「………花?」 「はい」 活けるための花が欲しい、そう言ったのは、 今、私がまとめていたのは、次の配給で補給したい物資について。 「あまり…意味がないんじゃないか?」 「…そんなことはないはずです。花を一つ活けるだけでも――」 「いや、そうじゃなくてな? 「それは確かに…そうですが……。…それでも、なにもないよりはいいはずです」 「まぁ、それは確かに」 「配給の花が終わったあとは、野の花を活けるという手段もあります」 「…ならはじめから野の花で――…」 「…………」 私の言葉に、僅かに歌仙の表情が気まずげなものに変わる。 花を活けることで、戦いですさむ心を癒す―― 「わかった。生花も発注するよ」 「……いいのですか?」 「提案したお前がなにを言うんだよ」 笑って言ってやれば、歌仙は少し気まずそうに視線を逸らした――けれど、
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歌仙が選び、歌仙が活けた花は本丸のいたるところに飾られている。 もともと、我が本丸は和気藹々とした雰囲気だ。 ずだんッ、と、音を立てて着地する。 あと少しで満杯になるな――と思っていると、不意にガタゴトと物音が聞こえる。 「主君っ、お待たせしました!」 「いや、私も今ついたところだよ」 「ってことは、全部運び終わったの?」 「ああ」 「やっぱ主ってすっげーなぁ…」 乱の問い――土の運搬を終えたのかという質問に、私が肯定を返すと、 さて、そんな愛染の今更な反応はさておいいて、 本丸にある裏庭は、木々と池はあっても――花壇はない。 生け花の材料確保のため――それを建前に、 なんて思っているうちに、花壇とするために掘った穴は山から運んできた土で一杯になっている。 「陸奥、大倶利伽羅、君たちは井戸から水を汲んできてくれ」 「おう、了解じゃ!」 「…………」 「それから、主と鯰尾と清光は――」 忙しそうに私と仲間たちに指示を出す歌仙。 短刀たちと共に、 「なーにしてんの主」 「…清光……」 「疲れちゃいましたか?」 「…いいや、そんなことはないよ――ただ、歌仙が楽しそうなのがね」 「? いいことじゃん」 「――でも、畑仕事は好きじゃないんですよ、歌仙さんは」 「! なるほど、それなら確かに意外」 清光に促される形で、視線を再度歌仙へ向けてみれば―― 仲間たちの意外な一面を発見する機会となったこの花壇作り。 「――っと主、あんまり怠けてると歌仙サンに怒られるんだけど?」 「ん?ああ、悪い悪い」 「…まだ気になることでも?」 「あーいや…。…できることなら、みんなにも歌仙みたいに趣味を見つけてくれたらな、と思ってね」 「趣味?」 「趣味」 「じゃ、主の趣味ってなんなんですか?」 「うーん…。食べ歩きと…音楽鑑賞、かな」 「へ〜。食べ歩きはわかるけど、音楽鑑賞ってのは意外ー」 「俺、主の好きな音楽、聴いてみたいです」 「あ、俺も俺もー」 「ああ、今度時間がある時にで――も?」 ふと、暗くなった手元。 「主、まだ花が咲くには早くはありませんか?」 「はい…その通りです…」 「では早く花が咲くよう作業に取り掛かってください」 ずん、と圧をかけてくる歌仙に「はい…」と答えを返し、 歌仙はあれだ。凝り性で職人気質――趣味のことで機嫌を損ねると大変なことになるタイプだ。 「やるぞ、清光、鯰尾っ」 「「はーい」」
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数日をかけ、みんなで完成させた花壇――だけれど、やはりというべきか、 一応、短刀たちが水をやったりしている――が、その横には必ず歌仙がいる。 …まぁ、花壇の管理者は歌仙なので、 縁側の端はその足元に並んでいるのは、緑の支え棒が刺さった茶色の中くらい鉢――が7個。 大体同じくらいに育っている――のは、粟田口兄弟と今剣の鉢。 そして、小夜の鉢と真逆の位置にあって、真逆の状態にある――のが、愛染の鉢。 「…なぁ主ー」 「なんだ?」 「これってなんか意味あるのか?」 「ああ、あるよ」 「それって?」 「それを教えたら意味がないだろう」 「そうなんだけどさぁ…」 はじまりこそ、目新しいことにワクワクしていた愛染だったが、 「…オレ、こういうの向いてないぜ絶対…」 「その答えが出るのはアサガオの花が咲いたら、だな」 「そりゃ正論だけどさぁー…」 活発でやんちゃな愛染のこと、アサガオの世話に飽きることなど端からわかっていた。 「愛染」 「あ〜?」 「極論だが――花が咲いたら終わり、だぞ?」 「!」 バッと愛染がこちらへ振り向く。 わざとらしく「どうした?」と尋ねれば、愛染は驚きを振り払うようにブンブンと頭を振り―― 「ぃよーしっ!それ、約束だからな!」 「ああ、約束は守る――が、今のままだとドベだな。愛染は」 「あ゛」 あまりにも大きすぎる盲点に、愛染はこの上なく間抜けな声を漏らす。 私の言葉を受けた愛染は、むすっとした表情から ――が、すぐにそれは挑戦的な笑みに変わった。 「へへっ、見てろよオレの快進撃を!」 そう宣言して、愛染は私の横を走り過ぎていく。その愛染の後姿を見守りながら―― 「(何日もつかなぁ……)」 ――と、失礼この上ないことを思った。
