「………花?」

「はい」

 活けるための花が欲しい、そう言ったのは、
事務仕事をしている私の元にお茶を持ってきてくれた――歌仙。
思ってもみないが、納得はできる歌仙の要求に、私は手にしていたペンをクルリと回した。

 今、私がまとめていたのは、次の配給で補給したい物資について。
食料から、備品から、ちょっとした嗜好品まで、
なにをいくらいくつ必要か――と、こまごまとまとめているところで。
おそらく、歌仙もそれをわかっていて今、花が欲しいと言ったんだろう。…しかし――

「あまり…意味がないんじゃないか?」

「…そんなことはないはずです。花を一つ活けるだけでも――」

「いや、そうじゃなくてな?
嗜好品系の配給は月一――そうなると月の初めしか飾れないだろう?」

「それは確かに…そうですが……。…それでも、なにもないよりはいいはずです」

「まぁ、それは確かに」

「配給の花が終わったあとは、野の花を活けるという手段もあります」

「…ならはじめから野の花で――…」

「…………」

 私の言葉に、僅かに歌仙の表情が気まずげなものに変わる。
おそらく、この本丸のためを思った尤もな主張の中に、
歌仙個人の趣味――というか願いが混じっているのだろう。
…まぁたぶん、花をそろえて自分の思うとおりの作品を作りたいんだと思う。歌仙、文化人だから。

 花を活けることで、戦いですさむ心を癒す――
――それが目的であれば、本当に裏山にやらに生えている野の花たちでいい。
この本丸が抱える山は自然豊かで。色とりどりの季節の花があちこちに咲いている。
それを飾るだけでも、十分に目的は果たせる――けれど、まぁ、

「わかった。生花も発注するよ」

「……いいのですか?」

「提案したお前がなにを言うんだよ」

 笑って言ってやれば、歌仙は少し気まずそうに視線を逸らした――けれど、
すぐに私の決定を素直に受け入れたようで、
ふと嬉しそうな笑みを浮かべて「ありがとうございます」と礼を言ってよこす。
なのでこちらも、みんなのことを考えてくれてありがとう――と、感謝の言葉を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌仙が選び、歌仙が活けた花は本丸のいたるところに飾られている。
それによって刀剣たちの目に花が入るようになり――
――少し、本丸の雰囲気が柔らかくなった気がしている。
…いや、元からほとんどぴりついた感がないので、大きな変化がないだけ、とは思うけれど。

 もともと、我が本丸は和気藹々とした雰囲気だ。
なので、そんな張り切って環境良化に励む必要はない――
――のだけれど、なんとなく私の中で「もっと」という欲が湧いていた。

 ずだんッ、と、音を立てて着地する。
そこは本丸の裏庭――の一角に作られた長方形の大きな二つの穴の前で。
私は担いでいた麻袋を下ろすと、そのまま麻袋の中身――
――山から掘り出してきた土を右側の穴の中へと放り込んだ。

 あと少しで満杯になるな――と思っていると、不意にガタゴトと物音が聞こえる。
反射的に音の聞こえた方へと視線を向ければ、そこには荷車を引く大倶利伽羅の姿と、
その荷車を後ろから押す陸奥や鯰尾たちと、
籠を背負ったり抱えたりしている歌仙や秋田たちの姿が見えた。

「主君っ、お待たせしました!」

「いや、私も今ついたところだよ」

「ってことは、全部運び終わったの?」

「ああ」

「やっぱ主ってすっげーなぁ…」

 乱の問い――土の運搬を終えたのかという質問に、私が肯定を返すと、
それを傍で聞いていた愛染が半分呆れたような反応を見せる。
…まぁ、それもそうだろう。
普通の人間であれば、こんなに早く終わらせることのできる仕事じゃないからな。

 さて、そんな愛染の今更な反応はさておいいて、
私が作業を始めようと促せば、極一部を除いていい答えが返ってくる。
それを受け、私はみんなと一緒に数日がかりで進めていた大作業――
――裏庭の花壇作りの仕上げに取り掛かった。

