「なるほどなるほど…?あなたもユウさんと同じくニホン――異世界、もしくは未知の惑星のご出身、と……」

「…この娘に関してはオンボロ寮われわれの管轄だ――…手出しは無用だぞクロウリー」

「いやいやしかしですねぇ…?
ユウさんは曲がりなりにも闇の鏡によってこちらへ来てしまったわけですが――…彼女はそうじゃないでしょう?
どこかの誰か――もしくは彼女自身の不手際によって偶然・・ここへ巡りついてしまった…
――なら、うちの落ち度ではないわけですし……?」

「………だから、なんだと?」

「…………はぁ…わかりました…彼女についてはあなたに一任しましょう…――ただし!
なにかしらの問題が起きた時には然るべき対処をとりますからね!」

 

 黒衣のゴーストに「クロウリー」と呼ばれた仮面の男の念押しに、黒衣のゴーストは静かに頷く――
――と、不意にその視線を仮面の男・クロウリーさん――から、彼の後ろにいる日本人どうきょうの少女に目を向ける。
そして彼女の横――…というか簀巻きにされて無造作に転がされている火を噴く狸――
――もとい、グリムと名乗る種族不明のモンスターをちらと一瞥する――と、

 

「では、お引き取り願おうか――もちろんそこの少女とモンスターも」

「ぇ」

「…それは、どういうつもり・・・、ですか?」

「なに、オンボロ寮ここは我々のシマ。
そこに管理者の許しもなく荷物・・を置いていくのは、学園長だろうと筋が通らない――そういうハナシ、だ」

「……」

 

 張りつめるような空気の中、黒衣のゴーストとクロウリーさんつわものたちの睨み合いが静かに続く。
…こーゆー人(?)たちの牽制は、どこ・・に行っても大差ないらしい。
慣れたくもなかったが、理解ってしまった空気感に、
黒衣のゴーストを支援する形で黙って状況を見守っている――と、不意にクロウリーさんが大きなため息を吐いた。

 

「はぁ……わかりました。
…ジェームズさん、ユウさん――と、ついでにモンスターグリムくんをこのオンボロ寮に住まわせてあげてください」

 

 ため息交じりに、どこか諦めたような様子でクロウリーさんは黒衣のゴースト――ジェームズと呼んだゴーストかれに頼みごとを口にする。
そしてそれを受けたジェームズさんは、表情を一つも変えずに「わかった」と静かに答える――と、クロウリーさんはもう一度ため息を漏らした。

 …うんまぁ当然だよね……縁もゆかりもないだろうイレギュラーのために、やり手だろうジェームズさんに貸しを作ってしまった――…んだから。
でもまぁ私にとってはプラスだから知ったこっちゃない――
――し、ひとを責任が無いからと追い出そうとした相手なんぞフォローどころか同情する余地すらないってんですよ。ハッ。

 

「…――さて、これで君たちの宿の確保はできました――が、
いくら私が優しいからって学園の経費・・・・・で君たちの衣食住の全てを保証してあげるわけにはいきません。
タダで君たちに何でも与えてしまっては職権乱用になってしまいますからね」

「ぁ、ぁの……な、にを…させられる…んでしょうか……」

「なに、そう身構えることはありません。
見るにユウさんは掃除がお上手なようなので――学園の掃除!…などの雑務をこなしてもらいます。
もちろんグリムくんも、ですよ?」

「ムー!ムムゥ〜〜!!!」

 

 確認を取るようにクロウリーさんはグリムくん――簀巻きにされて身動きどころか話すことすらできない黒い小動物モンスターに声をかける。
けれど当然、口を塞がれて話すことのできないグリムくんは――……いや、これは明らかに反発してるなぁ…。

 ムガモガと暴れ――たくとも暴れられないグリムくん――だったけれど、
このままでは後の面倒の火種になると考えたのか、彼を簀巻きにした張本人であるらしいジェームズさんがパチンと指を鳴らす。
するとポンっという小気味いい音と一緒に、グリムくんを拘束していた簀巻きが消えて――

 

「掃除なんてイヤなんだゾ!天才であるオレ様が掃除なんて――」

「――なら、君をここに置いておくことはできません。
もう一度追い出して――もう二度と、この学園に忍び込めないよう警備を強化しましょう」

「ニャんだとォ?!ず、ズルいんだゾ!!」

「ズルい?ズルいとは聞き捨てなりませんね?
闇の鏡に選ばれてもいないモンスターである君を、雑用係とはいえ学園ここに置いてもいいと言っているんですよ?
海の魔女もびっくりの慈悲深さだと思うんですがねぇ?」

「…――そうだな。脳天になにか・・・が直撃したんじゃないかと心配するレベル、だな」

「………貴方、ねぇ…」

 

 クロウリーさんの問いかけに、ジェームズさんは小さく意地の悪い笑みを浮かべて「そうだな」と同調する。
…なにやら思い出したくないことでも引き合いに出されたようで、ジェームズさんを見るクロウリーさんの表情は迷惑そう+不機嫌そう。
――かといって、そこでジェームズさんが下手に出るようなこともなく、変な沈黙がしばし続いた――ところで、

 

「どうしますかグリムくん?ここを去るか、ユウさんと2人で雑用係としてここに残る――か」

「ぐぬぬぬぬぬ…!」

 

