世の中には、驚くことがたくさんある。
正直な話、私の存在――退魔士・審神者という存在自体、一般人にとってすれば驚きの存在だ。
――…であれば、その一般人が驚く存在が驚く事態というのは――
――一般人にとって見たらどれくらい驚くべきものなんだろうか?

 

「…………」

 

 眼下にあるのは白。いつもであれば白小袖から覗くはずの自分の手が、腕が見当たらない。
そして、その代わりだとでもいうかのように覗く肌色は胸元から。
ただ、いつもであればあるはずの丘はなく、私の胸はとてもなだらかだ。

 自分の体が、ある意味で自分のものではなくなっている――それは理解できる。
いや、理解せざるを得ない。だが、この唐突な上にあまりにも大胆な――荒唐無稽な事態を、
「あいわかった」と受け入れられるほど――私も、まだそんなに人間できていない。

 

「――ぅおーい、いつまで寝て――……」

 

 廊下と部屋を繋ぐふすまが開かれ、ふすまの間からひょこと顔を見せたのは薬研。
戦場で育ったたという経歴からか薬研は短刀たちの中でも精神的に成熟している方で、
いつでも余裕を持った表情を浮かべて行動している――んだが、
今回ばかりはさすがの薬研も余裕をかましてはいられないようだ。

 

「薬研ー!!」

「いや、ちょっと待て。…さすがに俺っちもこれは――…」

「見捨てるの?!見捨てるのか薬研!!?」

「っだぁ〜〜…ったく落ち着け。俺がお前のことを見捨てるわけないだろ」

 

 ため息をつきながら、薬研は私の元へと歩み寄ると、すとと私の傍で膝をつく。
そしていつかみたいに、私を宥めるように頭を撫で、
私の被害妄想だと――自分に私を見捨てるつもりはない、そう言うが――…

 

「………目、背けただろ」

「……背けたくもなるだろ…」

 

 そう言って薬研は引きつった笑みを浮かべて私から視線を逸らし――それを誤魔化すように強く私の頭を撫でる。
…まぁ、目を背けたくなる現実だというのはわかる。
というか、一番に目を背けたいのは誰の他でもない私だからな。
――だからこそ、心の近侍たる薬研には是非ともこの現実を直視して欲しかったんですが。

 

「はぁ〜〜〜〜………」

「…まぁ、とりあえず姉に相談してみようや」

「うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ」

 

 薬研に連れられ私の部屋へやってきたのは、
緋袴を着た白銀の長い髪を持つ女性の姿をした刀剣・
訳あって、彼女は私よりも陰陽術やらに精通している――のだが、
そんな彼女でもやはりこの状況は驚くべき状況のようで、
驚きを隠すように着物の裾で口元を隠し、それでも余る驚きは大きく見開かれた目に映っていた。

 ――それでも、思ったよりもの回復は早く、
すぐに表情をいつもの落ち着いたものに戻すと、「失礼します」と断って部屋へとはいってくる。
そして、布団の上で起き上がっている私の元へやってくると、
すっとその場に座り――「お手を」と言って私に向かって手を差し出してくた。

 それに対して何も言わずに手を差し出せば、
は昨日の私から比べて幾分と小さくなった私の手をとり、ふっと目を閉じる。
そしてしばしの沈黙が続いた後――

 

「な、なにがなにやら……」

「ほあぁ?!」

「…どういうことだよ姉」

 

 すぅ…っと目を開いたと思いきや、そのまますすぅ…っと私から目を逸らした
ついでにおよそ「もうお手上げだ」と言わんばかりのセリフに思わず素っ頓狂な声が上がった――が、
心の近侍・薬研は冷静なもので、私から視線を逸らすに訳を問う。
…すると、はまるで私の不安を煽るかのように大きなため息をついて――
――おきながら、私を安心させるかのように、ポンと私の手を撫でた。

 