 本丸にある裏庭は、木々と池はあっても――花壇はない。
故に、この本丸で花を育てようとすると、必然的に鉢植えで――となる。
しかし、それではなんというか風情がない。
これが洋風の庭であればまた話は違うが、和風庭園に鉢植えはあまりそぐわない――盆栽以外は。

 生け花の材料確保のため――それを建前に、
刀剣たちの心の癒し、そして豊かさを育むたのに導入を決めた花壇。
世話をする者が限定される――気はするが、それでも共有のものと思えば、
ただの野の花とはまた違う気持ちで「花」を見るはず。
それだけでも、きっと心にいい影響があると思ったのだ。
…まぁ、刀剣に人としての心を持たせることの良し悪し対する見解は審神者それぞれだが。

 なんて思っているうちに、花壇とするために掘った穴は山から運んできた土で一杯になっている。
更には花壇と地面を区切るために用意した大きな石も、既に短刀たちによってすべて綺麗に並べられていた。

「陸奥、大倶利伽羅、君たちは井戸から水を汲んできてくれ」

「おう、了解じゃ!」

「…………」

「それから、主と鯰尾と清光は――」

 忙しそうに私と仲間たちに指示を出す歌仙。
同じ土いじりだというのに、畑仕事の時とは打って変わって随分と活き活きとしている。
畑仕事もこれくらい意欲を持ってやってくれれば――とは思うけれど、
それはともかく歌仙が楽しんでくれていることが嬉しい。
なし崩し的に花壇の管理を任せることになってしまった――のだから。

 短刀たちと共に、
山から取ってきた野の花を右側の花壇に植えようとしている歌仙の後姿を見ながら、
よかったよかった――と思っていると、ふいにどさりと背に重さが掛かった。

「なーにしてんの主」

「…清光……」

「疲れちゃいましたか?」

「…いいや、そんなことはないよ――ただ、歌仙が楽しそうなのがね」

「? いいことじゃん」

「――でも、畑仕事は好きじゃないんですよ、歌仙さんは」

「! なるほど、それなら確かに意外」

 清光に促される形で、視線を再度歌仙へ向けてみれば――
――確かに短刀たちに花を植える方法を教えながら、自分の作業を進める歌仙の姿は楽しげで。
鯰尾の言うとおり、とても畑仕事を敬遠しているようには見えない。
だが実際、歌仙は畑仕事は嫌がる傾向にある――まぁ、今後はどうなるかわからないけれど。
…あと今剣も楽しそうだな。歌仙と一緒で畑仕事は嫌がるのに。

 仲間たちの意外な一面を発見する機会となったこの花壇作り。
おそらく今後もこの花壇は仲間たちの意外な一面、そして新たな一面を引き出してくれることだろう。
――うん。やっぱり趣味は大切だ。
趣味のあるなしでやっぱり心の豊かさは変わる。できることなら――

「――っと主、あんまり怠けてると歌仙サンに怒られるんだけど?」

「ん?ああ、悪い悪い」

「…まだ気になることでも?」

「あーいや…。…できることなら、みんなにも歌仙みたいに趣味を見つけてくれたらな、と思ってね」

「趣味?」

「趣味」

「じゃ、主の趣味ってなんなんですか?」

「うーん…。食べ歩きと…音楽鑑賞、かな」

「へ〜。食べ歩きはわかるけど、音楽鑑賞ってのは意外ー」

「俺、主の好きな音楽、聴いてみたいです」

「あ、俺も俺もー」

「ああ、今度時間がある時にで――も?」

 ふと、暗くなった手元。
ん?と思って振り合えって見れば――
――そこには笑顔、だが微妙に怒りに顔が歪んでいる歌仙がいた。ああ、これは不味い。

「主、まだ花が咲くには早くはありませんか?」

「はい…その通りです…」

「では早く花が咲くよう作業に取り掛かってください」

 ずん、と圧をかけてくる歌仙に「はい…」と答えを返し、
私は清光たちを引き連れ、歌仙に任された作業に取り掛かった。

 歌仙はあれだ。凝り性で職人気質――趣味のことで機嫌を損ねると大変なことになるタイプだ。
そうとわかれば、これ以上は歌仙のお怒りを買うわけにはいかない。さぁ――

「やるぞ、清光、鯰尾っ」

「「はーい」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日をかけ、みんなで完成させた花壇――だけれど、やはりというべきか、
既にこの共有のものであるはずの花壇は、歌仙の花壇、と化していた。

