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  世の中には、驚くことがたくさんある。 
 「…………」 
  眼下にあるのは白。いつもであれば白小袖から覗くはずの自分の手が、腕が見当たらない。  自分の体が、ある意味で自分のものではなくなっている――それは理解できる。 
 「――ぅおーい、いつまで寝て――……」 
  廊下と部屋を繋ぐふすまが開かれ、ふすまの間からひょこと顔を見せたのは薬研。 
 「薬研ー!!」 「いや、ちょっと待て。…さすがに俺っちもこれは――…」 「見捨てるの?!見捨てるのか薬研!!?」 「っだぁ〜〜…ったく落ち着け。俺がお前のことを見捨てるわけないだろ」 
  ため息をつきながら、薬研は私の元へと歩み寄ると、すとと私の傍で膝をつく。 
 「………目、背けただろ」 「……背けたくもなるだろ…」 
  そう言って薬研は引きつった笑みを浮かべて私から視線を逸らし――それを誤魔化すように強く私の頭を撫でる。 
 「はぁ〜〜〜〜………」 「…まぁ、とりあえず姉に相談してみようや」 「うん…」 
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 「まぁ」 
  薬研に連れられ私の部屋へやってきたのは、  ――それでも、思ったよりもの回復は早く、  それに対して何も言わずに手を差し出せば、 
 「な、なにがなにやら……」 「ほあぁ?!」 「…どういうことだよ姉」 
  すぅ…っと目を開いたと思いきや、そのまますすぅ…っと私から目を逸らした。 
 「主の体はいたって正常です。 「それ、は…なんだ……?!これが私にとって平常な状態だってことか…!?」 「…はい…。主の体だけを診ればそうなります」 「? なんか含みのある言い方だな?」 「あくまで可能性だけれど…この本丸に、狂いが生じている可能性も考えられるわ」 「……本丸に狂い…?」 「この本丸は幻想結界。構築している術者が異常をきたせば、その影響は本丸(けっかい)にも現れる―― 「………ならこれは一時的なモノ、なのか…?」 「はい…おそらくは……」 「はぁ。――よかったじゃねぇか。もとに戻るとさ」 「でも確証はないし……朝食が終わったら心皇に確認を取った方がいいと思いますよ」 「…………なぁ」 「ん?」 「はい?」 「――今すぐとらないか…?」 
  …そう言った私に向けられた薬研との視線には、困惑が混じっていた―― 
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  今朝、私は幼児後退を――肉体だけが引き起こした。  肉体的には幼くなったものの、精神的には――本人的には、後退していない。 
 「わあ〜っ!可愛いー!」 
  私の手を取り、きゃっきゃっと無邪気に喜ぶのは乱。  蛍丸よりも小さくなってしまったこの身では、いつも着ている自分の服を着ることはできず、 
 「でも、どーせならボクとおそろいにすればよかったのにっ」 「かっ、勘弁してください…!」 
  自分のスカートの裾を掴み、私の服――ショートパンツを見比べながらつまらなそうに言う乱。 
 「ふふ、可愛らしかったのに」 「可愛くないよ!!」 「え!お姉ちゃん見たの?!ずっるーい!」 「ふふ、それじゃあ後で――」 「待て!待て!!それはやめてくれ!ホント!主権限でッ!!」 
  が私に用意した式服――は、袴などの和服、ではなく、なぜか粟田口兄弟の戦装束に酷似した軍服で。  ――で、結局は秋田たちによく似たショートパンツタイプの軍服に、 
 「(足元がスースーして落ち着かない…!)」 「もーってば照れなくていいのにー。似合ってるよ??」 「……もしかして…僕たちとお揃いは嫌でしたか…?」 「っ、いや…そうじゃないよ…。…ただ、着慣れない服装だから落ち着かないんだ」 「そうですかっ、ならよかった!」 
  嬉しそうに笑う秋田を前に苦笑いが漏れる。 
 「わっ、乱っ?!」 「さっ、早くお披露目――じゃなかったっ、ご飯食べに行こっ」 「――ッ!急に腹痛がっ…!」 「あーあーじゃあ俺っちが広間まで薬、届けてやるよ」 「わーッ!」 「……意外と大将って往生際悪いのな」 「お前もショートパンツ穿いて見ろ厚ー!!」 「え、勘弁」 
 くそっ! 