「主の体はいたって正常です。
…ですから、気力の乱れや何かで幼児後退を引き起こしたわけではないようで……」

「それ、は…なんだ……?!これが私にとって平常な状態だってことか…!?」

「…はい…。主の体だけを診ればそうなります」

「? なんか含みのある言い方だな?」

「あくまで可能性だけれど…この本丸に、狂いが生じている可能性も考えられるわ」

「……本丸に狂い…?」

「この本丸は幻想結界。構築している術者が異常をきたせば、その影響は本丸(けっかい)にも現れる――
――だからシステム(じゅつしゃ)に因る誤作動(エラー)じゃないかしら…?」

「………ならこれは一時的なモノ、なのか…?」

「はい…おそらくは……」

「はぁ。――よかったじゃねぇか。もとに戻るとさ」

「でも確証はないし……朝食が終わったら心皇に確認を取った方がいいと思いますよ」

「…………なぁ」

「ん?」

「はい?」

「――今すぐとらないか…?」

 

 …そう言った私に向けられた薬研との視線には、困惑が混じっていた――
――が、だからといって「うん」とは、私の提案を肯定してはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝、私は幼児後退を――肉体だけが引き起こした。
手足は縮み、筋力は落ち――気持ち、ろれつも上手く回らなくなっている気がする。
「肩叩き機」×3回とか絶対噛むと思う。
――そんな感じで幼くなって、私はこの本丸で(外見的に)最年少の位置に付くことになった。

 肉体的には幼くなったものの、精神的には――本人的には、後退していない。
「精神は肉体の――とは言うが」「ふふ、本当ね」
…などとどこかの約2名が言っていたが、それこそエラーだ。誤差だ。
なので、いたって私は平常ですッ――が、平常ではすまないモノが一つ発生していた。

 

「わあ〜っ!可愛いー!」

 

 私の手を取り、きゃっきゃっと無邪気に喜ぶのは乱。
そして、その周りにいる秋田や前田たちも「お似合いです」と言ってくれる。
――そう、私がいつも通り(へいじょう)でいられなかったのは服のことだった。

 蛍丸よりも小さくなってしまったこの身では、いつも着ている自分の服を着ることはできず、
かといっていつまでも寝間着でいるわけにもいかない――ので、
が急ごしらえで作ってくれた式服で、一日をすごすことになったのだけれど――…。

 

「でも、どーせならボクとおそろいにすればよかったのにっ」

「かっ、勘弁してください…!」

 

 自分のスカートの裾を掴み、私の服――ショートパンツを見比べながらつまらなそうに言う乱。
――だが、そればかりはいくら乱の希望であろうと聞き届けるわけにはいかない。
誰にだって、向き不向きってあるんだ!!

 

「ふふ、可愛らしかったのに」

「可愛くないよ!!」

「え!お姉ちゃん見たの?!ずっるーい!」

「ふふ、それじゃあ後で――」

「待て!待て!!それはやめてくれ!ホント!主権限でッ!!」

 

 が私に用意した式服――は、袴などの和服、ではなく、なぜか粟田口兄弟の戦装束に酷似した軍服で。
しかも……最初に用意されたのが…………乱の服によく似たスカートタイプで……。
…膝から崩れ落ちて、に縋りついてやめてもらいましたよ……。

 ――で、結局は秋田たちによく似たショートパンツタイプの軍服に、
黒い太ももまでの長い靴下を履く格好で落ち着いたわけなんだが……。

 

「(足元がスースーして落ち着かない…!)」

「もーってば照れなくていいのにー。似合ってるよ??」

「……もしかして…僕たちとお揃いは嫌でしたか…?」

「っ、いや…そうじゃないよ…。…ただ、着慣れない服装だから落ち着かないんだ」

「そうですかっ、ならよかった!」

 

 嬉しそうに笑う秋田を前に苦笑いが漏れる。
…ぅうむ……衣装一つでここまで動揺するとか、本当にどうなんだろうか……。
………まさか、コレ、修行?!心皇からの意図的な修行なのかぁ――って!?

