何処からか差し込んでいるのか、
僅かな光が照らす薄ぼんやりとした人気のない坑道を――
「こっちにもゴーストがうろついてんのかよ…っ」
「くそっ…!ゴーストなんかに手間取ってる時間なんてないのに…!」
鉱山へと足を踏み入れて一分もしない内、私たちを迎えてくれたのは頬被りをしたゴーストたち。
ジェームズさんの予想は違うことなく当たり、
廃坑を縄張りにしているのだろうゴーストたちは害意を持ってこちらに近づいてきた――ので当然逃げた。
…私一人の状況で、入り口付近で数体に囲まれた――という状況であれば、
正当に防衛した後、あれこれ話を聞くという手もあったけれど、
少年少女と小モンスターと行動を共にしている状態では、あまりやんちゃなことはするわけにはいかなかった。
この子たちに何かがあっては困るのだ――監督役が。
「――はいはい、ケンカしない、ケンカしない。今更責任の所在を改めても仕方ないでしょう?
誰に責任があったところで、学園長が『連帯責任』と言うんですから」
「「「………」」」
いつの間にやら口論を始めていた少年二人+モンスター一匹に、
しようのない正論を投げれば、彼らは不服そうな顔をしながらもとりあえず黙る。
屁理屈をごねることなく不満の呑み込み、沈黙した彼らに「よろしい」と笑顔を向け――改めて一考する。
このままゴーストたちの存在に振り回されながら、しかも全員が一緒に行動するのはあまりにも効率が悪い。
――かといって今更、本隊と陽動にチームを分けて――というのは陽動側のリスクが大きすぎる。
…あの程度のゴーストたちが、20……多くても25程度までであれば、私一人でもなんとかさばききれるかもしれないけれど、
それ以上――30以上の数が一斉に襲い掛かってきた時には、それで終わりだ。
……元の世界だったら、100でも200でもどーとでもなっただろうけれど――
…加護を得られない今、それは机上の空論だ。
「…グリムくん、なにかこう……あっちから強い魔力が〜とかってないんですか?」
「……オレ様は犬じゃねーんだゾ…」
「……そですね。タヌキ――いえ、ネコでしたね」
「ちげェ!!」
「…あのさぁ…じゃれてる暇あったら移動――」
「――………今…人の声が……」
「「「――え?」」」
不意にユウさんが漏らした情報に、半ば反射で彼女に――ではなく、彼女が顔を向けている方へ視線を向ける。
その先にあるのは一切の光を湛えない漆黒の闇。吸い込まれると錯覚するほどに坑道の奥は真っ暗で――
「ぐえ?!」
「っ?!」
「ハ!?ちょっ…?!」
「お、おい!?」
「いいからダッシュ!――来るぞ!!」
「ワタサヌゥウウオオオオ!!!」
グリムくんの首根っこを引っ掴み、ユウさんを肩に担いで出入り口へ向かって走り出し――て、ものの数秒。
怨嗟の雄叫びを上げ、真っ黒な闇の奥から飛び出してきたのは顔のない巨大な化け物。
それはイタズラ者のゴーストたちとはワケの違う――寧ろこっちの方が私の知る悪霊としてはしっくりくる幽霊の有り様。
足がない――その一点で考えれば、ゴーストの類なのかもしれない怪物は、
何度も「石は渡さない」と「石は俺のものだ」怒鳴るように叫びながら私たちを追いかけてくる。
…私たちは、怪物の言う「石」を持っていないにもかかわらず、だ。
先天的に受け付けない不快な気配に酷い吐き気を覚えながらも走り続ければ――ついに出口が見えた。
後ろを気にしつつ、だけれど足を止めずに走り続ければ――
――鉱山から離れた森の手前に辿り着いた頃には、辺りは穏やかな静寂に包まれていた。
「な…なんだったんだよさっきの!ゴーストがいるとは聞いてたけどさぁ?!」
「最初に見たゴーストたちとは別物だったな…」
鉱山の中に入ってものの数分でエンカウントしたゴースト――
――は、ざっくりとした霊的な区分で言えば、学園にいる用務員たちと変わらないだろう。
…組織に入ってそのルールの中で労働しているゴーストたちと、無法の廃坑で好き勝手しているゴーストたち――
…を、同じ括りにしてはボイコットが起きるレベルの大ヒンシュク必死…
…だろうけれども、個人ではなくモンスターとしての区別はおそらく同じ。
だって彼らが纏う気配はどちらも私にとって不快じゃない――ということは、間違いなく彼らは穢れた存在じゃない。
…そう、あの怪物のように未練や執着、不平に絶望――それらの負の感情から成る狂気を、彼らは纏っていなかった。
光は闇に強い――のが、ゲームの常識。ただそれと同時に、闇は光に強い――ともなる。
…時々、「プレイヤー側が有利!」とかご都合主義なゲームもあるけれど、
基本的に光と闇は二律背反――どちらか一方だけが有利ということはありえないもの。
…ただそれは、光と闇のバランスが五分五分であった場合の話であって、一度どちらかに傾いてしまえば――
「(一か八か、…以前に短時間でどこまでのモノを組み上げられるかわからない――…し、私一人じゃどこまでやれるやら……)」
穢れを孕んだものに対して、穢れを祓い清める力を持つ巫女は有利――ではある。
その部分だけで考えれば。
過去にこういった怨霊の類を祓った実績がある――とはいえそれは、
舞台も道具も整えて、片翼たる弟と共に、巫女たちと儀式を守る護衛たちがいた――から成立した儀式。
道具さえ満足なものが準備できない上に、儀式の間は無防備になってしまう巫女を守る護衛もいない――
――どころか、逆に私が守らなくてはならない存在がいるこの状況………。
…どう頭をひねっても、あの怪物の打倒は不可能だろ――ぅ?
