲がよくなり――気づけば、無遠慮に頭を引っ叩かれるような間柄になっていた。
気兼ねない、幼い頃からの友達である華焔だが、ある時から仕事上でも重要な関係になっている。
それは私と華焔の父親同士が築いた関係と同じ――退魔士と、鍛冶師の関係。
そう、華焔は私の使う刀のほとんどを打っている――私専属の鍛冶師なのだ。
私に、多くの刀を打ってくれた華焔――だが、ここしばらくは鍛冶師として華焔の世話にはなっていない。
私の刀たちの手入れは自分でやってみたり、保管先でやってくれたりで、
わざわざ忙しい華焔に頼む必要はなく、新たな刀が必要になることも減っていたので――
――本当にここ最近、華焔には鍛冶師としてではなく、一友人として助けてもらっていた。
…そんな華焔が、唐突に本丸にやってきて、そこから更に鍛刀を初めて早数日。
未だに、華焔は鍛刀場を拠点にしてこの本丸での生活を続けていた。因みに、私に対してこの状況の説明もなにもない。
思い切って一応本丸 へ来た訳を聞こうとしたけれど、「うっさい」の一言で一蹴され、
しかもその顔が不要な干渉NGの表情 だったもので、華焔様の逆鱗に触れるわけにはいかず――なにも追求できずにいた。
「悪い、そこの醤油とってくれ」
「はいっ、どうぞ」
「おう、ありがとよ」
「ねーねー、この浅漬け、しょっぱくなぁい?」
「そうかぁ?これくらいで丁度いいだろ?」
「…そうですね、もう少し塩気が控えめでもいいかもしれませんが……」
「白飯のお供にゃあ、これぐらいがちょうどええじゃろ」
「だよなー」
「……ぅんぐっ」
「ん?どうしたんだい?清光くん」
「………卵の殻、食った…」
「ふぇえええ…!ご、ごめんなさいぃ…!!」
「あー……いい、いい、気にしなくていーよ」
「ふふ、許してもらえてよかったね、五虎退くん」
「本当に、ごめんなさいぃ…!」
邸の中央にある大広間で、賑やかに進む朝食――わやわや、がやがや、本当に賑やかだ。
つい数週間前まで、広い大広間で大きな食卓を囲んでいた日々が嘘のよう――
――今では20名もの刀剣が、同じ食卓を囲んでいるのだから驚きだ。
…ただ、食料の減りも驚きのスピードだ。本当に。これはそろそろ定員制度を設けないと不味い。
これでは資源不足よりも食糧不足で本丸が潰れかねない――いや、冗談抜きで。
部隊も種類も関係なく、一個の存在として互いを尊重し合い、
言葉を交わしている刀剣たちの姿を見ていると、この大切な日常を彼らから奪ってしまうのは酷なこと――とは思う。
…けれど、こんのすけ曰く、上手くいけばまだ刀剣は増えていく――というのだから、
取り返しがつかなくなる前に手を打っておかなくてはならない。
残念ながら、私に20人近い男たちを養っていけるほどの資金 はないのだから。
「…主?どうかしたんですか?」
「ん…ああ、そろそろ私も腹をくくろうと思ってね」
「おっ、遂に覗きにいくのかい?機織り鶴のっ」
「鶴??――ああ、いや、華焔のことじゃないよ。
あれはもう放っておくしかないからね――下手に刺激すると、火吹いて大暴れするから……」
「「「え!?」」」
火を吹いて――という言葉に真面目に反応するのは短刀たち。
その短刀たちの反応に苦笑いを漏らしつつ、言葉のあやだと伝えれば、
短刀たちはホッとした様子で「だよね」「ですよね」と自分たちの勘違いであったことを確認しあう。
…ううむ、いつから華焔は火を吹いてもおかしくない人認定されたんだ?