 一応、短刀たちが水をやったりしている――が、その横には必ず歌仙がいる。
というか、歌仙の確認を取ってからじゃないと花壇に何かすることができない――いや、許されないのだ。暗黙の了解で。

 …まぁ、花壇の管理者は歌仙なので、
その管理者の許しもなく下手に花に手を加えて枯らしてしまっては花が可哀想だ――というのもわかるのだけれど、も。
やはりこう、自分で育ててみる――
――自分が一つの命を責任を持って面倒を見る、という経験は一つ大きなものだと思うのだ。

 縁側の端はその足元に並んでいるのは、緑の支え棒が刺さった茶色の中くらい鉢――が7個。
言わずもがな、現在我が本丸に居る短刀の人数と同じだ。
――そう、私が主導して短刀たちには一人一鉢、アサガオの世話を任せたのだ。
…私も、子供の頃にやったことがあったので、それにならってみた次第だ。

 大体同じくらいに育っている――のは、粟田口兄弟と今剣の鉢。
そしてその鉢から少し離れたところにあるのは、小夜の鉢で――今剣たちのアサガオよりも少し育ちがよかった。
…なんでも、小夜が歌仙にアサガオを育てるに当たって教えを乞うたのだという。
最初こそ、迷惑そうな表情をしていた小夜だけれど、なんだかんだで責任感の強い性格なのだろう。
……だからこそ、の、心の闇なのかもしれないけれど。

 そして、小夜の鉢と真逆の位置にあって、真逆の状態にある――のが、愛染の鉢。
今剣たちのアサガオを標準とするのであれば、育ちが少々遅く――活き活きしている、とはちょっと言い難い状態だ。
しかしそれも当然のこと――なぜなら、つい先日まで愛染はアサガオへの水遣りをサボっていたのだから。

「…なぁ主ー」

「なんだ?」

「これってなんか意味あるのか?」

「ああ、あるよ」

「それって?」

「それを教えたら意味がないだろう」

「そうなんだけどさぁ…」

 はじまりこそ、目新しいことにワクワクしていた愛染だったが、
なかなか変化――成長しないアサガオに飽きが勝って、自ら率先して世話をしなくなり、
秋田たちに誘われても世話をしなくなり――最後の最後には、押しに弱い五虎退に世話を押し付ける始末…。
それが先日発覚し、主導者である私が責任を持って愛染の指導に乗り出し――
――こうして、朝の鍛錬のあとにアサガオの水遣りをする、という習慣をつけようとしているところ、だった。

「…オレ、こういうの向いてないぜ絶対…」

「その答えが出るのはアサガオの花が咲いたら、だな」

「そりゃ正論だけどさぁー…」

 活発でやんちゃな愛染のこと、アサガオの世話に飽きることなど端からわかっていた。
だがそれでも、とりあえず愛染にはこの経験をして欲しかったりする。
焦りは禁物、時には堪えることも必要――なんて教訓を得て欲しいわけじゃない。
ただ――嫌な経験を、して欲しかったのだ。

「愛染」

「あ〜?」

「極論だが――花が咲いたら終わり、だぞ?」

「!」

 バッと愛染がこちらへ振り向く。
私に向けられたその顔に浮かんでいるのは驚き一色で、私の発言はだいぶ彼の不意を突いたらしい。

 わざとらしく「どうした?」と尋ねれば、愛染は驚きを振り払うようにブンブンと頭を振り――
――次の瞬間には、目を期待に輝かせて「ホントか!?」と
私の言葉を確かめるので、私は平然と「ああ」と肯定を返した。

