を手合せの場に残して、華焔と乱がこちらへとやってくる。
そして2人が適当な場所に腰を下ろしたときには、ほとんどの面々が裏庭側の縁側に集まっていた。
そして、手合せの場に清光とが揃い――どいう風の吹き回しか、
率先して場を仕切っている和泉が場の外側の中央に立つと、2人に「はじめるぞ」と声をかけた。
審判役を買って出た和泉の声を受け、清光とは適当な間合いを取り、刀を構える。
そこに遊びの色はなく、お互いに真剣であることがよくわかる。
2人の気迫が緊張感を生み――場の空気を緊迫させる。
だがそれは、闘いを知るものにとっては、まったく悪いものではない。寧ろ、良いものといえた。
「はじめ!」
試合開始の号令がかかり、清光とがほぼ同時に飛び出し――互いの一閃が炸裂する。
ガキンッと金属同士がかち合う音が響き、そこからつばぜり合いがはじまるか――と思いきや、
それをすぐにの方が拒否して、は清光の力を受け流して素早く後方へと引く。
だが、そこで一間を置くことはせずに飛び出し、は清光に対して連続で攻撃を見舞った。
連続で放たれるの攻撃――だが、それを清光はいとも容易く受け止め、弾き返している。
しかも、の攻撃の隙間を塗って反撃も放っており、それを受け止めるの表情には苦しげな色がある。
手数こそ、の方が多いものの、優勢か否かでいえば、明らかにそれは清光が優勢だった。
「――ま、刀剣として不完全、ではないらしいわね」
「…なのか?」
「あの子の真価がどれほどかはわからないけど、あれだけやれて不備があるってのはないでしょ」
「そう…か?華焔の打った刀だからもっとこう――」
「はぁ?なに言ってんのよ。私の打った刀が、付喪神 として目覚めるわけないでしょ」
「……は?」
「あの子は私のオリジナルじゃなく、ご先祖様が打った刀の写し――陰陽刀・」
「!!?」
華焔の驚きの発言に、思わず立ち上がる。
――が、後ろから抱きつく格好で試合を見ていた今剣が、私が立ち上がったことで後ろから私の首にぶら下がる格好になり、
必然的に気道を塞がれる形になってしまい――その息苦しさに耐えられず、反射的にすぐに腰を下ろす。
しかし、だからといってこの状況をこのままにしておくわけにはいかず――とりあえず清光たちに試合を一時中断するように叫んだ。
咳混じりの私の制止に、清光とは驚きの表情を見せながら――も、試合の手を止めてくれる。
試合の手を止めてくれた2人にホッとしながらも、気管に唾でも入ったらしく咳が止まらない。
それが短刀たちの不要な心配を呼び、必死な表情で大丈夫かと声をかけられる。
本当に、大したことはないのだが、とにかく咳が止まらないので咳混じりに「大丈夫だ」と返すけれど、やはりそれでは説得力がないらしく――
「大丈夫、大丈夫ー、唾が変なところに入っただけですよー」
「ゲッホ、ゲッホ、ゲホッ!」
それ以上、短刀たちの心配を煽る前に華焔がバッシバシと私の背を叩き、力尽く(?)で咳を止めてくれる。
ジンジンと、背に痛みを感じながらも、とりあえず咳を止めてくれたことを華焔に対して礼を言えば、
華焔は呆れたような表情を見せたかと思うと、小さくため息を漏らし「どーいたしまして」と心底呆れた表情でそう言った。
最後に咳を一つして、みんなに「すまん」と一言断ってから再度立ち上がり、の元へと急ぐ。
そうして私がの元へ近づくと、が「大丈夫ですか…?」と心配してくれる。
…いや、私から言わせるとこちらの方が「大丈夫か」なんだが……。
「、どうして言わなかったんだ」
「ぁ……それは、その……主は私のそのままの力を見たいのかと思って……」
「いや、そのままの状態と、あるものがない状態は別だろう。そも、陰陽刀は気力が備わって初めて一人前だ」
そう、思ったことを――一応正論を返すと、が気まずそうにうつむく。
…どうやらただの刀としてどこまでやれるか試してみたかったらしい。
けれど酷な話だが、陰陽刀は気力が備わって初めてその真価を発揮できる刀だ。
気力を充填されていない陰陽刀など、ものによっては名のない量産品にすら劣る時もある――というのに、
気力なしで名のある刀 を相手にするなんていうのは、およそ自殺行為にも近い。
もし清光が本気を――…いや待て、端から清光は本気を出す気はなかったんじゃないか?よくよく思い返せば。
思わず視線が清光に向けば、清光は少し面倒そうな表情で「なに?」と尋ねてくる。
その清光の様子に私が考えているような裏があるようには見えない――が、
ふと気になって和泉にも視線を向ければ、和泉も面倒そうな表情で「なんだよ」と視線のわけを問う。
その2人の反応に、およそ確信が持てた――が、今明らかにするべきことでもないので、
一息置いてから「いや」と返して、改めてに視線を向け――手を差し出した。