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 「おっはよー!」 
  乱の明るい声に、一度は乱に集まる視線。  あー…そう思えばまだこの服は序の口だな…。スカートじゃないし。 
 「やっだー!ってば、かーわーいーいー!」 「ぐおっ……!じろっ…ね、ッ………!」 「次郎サン!潰れるからっ!主潰れちゃうから!!」 「あらっ?」 
  清光の制止によって、ふと次郎姐さんの腕から力が抜ける。 
 「はぁ…ぁぁ……ぁ………」 「…だ、大丈夫?主…」 「………潰、れるかと思った……っ」 「いや、ごめんねぇ〜?あんまりにもが可愛いもんだからさ〜」 「ぅ〜ぅ〜ぅ〜〜〜」 
  私を片手で抱き、少し乱暴に私の頭を撫でる次郎姐さん。 
 「……それで、なにがあったんですか」 「…それが……私もよくわかっていないんだが――」 
  怪訝そうな表情で何事かと尋ねてくる安定に、  ――と、そんな私の思いが通じたのか、安定はため息を一つついて、その表情をいつもの落ち着いたものに戻す。  自らの足で畳の上に立ち、ふと視線上げれば――なんかいつもと違うよく知った顔たち。  すと、と自分の席に着けば、みんなの好奇心やら奇異の視線が集まってくる。 
 「…みんなおはよう。そして――いただきます」 「おい、状況説明どこいった」 
 獅子王の冷静なツッコミも、今の私には無意味だった。 
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  朝食後、即行で心皇へ連絡を取った。 
 「つけあがるな。お前一人のバグが如何ほどだ」 
  ご尤もすぎた。これはもうご尤もすぎた。 ――となれば、 
 「数日経って改善しないようならもう一度連絡しろ」 
 ――と、見事に相手にされなかった。  …悲しい……。 
 「昔のよしみは………っ」 「あー……」 
  慰めるように、ポンポンと私の頭を撫でてくれる薬研。 
 「もー、なにあの人〜っ」 「原因を調べてくれるくらい、してくれてもいいと思うんですけどね」 「つーか、『つけあがるな』とか『如何ほどだ』とか失礼しちゃうよねー」 「……しっかし、雰囲気に気圧されて、なんも言えんかったのぉ」 
  乱や鯰尾が不満を呈す中、がしがしと頭をかきながら陸奥はそう言って苦笑いを漏らす。 
 「なに?薬研ってば知り合い?」 「まあな――簡単に言やぁコイツの兄弟子だ、アイツは」 「兄弟子ぃ?兄弟子っちゅーんにあの態度か??」 
  私の対応をしてくれたのは、私の兄弟子に当たる人物だった。 
 「――…なんつーか、身内ほど厳しいヤツなのさ。――おい、お前もそれはわかってたことだろ」 「…わかってはいた、が……………」 
  わかってはいた。わかってはいた――が、  ごっ、とテーブルにデコを打ちつけ机に突っ伏せば、乱と鯰尾が大丈夫かと心配してくる。 
 「さーん。どーにか原因って調べられないのー?」 
  最後の頼みの綱――コトと私の前に湯気立つ湯飲みを置いたに、一斉に視線が集まる。 
 「な゛っ?!できるのか!!?」 「はい…できはするんですが…。手順が面倒なので……―― 「だが、原因がわかれば対処ができるだろ…!」 「…本当に?」 「ぅ…」 「落ち着きましょう、主。これは明日の生死を問う戦いではありませんが、 「きゅう、か??」 「あー…そう言われれば、蒼介のヤツなら『さっさと自分でどうにかしろ』って言うわな」 「でもそう言わなかったということは、 
  の解説(?)に、だんだんと考え方――事の受け取り方が変わってくる。 
 「よ、たまの休暇じゃ、大人しゅうもらっちょけ!」 「ぅ、うう〜ん……」 「っちゅーことで!の姿が元に戻るまで、戦は休業じゃー!」 
 陸奥の言葉に、一部から喜びの声が上がった。  …まぁ……戦っているみんなにとって、週一回の休暇では足りない――それはわかっていた。 
 「…いいのかなぁ……これで…」 「ま、たまにはサボってみるのもいいんじゃねぇか?」 
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  色々と話し合った結果――出陣だけを、休業とすることにした。  第一部隊を除く全ての部隊が遠征へと出発したことで、  手持ち無沙汰に内番――粟田口兄弟が担当していた畑仕事に参加させてもらった――けれど、  やること――を求めて本丸を当てもなく歩く。 