思わず、視線が前から――見えもしない鍛刀場のある方向へと向く。
刀を打つ音が聞こえないところを見ると、今おそらく華焔は仮眠中なんだろう。
…一応、必要なときには客間で休むように言っているのだけれど、
客間へ移動する時間すら惜しいのか、単に面倒くさいのか、華焔は寝食を本当に鍛刀場で行っている。
たまに鍛刀場から出てくる時と言えば、トイレと風呂ぐらいで――
――ああそういえば、その時に短刀たちが声をかけて思いっきり睨まれたとか何とか……。
火を吹くイメージはそこからか…。…一応、フォローはしたのだけれど……。
「…しかしこのままでいいのですか?あのままでは過労で体が潰れてしまうのでは……」
「だとしても、放っておくしかないんだよ――自分が納得するまで、華焔は引っ込まないから」
「――…類は友を呼ぶ、ですね」
「ぅ」
「ははっ、言えてるな」
平然と、耳の痛いことを言ってくれる安定と、それを笑って肯定する薬研。
その2人のやり取りに、周りのみんなも「まったくだ」と思いが至ったらしく、「あはは」と笑い声が響く。
いやまぁ、2人の言うことはまったく以ってその通りなんだが――…そうですか、もう周知の事実ですか。
自分の悪い点を指摘され、思わず苦笑いが浮かび――
――それを誤魔化すように、私は手をつけていなかった味噌汁をすすった。
新たな仲間は
今日も今日とて任務は舞い込み、それを私たちは命ぜられるがままにそれをこなす。
しかしそこに慢心などはなく、常に自分たちは挑む者なのだと自覚し、けれどけして臆病にはならず、
敵と対峙し――勝利をもぎ取り、誰一人として欠けることなく私たちは本丸へと帰還する。
そして、勝利を上げ帰還した私たちを迎えてくれるのは、本丸で私たちの帰りを待ってくれていた仲間たち――と、
「おかえり」
パッと片手を上げ、こちらにそう言って寄越すのは、縁側に腰掛けた作業着 姿の華焔。
昨日までの鬼気迫った表情はどこへやら、憑き物が落ちたかのように華焔の顔はすっきりとして、どこか満足感に満ちた晴れやかなものになっている。
その表情から読み取れるモノのは、考えるまでもない――が、一応こちらも戦帰り、
第一部隊の面々にダメージと言えるダメージはないものの、敵と相対し体力を消耗していることは確か。
なのだから、その疲労を無視して華焔には――付き合えなかった。
しかし、その辺りは華焔も心得ているところで、急かすわけでなく、早く治療なり何なりをしてこいと言う。
その華焔の言葉に応じて、第一部隊の面々に休養をとるように言う――が、
「おいおい、オレたちのいないところで新入りのお披露目か?」
「うーん、確かにそいつはいただけないねぇ」
「ボクたちだけ後からなんてズルイよ〜」
休息を取らせてもらえないよりも、自分たちだけが新たな仲間のお披露目に立ち合えない方が不満であるらしい和泉たち。
彼らの後ろにいる青江と清光も、それらしい素振りは見せていないが、その表情から和泉たちと同意見であることが伺える。
そして、青江たちの輪にも入らず、その更に後ろに大倶利伽羅がいるのだが、
新入りのことにしても休息のことにしても、彼にはどうでもいいらしく、どちらにと対しても肯定も否定もなく、ただ黙ってその場に立っていた。
今回の戦いで、重症どころか軽傷すら負った者はない。
であれば、新入りのお披露目に立ち会いたいという和泉たちの意思を無視してまで休息を優先する必要性はなかった。
じゃあ、先に新入りを迎えよう――となれば、乱が嬉しそうに「やったー!」と嬉しそうな声を上げ私に抱きついた――かと思えば、
よほど新入りのことが気になるのか、乱は私の手を引いて縁側にいる華焔の元へと急いだ。
乱と私が華焔の前へとたどり着けば、華焔は乱の期待のしように驚いているのか、苦笑いを浮かべている。
けれど、すぐにその表情を、自信を秘めた不敵なものに変えると、私の前に一振りの刀――おそらく打刀であろうそれを差し出した。
この刀が一体なんであるのか、それを確かめて――おきたかったのだけれど、それを期待に揺れる周りの雰囲気が許してくれなかった。
思わず苦笑いが浮かんで、無意識に華焔に視線が向けば、
華焔は少し困ったような表情を浮かべて「悪いもんじゃないわよ」と、なんとも微妙なことを言って寄越す。
それに更に苦笑いが漏れたが、それ以上の押し問答は無駄――だったし、許されもしなかった。
大きく一つ息を吐き、華焔から刀を受け取り、彼女たちから少し離れる。そして、いつも通りに刀を抜いた。
「っ」
刀を抜いた瞬間、カッと放たれるまばゆい光。
瞳を守るために無意識にまぶたは閉じられ、またまぶたは無意識で瞳の安全を理解して開かれる。
未だ薄っすらと光の残像が残っている――が、それもすぐに薄れていく。そうして私の目に入ってきた新たな刀剣 の姿は――
「はじめまして、私は。
名のある刀には見劣りするけど…そこは気合でなんとかしますねっ」
茜色の瞳を輝かせ、左側でくくった二藍の髪を揺らし、ニッコリと微笑んでみせるのは、
白と青紫を基調にした丈の短い着物を着た少女に見える――ではなく、おそらく本当の本当に少女の姿をした刀剣………女士…?