 

「わっ、乱っ?!」

「さっ、早くお披露目――じゃなかったっ、ご飯食べに行こっ」

「――ッ!急に腹痛がっ…!」

「あーあーじゃあ俺っちが広間まで薬、届けてやるよ」

「わーッ!」

「……意外と大将って往生際悪いのな」

「お前もショートパンツ穿いて見ろ厚ー!!」

「え、勘弁」

 

 くそっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよー!」

 

 乱の明るい声に、一度は乱に集まる視線。
しかしその視線はすぐに――乱の横にいる珍妙な生き物のに注がれる。
混乱と歓喜――ああ、前もこんなことがあったな。あれはまだこの本丸の規模が半分くらいだった頃のこと……。
あれはなーんで巫女服だったんだろうなぁ……。
…いや、メイド服とかふざけきった衣装だったら、本気で次郎姐さんを戦線崩壊させてたところだけど……。

 あー…そう思えばまだこの服は序の口だな…。スカートじゃないし。
丈が必要以上に短いけれど――スカートじゃないし。
なんだかんだ言って、ズボンの内なんだから全然マシだろう。
…よし、ここで一度気持ちを切り替えよぉ――って?!

 

「やっだー!ってば、かーわーいーいー!」

「ぐおっ……!じろっ…ね、ッ………!」

「次郎サン!潰れるからっ!主潰れちゃうから!!」

「あらっ?」

 

 清光の制止によって、ふと次郎姐さんの腕から力が抜ける。
なんというか――身が出そうな思いだったが…なんとかなった。
…ただそれでも、一切の負債なく復帰はできなかったけれど……。

 

「はぁ…ぁぁ……ぁ………」

「…だ、大丈夫?主…」

「………潰、れるかと思った……っ」

「いや、ごめんねぇ〜?あんまりにもが可愛いもんだからさ〜」

「ぅ〜ぅ〜ぅ〜〜〜」

 

 私を片手で抱き、少し乱暴に私の頭を撫でる次郎姐さん。
そしてその次郎姐さんに、疑るような視線を向けているのは清光。
…おそらく、次郎姐さんの「また」を警戒しているから、なんだろう。
…はは、私もちょっとそこは心配しているんだよ。

 

「……それで、なにがあったんですか」

「…それが……私もよくわかっていないんだが――」

 

 怪訝そうな表情で何事かと尋ねてくる安定に、
今のところの仮説を伝えれば、この上なく迷惑そうな表情を向けられた。
…いや、一番に迷惑してるの多分私だから。お前がそんな顔しないでくれ。

 ――と、そんな私の思いが通じたのか、安定はため息を一つついて、その表情をいつもの落ち着いたものに戻す。
それにつられて私の方も平常心を取り戻し、次郎姐さんに降ろして欲しいと頼む。
すると次郎姐さんは「えー」と不満を漏らしたが、すすす…と近づきつつあった太郎太刀の気配を察知してか、
ふと瞬間に「はぁい」と言って次郎姐さんは私を広間の畳の上に降ろしてくれた。

 自らの足で畳の上に立ち、ふと視線上げれば――なんかいつもと違うよく知った顔たち。
どれだけ自分が縮んだから思い知らされながら、私は自分の席――部屋の上手にある席へと移動する。
その途中、乱や清光たちが付いてこようとしたが、それを「自分の席に」と促し、あくまで自分ひとりで席へと付いた。

 すと、と自分の席に着けば、みんなの好奇心やら奇異の視線が集まってくる。
…まぁ、状況が状況なので仕方ない――ものの、やっぱり煩わしい。
身に注がれる注目に気だるさを感じて、テーブルの上に突っ伏していれ――ば、
苦笑いを浮かべた国広が「用意ができましたよ」と、朝食の準備が整ったことを知らせてくれる。
その知らせに「ああ」と答え、私は重くなった体をなんとか持ち上げ――その場に立ち上がった。

 

「…みんなおはよう。そして――いただきます」

「おい、状況説明どこいった」

 

 獅子王の冷静なツッコミも、今の私には無意味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食後、即行で心皇へ連絡を取った。
この状況は――この、肉体だけが幼児後退を起こしたこの状況はなんなのか、と。
これでは任務の遂行に支障が、任務が滞ってしまう――これは由々しき事態だと。
――が、心皇から返ってきたのは、なんともご尤もな言葉だった。

