まず結論として、シャンデリアを修理する算段は整った――ドワーフ鉱山産の魔法石を持ち帰ることに成功した。
それに伴い、トラッポラくんとスペードくんの退学処分は撤回され、
ユウさんとグリムくんについては――明日から、一生徒としてナイトレイブンカレッジに通うことになった。
ものの見事な「突拍子もない展開」――
――だけれど、一人と一匹の入学を決めた学園長の言い分を聞けば、納得する部分のない話ではなかった。
闇の鏡に選ばれた優秀な魔法士の卵たち――の多くは、優秀故にプライドが高く、自己中心的な性格の生徒が多いという。
我が強く、自分本位と言えば聞こえは悪いけれど、確固たる自己を以て自立している――と言い換えれば、それは学生としては立派なことだ。
――ただそこに、「責任」が伴っていなければただの自己中でしかないのだけど。
そして、この学園の生徒の自我とはその程度。
ワガママと文句はいっちょ前に言うが、自ら考えて行動は起こさず、何かあれば他人の責任。
主体性があるようでない、ピーチクパーチクやかましいムクドリの集団。
――とはいえ、学生とはこれくらい気楽であるのが当たり前。
だって保護者という絶対的責任者がいる――いわばモラトリアム期間中なんだから。
…しかしまぁ、この烏合の衆団がこのまま学び舎を巣立ち、大空に羽ばたいていったなら――…よくてなにもない、だろう。
優秀故に他者との馴れ合いを好まない――ならいい。それで、ちゃんと成長していけるのなら。
でも、ただ単に「ダサい」とか「情けない」とかいう理由で協力を避けて、
端からできるわけがないと諦める、理不尽を言う教師が悪いと責める、ただ無鉄砲に挑戦して「努力」を評価しろと言う――なら、話は違う。
それは認められない子供のワガママ――であり、学校という箱の中で矯正しなければならない部分だ。
……ただナイトレイブンカレッジの、教育しなければならない側に
そもそも協力・連帯考え方が根付いていない――…ようならば、その指導は困難を極めるだろう。
自分ができないことを他人に教える、なんて。――だからこそ、ユウさんの存在が貴重となるワケだ。
魔法が使えない生徒――という存在が。
学園長曰く、猛獣使いの素質がある――と言われたらしいユウさん。
…言い得て妙――確かに、ユウさんにはそういう適性があると思う。いざというところで物怖じせず、肝が据わっていて――それでいて根が素直。
「猛獣使い」と言うとユウさんのイメージには合わない――が、巻き込まれ系主人公、と言えばしっくりくるのではないだろうか。
猛獣を使いこなすために必要なのは、他人を惹きつける素質――であって、武力とか知識とか、あと精神的な強さだって絶対的には必要ない。
だってそんなものはいくらでも後から用意できる付加価値的なもの――なんだから、それが先天的に持ち得た魅力に敵う道理はない。
もちろん、程度が低ければいくらでも覆されるだろうけれど――この私が気に入った魂だ。
間違いなく台風の目に――…なって、きっとあの子は火中の栗を拾うんだろう。
自らの意思で、特別な理由もなく、ただただ――当たり前に。
…なんとなし、クロウリーさんに上手いこと利用されている――…気がしないでもないけれど、この環境にこの魂が呼ばれたという状況。
それを考えると、この現状を「偶然」の一言で片づけていいのか微妙なところ――
…ではあるけれど、だとして偶然(仮)でこの世界に落ちた私には、どうもこうもなかった。
もしユウさんがこの世界に正式に招かれたゲストだとすれば、私はバグ――想定外のイレギュラー。
なら、お邪魔虫は世界を乱さぬよう、大人しく世界の隅で事が終わるまで黙っているのが世のため人のため――だ。
…そう、それはわかっている。理屈はわかっている――のだけれど、理想と現実とは話が別。
大人しくしているのが正論だとわかっている――…としても、
「引っ込め」と言われて引っ込むようなタマだったら苦労ないんですよ――周りがなッ。
ナイトレイブンカレッジに、私の存在は不要――通り越して邪魔、という可能性もある。
ならここは、ユウさんの強さを信じてここを去るべきだろう。
…兄さんに、負担をかけてしまうことにはなるけれど、でもそれがこの「世界」にとっては最も問題の少ない未来につながる選択だと思う。
世のためを、人のためを思うなら、それが善い選択――だとしても、己が道理の通らない選択であるなら話は違った。
世界のために己を殺す――それは巫女のやることであって、神子の仕事じゃあない。
…今は神子の看板も畳んでいるような状況だけれど――だからって、巫女の役割を果たす気にはなれない。
だって目の前にこんなにも面白い魂がいるのに――それを我慢しろとか、ユウさんの指示でも聞けませんなァ〜。
幸か不幸か、私は猛獣は猛獣でも――バケモノだからねェ?