「ぃよーしっ!それ、約束だからな!」

「ああ、約束は守る――が、今のままだとドベだな。愛染は」

「あ゛」

 あまりにも大きすぎる盲点に、愛染はこの上なく間抜けな声を漏らす。
その様子に思わず笑ってしまうと、愛染はむすっとした表情で私を睨む――けれど、
あえてフォローなどはせず、発破をかけるように「どうするんだ?」と愛染にこの状況を打破する答えを出すよう促した。

 私の言葉を受けた愛染は、むすっとした表情から
難しそうなものに表情を変えると、自分の鉢の前で腕を組んで「うーん」と唸りだす。
それからややあってまた唸りながら首を左右にかしげ――てみたり、
立ったりしゃがんだりを繰り返し――てみたり、を繰り返す――と、
ハッと名案を思いついたらしい愛染は、勢いよく立ち上がってキラキラとした笑顔をこちらに向けた。

 ――が、すぐにそれは挑戦的な笑みに変わった。

「へへっ、見てろよオレの快進撃を!」

 そう宣言して、愛染は私の横を走り過ぎていく。その愛染の後姿を見守りながら――

「(何日もつかなぁ……)」

 ――と、失礼この上ないことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が本丸にある二つの花壇。一つは野山の花を植え、育てるための花壇で。
もう一つは配給やらで取り寄せた、野生化では手に入らない花を育てるための花壇としていた。

 山百合をはじめとした花々が咲く花壇――と、緑の葉ばかりが並ぶ花壇。
なんとも変な光景――ではあるけれど、育っているものを植えたものと、種・球根から育てたもの、
なのだから、成長の度合いに差はあって当然で。
冷静に考えるとおかしな光景ではなかった。…それでもなんか変な光景だが。

 緑ばかりで華やかさのない花壇――そこにポツリとあるのは若紫。
なんとなしに近づいていけば、私の気配に気づいたらしい若紫――歌仙がふとこちらに顔を向けた。

「どうかしましたか?」

「いや、精が出るなと思ってね」

「――意外ですか?」

「ああ、率先して土いじりをしていることはね」

 歌仙が仲間になって間もない頃、内番で畑仕事を任せたら――
――物凄く嫌な顔をされた、そんな記憶が私の頭に残っている。
だからどうしても、歌仙が活き活きと土にまみれていると変な感じがしてしまって。
ついつい気になってしまうわけだが――もう歌仙が花壇の管理を始めて一ヶ月以上が経過している。
なので、いい加減こちらもなれなくては、とは思っているのだけれど――

「土まみれの文化人、か」

 刀でありながら俳句や短歌、さらに華道や茶道などもたしなむ歌仙。
確かな教養を持つ文化人と言える歌仙だが、今の姿が初見であれば、間違いなくそんな風に思われることはないと思う。
…まぁ、外見的に上品な雰囲気ではあるから、そこで知的うんぬんと思われるかもしれないけれど。

「――主。文化人の意味を履き違えていますよ」

「…というと?」

「文化人とは、学問や芸術に関する教養を身につけている者――
――の、ことであって、野外において活動的か否かはまた別の話です」

「あー……」

 手元に視線を戻しながら言う歌仙の指摘は尤も過ぎて納得するしかない。
確かにアクティブな文化人というのはいる。
ええと…なんだったか……確か昔の俳人?に、俳句を読みながら日本を旅した人がいたとかなんとか……。
…まぁ要はそんな感じのこと――文化人か否かを、インドアか否かで判断している時点で、次元が低いというわけだ。

「…ですが――」

「ん?」

「主がこうして花壇を作ろうと言ってくれなければ、僕はずっと知識だけの文化人のままだったと思います」

「知識だけの…?」

「知っているだけで理解していない――そんなところです」

 歌仙の声に自嘲が混じる。どうやらいつかまでの自分を、彼は哂っているらしい。
私にはいつかの歌仙と今の歌仙の「文化人」としての違いがイマイチわからないけれど、
歌仙当人にとってはそこに大きな差があるようだ。
…ううむ……難しいな、「風流」は。