 場を改めるようにクロウリーさんはグリムくんに選択こたえを迫る。
…どういうわけやら学園ここに対して強いこだわり…というか執着があるらしいグリムくんは、
不満げに唸り声を上げて身を震わせる――…けれどだからこそ・・・・・、ということなのか、
最終的には不満をだだ漏らしながらも「わかったんだゾ…」とクロウリーさんに同意を――雑用係だとしても学園ここに残ると決断しこたえた。

 

「――ではユウさん、グリムくん、明日から我が校の雑用係として励んでくださいね!
…あ、因みに掃除しごとについての詳細はジェームズかれから聞いてください」

 

 最後に「では!」と晴れやかに一言を残し、クロウリーさんは文字通り・・・・一瞬で姿を消す。
やっと面倒事から解放された――…といった風だったけれど、おそらく見たまんまそのとおりだろう。

 ……所詮「学園長」ってことですか、ね。

 学園長から正式に学園ここの一員として認められたのは、私と故郷を同じくする日本人の少女――ユウ。
そして「魔法士になる」という目的をもってこの学園――
――魔法士育成学校の中でも名門中の名門である【ナイトレイブンカレッジ】に忍び込んだ・・・・・モンスターのグリム。

 とりあえずの身の振り様――学園での立場と、明日の仕事が決まったユウさんとグリムくんは、
ここ・・――通称・オンボロ寮と呼ばれる無人ゆうれい屋敷を縄張りシマとするゴーストたちのボス――であり、
学園で働く用務員ゴーストたちの職長であるジェームズさんの指示で部屋を与えられた。
そして明日の仕事に備えろと自室へ案内され――…今頃は寝るための掃除じゅんびをしているところだろうか。
 

 …んで、正式に・・・ジェームズさん預かりになった私はどうなっているかといえば――

 

 

「「「ボスーーー!?!!」」」

 

 

 …なぜか、スポ根展開――
…いや、「居場所が欲しくば俺を倒してみろォ!」みたいなことで、なんかバトル漫画みたいな展開じょうきょうになっていた。
……あ、因みに今カウンターでジェームズさんを蹴り飛ばしまして――オーダー達成ミッションクリア、です。
 

 私に蹴り飛ばされ、塀に叩きつけられたジェームズさんボスを心配して、手下のゴーストたちがわらわらと彼の周りに集まってくる。
なにやら腹に黒いモノいちもつ持っていそうなジェームズさん――だけれど、
部下からはとても慕われているようで、親愛なるボスを無惨に蹴り飛ばしたわたしに向けられる手下かれらの敵意は殺意ホンモノ

 ……確かに、やりすぎた感はある。
けれどもものの一瞬で憑り殺されてしまいそうなほどの禍々しいようきを纏った
自分よりの倍はあろうか黒衣のゴーストに闘志きょうきを以て襲われたんだから――これは、正当防衛だ。
本気で抵抗していなければ、間違いなく――
 

 がららと音を立て、崩れた塀の山から起き上がる黒衣のゴーストジェームズさん
青白い月光を背負うその姿はまるで悪魔か悪霊か――…まさかとは思うけれど、どこぞの荒魂の如く暴走寸前、とかいうわけじゃないよね??

 

「――やはり、貴方は支配人オーナーと同じの使い手のようだ」

「………うん?」

「レイヴ・アロガンス――…この名前に聞き覚えは?」

「――全然」

「…」

 

 半ば確信をもってジェームズさんは問いを――「レイヴ・アロガンス」という名前を出したようだけれど、
残念ながらまったく全然そんな名前にはこれっぽっちも聞き覚えもなければ、聞き馴染みすらもなかった。
なーにせ極東生まれの極東育ちだもので――…遠い先祖とか、遠い親戚とかに「西洋人」はいるけれど、
どっちにしても遠い・・から、身近ではないんだよねぇ……。

 問われたことに素直せいじつに答えた――のに、なんか私が悪いみたいな雰囲気になってしまっている。
いやいや、勝手に盛り上がっきたいして玉砕したのはそっちの責任――であって、私に一切の責任はない。
…ホント、そーゆーのはやめて欲しい――…怒りで背中がチリつくじゃな――

 

「――っくしゅん!」

「む」

 

 屋敷を出た時に降っていた雨は既に止んでいる――けれども、それで濡れてしまった巫女装束ふくはしっとりと濡れたまま。
ジェームズさんと相対し、カウンターを喰らわせる機を狙っていた時には感じなかったけれど、
事が決着したことでアドレナリンが途切れた――気が緩んでしまったらしい。

 

「話は中で続けるとしよう」

 

 そうジェームズさんに促され、頭を回すことなく「はい」と答えてジェームズさんに先導される形で素直に屋敷の中へと戻る。
そしてそのまま前へ進み続けるジェームズさんの後を追う形で屋敷の中を進んでいく――と、ジェームズさんが止まったのは、私が意識を取り戻した廊下ばしょ
………そういえば――……「オーナーの部屋の前」、とか言ってなかったっけ…?

 真白な埃が均等に積もって――いないある扉の前。
その扉に向かってジェームズさんが手をかざすと、金色の光がいわゆる「魔方陣」的な西洋独特の文様を描き――ガチャと、不意に鍵が外れたような音がする。
そしてそれは想像しきこえたままだったようで、
ジェームズさんが扉の奥へと消えると、それとほぼ同時に――木製の両扉が独りでに開いた。

 

■あとがき