 

「つけあがるな。お前一人のバグが如何ほどだ」

 

 ご尤もすぎた。これはもうご尤もすぎた。
この歴史修正主義者たちとの戦いは長期スパンの対軍戦。
たった一人の兵の不具合が多大な影響を及ぼすような――そんな繊細な戦いではない。

 ――となれば、

 

「数日経って改善しないようならもう一度連絡しろ」

 

 ――と、見事に相手にされなかった。

 …悲しい……。
なにが悲しいって相手にされなかったことが悲しい――わけじゃない。
私が悲しいのは――

 

「昔のよしみは………っ」

「あー……」

 

 慰めるように、ポンポンと私の頭を撫でてくれる薬研。
でも、逆にそれが辛い――昔を思い出すから。

 

「もー、なにあの人〜っ」

「原因を調べてくれるくらい、してくれてもいいと思うんですけどね」

「つーか、『つけあがるな』とか『如何ほどだ』とか失礼しちゃうよねー」

「……しっかし、雰囲気に気圧されて、なんも言えんかったのぉ」

 

 乱や鯰尾が不満を呈す中、がしがしと頭をかきながら陸奥はそう言って苦笑いを漏らす。
すると、自分たちも陸奥と同じく、画面の向こうの相手に
気圧されてしまったらしい清光たちはどこか申し訳なさそうにうつむく。
…しかし、そこに苦笑いまじりの「ま、しかたねぇさ」と、相手が悪かっただけだという薬研のフォローが入った。

 

「なに?薬研ってば知り合い?」

「まあな――簡単に言やぁコイツの兄弟子だ、アイツは」

「兄弟子ぃ?兄弟子っちゅーんにあの態度か??」

 

 私の対応をしてくれたのは、私の兄弟子に当たる人物だった。
しかも、名ばかりの兄弟子ではなく、
一緒に修行をして、寝食を共にした、正真正銘の兄弟子、だった――んだけれど、
その対応は非常にクール、通り越して極寒ブリザードだった。

 

「――…なんつーか、身内ほど厳しいヤツなのさ。――おい、お前もそれはわかってたことだろ」

「…わかってはいた、が……………」

 

 わかってはいた。わかってはいた――が、
心のどこかで、これだけテンパっていたらさすがに助けてくれるだろう――と、期待していた。
が、その甘い心を読まれたのか、私の嘆願は彼の心のどこにも引っかからず――
――こうして悲しみと絶望の底に打ち付けられる格好になったわけで。
…因みに、心のどこかでわかっていた分、
落ちた先は、ドン底――ではない。ので、それは少しの救いだったりすが。

 ごっ、とテーブルにデコを打ちつけ机に突っ伏せば、乱と鯰尾が大丈夫かと心配してくる。
もちろん、大丈夫なので「大丈夫」だと答えるけれど、我ながらなんとも覇気のない声で――
――とても大丈夫には聞こえない気がした。…大丈夫なんだけれど。

 

さーん。どーにか原因って調べられないのー?」

 

 最後の頼みの綱――コトと私の前に湯気立つ湯飲みを置いたに、一斉に視線が集まる。
急に自分に集まった視線に驚いているのか、一瞬は眼を大きく見開いた――が、
すぐにその顔に苦笑いを浮かべると、「できないことはないけど」と言った。

 

「な゛っ?!できるのか!!?」

「はい…できはするんですが…。手順が面倒なので……――
――それに、あの方の口ぶりからいって、原因自体はさしたる問題ではないようですし…」

「だが、原因がわかれば対処ができるだろ…!」

「…本当に?」

「ぅ…」

「落ち着きましょう、主。これは明日の生死を問う戦いではありませんが、
無駄に遊ばせておく戦力がある戦いでもありません――であれば、
この一件は主にとってある種の休暇、と受け取っていいはずですよ」

「きゅう、か??」

「あー…そう言われれば、蒼介のヤツなら『さっさと自分でどうにかしろ』って言うわな」

「でもそう言わなかったということは、
主がこの一件で行動不能になることをあの方は承知している――と考えていいはずです」

 