「――二人ともいい加減にしなさい!!」
「「!!」」
「ぉ、ぉう……い、いきなりデケぇ声出してどうしたんだゾ…?!」
あれこれそれこれと頭を回していた――ら、少年二人にユウさんの雷が落ちる。
…おそらくまたしようのない口論がはじまって――の顛末なのだろうけれど、
さっきのさっきまで黙って見守るばかりだったユウさんが、怒鳴るまでして止めたというのは――
――…それほど、彼らの口論は見るに堪えなかった、のだろうか?
「そんなだから二人とも歯が立たないんだよ」
「ぐっ……なら一体どうしろっていうだ…っ」
「まずちゃんと、作戦を立てるべきだと思う」
「…はぁ?作戦?それって仲良く協力しましょーってこと?
――ハッ、なにそれ寒っ。…そんなダッセェこと、よく真顔で言えんね?」
「……」
「でも――…入学初日で退学させられる方がもっとダセー気がするんだゾ…」
「う゛っ…それは――」
「…くぷ……!ふ、ふくく…!――アハハハハ!!」
「「「「!!?」」」」
押し留めていた笑いが、限界を突破して腹の底から噴き出す。
ああ、ああ、ああ、なんてなんて醜い感情なんだろう。
知っていた、理解かっていたはずなのに、傲慢とはこんなにも心地よく愉しいものだったなんて――
――今この時、魂の底から私は歓喜している。
無力な少女の――不撓の魂の輝きに。
「くく…!よくまぁ『そんな』とか『歯が立たない』とか言ったモンですねぇ――何もできない足手まといの立場で」
「っ……それ…は……」
「ゴーストの一人にも歯が立たない――そんな立場で魔法を使える彼らに説教なんて…」
「……」
「オイ!さすがに言い過ぎだろう?!」
「つーか!アンタだってコイツと同じで魔法が使えないんだか――…ッ!!?」
「…私と、その子が同じ?
ふふっ、馬鹿言っちゃあいけません――…別物ですよ。根底から、ね?」
魔法が使えない――その点は、確かにユウさんと私に違いはない。
だけれど私はゴーストを殴り飛ばせて――彼女はそれができない。
仮に、相手がゴーストではなく人間だったとしても――同じ、だろう。
「自分の身一つ満足に守れない立場で、力を持つ彼らに噛み付くなんて――
――…本当に…本当にまぁ…!その向こう見ず!大変好ましい!」
「………へ?」
「「「…はあ?」」」
散々にこき下ろし――ておきながら、手のひらを返したかのように「好ましい」と言った私に向けられる視線は混乱と怪訝。
ユウさん、そしてトラッポラくんたちの困惑は当然のことと思う――けれども、私は端から一度たりともユウさんに対する嫌悪は口にしていない。
そして更に言うと、侮辱していたわけでもない――ただ、辛辣に事実を並べただけ、だ。
「力を持つ人間が噛み付くのは当たり前。そして無力な人間も、徒党を組めば噛み付けるだけの牙を持つ。
…でも、力を持たない人間が、力を持った複数の人間に噛みつくなんて――…おバカでしょ?普通に考えたら」
「う…うぅ……」
「――でも、そういう人材は貴重で、社会に必要なんですよ。
…ただ、上司が悪けりゃ当たって砕けてロクな人生にならないでしょうけど――
――ユウさんは、最高の上司だと思いますよ?」
「………ぇ」
「策は、あるんでしょう?――向こう見ずさん?」
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