自分と同じ色の長い髪をくしで梳き、綺麗にまとめた山吹茶色の髪をいつもとは違う高い位置で括る。
いつもであれば低い位置で緩く括って柔らかい印象にまとめるけれど、
今回はオーダーもあって高い位置に――全体の印象がスマートに、顔つきが精悍に見えるように、と考えたからだった。

 前を向いた先――鏡に映っているのは、自分とよく似た顔。でも、今となっては昔ほどは似ていない。
そもそも二卵性双生児――である以前に、性差という絶対的な差が私と弟の前にはある。
……でもそう・・考えたら、私たちは十二分に似ている方だろう。
服装と化粧を整えれば、完全に見分けがつかなくなってしまうんだから――身長差を誤魔化せばバストアップしゃしんなら
 

 弟の髪を整え終え、弟に「終わったよ」声をかけると、弟は「ありがとう姉さん」と言ってスッと椅子から立ち上がる。
つい数年前までは、ずっと同じ高さに視線かおがあったのに、今では顔を持ち上げないとちゃんと顔を見ることができなくなってしまった――
…姉として、弟の成長は嬉しい…のだけど、姉として、弟に見下ろされまけるのはなんだかおもしろくない…。
性差故の絶対的逆転だけに、覆しようのないこと――…とはわかっていても、釈然としないものは釈然としない。

 

 

「…ね、姉さん?」

「……おっきくなったね」

「…………まだまだだよ」

「……ぇ、まだ大きくなるつもりなの?」

「…それは……そう、だよ…。男子としては、低い方なんだから…」

「……」

 

 

 何処か不貞腐れた表情で、弟は自身の身長を低いと言う――…まぁ確かに、親戚や友人たちと比較すれば、弟の身長は高い方ではない。
…一応、世間の平均は上回っているはずだけれど、
弟の周り――アイドルだのモデルだのが多い環境がっこうの平均で考えると、それでも「低い」だろう。
芸能アチラの業界において「身長」は、優先される大きな要素――だからねぇ?

 

 

「…それに――……」

「………ん?」

「……ううん…なんでもないよ――…ただ、あんまり大きくなると、姉さんと姉妹舞ができなくなるなと思って」

「…いや、うん……それはそうだけど――………お前、いつまで女装するつもりなの……」

「ん、それは――姉さんに望まれるならいつまでも、だよ」

「………いやいやいやいや、私に変態要素付加しないでよっ」

「えー?自分にエプロンドレス着せて喜んでたのは姉さんなのに」

「いつの話だよっ」

 

 

 からかいの言葉に「がう」と吠える私――を、見る弟の顔には楽し気な笑みが浮かんでいる。
昔は淑やかな印象の、愛らしい笑顔だった――のに、今の弟の顔に浮かぶ笑みは柔らかくも男性的な凛々しさを湛えている。
…少し、なにか寂しいような感情が湧く――…し、なにか悔しいような気持ちにもなる。
私の方がお姉ちゃんなのに、これじゃまるで私の方が――

 

 

「姉さん」

「…」

「姉さんは姉さんだよ。自分にとってただ一人の大切な――ね」

「……………はぁ……そーゆーセリフ言われてる時点でダメだよねぇ……」

「それは――自分の察しが悪いだけだよ。…黙ってた方がよかったかな」

「…ぁあもうこのできる弟は〜〜〜〜」

「ぇえ〜?」

 

 

 励ましている――ようで、嫌味を言っているようでもあって――
――更にその上をいっているようにも思える弟に、なんともまぁ何か辛抱堪らないものが湧きだし、思わずがばと抱きしめる。
…ただ、しようのない身長差故に絵面に的には抱き着いている格好、だけれども。

 ああもう本当にこのできた弟には参ってしまう。
そもそもこういう子――なのか、それとも私がこう・・だから弟はこうなってしまった――のか。
…正直、前者を経ての後者による悪化――…が、濃厚かなぁー……。

 

 

「――双子巫女ひめ様。儀式の準備が整いましてございます」

 

 

 弟を抱きしめながらもにゃもにゃと考え込んでいる――と、
不意に障子戸の向こうから聞き慣れた女の声に呼ばれ、仕事ぎしきの準備が整ったとの報告を受ける。
その、一瞬は、ムッとするモノを覚えた――けれどそれは僅か一瞬のことで、すぐに思考は巫女しごとのソレに切り替わった。

 姉として――以上に、補佐かたよくの前では、信頼できる統率者かたよくでありたい――ではなく、そう在らなくてはならないだけ。
そう在ることを望まれているからとか、そう在らなくては組織がなりゆかないから――
――とかではなく、そうでなければ私が納得できない、という話。
この程度をこなせずして、信頼するモノから預けられた信頼に応えることは叶わない――なら、十二分に、こなすしかない。
…そういう形でしか、私はなにも返すことができないんだから。

 

 

