今日の日の朝を迎え、昨日と同じくユウさんたちを学園へと送り出す――
――けれど今日のユウさんはナイトレイブンカレッジの制服に身を包んだ一生徒として、
そしてまたグリムくんもクロウリーさんからもらった魔法石を首に下げた学生の一匹ひとりとして、
出勤――ではなく登校という形で、オンボロ寮から校舎へ向かって出発していた。

 ――そして昨晩、いえ出してユウさんを頼ってきたトラブッタくん――もといトラッポラくん、
そしてトラッポラくんを心配したのだろうスペードくんも登校の輪に加わり――
――4人でわちゃわちゃと騒ぐ少年少女の背を、私は今日も見送っていた。………いや、寂しいとか疎外感がすごいとか、そういう感覚はない。
変な話、それが普通・・・・・とは理解しているけれど、そも学校に通うということ自体が、私にとっては非日常的だったわけで――…。

 

幽霊劇場ファンタピア――……ですか…」

「はい。オーナー――お兄様がかつて資金源とした劇場、です」

 

 ユウさんたちを見送ったあと、朝食の後片付けをして――
――それから軽くコーヒーを一杯飲んだのち、私はジェームズさんと共に兄さんオーナーの部屋へ向かった。
自分の今後の身の振り様を考えるにあたっての情報収集のために――
…そしてそこでジェームズさんが見せてくれたのは、数十冊にも及ぶパンフレット――とアルバム、だった。

 あるパンフレットにはオーケストラによる演奏の公演について、
別のパンフレットでは演劇、そしてミュージカルやダンスショーを取り上げているものもあって。
そしてそのパンフレットたちの隣に必ずあるアルバムに目を通せば――
――そこにはパンフレットに掲載されている演奏者、そして役者たちが練習や衣装合わせをしている様子の写真が収められている――だけでなく、
演目が決まるまでの大まかな流れ、更にそこから脚本家などと詰めた内容の詳細、そして舞台装置から演出などの裏方のあれやこれや――に、
パンフレットの内容構成、公演に対する前後の評判をまとめたデータ、
などなど公演に関わる大量の情報がぎゅうぎゅうのみちみちながらも一冊にまとめられていた。

 アルバムの一冊一冊が、その公演に対する作り手の熱意を物語っているよう――…であって、これは厳密なところ違う。
これはただの情報であって、その時の熱量や気持ちを思い返すためのモノじゃない。
これはあくまで情報――過去を今に活かすための資料であって、ここに熱なんてものはない。
だから「熱」という意味では、パンフレットの方がよっぽどそれは詰まっている。
伝えたかった想いモノ、磨き上げた芸術こだわり――そういった熱は、全てパンフレットの方に詰まっている。
だから・・・――…なのかもしれないけど、ね。

 

「………正直、兄さんがこういう手段を選ぶとは思ってませんでした…」

「…ああそれはオーナーの趣味ではなく――
――協力者まわりの適性と収益、そしてゴーストわれわれの娯楽性との兼ね合いを見て、です」

「………ゴーストの、娯楽性??」

「はい。住み込みで働くという形式上、街に降りることが極端に少ない我々は、娯楽というものが限られている。
ゴーストですから食事――もっと言うと飲酒もできませんから、なおさら娯楽――楽しみがなかったのですよ」

 

 苦笑いしながら、でもどこか懐かしそうに語るジェームズさん――
――だけれど、冷静になって改善されそうなる以前の労働環境に思考を回すと――……なにか、こう…笑えないものがある。
死者を冒涜している――…とはまた違う道理ハナシなのだろうけれど、色々…色々……なぁ……。

 

「…お嬢様」

「――ん?」

「ゴーストとはそもそも・・・・存在してはならないモノ――生死のルールを破った重罪人です。
…事情がどうあれ、存在することを許されないモノ――…ですから、存在を許されているだけで・・・我々は幸せモノなのです。…本来は」

「…」

「……なのにオーナーは我々に生き甲斐たのしみを与えてくれた――
…まぁ、当人は『金のため』と言い切るでしょうが…ね」

 

