本当に、凄いと思う――この子の、肝っ玉の強さは。

 

「やい!バケモノ!コっ、ココ、コッチなんだゾ!!」

「グルルル……!カエレ…カエレェェエエエ……!!」

「――ここまでおいで〜!」

「グウッ!?コッチモ、ドロボウ…!ワダサヌ…!イシハオデノ…オデノォ…!!」

 

 グリムくんと二手に分かれ、顔のない怪物を挑発するのは――ユウさん。
魔法も使えず、武器もなく、更にそもそも「戦う術」を持たないのに。
なのに彼女は超常の化け物を前に、怯むことなく自身の役割を果たしていた。
 

 …それが、本当に――心の底から素直に凄いと思う。
なまじ力を持つ立場で、荒事に関わっているからなおさらそう思う。
もし彼女の立場・・だったなら、果たして自分は彼女と同じ行動をとれただろうか――と。

 力を持つ者が脅威ちからに立ち向かうのは至極当然のこと。
程度が如何ほどであれ、武力それを身に付けたという事実は、きょういに立ち向かうための「自信」という心の力になる。
そう、だから私が脅威に対して立ち向かうのは当然の話――抵抗の術を持ちながら、それを揮わずに蹂躙されるほど、私は臆病者ではないから。
――でも、一切の力を持たずして、未知と脅威が闇の奥底でひしめく異世界で困難に立ち向かっていけるほど、私は勇敢だろうか?

 

「……勇敢と無鉄砲は紙一重――
…私は小利口にまとまって『戦略的撤退』とか言うんでしょうねぇ〜……命あっての物種だっつって」

 

 怪物と坑道の入り口の間に、程よい空間が生じる。
それを機と見定め、真正面――ユウさんに視線を向けていた怪物からすれば、左側から不意を突く形で向かっていく。
動きは遅鈍ながらも、てきの存在に気づいた怪物は、新たに現れたドロボウを排除しようと手を上げる――
――が、それをすんでのところでひらりとかわし、そのまま縮地で怪物の背後をとった。

 

「――お願いします!」

 

 ユウさんが合図こえげる――とほぼ同時、
また一気に怪物との距離を縮地で詰め、その勢いにのせて怪物の脇腹めがけて蹴りを見舞う。
そもそも動きも反応も鈍い上に、背後を取られた怪物は、抵抗の余地なく蹴り飛ばされ――

 

「オッケーお任せ!――いくぜ!特大突風!」

「アーンド!グリム様ファイヤースペシャルー!ふぅ〜な゛あ゛〜〜〜!!」

 

 ――怪物は、トラッポラくんの魔法かぜによって勢いを増したグリムくんの炎に頭から突っ込む格好に。

 単体では効果が薄かったけれど、風と炎の相乗効果によって火力を増した二人の魔法は、怪物に対して明らかなダメージを生む。
…ただ、これで消滅してくれるほど、この怪物が抱え込む負は半端な程度じゃない。
だからコレでこの怪物を打倒しようとかいう考えは無くて――

 

「――いでよ!大釜!!」

「グォァアアア!!?」

「(…なんとシュールな絵面……)」

 

 スペードくんの召喚(?)した黒く大きな鉄製の大釜の下敷きになった怪物。
その直前に喰らったグリムくんたちの魔法こうげきのダメージもあってか、
大釜を押しのけようともがいてはいるものの、今すぐどうこうという気配はない。

 ――とはいえ、こういう手合いは追い詰めてからが本番。今に安堵を覚えるのはおバカの所業だ。

 

「今のうちに行くぞ!」

 

 スペードくんの掛け声に全員が頷き坑道へと駆け込んで行く。
背後からは怒りと憎しみの籠もった怪物の唸り声が響くが――…現状それは遠のくばかりで近づいてくる気配はない。
できることなら、鉱山を出るまで入り口手前そこで大人しくしていて欲しいけれど――
…相手が魔法石イシを奪われたと知ったなら、その可能性は無に帰すだろう。

 

「あ――」

「はい黙る」

「むぐっ」

 

 オーダー通りもくてきの――握り拳程度の大きさを持つ魔法石を発見し、
スペードくんはそれに歓喜の声を上げる――寸前のところで無遠慮に手で口を塞ぐ。
あの怪物にこちらの会話が聞こえているかはわからない――が、
もし聞こえていたならスペードくんの歓喜ことばは、あの怪物の怒りちからを湧き上がらせるきっかけになるだろう。
それはもう大釜なんて押しのけて、こちらに全速力で襲い掛かってくるくらいの。

 無言で粛々と魔法石の状態を確かめ、これと決めた魔法石をユウさんに持たせて、簡単に最後の段取りを確認する。
魔法石を手に入れる――それはあくまで過程。ここからが今回一番の山場――であり、最も危険の伴う場面。
あの怪物が、鉱山ばしょに縛られた地縛霊ゴーストであったなら話は簡単だ――が、そうでなかったら、

 

「とにかく逃げます――追いつけない学園ところまで、です」

「ぅーわ…最後の最後にめっちゃ物理……」

「で、でも、逃げるが勝ちっていうし…!」

「…言うか?」

「いや、逃げたら負けだろ」

逃げて生きのびる者は、またいつの日か戦うHe who fights and runs away, lives to fight another day.――負けて死ぬよりマシ、でしょう?」

「「……」」

 

 言葉の壁――というよりは国民性ぶんかの壁というべきか。
日本人わたしたちにはなじみ深いことわざきょうくんも、魔法世界人かれらにとっては理解しがたい感覚――らしい。
――ただそれを、欧州のことわざいいまわしに置き換えれば理解は早いようで、なんとも面白くなさそうな表情ながらも、「ソウデスネ」と少年たちは同調した。