 ――なんて思っていると、不意に歌仙の笑いの色が困ったようなものに変わる。
思っても見ない歌仙の反応にきょとんと固まっていると、
歌仙が「武道でも同じです」と例えを私の理解しやすい方向に変え、話し出した。

「武術の研鑽ばかりを積んでいても、心得を知らなければ完全に体得したとは言えない――それと同じことです」

「…なるほど。完全には、か」

 歌仙の例えによって、今まで噛み合っていなかった言葉たちがガチと噛み合う。
確かに、知っているだけでは、ただ試しているだけでは、それを完全に理解した――自分のモノにした、とは言えない。
知って、試して、それら二つが揃って初めて自分のモノになる――
――…真逆ながらも、学問と武道には通ずる部分があるようだ。
…これも、歌仙と出会わなければ気づけなかったこと、かもな。

「ははっ、今の歌仙の言葉がなければ、私も力に凝り固まった武道家、だったな」

「そんなことはないと思いますが?」

「そんなことあるよ。歌仙に言われるまで学問と武道は水と油だと思ってたからね」

「…――そうですか。であれば、主のお役に立てたということにしておきます」

 何か言いたげだった――が、
歌仙はなにを言ったところで私が折れない、と察したらしく、簡単に「そうですか」と折れる。
押し問答をしたかった――わけではないけれど、ちょっと肩透かしをくらった気分だった。
まぁ、それも長く尾を引くものではなかったけれど。

「歌仙」

「はい」

「手伝うよ」

 そう言って花壇の前にまで近づけば、歌仙が一瞬きょとんとした表情を見せる。
だがそれは本当に一瞬で、すぐに歌仙はその顔に薄い笑みを浮かべて「ありがとうございます」と言って――
――花壇の横に置いてある苗を詰めた箱を指差し、運んで欲しいと言う。
それに「わかった」と答えて歌仙の元へ苗の入った箱を持っていけば――なぜか、歌仙がおかしそうに笑った。

「刀剣の雑事を手伝う審神者――ですか」

「雑事、じゃなくて趣味に付き合う――だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁側の端に並んでいるのは、赤紫から青紫までの花を咲かせた7個のアサガオの鉢。
そう、短刀たちが2ヶ月ほどをかけて育てたアサガオたちだ。

 わっさりと花を咲かせている小夜の鉢。バランスよく花が全体に咲いている前田の鉢。
唯一淡いピンク色の花を咲かせている秋田の鉢。花びらに白が混じりマーブルになっている乱の鉢。
どういうわけだか下に花が偏って咲いている五虎退の鉢――と、その逆の今剣の鉢。
そして、一輪だけ――だが、大輪の花を咲かせている愛染の鉢。

 ――と、見事なまでに短刀たちが育てたアサガオはそれぞれの個性を持って花を咲かせた。
いやはや、本当にここまで個性が散るとはまったく思っていなかった。
まぁ、もちろんいいことではあるのだけれど。

「アサガオとはお前も古風なことしたな」

「古風、か?」

 ズラリと並んだ個性的なアサガオたちを眺めながら、この光景を「古風」と言うのは薬研。
…まぁ、アサガオは昔から子供が育てる植物の代名詞――ではあるけれど、
それが廃れているわけではないのだから「古風」ではないと思うんだが…。
…まぁ、この茶色の鉢が若干、昭和感をかもし出している気はあるが――

「懐かしい、だろう?これは」

「まあな」

 私の言葉に同調して、薬研はほんの少しだけその目を懐かしげに細める。
それに影響されてか、ふと私の頭の中に昔の記憶がよみがえった。

 ああ、あれは確か本家で修行に明け暮れていた頃――幼少期のことだっただろうか。
一緒に修行をしていた兄弟子の一人が、
どこからか自分たちと同じ歳の普通の子供たちはアサガオを育てるのが通例だと聞きつけて、
私たちもやってみたいと、指導に当たっていた兄弟子に頼み込んで――
――全員ちゃんと咲かせられなかったらお仕置き、という心皇ルール付きでアサガオを育てたんだ。