 の解説(?)に、だんだんと考え方――事の受け取り方が変わってくる。
…けれど、そんなに優しいものの受け取り方でいいんだろうか…?
その姿でも任務はこなせる。気にせず働け――と、言われている気もしないでもないんだが…。

 

よ、たまの休暇じゃ、大人しゅうもらっちょけ!」

「ぅ、うう〜ん……」

「っちゅーことで!の姿が元に戻るまで、戦は休業じゃー!」

 

 陸奥の言葉に、一部から喜びの声が上がった。

 …まぁ……戦っているみんなにとって、週一回の休暇では足りない――それはわかっていた。
冷静に、それだけを考えれば今回のこの情けない騒動は僥倖、とも言えなくはない――けれど……。

 

「…いいのかなぁ……これで…」

「ま、たまにはサボってみるのもいいんじゃねぇか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と話し合った結果――出陣だけを、休業とすることにした。
…さすがに、内番や遠征を休むのは怠けが過ぎる――ので、却下となった。

 第一部隊を除く全ての部隊が遠征へと出発したことで、
本丸は活気こそ失われてしまったが、穏やかな静寂に包まれ、その居心地はいい。
…ただ、普段であれば出陣している時間帯なだけに、
なんというかそわそわしてしまって――落ちつつことができないでいた。

 手持ち無沙汰に内番――粟田口兄弟が担当していた畑仕事に参加させてもらった――けれど、
それも二時間もしない内に終わってしまって。
あと一時間もすれば昼時――と、厨へ行ってに昼食の準備の手伝いを申し出るものの、
「それでは意味がない」とたしなめられて厨を追い出されてしまっていた。

 やること――を求めて本丸を当てもなく歩く。
一応、畑仕事を終えた短刀たちの修行に付き合おうか――と、思っていたのだけれど、
それは昼から、ということで、なにもすることがなくなってしまって。
その短刀たち――前田たちから、索敵や隠遁の術について学ぶ勉強会があるが――と誘われたが、
座学は始まって10分で違う世界へ行ける気がしたので丁重にお断りしておいた。

 

「――ぁ」

 

 ふと、庭に向けた視線――が、ふわりとした若紫色を捉える。
好奇心に負けて――というか、持て余した暇に負けて庭へと降り、
季節の花が咲く花壇の前でじーっとしている若紫――歌仙に近づいた。

 

「歌仙」

「…っ、主」

 

 虚を突かれた――そんな表情でこちらを見た歌仙。
明らかに変なタイミングで話しかけてしまったと思って思わず確認してしまえば――否という歌仙。
しかしそれが苦しい嘘に思えたので、その表情の意味を問えば、
歌仙は思っても見ない原因――考えていたのは私のことだと言った。

 

「……私?」

「ああ――そんな姿になってしまったんだ。心配するのが普通ではないかい?」

「しんぱい……」

 

 ふと、思う――確かに、これは心配されてもいい格好だと。…ただ、されたくはないけれど。

 …そう、だよな…。一晩で6〜7歳の子供になってしまったんだから――心配もされる。
しかもその原因が呪術の類ではないというんだから……なおさらに戻るかどうかどうかが心配だ。
…うーん……やっぱりここはに頼んで原因を突き止めてもらおうか……。

 

「主」

「んー…――ん?」

「…――不安に、させてしまったかい?」

 

 ふと、歌仙がその場に膝をつき、私の手をとり問う――不安にさせてしまったか、と。
これまた思ってもみない歌仙の言葉に、思わず「ふあん…?」とオウム返しに問い返せば、
歌仙は一瞬はきょとんとした表情を見せたが、次の瞬間にはクスと笑ってから苦笑いを漏らした。

 

「…精神は肉体の影響を受けるとはいうけれど――主の場合はより、かもしれないね」

「はい?」

「――もともと、主は子供っぽいところがあるということさ」

「…………」

 

 歌仙の言葉に、思わず眉間にしわが寄る。
…いや、そりゃ歌仙から見れば私が子供だろうが……子供っぽくはない、と思うんだが。

 

