ハーツラビュル寮からはじまった寮巡り――という名の元劇団員たちとの顔合わせは、誰に受け入れられることもなく終わりを迎えた。
…ただ、細かく厳密なところを言うと、ジェームズさんやノランさんをはじめとした寮区長、そしてオンボロ寮で働くゴーストたちからは認められているので、
完全に孤立してにっちもさっちもいかない状態に――ということにはなっていなかった。
…とはいえ何度も言うようだけれど、一人で劇場を回すことは叶わない――
――そしていくら個々の能力が高くとも、十人そこらで回せるものでもない。
もちろん、劇場の規模によっては可能だけれど――今回私が目指すところは小規模な劇場じゃない。
下積みとか、段階とか、そういうものが必要――という時もある。けれど今は真っ当に段階を踏んでいる場合じゃあない。
急いては事を仕損じる――だとしても、急かねば事が間に合わぬ――帰還の可能性が潰えていない以上、のんびりはやっていられなかった。
………ただ、その考えに反して私の悪い部分が、よくない気を起こして――
「光と音のコラボレーション――デジタルとアナログの融合、ですか…
…正直、文句を垂れる古参どもの姿しか想像できませんね」
「構いませんよ。コレはあくまで新しい方向性の模索――試験的に、ですから」
「……楽員の一人も確保できていない状況で、試験演目の素材探し――ですか」
「これでも、表現者としての実力には自信を持ってますから――
…それに、今更練習してもしようがないじゃないですか。だって今夜ですよ?入団テスト」
苦笑いしながらヘンルーダさん――死者の国の王の勤勉な精神に基づくイグニハイド寮の寮区長である彼に、
思っているところを打ち明ければ、ヘンルーダさんは苦笑いしながら「そうですねぇ」と言って視線を何処かへと逸らす。
…どうやら口では同意しているが、内心は違う事を思っているらしい。
――とはいえ、ヘンルーダさんの考え――私の姿勢に反感を覚える方が、常識的というか普通のこと、だろう。
今更練習したところでどうにもならない――なんて、プロとしての意識の低さを露呈する、高慢かつ怠慢な考え方だ。
最後の最後まで気を抜かず、最高の形を追求するのが、全ての表現者に共通する基本骨子――
――だというのに、今の私はそれを放棄したのだから、「表現者の風上にも置けない」と思われても仕方がない。
…もちろん、そう思われるのは不本意ではあるけれど――……その認識は今夜、実力を以て覆せばいいだけだ。
「……正直、今夜の『入団テスト』は名ばかり、ですよ」
「………ぅん?……と、いうと??」
「ファンタピアが最盛を誇った時代の団員は、その多くが他所に流れてしまっている。
その上、新たに加入した団員の多くは本物の舞台を経験していない――
…正直、セミプロが精々といった程度…。そんな彼らが審査員とは――…ファンタピアの名折れです…」
「あら、まぁ……まさかの事実…ですねぇー…」
何処かへ向いていたヘンルーダさんの視線が戻ってくる――と同時に開示されたのは、まさかの事実。
…いや、物凄く冷静になって考えれば、盛況に賑わった劇場の団員たちが、劇場が閉鎖したからといって劇場と共にその才能を閉じてしまう――ワケはない。
…というか、主要メンバーの卒業とか、団員の引き抜きとかでクオリティが維持できなくなっての閉鎖――の方が自然だろう。
兄さんが卒業したからそれと一緒に「はい閉鎖ー」てな展開よりずっと。
プロの集団ではない――というヘンルーダさんの言葉が確かなら、
今夜の「入団テスト」ははっきり言って顔パスレベルの容易さになるだろう。
…それでも、ヘンルーダさんが言うところの古参、そしてヘンルーダさんやノランさんたち寮区長――部門長に認めてもらえるだけの実力は示す必要がある。
ただ、そんな実力者たちを納得させる実力を半日そこらで用意できるわけがないので、練習以下略をするつもりは相変わらずない――が、
………頭を空にして練習したくなっている。……してる場合じゃないけどね、私は。
「……本物の本番というのは、有料の観客の前での公演――ですよね?」
「はい、かつては定期的に開催していましたが、ファンタピア閉鎖後は一年に二度の内輪での公演だけ――
…もちろん、その両方に皆全力をもって取り組んではいますが………」
「…本物を知っている身では物足りない、と」
「ええ…現金な話かもしれませんが――やはり、金の絡む舞台は熱量が違う。
ホームのようであってアウェー。理不尽とも言える高いハードルを超えた時のあの熱狂――…
…既に死を迎えた我々には過ぎた生き甲斐、とは思うのですが…」
「…生き死には無関係でしょう?