 すべての命に平等に降りかかるのは、死という名の終わり。
死を迎えたモノは如何ほどの事情があろうとも、否応なくその「一生」を終える――
…はずなのに、なんらかの要因で現世に留まってしまった魂の存在が幽霊ゴースト、だ。

 こちら・・・の常識でいえば、未練を残し現世に留まる幽霊は生者に害なす危険なモノ――
…だけれどこちらのゴーストたちは私の知っている幽霊とは全く毛色が違う。
…もしかすると、誰しもがその内側にほの暗い感情を抱えているのかもしれない――けれど、それでも彼らは理性を失ってはいない。
自身がゴーストとして現世に留まよみがえってしまうほどの未練きょうき――
――それに呑まれることなく存在し続ける彼らは、今を生きる者にとって、有害なモンスター――などではないだろう。

 …もちろん、不安定な存在だからこそ不測の事態――
――なにかの拍子に大きな災害じこを招きかねないという可能性を考えれば、管理は絶対的に必要――
…だけれど、その質については責任者の感覚いちぞんに委ねられるだろう。
ただのモンスターとして扱うか、それとも一個人として扱うか――は。

 

「………まさか、兄さんにこんな才能があったとは……」

 ジェームズさんから持ち掛けられた提案ハナシ――とは、
兄さんが立ち上げた幽霊劇場ファンタピアの再開および、私の管理人マネージャー就任、だった。

 元の世界へ戻る方法を探る――ために活動するには、相応の資金とそれなりの権力たちばが必要になる。
そもそも兄さんがこの幽霊劇場ファンタピアを立ち上げたのもお金と人脈、そしてそれらから成る立場を確立するため――で、
兄さんは幽霊劇場ファンタピアの運営を見事に成功させ、望んだものを手に入れたという――
…ただ、それが真の目的の達成につながったのかは、ジェームズさんにも分からないそうだ。…うん。私もわかりたくないよ。

 最終的な目的トコロの可不可はともかく、ナイトレイブンカレッジここに居座ることを決めた以上、立場なり役割なりは必要だ。
現状、オンボロ寮の寮母、ゴーストたちのオーナーの妹、ゴーストのボスを下した者――
――という肩書はあるけれど、正直なところ「箔がつかない」or「わかりにくい」というのが本音だ。

 かつては一国の王までが鑑賞のために足を運んだという幽霊劇場ファンタピア
あくまでその支配人オーナーは兄さんだけれど、その指名を受けて劇場を預かる管理人マネージャーとなれば、
それなりの立場とそれに見合った発言権を得ることができるだろう。
…もちろん、それは兄さん――そして各分野に優れた仲間たちが才能あたまを突き合わせて作り上げた公演さくひんと同等のものが用意できれば、だけれど。

 ――ま、そこの心配はそれほどしてないけどね。

 

「予想はしてましたけど――それにしても、すごい反発でしたね」

 

 私一人が気張ったところで、劇場はまったく全然回らない。
とにもかくにも劇場を回すために必要なのは資金――もだけれど、まず人手。
だからとまずはひと手を確保しようと、各寮区長の仲介の下、
七つある全ての寮の職員たちに直接会って協力を求めた――…のだけれど、初っ端から反応はすこぶる最悪だった。

 

「…いえ、反発というよりは『伝説の妹』の降臨に皆浮き出し立っているというか……」

「で――ぅん?…なんだって??」

「……若き日のオーナー…を責めないでいただきたいのですが……
…オーナーは、物事に行き詰まるとホームシック――…という名の家族自慢を垂れ流す癖がありまして……」

「ぉぶっ」

「またそれとは真逆に、気分が上がりすぎても家族自慢――主に弟妹自慢を打ち上げの席で延々と……」

「っぉ…くぬ…!ふぬくぉあぁぁあ〜〜〜……!?!!

