正直なところ、うんざりしていると言えばうんざりしている。
昨日の今日で、朝からの放課後から――のとどめの真夜中。
…ただ厳密に、厳密に言ってしまえば、もう既に日付は明日・・になっている。

 だから、まぁ?

 

 

「――昨日の今日で何事ですかトラッポラくん」

「ぅおわ!!」

 

 

 しようなく腹を括り、屋根を一段ずつ降りて――寮の玄関前にストンと着地する。
…まぁ、こんな真夜中に訪問者が訪れるとは思っていない――のと同じくらい、
トラッポラくんも頭上から出迎えが来るとは思っていなかったようで、
飛び降りてきた私にトラッポラくんは「ぅわあ」と大きな声を上げて、その驚きのほどを表すようにドテン!と尻もちをついた。

 …尻もちをつくくらい驚かせてしまった事は、まぁこちらにも非はあるけれど――も、
面倒を持ち込んだろう立場で、顔を合わせた途端に不満気なその顔は如何なものだろうか。

 

「どっ…どこから出てきてんだよアンタ!!」

「…どこからって……屋根の上からですよ?
…別に地面から湧いて出たわけじゃないんですから、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか…」

「いきなり飛び降りてきたらフツーに驚くわ!!
っ…たく…!このヒトには見つかりたくなかったのに……!

 

 座り込んだまま、反射やら恥ずかしかったやらで「驚くわ!」と正論っちゃ正論を吠えるトラッポラくん――だったけれど、
不意に大きなため息を吐いてプイと私から顔を逸らすと、不機嫌そうに頭を描きながらボソリと「見つかりたくなかった」と漏らす。
…一瞬、加虐心がくすぐられてニヨと悪いモノが湧く――が、それはぅんぐと嚥下した。

 

「――エース?一体どうし――…たの?」

「どーしたもこーしたもねーよ!今日からオレっ、ここの寮生になる!!」

「は?即刻却下ですが?」

さん…!」

 

 どーしたもこーしたもなく突拍子もないことを言って寄越すトラッポラくん――に決定事項を言い渡す。
するとそれにユウさんが「待った」をかける――…ので、そこはちゃんと聞き入れる。
だって彼女はこのオンボロ寮の監督生――寮の方針に意見する権利、そして方針の決定権の一端を持つ立場だ。
そんな彼女の意見を、他寮生であるトラッポラくんの主張それと同じく扱う――というか無視するわけにはいかなかった。

 どうすっ転んでも面倒なことにしかならない――が、何気にトラッポラくん――と、スペードくんには貸しがある。
足を止めかけたユウさんを無理やりにでも連れ帰ってくれた――という貸しが。
…おそらく、当人たちはそれを貸しとは思っていないけれど、こちらがそう思っているんだから是非はない。
 

 吐き出した――かったため息を、またもぅんぐと呑み込んで、
とりあえずトラッポラくんをオンボロ寮へ招き入れることに――談話室で話を聞くこととするのだった。

 トラッポラくん曰く、寮のキッチンの冷蔵庫に入っていた3ホールあるタルトのうち、その1ホールの1ピースを食べただけなのに、
寮長であるリドル・ローズハートに、魔法士にとっては命ともいえる魔法を封じられてしまった――と言う。
…確かに、3ホールもあるタルトの1ピースをつまみ食いしただけで、実力行使の伴う指導は行き過ぎている――
…かもしれないが、だとしても非があるのはあくまでトラッポラくんの方だ。

 食べかけのタルト――だったならまだしも、3ホールものタルトが手付かずの状態だったにもかからず、
「バレないだろう」と安易に手を出した――なんて、そもそもトラッポラくんはつまみ食いの禁を犯す者としての心構えがなっていない。
つまみ食いとは誰にもバレずにその禁を犯し、誰より先に美味を得る――証拠隠滅を核とした頭脳戦。
それを理解せず他人の食べ物に手を出すなんて自業自得――………ぁ、いや、そういうことじゃなくて――
…とにかく、自分に一切の非が無いと思っているのが問題だ。
 

 程度の過ぎた罰則は相手側のもんだい――正すべき問題ぶぶんではある。
確かにそれは尤も――だけれど、ルールを破った違反者に対して罰を与えるのは寮長・・であるなら当然の仕事こと
学生の代表として、寮の秩序を守るためには、時に憎まれ役を買って出るのも仕事の内――とはいえ、
恨みを買ってまで罰したのに、相手が全く反省していない――というのは見過ごせない。上のちかい立場の人間として。