思わず、頭の中がこんがらがる。いつだったか――ああ、私が始めて本丸 へ来た時だ。
確か陸奥を目覚めさせる前に、こんのすけは言ったのだ――刀剣男士と共にこれから戦うことになると。
その時、あえて聞き返しはしなかったが、わざわざ男士とくくるのだから刀から現界する付喪神はすべて男士 だけと思っていたのだけれど――?
おそらく、全員の頭に同じ疑問が浮かんだのだろう。
ほぼ一斉に、みんなの視線が私の肩に乗っているこんのすけに集中する。
当然、こんのすけの方も自分に向けられている視線の理由はわかっているだろう――が、
それをわかっていても、返す答えがないらしく、こんのすけは居心地悪そうに私の背を盾にして隠れてしまった。
そうして残ったみんなの視線は、必然的に私に集中する――もう、本人に直接確かめて来い、と。
確かに、多くを知っているであろうこんのすけですらわからない事態 なのだから、あとは当人に事情を聞くしかないだろう。
…一応、華焔っという手もあったはずなのけれど、華焔も華焔でビックリした表情を見せているので、聞いたところで無駄だろう。
胸に溜まった重い空気を吐き出し、改めて視線を新たに仲間になった刀剣――に向ける。
このどよどよとした空気にも、そしてその原因が自分であることにも気づいているようで、
先ほどまで浮かんでいた明るい笑顔も、今では薄っすらと困惑で引きつっている。
その表情に、なんとなく申し訳ないものを感じる――が、これは明らかにしておかないと事態は進展しない。
小さく、短く、息を吐き、私はの名を呼んだ。
「はい、なんでしょう…?」
「…その、お前は……………女士、なのか…?」
「ぇ…………は、い……そう、ですよ…?」
胸に溜まっていた空気が、安堵となって吐き出される。とりあえず、の性別(?)がはっきりした。
それによっていくつかの疑問が生じた――が、おそらくそれはにぶつけても答えの返ってこない疑問だろう。
もし、彼女が答えを持ち合わせていれば、彼女の口から何らかの説明があってもおかしくはない。
けれど、それがないのだから、この疑問――刀剣女士の存在については、今は後回しにしよう。
伏せている自分の顔をポンポンと叩いて、表情を改め――笑みを浮かべて顔を上げる。
その私の切り替えの早さに、は驚いた表情を見せていたけれど、あえてそれを無視して私は一歩、との距離を詰めた。
「私は心皇――これからよろしく頼む」
そう言って、私が手を差し出せば、はきょとんとした表情を見せた――けれど、
ふと嬉しそうに破顔すると、私の手を白く小さな両手で取り、感極まった様子で「はいっ!」と答え――
「主のお役に立てるよう、精一杯頑張ります!」
――と言って、ずいと私の方へ一歩近づいてくる。
そのの笑顔に偽りはなく、本当に私に――いや、誰かに仕えられることを本当に喜んでいるように見えた。
受け入れられたことを無邪気に喜ぶの姿を見守っている――と、不意に華焔が「うーん…」と唸りながら横から割り入ってくる。
そして、無遠慮にをジロジロと眺めながら彼女の周りを歩いている――と、不意に足を止め、渋い表情で「う゛〜ん…?」とまた唸った。
「……なにか…あるのか?」
「逆。何もなさ過ぎて困ってんの」
「逆……?」
「うーん……人の形をとったってことは、上手くいったってことなんだろうけど………」