「歌仙」

「なんだい?」

「私は子供っぽいのか」

「無自覚かい?」

「…、………お、思い当たる節は……」

「そう――けれど、それは主の良いところだと、僕は思うよ」

「…………」

「僕の評価が不服かい?」

「いや…そこまで言うつもりはないが……」

 

 普通、子供っぽいことが「良い」ことだと言われて納得することができるだろうか?…とりあえず、私はできなかった。
――だって、私にとって子供っぽい、幼い――は、未熟と言われていることと同じだから。
…しかしそれでも、歌仙は自分の私への評価を取り下げるつもりはないようだった。

 

「短所は長所――そう言うよ」

「…短所は短所か」

「それはあれだけ騒がれればね」

 

 苦笑いして言う歌仙に、思わず今朝の自分の惨状を思い出せば――返す言葉はない。
でもだからこそ、より歌仙の「良い」という評価が腑に落ちないんだが…――
――なぜか、満足げに私の頭を撫でる歌仙に、思わず彼の真意を問う気はすっかり失せてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすが主ですな」

 

 五虎退や平野たち、短刀たちの訓練の様子を見守っていた折、不意に横からかかった声は――

 

「一期…?」

 

 粟田口兄弟の長兄にして、唯一の太刀――一期一振。
ぼーっとしていたことに加えて、思ってもいない一期からの呼びかけに、
ぽかんと口をあけて一期の顔を見上げていれば、一期がふと苦笑いを漏らす。
…おそらく、私のアホ面に堪えきれなくなってしまったんだろう。

 一期の苦笑いにつられる形で私も苦笑が浮かび、
それを誤魔化すように「さすが」というのはどういうことなのか、と一期に尋ねる。
すると一期は縁側に座っている私の隣に、「失礼いたします」と一言断ってから腰を下ろし――
――庭の手合わせ場で真剣に訓練に取り組む弟たちに視線を向けた。

 

「短刀の扱いであれば、弟たちに分があるのと思ったのですが」

「あー……まぁあれだよ…昔取った杵柄さ」

 

 いつもであれば、木刀片手に短刀たちの相手をするのだけれど、いつもの木刀が扱えない――ということで、
今日は自前の短刀を使って短刀たちの相手をしていた。
…絵面的には、こちらの方が相手をしてもらっている、だったろうけれど。

 一期が思ったように、短刀たち――厚たちも、今回の手合わせは自分たちの領分――
――自分たちに分があるのでは、と思ったようだったけれど、
私も今の姿くらいの頃に短刀の扱いを学んだ身――まったくの素人じゃなくて。
おかげで、厚たちとの短刀を用いた手合わせは、なんとかかんとか私に軍配が上がっていた。

 

「主は、幼い頃からこうして鍛錬を積まれてきたのですね」

「まぁ、な」

 

 真剣に相手と向き合う愛染と秋田の姿を眺めながら、ふと昔を思う――
――「こうして」、じゃあなかった、と。もっとこう…弱肉強食だったな、と。

 …おかげで、真剣勝負――実戦にすぐになれることができたし、
演練の質が高くなっていたことは事実だけれど……だからといって、この本丸でそれを実践しようとは思わない。
多分あれは大師匠だから許された芸当だ。私程度がやっては……反感を買うだけだろうからなぁ…。

 

「怖くはなかったのですか?」

「こわい?」

「はい。その小さな身で、刀を持つことが」

 

 一期の問いかけに一瞬、きょとんとした――けれど、それはすぐに苦笑に変わる。
子供の身で刀を持つこと、他を殺める力を持つことに恐怖はなかったのか。
それは誰もが当然に持つ「恐怖」へ対する疑問。
だが、生死の区別もあやふやな子供に、その「恐怖」がわかるのか――
――まずその前提があやふやだが、当時の私に――それはあった。

 

「…怖くはあったが、それ以上に嫌だったんだ、私にとって――兄弟弟子たちと離れることは」

「!」

「甘ったれなのかなんなのか――よくわからないよな」

 