 意識を改めるにも至らない会話に空気が緩む――が、それはそこまで悪いものじゃない。
先ほどまでの彼らもそこまで緊張していた風はなかったけれど、それでも今の彼らに気負っているような風は見られない。
究極、私とユウさんに関しては緊張を引きずっていてもそこまで問題にならない――けれど魔法を使う彼らの場合は事情が違う。
魔法の使用に精神の乱れは厳禁――テンパるとミスを犯しやすい、というのだから。

 

「では立案者さん、号令を」

「ぇ、ぇえっ…?!っぇぇ…と………!
お、お家に帰るまでが遠足です!最後まで油断せずに行きましょう!」

「「「「…………」」」」

「ぇっ……あ、のっ…わ、私なにか変なこと……?!」

「いや…なんと言うか……」

「…オマエ……変なところで肝が据わってるんだゾ…」

「…いえいえ、変ではまったくないんですよ?
ただ、この状況を『遠足』と言い換えるあたりがさすがと言うか……」

「――ホント、お前んトコの遠足どんだけハードなんだっつーの!」

 行きはよいよい帰りはこわい――…いや、行きの時点で「よいよい」じゃなかった。

 行きの時点で「こわい」濃縮三倍のこの旅路、
帰りは一体どうなることやら…と、怪物出現いき以上の予想外を危惧していた――けれど、予想外・・・のことは起きなかった。
ただ、想定していた内で、下から三番目くらいの悪い予想が当たってしまった――想定内ではあったけれど、あくまで状況は悪かった。

 …とはいえ、最悪の状況には陥ってないんだから、今はそれで十分だ。

 

オデノ!!オデノ!オデノイシダァアアアアア!!!!

 

 酷い穢れを含んだ怪物の咆哮は、怪物の狂気いかりの程を物語るかのように、ビリビリと冷えた夜の空気を震撼させる。
先天的にどうしても肌に合わない穢れはちょうに、酷い吐き気を覚える――けれども、それに嘔吐いている暇はなかった。

 怪物にとっての存在すべての根源だろう魔法石が奪われた今、この顔のない怪物は完全に見境を失っている。
…いや、まぁ…最初から理性なんてそんなもの無いんだけれど――も、それにしても狂気いかり目的・・を見失っている。
何を圧してでも奪い返さなければならない魔法石――を、持っていない私に固執しているのだから。

 

「(……これを、一人で撒くのは難しそう…か、なーぁ……、…かといって、早々に救援がくるとも……なぁ…)」

 

 意を決し、鉱山から飛び出せば、怪物もまた逃げるドロボーたちを追いかけようと、大釜の拘束を撥ね退け襲い掛かってくる――が、
端からそれを予期していた私たちは、行きと同じくグリムくんとトラッポラくんの魔法で怯ませ――
――てからの私の不意打ちで顔のない怪物を岩壁こうざんに叩きつけ、そこにスペードくんが重石代わりの大釜を×3。
「どうだ?!」とことの是非を確かめることはせず、即刻回れ右で私たちは帰還せいかんへの道をひた走った。

 学園に帰ることさえできれば、あとはおそらくどうとでもなる――もし仮に、あの怪物がついて来てしまったとしても、教師たちだれかしらが対処できるだろう。
…他力本願な考えではあるけれど、魔法が使いえない人間二人に、魔法士の卵二人に小モンスター一匹のチームだ。
逃げ帰ることができただけでも上等だと思う――……まぁ結局、想い願っえがいた理想は、100%は実現できなかったのだけれど。
 

 怪物あいてが地縛霊の類だったら勝算はある――が、地縛霊そうじゃなかった。
挙句、魔法石を奪われたことで穢れいかりのネジが外れて、文字通りの怪物となった相手の突進力は力任せでどうこうできるレベルではなくて。
三度も同じ手は通用しない――ならまだやりようもあったけれど、ただただ純粋に火力が足りないんだからどうしようもなかった。

 

「――…荒事の、…適性があった――……のか、ねぇ…?」

 

 自軍・・の旗色の悪さを理解して足を止めた私が怪物に突っ込んで行けば――それに構わずトラッポラくんたちは前進し続けた。
ユウさんは足を止め――そうになったようだけれど、スペードくんに「走れ!」と言われ、
トラッポラくんには「足手纏いなんだよ!」と言われ、更にはそんな二人に手を引かれ、結局その足を止めることはなかった。

 ――うむ。行く前じぜんの打ち合わせ通りで大変よろしい。
 

 魔法を使えない身でしんがりを――一人残ることを決めた、なんて無謀なことをしている、楽観視が過ぎる――かもしれない。
でもあのまま望み薄の可能性にすがって全員で逃げるくらいなら、間違いなく生還者を出す方に賭けた方がよかった。

 私の中途半端な力じゃ打倒なんて程遠い話だけれど、足止めとその後の逃亡に関しては、運さえついてくれば可能性きぼうはある。
なら、賭けに打って出る価値はある――なにもせず、無抵抗に蹂躙されるなど我が折れ。
生き恥を晒して死ぬくらいなら――

 

「――納得して死ぬ、でしょ」

 

 ――ま、端から死んでやるつもりも無いけどね!

 

■あとがき
 夢主が、ある意味で現代人とは思えないほどの勇敢さを発揮しておりますが、所詮一般人ではないというか…(苦笑)
たぶん過去に誘拐未遂とかなんとかの経験があって、こういった緊迫した空気感に免疫があるんだと思います。
その時の恐怖感とか無力感とかが、夢主が(物理的に)強くなる原動力だったんかもしれません(苦笑)