 

 ハートの女王の厳格な精神に基づくハーツラビュル寮――の寮区長であるノランさんの配慮があっても
オブラートに包み隠せないの凶悪な出来事かこの解説に、思わず廊下の壁にもたれかかって悶え呻く。

 わかっている。わかってはいる。
おそらくそう・・しなければ、兄さんは内側に抱えた黒い感情モノを発散することができなかったんだろう。
だからそれは、いつかの兄さんの精神の衛生を保つために…必要、だった………んだと、思う…。
……というか、当時の兄さんだって巡り巡ってこんな形でいもうとに害が及ぶとは思ってなかったでしょうよ…。…色んな意味で。

 いったい何を吹聴していたのか――…は、気にならないわけがないけれど、
知らぬが仏という言葉もあるように、世の中知らない方が幸せなこともある。
…我が身可愛さに、事実から目を背けるなんて情けない話――…ではあるけれど、そこまで重い話かね、コレ。

 

「はぁ……この後の顔合わせ…どーゆー顔したらいいやら……」

「……普通、でよろしいと思いますよ。
前評判がどうであれ、最後に判断されるのはお嬢様のの力です。
体面を取り繕ったところで、それで眼鏡が曇る我々ではありません」

「…」

 

 平然と、でもどこか自信をもって言うノランさんに、頼もしいような感情を覚える――半面、わずかばかりプレッシャーも覚えた。

 彼らにとって音楽とはただ自分が、そして仲間と共に楽しむための娯楽モノ――ではなく、
一端の芸術家としての自負の上にゴーストかれらの音楽は存在しているらしい。
いわゆるプロ意識というモノが、彼らの中には存在している――
…それは、高みを目指す者としては頼もしい限りなのだけれど、だからこそ彼らに認められるまでが一仕事、だ。

 …もちろん、やってやれないことはないけれど。

 

「……そういえばノランさん、トラブッタくん――…じゃなかったトラッポラくん、どうなりました?」

「…ああ彼なら上級生に門前払いされました」

「あらま」

「ハートの女王の法律・53条『盗んだものは返さなければならない』――に法り、追い返されたようです」

「……ふむ。…それはどちらかというと塩を贈られた、感じですかねぇ?」

 

 ルール違反を犯し、その罰を受けたトラッポラくんは、ルール違反の謝罪と首輪ばつ解除の打診のため、
ユウさんたちを巻き込んで、ハーツラビュル寮――の、寮長の下へ向かっていた。
――が、門前払いされたというのだから、おそらく寮長に会うことはできず、
また件の寮長に嵌められた魔法封じの首輪は未だトラッポラくんの首にぶら下がったまま、なのだろう。

 …とはいえ、今回はそれでよかった――気がしないでもない。
起床時間を守れなかった寮生がトラッポラくんと同じ目にあっていた――というのであれば、寮長殿のご機嫌は未だフラットではなかったはず。
そんなところに会いに行って、更にルールを犯したとなったら――…
…ん?それ以上――は、ないのか。魔法士にとって、魔法を封じられる以上の拘束バツは。

 ………――となると、

 

「…そんなに重いんですか?ハートの女王の法律、とやらは」

「いつかのどこかにあった古い国の法――…ではありますが、ハーツラビュルはその国を治めた女王の精神に倣っています。
そして彼女のような厳格なる統治者を輩出するため、ハーツラビュル寮生は彼女の布いた法に倣って学生生活を送っている――
…ですからその程度・・は、その時の寮長によってまちまち、です」

「…では今代は?」

「とても、真面目ですよ――女王・・というよりは、教官と言った方が適当な気がしますが」

「…わーお。法に教官、ですかぁー…。……こりゃあ面倒くさそうだぁー…」

「…とはいえ法律それが行使されるのはハーツラビュル寮生とハーツラビュル寮職員われわれだけ。
お嬢様がその法に縛られる謂れはありませんよ」

「…でも、ハーツラビュルコチラの人員をお借りするわけですから――
まともな・・・・交渉をするためにも、まずは相手を知っておきませんとねぇ?」

「…おや、オーナーからはノーガード戦法がお得意と聞いていましたが」

「………それは得意なんじゃなくて『それしかできなかった』だけですよっ。当時あいて六歳児ですからねっ?」

■あとがき