「寮母――とは、上手い逃げ口でしたね」
「うーんなんと言うか…ユウさんが妹っていうより娘か孫に思えちゃって――…
……まぁもっと適当に言うと子犬、なんですけど……」
オンボロ寮の屋根の上、最も高い屋根に腰掛け、
青白い月の光に照らされたナイトレイブンカレッジを眺めながら、ジェームズさんと言葉を交わす。
既に時間は深夜を回り、息つく暇もない大波乱の一日に体力を使い果たしたユウさんとグリムくんは、
今頃はもう一緒のベッドで眠りに就いているだろう――たぶん。
冗談抜きで死にかけた――が、体力が底ついてしまったかと問われれば、それは否。
派手な一撃を貰ってしまったが、貰ったのはその一撃だけに、肉体的な消耗というのは最終的なところ軽微なもので済んでいて。
だからこうして夜更かしするだけの体力も気力もまだまだ残っていた――
…っていうかあのドンパチの熱が未だ抜けきってない……っていうのが、正直なところなんだけどねぇー……。
「――…兄さんは、一体何をしてるんですか」
思い出したくない穢れを思い出し、それに引きずられるように思い出すのは、今は目を瞑っておくべき疑問。
…でも、ブワと湧いてしまった不快感と疑問に、喉で止めていた疑問が押し出され――思わず疑問が口から出てしまった。
うっかり出てしまった疑問――だけに、即座にそれを撤回すればそれで済む。
だけれど、そもそもまともに質問を投げてジェームズさんが答えてくれるかはわからない――
――なら、ダメ元で質問を撤回せずに沈黙した――ところ、
「国境なき軍勢・灰色の魔法士団――を率いる七団長の一人として、魔法絡みの問題解決に尽力されています」
「……問題…」
「ええ、グリムのように有害なようで結局のところ無害なモンスター――ばかりではないのですよ。
…その襲撃によって、街が一つが終わりを迎えることもある――…今となっては過去の厄災、ではあるのですが」
この世界が抱える魔法絡みの問題――というのがピンとこず、
ポロリと漏れた質問にもなっていないつぶやき――に、ジェームズさんは苦笑いを浮かべて答える。
グリムは例外であって、モンスターとは元来恐ろしいモノ――でも、それを「過去」と語るジェームズさんの目は――……。
「……要するに、世界中を飛び回ってモンスター退治やらをしている――ってことですか?」
「それも一様――魔力の暴走による災害からの人命救助、魔法を使った犯罪の調査から捕縛まで。
魔法と武力、そして命の危機が関われば、灰魔師団はどこへでも首を突っ込む――良くも悪くも垣根無く」
「……それはなんていうか――……兄さん向きのような、そうじゃないような……?」
「そうですか?私は向いていると思いますよ。
『アロガンス』の名は今や、その名を耳にしただけで悪の魔法士たちが尻尾巻いて逃げだすほど――ですからね」
「………それ、ダメなヤツでは?…悪い奴?なら逃がしちゃダメでしょ??
…………ん?…ぁあだからモンスター相手が多い??」
思ったところを首をかしげなら口にすれば、ジェームズさんは「そういうことではないと思いますよ…」と言って苦笑いした。
…具体的に、兄さんが何をしているかはわからなかった――が、大雑把に何をしているかは分かった。
案の定、危険な役目――命を懸けなくてはならない仕事についているらしい。
予期していた――というかもう解っていたコトだけれど………思うところがなんであれ、今更どうこう言えた立場じゃない。
今やこの世界において「レイヴ・アロガンス」という名に多大な影響力がある――と言うのだから。
「……ところでなんで兄さんは名前を改めたんでしょうね?…名前は本名のはずなんだけど……」
「それは…我々が呼び難かった――……からですよ…」
「あー………。………ん?じゃあ私も??」
「…いえいえ、お嬢様は問題ありません――…それとも、改めますか?今の名前に」
「………はは…長期戦、を考えれば、それも必要なんでしょうけどねぇ――……今は、まだやめておきます」
この世界に適した名を変えたなら、その世界に根差してしまいそう――
――だけれど、本名を呼ばれ続ければ、それを呼ぶ誰かに愛着がわく。
どちらにしても、そうなってしまったなら別れは辛いにモノになる――…でも、前者の方が幾分か、割り切りやすいだろう。
今まで積み上げてきたものを、偽りの名前と共に切り捨てる――と思えば。
……まぁ、実際はそんな簡単にはいかないだろうけどねぇー…。
「…ジェームズさん」
「はい」
「………手合わせ、しましょうか?」
「…いえいえ、明日からお嬢様には大いに働いていただかなくてはなりませんからね。今日はもうお休みください」
「………じゃあ今からでも――」
「――の前に一悶着ありそうですね」
「…」
下から聞こえるのはドンドンと壁か何かを叩く音。
こんな真夜中に訪問客などありえない――が、音が聞こえる先は中ではなく外。
だから耳を澄まさずとも音源にはすぐに見当がついた――オンボロ寮の玄関の扉をドンドンと叩くトラッポラくんの姿にも。
|