 他者を傷つけることへ対する恐怖はあった――
――だが、それを乗り越えなければ、私は大好きな兄弟弟子たちと共にいることが許されない。
…だから私はそれと他者を傷つける恐怖を秤にかけることで、力の恐怖を乗り越えた。

 …今にして思えばなんとも頭のおかしい優先順位だが、当時のことを考えればよかった話ー―
――しかし、今を考えればこの乗り越え方は取り返しの付かないミスのように思えた。

 

「…私も、主の持つ『怖れ』は……わかるような気がします。
…人の身を持ち、弟たちと言葉を交わすことが叶って――…自分の消失よりも、あの子たちの消失の方が怖ろしい……。
刀のままであったなら、考えにも至らないことです――…」

「…目覚めさせない方がよかったか?」

「ふふ、まさか。こうしてあの子たちを見守り、
主にお仕えできること――それが今の私にとって、なによりの至福ですからな」

「ははっ、兄弟と一緒にいられることが、っていうのはわかるが、主に仕えるのが――ッで」

「心皇命のお前が言えたことか――っと」

「薬研っ」

「あー…いいんだよ一期…。薬研の言うことにも一理――いや、尤もだから」

 

 主に仕えることを至福と言った一期を笑えば、脳天に薬研の手刀が決まる。
主である私へ手を挙げたことへ対する咎めが一期から薬研へ飛ぶが、薬研が言ってることは残念ながらご尤も。
なので、薬研に非はないと一期に言うが、
それでも一期は「しかし…」と食い下がろうとするので、私は「いいんだよ」と強引に納得させた。

 

「――俺としては、それじゃ逆によくないんだがな」

「? 薬研?」

「はは、『家』のために死ぬつもりはないんだ、そこは多めに見てくれよ」

 

 心なし、面白くなさそうな表情を見せる薬研――に、薬研の言葉の意味がわからず不思議そうな表情を見せる一期。
そんな2人を前に苦笑いしてそう言えば、
2人は一瞬きょとんとして顔を見合わせる――と、ふと呆れを含んだ苦笑いをこちらに向けた。

 

「ま――成長した方、か」

「――けれど、主にはもっと成長していただかなくてはね」

「ああ、まったくだ」

「………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っ」

「ん?なんだ、乱」

 

 夕食も終わり、入浴も終え、あとは終身時間まで各々の自由時間――
――そんな時、ふと私にかかったのは、何故だか嬉しげな乱れの声。
いつもであれば見下ろす乱の顔を見上げ、どうしたのかと尋ねれば、乱はニコリと笑みを浮かべて――

 

「一緒に寝よ!」

 

 ――と、わけのわからないことを言った。え、なんで?

 

「…………何故…」

「だって一人じゃ寂しいでしょ?」

「…いや、いつも一人で寝てるんだが??」

「でも今日は一人じゃ寂しいでしょ?」

「…………いやいやいやいや」

 

 今一度言っておこう。私は、肉体こそ子供になってしまったが、
精神は昨日までと変わらない、ほぼ大人のそれだ。
なので、一人で寝ることが寂しいとか、怖いとか、そういったことはまったくない。断じてない。
なので、乱の気遣い――それ自体はとても嬉しいのだけれど、
さすがにそれを「ありがとう」と受け取ることができなかった。

 

「乱、私は子供じゃないんだが?」

「でも、一人の寝るの寂しくなあい?」

「…寂しくないよ」

 

 苦笑いして乱にそう答えれば、なぜか乱が寂しそうに「そっか…」と言う。
……これは…なんだろうか。乱はお兄ちゃんの気分でも味わってみたかったんだろうか?
うーん…だったらまぁ……一緒に寝るくらい――

 

「あーるじ」

「ん?鯰尾??」

 

 乱の願い(?)を――と、思っていたところにかかったのは鯰尾の声。
反射的に声の聞こえた方――鯰尾へと顔を向ければ、
そこには困ったような苦笑いを浮かべる鯰尾の姿があった。

 

「…どうした?」

「どうした――…というか、勘違いしちゃダメですよ主。乱は主と一緒に寝たいだけですから」

「は?」

「もうっ、鯰尾兄ってばバラさないでよ〜」

 

 鯰尾がわけのわからないことを言って――それを乱が肯定した。
…はい?私と一緒に寝たいだけ??どういうことでしょうか???

