「…朝から酷い目にあいましたねぇ…」
「はい…」
昼食時を迎え――てからやや時間が経った学食――
――の厨房の片隅で、私とユウさん、そしてグリムくんは昼食をとっていた。
混雑のピークを過ぎた食堂は、時刻の割に閑散としている。
生徒のほとんどが食事を終えると食堂を出て行き、そのままお喋りに興じている生徒は多いとは全く言えない――
…まぁ、男子校だというのだから「そういうモノ」なのかもしれないけれど。
「……しかしグリムくんはよく食べますねぇ…。そのち…いや、体のどこにその量が入るやら…」
「ふんっ、これくらいどーってことないんだゾ!
…つーか!お前と違ってオレ様たちはずぅ〜〜っと掃除ばっかりやらされてんだから当たり前なんだゾ!」
「……それもそですね」
「ぐぬぬ……そうあっさり認められると、それはそれで腹立つんだゾ…」
「…でも私だってずぅ〜〜っと何もせずにのーんびりとしていたわけではないんですよ?
ジェームズさんの紹介で寮区長のみなさんと顔を合わせして――…まーた殴り合いですよ」
「「!!」」
「なんなんですかね、彼ら。用務員だっていうのに、価値観が武力に傾き過ぎでは?」
クロウリーさんとの話し合いが終わった後、
私はジェームズさんによる【ツイステッドワンダーランド&ナイトレイブンカレッジ講座】を受講した――
その後、生徒たちが暮らす寮の用務員たちをまとめる寮区長と呼ばれる役職に就くゴーストたちと顔合わせをすることになった――
――…までは普通だったのだけれど、ジェームズさんが「自分の上に立つ方」と紹介すると、
一人が「納得できませんな」と言い、それに続いて「私もです」の声が6つ。
当然のような、「あれ?」のような展開に、思わずジェームズさんに顔を向ければ――
「では納得してもらいましょう――力尽くで」
――とか言って。
端からこの展開を想定していたやら、どこからともなくゴングとか持ち出し、おもきし「カーン!」と鳴らす準備の良さ。
挙句、突然集められたはずの寮区長たちも予期していたやら「待ってました!」と臨戦態勢…。
…もしやジェームズさんは私に敗北の二文字を叩きつけたい――自身が味わった屈辱を晴らしたいのか……と思ったけれど、
だとしても、大人しく負けるのは性分ではないので、力を尽くして――返り討ちにしたった。
…因みに、部下が殴り飛ばされる光景を黙って見守っていたジェームズさんの表情は――…とても、満足そうだった。何故。
「ぇぇと………京都のご出身、ですか…?」
「…――違いますよー?東京都民ですよー?
幽霊学生なので浮世離れしている自覚はありますが、現実離れはしてませんよー?武力的な意味で」
「で、でも……幽霊を…殴った…んですよね…?」
「そこはまぁ、巫女さんのお祓いパワーですよ――たぶん。幽霊にお祓い――ですからね。
…ただ勝因は、奇跡的に色んなコトが有利だった、ってことですかねぇ」
「……色んな…コト??」
「相手が油断していたことに加えて、相手の意表をクリティカルに突いた。
…柔の奥義は初見だと攻略が難しいので、一か八か一撃必殺を狙ったら――大当たり、てなワケです」
体術における剛と柔の概念が強く根付いているのは、アジア――の中でも特に日本と中国。
そして逆に、その概念が薄いのはおそらく欧州――で、欧州の格闘技は大雑把に部類すれば剛の業。
…一概に、剛と柔のどちらが優れているとは言い切れないけれど、
「不意を突いてのカウンター」という観点でのみ論じれば、それは圧倒的に柔の業が有利だろう――
――だってカウンターが柔の奥義の本領だから。そして優位に拍車をかけるのは相手の油断だ。
相手を無力と侮って、蹂躙の高揚と、強者の優越感にのぼせ上がった――素人へのカウンターなんぞ
合気道を収めた私には、赤子の足を払うが如く容易なこと――だから、渾身の一撃が用意できた。
……ただまぁ逆に言えばカウンターしか勝機が無かった――…んだけど……。
「…………仙人様…?」
「……それはアレですか?サブカルかぶれですか?…みょーにその辺りの想像力が豊かですねぇ?」
「ぁ、いえっ、決してかぶれとかいうわけではなくて……!
そ、その…やっぱり『非現実の世界』って…夢が……あるじゃないですか…っ」
困惑と羞恥が混ざって混乱しているのか、あわあわと否定を表すように両手を横に振りながら「かぶれでは」と、
そして「非現実へ憧れ」をユウさんは口にする。
…確かに夢――非現実的な超常の世界に対する憧れ、というのはわかる。
モンスターを狩るヤツとか、オープンワールドのダンジョン攻略のアレとか――映像の美しさも要因の一つだろうけれど、
その「舞台」に対する興奮を覚えたことはある。確かに、確かにそれは本当のこと――…なんだけれど、
「…私たちにとっては非現実的だとしても、この世界にとっては当たり前の現実。
…現状を現実的に表現すれば、この学園にいる誰もが銃を持っている――
…なのに私たちは武器の一つも持たない一切の丸腰――…怖ろしいとは思いませんか?」
ユウさんの目を見つめ、自虐の様で値踏みの色を含んだ笑みを浮かべ――夢のない現状を口にする。
極端な例え話――ではあるけれど、極端なだけで嘘もなければ誇張もなかった。
もしこの世界で戦争が起きたなら、彼らは目的のために、自衛のために――魔法を武器にする。
であればこの世界において、私たちの世界における殺傷武器に相当するものは――魔法。
銃の使用――どころか所持にさえ法律による厳しい制限が布かれている私たちの世界――に対し、
この世界は魔法という武器に対して制限を布いている風はない。
もしそういった制限が布かれているのなら――グリムくんが像だかを焦がすことはなかった。
…ただその場合には、傷害事件――最悪、殺傷事件になっていかも、だけれど。
「――とはいえ、このグリムくんが制服を手に入れるためにユウさんに致命的な危害を加えなかった――
…ことを考えると、そこまで殺伐とした世界ではないんでしょうけどね」
「っ……」
「残念ながら、ここはサブカルの魔法の世界じゃない――そして私たちが今体感しているモノは現実なんです。
殴られれば痛いし、炎に包まれれば焼ける――…一歩間違えれば呆気なく死ぬ。
……恐怖に委縮して引きこもられても困るんですが――…勢いで、無茶はしないでくださいね」
「…、さん……」
「……………生身でゴーストに殴りかかったヤツがなに言ってんだゾ…」
「…だから、殴りかかってませんてば。
殴りかかってきたところを――受け流しての、肘鉄!です」
「「「ヒィイ…!!」」」
呆れた様子で「なにを」言うグリムくんに、「そうじゃない」と身振りと手振りを交えて状況を説明する――と、端から上がる恐怖の悲鳴。
……なんだろう。
既に背びれに胸ひれやらが付いて、過大広告と化した昨夜の悶着がゴーストの間で悪いイメージで触れ回っているんだろうか。
…それは……不味くないか?腰を据えての長期戦を挑むことになるだろう立場としては。
「ああ大丈夫大丈夫、怖くないですよー――いきなり襲い掛かってこなければ」
「……コイツ…殴る気マンマンなんだゾ…」
「そんなことはないですよ?あくまで正当な防衛行為ですから。
…バカにされただけで人に向かって火ィ噴いたグリムくんよりずぅーっと正当ですとも」
「にゃ…にゃんだとォーー!!?」
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