「――行こうか。幸福の押し売りに」

「ふふ、押し売りとは人聞きの悪い――慈善事業ですよ、コレは」

「――…いえいえいえいえ。
観覧だけでウン十万巻きあげといてなーにが『慈善』だってんですか」

「「えー」」

 そういう家系いえに生まれて、そういう環境いえで育った――から、私には「才能」があって、「実力」も身に付いた。
だからそれは当然の「成果」であって、おまえの努力の賜物でもなければ、才能せいかでもない。
――確かに、それはそうだ。こんな・・・程度で完成するわけがない。

 私のよくはもっともっと――畏ろしいほどに深いのだから。
 

 ――とはいえ、今日の奉納舞はかなりの出来だったと自負している。
少し――…いや、結構な無茶を言って演武というのか剣舞というのかの要素を取り入れたことで、
いつもの舞にはない強さの迫力と、男性的な優麗さを表現することができた。

 今までとは毛色の違う「芸術うつくしさ」の表現は、我ながら上手くやったもんだと思う――
…けれども、それに伴う犠牲リスクを、完全に見誤っていた。
おかげで、全力で期待に応えてくれた片翼おとうとは――…現在、筋肉痛バックファイアで虫の息、だった…。

 

 

「(ズルいよ、なぁ……)」

 

 

 既にほぼほぼ自宅扱いになっている大社じんじゃ――の客間じしつで一人ふと思う。うちの弟はズルい、と。
 

 舞を奉納した数時間後、ぐえと倒れ込んだ弟。
覚えのある展開――だからこそゾッとして「まさか」と抱き上げれば、
真っ青な顔で息も絶え絶えといった様子――ながらも、満足げに弟は「だいじょーぶです…」と笑みを浮かべそう言った。

 まるで今際の時を迎えたかのような弱々しさで微笑む弟の「大丈夫」の言葉に、説得力なんて毛ほどもなかった――
…けれど、覚えのある展開ことだからこそ、死にそうな顔色よりも満足げな表情の方が印象に残るわけで……。
今の今まで負荷による反動を誤魔化し続けてきたんだろう弟の根性には素直に感服した――が、それと同時に多大に呆れも思えた。
ので、はっきりと「おバカ」と言ってやった――…が、それを笑顔で受け入れるもんだから……本当に…もぅ……。
 

 甘やかす方が悪いのか、甘やかされる方が悪いのか――それは、私の場合は後者が悪い、だろう。
自分の立場とか、役割とか、そういう大事なモノを失念むししているんだから。

 …ああ、どうして私はこんなに甘ったれなんだろう。
誰にも恥じることのない、誰に見縊られることもない、大切な家族にとって誇れる存在になりたい、そう思っているのに――
…結局は、誰かを犠牲にしなければ「成果」を上げられない「程度」なんて…。

 

 

「…所詮、は誰かの犠牲の上に成る――…それはいつだって・・・・・変わらない」

「っ…?!」

 

 

 私しかいない部屋に通るのは、私が誰よりもよく知っている――私の声。
状況としてはなにもおかしくはない――けれど、それは私に口を開いた自覚があったなら、だ。
独り言を呟いた自覚も、そもそも口を開いた感覚もないのに――私の声は言葉を続ける。

 

 

「私はいつだって過ちを犯す。私が私である限り、それはいつだって、どこだって――揺るがない。
…私がいる限り、誰も彼もが犠牲の可能性リスクを負う――…誰も傷つけたくないのに、私が私であるばかりに――いなくなる」

 

 

 ズンと、心臓を撃ち抜かれたような衝撃が全身に奔り――思わずその場に崩れ落ちる。
その中でも滞ることなく頭の中を駆け巡るのは、私が知らない私の情報きおく
両親が兄弟が、そして友人たちと、顔も名前も知らない誰かたち――が、ためにせいで死んでいく。

 どうして、どうして、私なんかのために――

 

 

「…それは違う。私が私だから――私が不出来わたしだから、みんな、守れない」

 

 

 …ぐうの音も出ない、とはこのことだろうか。
反論の余地どころか、否定できる要素が一つもない。
脳裏を駆け巡る「記憶」は私にとっての現実ではない――としてもにとっては事実げんじつだ。
これは、バカみたいに何度も繰り返される惨劇これは――…私だからこそ、否定なんて、できるわけがない。

 

 

「…私なんて、最初からいなければいい――……あなたが私を超えられないのなら」

「ッ――」

 

 

 背に突き刺さった殺意に半ば反射で振り返れば、
暗い部屋の陰に見覚えのある少女が一人佇んでいる――…こちらに、拳銃を向けて。
 

 ただ漠然と、おわりを理解する。
死を迎えること、憎しみさついによって殺されること――は、恐ろしくない。
そして、ここで終わってしまうことに――不満もない。
だって彼女わたしの言い分は尤も――私という存在が長じれば、いつか誰かを犠牲にすさんげきがおきる。
…だというなら、ここで終わるのが世のため人のため――…そして私のため、でもあるはずだ。
 

 だから――

 

 

「ぁ゛――ぅンーーー!?!!?

 

 

 アレー?!なんか落ちてるんですけどォー!!?

■あとがき
 思わず初めてしまったtwst連載です。
いつものよろず主が、いつも以上に大暴れする予定です。
読み手さんによっては核爆弾級のアレでソレになると思われるので、皆様ご注意くださいませ。