「お前はただの刀ではなく陰陽刀なんだろう?なら、ちゃんとその真価を見せてくれ」
「でもそれじゃ…――」
「見劣りする分、気合でどーにかすんだろー?」
「そ、そうです!これくらい気合で――」
「その前に、入れる気 がねぇだろ」
「ッ!」
揚げ足を取るな――と言わんばかりに、清光と和泉を睨む。
素直で従順な性格かと思いきや、これは結構な勝気な娘のようだ。
打ち手の性格が反映されているのか、それとも元 の影響なのか――いくつかの仮説が浮上するが、それを確かめるときは今じゃない。
を呼び、今一度私に刀 を預けるように言う――が、
今までのやり取りで余計に意固地になってしまったのか、自身 を握るの表情は拒絶の色が強い。
一応、強制的に気力を供給する手はあるが、その手をとって下手にとの関係かこじれてしまうのは問題だ。
少しの呆れを含んだため息を漏らせば、がビクリと肩を震わせる。
けれど、あえてそのフォローはせずに、ポンと頭を撫でた。
「お前が、本当の力を見せてくれない限り――家政婦、だからな」
「ぇえっ…?!」
「ちょっとぉ!?」
せっかく華焔が打ってくれた刀――だが、だとしても今回ばかりは譲れない。
陰陽刀の、強さも脆さも理解している身だからこそ、そしてここが戦いの場であるからこそ、の自己否定は許容できるものじゃない。
そして、が刀剣として意志を持った以上――その命 を守る審神者 として、
無残にその命を散らせるような真似は絶対にできないのだから。
そんな私の思いは、おそらくには伝わっていることだろう。
本人もそれをわかっているからこその、おそらく意固地だ。であれば、私も譲ってやるつもりはない。
に思いがあるように、私にも思いがあるのだから。
――ただ、その辺りを彼女の打ち手が、気長に待ってくれる――とは、思えなかったが。
「アホぅッ」
「ぎゃふっ!」
ズンズンと、華焔がに近づいていった――と思ったら、無遠慮にの頭に炸裂する華焔渾身のチョップ。
そのチョップの威力の程を物語るように、は頭を押さえ、声にならない悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちた。
…うんうん、痛い痛い。あれは痛い。
「アンタね、自分をなんだと思ってるわけ?なに?退魔刀とでも?」
「そ、そんなつもりは…っ」
「なら陰陽刀 のあり方、突っぱねるんじゃないわよ。
どんな武器も、使い方を間違っていれば結果なんてろくに出せないんだから」
華焔のご尤もな言葉に、は恥ずかしさと悔しさの混じる色が浮かぶ顔をうつむかせる。
も、華焔の言い分はわかっているはずだ。それぐらい――陰陽刀というのは使い方、そして使い手を選ぶ刀 だから。
しかし、それはそれとして、は純粋に一振りの刀としての自分の力を知りたい――いや、証明したいんだろう。
自分一人でも、十分に戦えるということを。…その気持ちは、わからないでもない。
私も昔、陰陽術に頼らない自分の純粋な剣術の上にこだわった時期があったから。
――だからこそ、そんな子供のワガママを、実戦の場で許容することはできなかった。
今のに、これ以上の言葉は無意味――どころか、火に油を注ぐだけ。
そう思ってきびすを返そうとしたが、その前にはしと華焔に腕の通っていない服を掴まれ――引っ張られる。
一瞬は驚いたが、すぐに状況を理解して華焔に視線を向けると、真面目な表情の華焔は、その視線を地面の上に座り込んだに向けていた。
…反射的に、これはよくないことを考えているとわかった。
「」
「すみません」
「………」
「いや、無理やり気力供給しろとか言うんだろう?」
「ええ、まったくもってその通りですけど」
「…………」
「こっちも暇じゃないのよッ」
そう言って、華焔は私の服を引っ張り――私をの前へと再度引っ張り出す。
…言うまでもなく、今ここでこの意固地になっているを納得させろ――
――いや、華焔のことだから気力さえ供給できれば、の陰陽刀としていの仕上がりが確かめられればいいんだろう。
…なんとも、自分勝手な話だが、華焔の魂をかけて打った刀の完成を見たい――という気持ちもわからなくもなかった。
膝を折り、と視線をあわせる。
ただ、私と顔を合わせるのが気まずいらしいは、顔をうつむかせたまま。
…明らかに、言葉でどうにかなりそうな雰囲気ではない――が、それでも言葉をかけるしかない。
それ以外の手段をとるとなると――強制、の意思を捻じ曲げるほかないのだから。
「」
「………」
「お前の気持ちはわかる。…自分の強さを証明したいんだよな?」
私の問いかけに、はうつむいたまま小さく頷く。
「お前の気持ちを否定するつもりはない――
――でもそれは一人前になって初めて許される傲慢 だ」