 あー…あれは色々アレだったなぁ…。
楽しさと期待感でワクワクはするけれど、花が咲かなかったら――という恐怖にハラハラして……。
…ま、今となってはいい思い出だが。

「…薬研、最初嫌がってたのに、最終的には一番ハマってたよな」

「ま――薬研、の性だろうな」

「性、なぁ?」

 名は体を現す――それが正しいのであれば、薬研の言葉に間違いはない。
けれど、薬研が「薬研」の銘を関した理由は薬学うんぬんとは無関係――だという。
であれば、薬研に「薬研」としての性――医者、薬師としての探究心なんてものはないはず、なんだけれど。

「…………」

 私の隣にいるのは――内番時の作業着を着た薬研。
短パン、ワイシャツ、ネクタイ――そしてなにより目を引くのは、その真白な白衣。
そして地味に異彩を放つのが、腰のホルダーから覗くハサミだ。
…どういうわけだか、薬研は銘の由来とは無関係だというのに、
先天的(?)に医療に関連した事柄に精通している――昔から。

 子供の頃、修行で怪我をすれば、いつも薬研に手当てをしてもらっていた。
昔は色々とよくわかっていなかったので、一つも薬研のあり方を疑問に思わなかったけれど、今はそうじゃない。
刀としての死の側面と、薬研としての生の側面を持つというのは――どういう心持なんだろうか。
…そしてそれは薬研にとって辛いもの、ではないのだろうか?

「薬研」

「ん?」

「…嫌じゃないのか?」

 昔は、いつも見上げていた薬研の顔を、今は見下ろし――問う。
色々と言葉がすっぽ抜けているが、薬研にとってはほとんど問題になっていないようで、
おかしそうに笑って――「嫌じゃないさ」と答え、そのまま続けた。

「いっつも泣きべそかいて帰ってくるお前の世話ができたからな」

「……事実を捏造するな」

 渋面で薬研を咎めるように言うが、薬研はまったく気にした様子もなく「冗談だ」と笑った。

 …確かに昔、修行で怪我をしては薬研に面倒を見てもらっていた。
が、怪我する度に泣いていた――という事実はない。
もちろん、一度や二度はあったかもしれないが、いつも、ではないことは確かで。
まるでいつも薬研に泣きつき引っ付いていた甘ったれ――……、……いや…引っ付いていたのは事実か…。

「……半分は事実だな…」

「はは、結構な人見知りだったからな、お前は」

 昔は人見知りが激しくて、薬研の後ろに隠れるばかりだったけれど、
社会に出ればそんな言い訳は通用しなくて、嫌でも社交性は身についた。
…きっと、昔の私を知るものからすれば、別人レベルに変わっているだろう――上っ面は。

「成長したよなぁ」

 薬研が私を見上げしみじみと言う。
本家での修行を終えて以来の再会――ではないけれど、しばらくぶりの再開ではあることは確かで。
自分では自覚がないけれど、薬研からすれば、私は成長して見えるらしい。
…まぁ、それだけの歳月は経過していることも確かだけれど。

「でもまぁ――」

「?」

「変わってはないな、本質は」

 ニヤと笑って言う薬研――に、思わず苦笑いが浮かぶ。
どうやら成長はしている――が、変わってはいないらしい。良くも悪くも。

「さて、戻るとするか――なぁ大将?」

 わざわざな呼び方に、顔に浮かんでいた苦笑いに呆れが混じる。
けれどそれをすぐに平然としてものに戻して、
私は薬研に「ああ」と何事もなかったかのように答え、薬研に促される形でその場を後にする。
けれど昔とは違って先を歩くのは私で、後に続くのが薬研だった。

 関係は変わらずとも、立場は変わる。特に今の私たちは率い、率いられる関係だ。
他の仲間たちに示しをつけるためにも、昔のままではいられない――でも、あくまで「関係」は変わらない。
引っ込み思案な私と――その背を押す薬研、という兄妹のような関係は。

「これからも、よろしく頼むよ――薬研」

「ああ――これからも、な」

 

 

 

 

15/07/25 〜 15/12/31