「……あの…私になにか不備が…?」
「…それがわからないから困ってるのよ――…うむ、いっそ本物とぶつけてしまえば手っ取り早いか…」
そう、物騒なことを言い、華焔は縁側に集まっている刀剣たちに視線を向ける。
その視線を受けた刀剣たちは、各々顔を見合わせる――と、最終的にそれぞれの視線は4本の打刀に散った。
の力を確かめるというのであれば、打刀である彼女の相手を同じ打刀に任せるのは正しい選択だろう。
けれど、初めて目にする刀剣女士を相手にすることへ対する懸念があるのか、陸奥と歌仙の反応はあまりよくない。
そして清光と安定に関しては、役を擦り付け合うようにお互いに迷惑そうな視線を向けていた。
ううむ…、いっそのこと私が相手をした方が早いか――
「清光、お前がやれ」
不意に、平然と言い放ったのは――和泉。
反射的に声の聞こえた方へ振り返れば、そこにはその声に違わず平然とした表情の和泉の姿。
そして、少し視線をずらせば「はぁ?」と迷惑そうに眉をひそめる清光の姿が見えた。
「なんで俺?」
「安定が、手加減なんかできんのか?」
「…………」
和泉の問いに、清光――と、安定が苦い表情を浮かべる。どうやら2人とも思い当たる節があるらしい――いや、私もある。
きっと、安定と手合せをしたことがある者なら「ああ」と合点がいくところだろう。
…それぐらい、安定はスイッチが入ると止まらなくなるからなぁ……。
そんなことを思っていると、腹を決めたらしい清光がこちらへとやってくる。
面倒くさそうな表情を浮かべているものの、任されるつもりはあるらしく、
場所を変えよう――と言うと、私の手を取り半ば強制的に場所を変え、膠着した状況を動かし始めた。
唐突な清光の行動に一瞬は戸惑ったものの、清光の行動は強引ながら筋は通っている。
なのだから、わざわざそれに抵抗す必要はなく、手を引かれるまま清光について、屋敷の裏庭に設けられた手合せの場までやってくる。
すると、すでに縁側には秋田たち短刀たちが一足先に集まってきており、「こっちこっち」と私を呼ぶ。
それに清光はつまらなそうな表情をは見せたものの、何も言わずに私から手を離すと、何事もなかったかのように伸びをしながら私から離れていく。
そんな清光の姿を尻目に、私は秋田たちに招かれるがまま、試合の場を一望できる位置に腰を下ろした。
「さんは、どんな戦い方をするんでしょうね!」
「やはり、俊敏性を活かした戦い方ではないでしょうか?」
「……なぁ、あの人ホントに女子……なのか…?」
「…まだ、疑ってるの…?愛染くん……」
「だって…よぉ……」
苦虫を噛んだような表情でそう言うのは愛染。
…ああ確か愛染は乱のこと、女の子だと思っていた時期があったんだよな……。
それが勘違いだと気づいた時にはパニック起こして倒れたぐらいにして――…まぁ、それだけの体験をすれば、身構えてしまうのも当然か…。
そんな、愛染の悲しい勘違いをあえて掘り起こすようなことはせず、
苦笑いで流してやれ――ば、話題の乱と、そして華焔が3人一緒にやってくる。
3人が並んだ姿は美男が並ぶ華やかさとはまた違う華がある。
ああ、やっぱりは女の子なんだな――と思いながら、乱のビジュアル的女子力も半端なものではない、と改めて実感する。
…後ろで「あれで男はねーだろ…」という愛染の声が聞こえたが、とりあえず今は突っ込まないでおくことにした。