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我が本丸にある二つの花壇。一つは野山の花を植え、育てるための花壇で。 山百合をはじめとした花々が咲く花壇――と、緑の葉ばかりが並ぶ花壇。 緑ばかりで華やかさのない花壇――そこにポツリとあるのは若紫。 「どうかしましたか?」 「いや、精が出るなと思ってね」 「――意外ですか?」 「ああ、率先して土いじりをしていることはね」 歌仙が仲間になって間もない頃、内番で畑仕事を任せたら―― 「土まみれの文化人、か」 刀でありながら俳句や短歌、さらに華道や茶道などもたしなむ歌仙。 「――主。文化人の意味を履き違えていますよ」 「…というと?」 「文化人とは、学問や芸術に関する教養を身につけている者―― 「あー……」 手元に視線を戻しながら言う歌仙の指摘は尤も過ぎて納得するしかない。 「…ですが――」 「ん?」 「主がこうして花壇を作ろうと言ってくれなければ、僕はずっと知識だけの文化人のままだったと思います」 「知識だけの…?」 「知っているだけで理解していない――そんなところです」 歌仙の声に自嘲が混じる。どうやらいつかまでの自分を、彼は哂っているらしい。 ――なんて思っていると、不意に歌仙の笑いの色が困ったようなものに変わる。 「武術の研鑽ばかりを積んでいても、心得を知らなければ完全に体得したとは言えない――それと同じことです」 「…なるほど。完全には、か」 歌仙の例えによって、今まで噛み合っていなかった言葉たちがガチと噛み合う。 「ははっ、今の歌仙の言葉がなければ、私も力に凝り固まった武道家、だったな」 「そんなことはないと思いますが?」 「そんなことあるよ。歌仙に言われるまで学問と武道は水と油だと思ってたからね」 「…――そうですか。であれば、主のお役に立てたということにしておきます」 何か言いたげだった――が、 「歌仙」 「はい」 「手伝うよ」 そう言って花壇の前にまで近づけば、歌仙が一瞬きょとんとした表情を見せる。 「刀剣の雑事を手伝う審神者――ですか」 「雑事、じゃなくて趣味に付き合う――だろう?」
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縁側の端に並んでいるのは、赤紫から青紫までの花を咲かせた7個のアサガオの鉢。 わっさりと花を咲かせている小夜の鉢。バランスよく花が全体に咲いている前田の鉢。 ――と、見事なまでに短刀たちが育てたアサガオはそれぞれの個性を持って花を咲かせた。 「アサガオとはお前も古風なことしたな」 「古風、か?」 ズラリと並んだ個性的なアサガオたちを眺めながら、この光景を「古風」と言うのは薬研。 「懐かしい、だろう?これは」 「まあな」 私の言葉に同調して、薬研はほんの少しだけその目を懐かしげに細める。 ああ、あれは確か本家で修行に明け暮れていた頃――幼少期のことだっただろうか。 あー…あれは色々アレだったなぁ…。 「…薬研、最初嫌がってたのに、最終的には一番ハマってたよな」 「ま――薬研、の性だろうな」 「性、なぁ?」 名は体を現す――それが正しいのであれば、薬研の言葉に間違いはない。 「…………」 私の隣にいるのは――内番時の作業着を着た薬研。 子供の頃、修行で怪我をすれば、いつも薬研に手当てをしてもらっていた。 「薬研」 「ん?」 「…嫌じゃないのか?」 昔は、いつも見上げていた薬研の顔を、今は見下ろし――問う。 「いっつも泣きべそかいて帰ってくるお前の世話ができたからな」 「……事実を捏造するな」 渋面で薬研を咎めるように言うが、薬研はまったく気にした様子もなく「冗談だ」と笑った。 …確かに昔、修行で怪我をしては薬研に面倒を見てもらっていた。 「……半分は事実だな…」 「はは、結構な人見知りだったからな、お前は」 昔は人見知りが激しくて、薬研の後ろに隠れるばかりだったけれど、 「成長したよなぁ」 薬研が私を見上げしみじみと言う。 「でもまぁ――」 「?」 「変わってはないな、本質は」 ニヤと笑って言う薬研――に、思わず苦笑いが浮かぶ。 「さて、戻るとするか――なぁ大将?」 わざわざな呼び方に、顔に浮かんでいた苦笑いに呆れが混じる。 関係は変わらずとも、立場は変わる。特に今の私たちは率い、率いられる関係だ。 「これからも、よろしく頼むよ――薬研」 「ああ――これからも、な」
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15/07/25 〜 15/12/31