 

「明日、謝りに行こう」

「ぇえー……マジでぇー…?」

 

 トラッポラくんの話・・・・・・・・・をすべて聞いた上で、ユウさんが出した結論は――謝罪。
それもトラッポラくんが頭を下げるという意味の。

 寮長が横暴だというトラッポラくんの意見を肯定しながらも、
ユウさんはトラッポラくんサイドに偏ることなく、あくまで中立の立場で自身が正しいと思うことを物怖じせず口にする。
相手を見ている――というわけではなく、ただ真っ直ぐであるというだけの心根しせいは、見ていて酷く心地が好い。

 なまじ頭が回るがために、牽制だのブラフだのカードを切って交渉せっとくに臨む私――に対して、
ユウさんの交渉ソレはノーガードの玉砕覚悟。…というか端から「説得する」という意思あたまがないのかもしれない。
…あってコレなら――……ちょっとオメデタ脳が過ぎるなァ〜…。

 

「…――はぁ…わかったよ。謝ればいいんでしょ――
……ただし、ユウが提案したんだから、責任もって一緒に来いよなっ」

「うん、わかった」

「…」

 

 提案者が責任をもって同行する――
……なんとなし、トラッポラくんの言い分は筋が通っている気がする――が、本当にそれは正当な理論しゅちょうだろうか?
…まぁ、昨日の問題行動・・・・を考慮すれば、お目付け役――もしくは見届け役がいた方が安心なのは安心だけれど…
……それは元凶がとっていい態度、か?

 微妙に、なにかこう呑み込めないものがあった――けれども、当事者であるユウさんが平然と受け入れているのだし、
ここで私が「待った」としゃしゃり出るのは過保護、もしくは過干渉というものだろう。
 

 ……それに、考え方を変えれば、これは「貸し」だ。
たとえ当人たちに自覚が無くとも、これは一方にしか利のない取引きょうりょく――なら、その借りはいずれ返してもらうとしよう。
……間違いなく、今後もユウさんは面倒事に否応なく巻き込まれていく――…のだろうから。

 

「――…で、今日の寝床についてなんだけど………」

「ぇ、と…それ・・、は……」

「――それ・・は、監督生さんではなく、寮母――もしくはシマのボス、の権限下かんかつですねぇ?
さてさてどーします?どちらに『泊めてください』と頭を下げますか――トラッポラくん?」

「……」

さん……」

 

 愉しさに負け、思わずニヤニヤ顔でトラッポラくんに声をかた――ところ、
当人からは心底ウザったそうな顔で睨まれ、心優しいユウさんにまで呆れと困惑の混じる声で呼び止められてしまった。
我ながら何とも大人気ない――とは思うけれど、愉しいモンは愉しいのだから仕方ない。

 自分ルールとか、あとは立場とか責任とかで、常日頃から自分を律して理知的に振る舞っているけれど、
所詮私の根底にあるのは傲慢と強欲――自分が良ければそれでいい、だ。
だから、自分が楽しければ彼らになんと思われようと気にはしない――が、の異は聞き捨てならなかった。

 

「…お嬢様、これ以上の夜更かし・・・・はユウとグリムの明日に響きます。
二人のためにも、そこのトラブッタ・・・・・には適当なところでとっとと眠ってもらいましょう」

「ブっ…!トラブッタ……!くふ…!ふふ…!
そうですね…っ、彼が起きている間中、トラブルが起きる可能性がなくならない――ですもんねぇ…?!」

「っ…こンのォ……!」

「…気に入らない、なら出て行くといい。
我々はゴーストであって悪魔ではないからな、まぁ寝袋くらいは貸してやろう」

「………」

「エ、エース、ここは穏便に……!」

 

 海溝の如きシワを眉間に刻み、私とジェームズさんを睨むトラブッタくん。
そしてそんな彼を「どうどう」とユウさんが宥める傍らにいるグリムくん――は、呆れを含んだ迷惑そうな表情で私たちを見ていた。

 

「……オマエら…性格悪すぎなんだゾ…」

「ふふっ、ならイイじゃないですか――底意地悪いよか、ねぇ?」

■あとがき
 一章連載開始となりましたー。とりあえず版権キャラとそれりなりに絡めてよかったです…(笑)
…ただその絡み方がある意味幼稚というか、良い感じではないのがなんとも……(苦笑)
夢主とエースくんの関係が、良化するかは筆者もわかっておりませーん。