 「――ぁ」 
  ふと、庭に向けた視線――が、ふわりとした若紫色を捉える。 
 「歌仙」 「…っ、主」 
  虚を突かれた――そんな表情でこちらを見た歌仙。 
 「……私?」 「ああ――そんな姿になってしまったんだ。心配するのが普通ではないかい?」 「しんぱい……」 
 ふと、思う――確かに、これは心配されてもいい格好だと。…ただ、されたくはないけれど。  …そう、だよな…。一晩で6〜7歳の子供になってしまったんだから――心配もされる。 
 「主」 「んー…――ん?」 「…――不安に、させてしまったかい?」 
  ふと、歌仙がその場に膝をつき、私の手をとり問う――不安にさせてしまったか、と。 
 「…精神は肉体の影響を受けるとはいうけれど――主の場合はより、かもしれないね」 「はい?」 「――もともと、主は子供っぽいところがあるということさ」 「…………」 
  歌仙の言葉に、思わず眉間にしわが寄る。 
 「歌仙」 「なんだい?」 「私は子供っぽいのか」 「無自覚かい?」 「…、………お、思い当たる節は……」 「そう――けれど、それは主の良いところだと、僕は思うよ」 「…………」 「僕の評価が不服かい?」 「いや…そこまで言うつもりはないが……」 
  普通、子供っぽいことが「良い」ことだと言われて納得することができるだろうか?…とりあえず、私はできなかった。 
 「短所は長所――そう言うよ」 「…短所は短所か」 「それはあれだけ騒がれればね」 
  苦笑いして言う歌仙に、思わず今朝の自分の惨状を思い出せば――返す言葉はない。 
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 「さすが主ですな」 
 五虎退や平野たち、短刀たちの訓練の様子を見守っていた折、不意に横からかかった声は―― 
 「一期…?」 
  粟田口兄弟の長兄にして、唯一の太刀――一期一振。  一期の苦笑いにつられる形で私も苦笑が浮かび、 
 「短刀の扱いであれば、弟たちに分があるのと思ったのですが」 「あー……まぁあれだよ…昔取った杵柄さ」 
  いつもであれば、木刀片手に短刀たちの相手をするのだけれど、いつもの木刀が扱えない――ということで、  一期が思ったように、短刀たち――厚たちも、今回の手合わせは自分たちの領分―― 
 「主は、幼い頃からこうして鍛錬を積まれてきたのですね」 「まぁ、な」 
  真剣に相手と向き合う愛染と秋田の姿を眺めながら、ふと昔を思う――  …おかげで、真剣勝負――実戦にすぐになれることができたし、 
 「怖くはなかったのですか?」 「こわい?」 「はい。その小さな身で、刀を持つことが」 
  一期の問いかけに一瞬、きょとんとした――けれど、それはすぐに苦笑に変わる。 
 「…怖くはあったが、それ以上に嫌だったんだ、私にとって――兄弟弟子たちと離れることは」 「!」 「甘ったれなのかなんなのか――よくわからないよな」 
  他者を傷つけることへ対する恐怖はあった――  …今にして思えばなんとも頭のおかしい優先順位だが、当時のことを考えればよかった話ー― 
 「…私も、主の持つ『怖れ』は……わかるような気がします。 「…目覚めさせない方がよかったか?」 「ふふ、まさか。こうしてあの子たちを見守り、 「ははっ、兄弟と一緒にいられることが、っていうのはわかるが、主に仕えるのが――ッで」 「心皇命のお前が言えたことか――っと」 「薬研っ」 「あー…いいんだよ一期…。薬研の言うことにも一理――いや、尤もだから」 
  主に仕えることを至福と言った一期を笑えば、脳天に薬研の手刀が決まる。 
 「――俺としては、それじゃ逆によくないんだがな」 「? 薬研?」 「はは、『家』のために死ぬつもりはないんだ、そこは多めに見てくれよ」 
  心なし、面白くなさそうな表情を見せる薬研――に、薬研の言葉の意味がわからず不思議そうな表情を見せる一期。 
 「ま――成長した方、か」 「――けれど、主にはもっと成長していただかなくてはね」 「ああ、まったくだ」 「………は?」 
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 「っ」 「ん?なんだ、乱」 
  夕食も終わり、入浴も終え、あとは終身時間まで各々の自由時間―― 
 「一緒に寝よ!」 
 ――と、わけのわからないことを言った。え、なんで? 