「っ…!」
「だからまずは――素直なお前を、見せてくれないか?」
ぽん、との手の上に自分の手を乗せる。
それに反応しての体が震えたけれど、そこに拒絶の色はなかった――が、それ以外の色もなかった。良くも悪くも動いていないのか――と、不安に思っていると、不意にが大きなため息をつく。
吐き出された息には、緊張、不安、呆れなど様々な感情が混じっていた――が、
それを吐ききったは気まずげそうながらも、どこかすっきりとした目で私を見た。
「…ごめんなさい」
ポツリとそう言うと、がカッと強い光を放ち――気づけば私の手の中には一振りの刀が納まっていた。
初めて手にした時には感じられなかった繊細さ――それが今のにはある。
ああ、だからは素直に になれなかったのか。
自分と真逆の位置にある使い手 に、一種の引け目を感じたのかもしれない。…まったく、それはお互い様なんだけどなぁ。
思わず漏れる苦笑い。
それを見ていたらしい清光が不思議そうな顔をするので、
笑って「なんでもないよ」と返して立ち上がり、を持ち上げ――彼女に集中した。
繊細な硝子細工の器に、荒れ狂う大海の水を注ぐ――そんな感覚でに気力を注ぐ。
きっとの持ち主は、気力のコントロール能力に長けた人だったんだと思う。
そして、はそんな持ち主の才能を最大限に引き出すために打たれた刀なんだろう。
ぅうーん…、これはたくさん話してみないとなぁ。
――なんてことを思っているうちに、への気力の充填が完了する。
上手くいったことへの安堵の息を一つつき、チャキとを引き抜けば、
顔を朱色に染めたが私の前に姿を見せた――かと思ったら、
ふらりとが体のバランスを崩し、私にすがりつく格好になっていた。
「………入れすぎたか?」
「…い、いえ………ただ…処理が追いついていないだけなので…っ」
小刻みに震えながらも、問題ないと言う。
どうやら、私が送った気力を自分の体に馴染ませる作業が滞っているらしい。
…ただおそらく、これは私の気力の性質に問題があると見る。ぅうむ…、こればっかりは生来のものだからなぁ……。
には申し訳ないが、これは我慢してもらおう…。
「――で?調子はどうなのよ?」
「…いや、明らかに――」
「ち、違うんです主…っ。こ、これは、その……高揚、しているだけで………っ」
の思っても見ない説明に、思わず「ん?」と間抜けな声が漏れる。
気力を処理しきれないがための熱暴走――かと思いきや、十全となった気力に体が火照っているだけ、らしい。それなら大丈夫か――と、一瞬思ったが、よくよく考えると、それはそれでそのままにしておいていいものなんだろうか?
なんて思うと自然に視線が華焔へと向く――
――「どうしよう」と言わんばかりの私の視線を受けた華焔は、平然とした表情で清光に視線を向けた。
「試合再開」
「はーい」
何事もなかったかのように言う華焔――も、ビックリだが、それよりビックリなのは平然と華焔の言葉に応じている清光。
相変わらず少し面倒くさそうな表情は見せているが、それでも文句の一つも口にすることなく試合再開の準備をしている。
…ただ、清光もなんの考えもなく華焔の言葉に従っているわけではない、のだろうけれど。
ふと、肩にかかっていた重さが離れていき――腕を通していない袖が引っ張られて、強制的にその場を離脱させられる。
離れていったのはで、引っ張っていくのは華焔。
大丈夫なのか、問題ないのか――そんな疑問を投げる間もなく、気づけば縁側に向かって放り投げられる。
…無様に、こけるようなことはなかった――ものの、思わず苦笑を華焔に向ける。
ただ、それを華焔がわざわざ取り合ってくれるわけはなく、何事もなかったかのように自分の元いた場所に腰を下ろした。
気力が十全となった反動で気が昂ぶる――その解消法で最も手っ取り早いのは、余分な気力を発散すること。
なので、試合を再開することで気力を発散する場を得ることはいいと思う――のだけれど、
ふらふらと足元のおぼつかないの姿を見ていると、どうしても大丈夫なのかと心配になってしまう。
――ただ、その心配を口にすることを、ふとあった和泉の目に封じられてしまったが。
短刀たちが「大丈夫かな…」と心配そうにを見ている。
まったくもって同意権――なのだが、当の本人含め清光たちもまったくなにを心配には思っていないらしく、
和泉が構えろと言えばと清光は互いに刀を構え――和泉の声を号令に、2人は目の前の相手に飛び掛っていった。
■あとがき
ということで、打刀夢主登場話でした。打刀主が意地っ張りでなかなか難産でした(苦笑)
打刀主は新撰組に関わりのある刀でして、その関係で和泉さんたちが出張っております。
この話題については、そのうちブログに補完話をUPしたいと思います。