 

「…えーと??」

「要は寂しいのは乱の方、ってことです」

「………そう…なのか?」

「寂しいっていうか……と一緒に寝てみたかったんだもん…」

「ふむ…」

 

 よく、乱の願いの意図はわからないけれど、あれはやはり乱のちょっとした願い――わがままだったらしい。
あれが欲しい、これが欲しいと、元手のかかる願いでもないので、
こんな身になって迷惑をかけてしまった償いの意味も込めて、
乱の要望に応えよう――と、思ったのだけれど、
そんな私の考えを読んだらしい鯰尾に笑顔で「ダメですよ」と言われてしまった。

 

「秋田たちが聞けば、秋田たちだって主と一緒に寝たいって言うはずですから」

「…そう………なのか??」

「そうですよ――主が思っている以上に、みんな主のことが好きなんですよ?」

「ッ…!! そっ、そうですか………っ」

「あーあっ、残念だったな〜」

「っ!?」

 

 「残念」と口にして、乱は不意に私の手を取り歩き出す。
唐突な乱の行動に、足がもつれて倒れそうになるところ――を、
乱とは反対の手をとった鯰尾の力によって転倒を阻止された。

 なにを考える余裕もなくきょとんと鯰尾の顔を見れば、
鯰尾は苦笑いを浮かべたかと思うと――乱に視線を向けて「危ないだろ」と注意する。
そしてそれを受けた乱といえば、あまり反省の色なく「ごめんなさーい」と謝り――
――ニコと私に笑顔を向けて「いこっ」と再度歩き出した。

 

「っ? 乱?どこに…っ??」

の部ー屋っ――送り届けるくらいはいいでしょ?」

「………それは……ありがとう…」

「ふふっ」

 

 乱と鯰尾に手を引かれ、私は自室へと向かう。
完璧に子ども扱いされている格好――だけれど、今はそれも悪くない。
これくらいの気遣いは――素直に受け取っていいはずだから。

 乱たちと他愛もない話をしながら自室へ向かう。
…元々、自室に向かおうとしてたので、あっという間に自室の前に到着してしまう。
それに乱が「むー」っと不満げな表情を見せれば、鯰尾は苦笑いを漏らしながらも、
廊下と部屋を繋ぐふすまに手をかけ――

 

「ん?」

「「あれ?」」

 

 部屋の中央に敷かれた布団。
いつもであれば、自分で敷く――のだけれど、今日に限ってだけはに用意してもらっていて。
なので、既に布団が敷いてあることは何も驚くべきことじゃないんだが――

 

「よっ。布団、暖めておいてやったぞ?」

「……………なにやってるんだ…鶴丸………」

 

 私の布団に先客――鶴丸が陣取っていることには、驚かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大概、こういうバグは、一晩立てば正常化する――のが、お約束だ。
そう、お約束――決まりごと、通例だ。
だから、私の幼児後退も、一晩眠れば直ると――心のどこかで高をくくっていた。

 

「………………」

 

 まだ、手足は短く、力は弱く――見える世界が低く、広い。
2日目、ともなれば驚きは少ないが、治ると高をくくっていただけに――
――昨晩と変わらないこの状況には落胆せざるを得なかった。

 

「なんでチビっ子のままなんだ…!」

「…一日でどうにかなると思ってたお前の前向き加減にびっくりだな」

「だって普通こんなのっ、なにか性質の悪いお約束だろう?!」

「どんなお約束だよ」

「なんかこう…!コメディ的な!!」

「おう。紛うことなきコメディじゃねぇか」

「トラジコメディとでも?!」

「まぁまぁ主。今日がダメでも――明日は大丈夫ですって!」

「鯰尾……そう、思うか…?」

「ええ!それに、明日がダメでも明後日があります!」

「……………」

「敵わねぇな、鯰尾兄には」

「………明後日ダメだったらもっかい蒼介さんに連絡する」

「よしよし。成長したな

 

 

 

15/12/31 〜 18/09/16