 「…………何故…」 「だって一人じゃ寂しいでしょ?」 「…いや、いつも一人で寝てるんだが??」 「でも今日は一人じゃ寂しいでしょ?」 「…………いやいやいやいや」 
  今一度言っておこう。私は、肉体こそ子供になってしまったが、 
 「乱、私は子供じゃないんだが?」 「でも、一人の寝るの寂しくなあい?」 「…寂しくないよ」 
  苦笑いして乱にそう答えれば、なぜか乱が寂しそうに「そっか…」と言う。 
 「あーるじ」 「ん?鯰尾??」 
  乱の願い(?)を――と、思っていたところにかかったのは鯰尾の声。 
 「…どうした?」 「どうした――…というか、勘違いしちゃダメですよ主。乱は主と一緒に寝たいだけですから」 「は?」 「もうっ、鯰尾兄ってばバラさないでよ〜」 
  鯰尾がわけのわからないことを言って――それを乱が肯定した。 
 「…えーと??」 「要は寂しいのは乱の方、ってことです」 「………そう…なのか?」 「寂しいっていうか……と一緒に寝てみたかったんだもん…」 「ふむ…」 
  よく、乱の願いの意図はわからないけれど、あれはやはり乱のちょっとした願い――わがままだったらしい。 
 「秋田たちが聞けば、秋田たちだって主と一緒に寝たいって言うはずですから」 「…そう………なのか??」 「そうですよ――主が思っている以上に、みんな主のことが好きなんですよ?」 「ッ…!! そっ、そうですか………っ」 「あーあっ、残念だったな〜」 「っ!?」 
  「残念」と口にして、乱は不意に私の手を取り歩き出す。  なにを考える余裕もなくきょとんと鯰尾の顔を見れば、 
 「っ? 乱?どこに…っ??」 「の部ー屋っ――送り届けるくらいはいいでしょ?」 「………それは……ありがとう…」 「ふふっ」 
  乱と鯰尾に手を引かれ、私は自室へと向かう。  乱たちと他愛もない話をしながら自室へ向かう。 
 「ん?」 「「あれ?」」 
  部屋の中央に敷かれた布団。 
 「よっ。布団、暖めておいてやったぞ?」 「……………なにやってるんだ…鶴丸………」 
 私の布団に先客――鶴丸が陣取っていることには、驚かずにはいられなかった。 
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  大概、こういうバグは、一晩立てば正常化する――のが、お約束だ。 
 「………………」 
  まだ、手足は短く、力は弱く――見える世界が低く、広い。 
 「なんでチビっ子のままなんだ…!」 「…一日でどうにかなると思ってたお前の前向き加減にびっくりだな」 「だって普通こんなのっ、なにか性質の悪いお約束だろう?!」 「どんなお約束だよ」 「なんかこう…!コメディ的な!!」 「おう。紛うことなきコメディじゃねぇか」 「トラジコメディとでも?!」 「まぁまぁ主。今日がダメでも――明日は大丈夫ですって!」 「鯰尾……そう、思うか…?」 「ええ!それに、明日がダメでも明後日があります!」 「……………」 「敵わねぇな、鯰尾兄には」 「………明後日ダメだったらもっかい蒼介さんに連絡する」 「よしよし。成長したな」 
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15/12/31 〜 18/09/16