観客の期待を超えたいのは、表現者なら誰しもですよ――その動機、はそれぞれですけど」
ただただただ、自分の中にある理想に向かって突き進む芸術家もいる――
――けれど、他人の反応によってより高みに上り詰めていく芸術家もいる。
どちらが芸術家として優れている――なんてのは今はどうでもよくて、ヘンルーダさんがソレに後ろめたさを覚えることがおかしい。
…いや、正しくは「おかしい」んだろうけれど、そんな今更なことは気に留めないで欲しかった。
「ゴーストとして存在してるんですから、生き甲斐が欲しいのも、見返りが欲しいのも当然じゃないですか。
みなさん魂を持った存在なんですから、欲しがったりわがまま言ったりしていいんですよ――
…ただし、憑り殺そうとか、成り代わろうとかいうのはダメですよ?」
真面目な性格――なのか、ヘンルーダさんはゴーストとして存在していることに対して後ろめたさがある――
――ようだけれど、もうこの世界にとってゴーストの存在はほぼほぼスタンダード。
…もちろん、ゴーストとして甦ることが「いいこと」とは言わない――けれど、わけあって留まってしまったのなら仕方ないだろう。
留まってしまったと後ろめたさを感じるくらいなら、ゴーストとしての人生(?)を謳歌して欲しい――というのが私の個人的な意見だ。
……でないとね、心のモヤモヤが解消できなくて、一生成仏できないと思うんです。
…ってことは、一生魂が現世に留まり続けることになって――………最悪の最悪、魂があの世とこの世で廻らなくなると思うんですよぉ…。
…それ、結構ヤバいお話ですからね??こればっかりは宗教観――てか文化圏云々関係ありませんし!――って
「っ――ふふ…!」
「ぅん?ぇ、どうかしましたか??」
「ハハ、いえいえ……本当に、兄妹なのだなと思いまして――
…オーナーにも言われたんですよ。『もっとワガママになっていい』と」
感慨深そうに言うヘンルーダさんの表情はどこか嬉しげ――…なのだけど、それに反して私の顔はやや逆の方向へ。
…今更何を言ったところでせん無いこと――…とはいえ、素直には納得できなかった。
…私も、兄さんも、どちらも間違ったことは言っていない。
間違ったことは言っていない――んだけれども、兄さんがそのセリフを口にするのはなんかなァ…。
「………ぇと…お嬢様?」
「……兄と同じセリフを言っていることがイヤとかではなくて、
そのセリフをあの時の兄が他人に対して上から口にしたと思うと釈然としないんですよ――
…自分の全部を抑えつけて生きてきた人が『もっとワガママに』とかハン?って感じですよ」
「…………」
「……その感じだと、真逆だったんですね」
要求も無ければワガママも無く、更には反発も反抗も皆無だった兄さん――だけれども、
ヘンルーダさんの「ホワット?」と言いたげなリアクションから察するに、こちらではそんなことはなかったようだ。
…いやうん。11年ぶりの再会を果たす――より以前に、
兄さんの部屋に飾ってあった写真を見た時点で、なんとなし「変わったんだろうな」とは思ってたけどねー…。
…でもまぁそれは、兄さんにとっていい変化だからまったく全然かまわない――というか嬉しい変化、なんだけどね。
「…色々と、兄さんとは話し合わなきゃですが――…今は、コッチの課題の方が重要ですね」
兄妹とはいえ、違う世界で11年も離れて生きれば――…もう、互いに半ば別人のようなものだろう。
だから、というのも変だけれど、兄さんとは早く色んな話をしたい――
――が、立場のある兄さんでは「会いたい」と思ってくれていたとしても、その立場故にそうもいかなかった。
ただの妹でしかない私が「会いたい」と言ったところで、誰もまともに取り合ってくれないだろう――から、
ファンタピアの管理人に就任することは、そしてファンタピアを再開することには大きな意味がある。
…そして更に、そこで一定以上の成果が、無価値な妹には必要だった。
「…これは本気でデジタル系の技術者調達せねば、ですね――
…完成度が足りないのであれば、別の要素でその不足を補うしかないですし…」
「…ですが正直なところ、ゴーストの中にそこまでデジタルに強い者はいません。
…幸い、イグニハイド寮の寮生がその系統に強いので……外注、という形であれば、なんとかデジタルの道は開けるかと…」
「外注……ですか…あまり好ましい取引ではないですけど………背に腹は、ですかねぇ…」
自分たちが持ち得ない技術を持った人材を外部から招く――それは、ごく普通のこと。
でも「持っていない」からといって、学生を「外注」という形で雇うのには少しばかり不安があった。
学生だからプロ意識や責任感が薄い――というわけではないけれど、比率的にそういった意識の低い人材が多いのもまた事実ではあって。
そしてその事実を知りながら、自分の今後を決める事になるだろう公演の一端を担わせる――…なんて、決断を渋るのも当然ではないだろうか。
こっちは必死になって取り組んでいるのに、気楽なアルバイト感覚でテキトーな仕事なんぞされたら――……暴力事件待ったなし、だ。
近未来的――SFチックな雰囲気でまとめられた内装ながら、
節電のためか必要最低限の明かり鹿ともされていないイグニハイド寮の廊下。
さてどうやって信頼できる技術者を確保したものか――と、ヘンルーダさんと頭を悩ませていると、
薄暗い廊下の少し先――の部屋から、不意にのそりと背の高い青年が姿を見せた。
…どうやら私とヘンルーダさんの存在には気づかなかったようで、
すぅっと彼は廊下の奥へ消えていく――その手前でヘンルーダさんが「イデア」と言葉を投げた。
「………はぁ〜…なに用でございマスかヘル――………ッッー!!?!?!」
ヘンルーダさんの呼びかけに、気だるげというか、嫌々といった様子でため息を漏らし振り返る…
…ん?髪は…炎?それともそういう風に見えるだけで髪――なの??
…とにかく、なんとも不思議で驚きの青い髪(?)を持つ「イデア」と呼ばれた青年――
――にとっては、どうやら私の存在自体がビックリ仰天だったようで、
目が合ったその瞬間にビックーン!と体を跳ねさせ――そしてそのままガチンと固まった。
……一応、男装しているはずなんですが………やっはりアレか…。身長が足りんのか…!
「マネージャー、こちらイグニハイド寮の寮長――イデア・シュラウドです」
「…………あの、ヘンルーダさん。
こちら蛇に睨まれたカエルのようになっておられますが……普通に話しかけていいんでしょうか…」
極度の人見知り――なのか、私が距離を詰めるほどにイグニハイド寮の寮長であるシュラウドさんの顔色は悪くなっていく。
そしてヘンルーダさんから紹介された頃には、シュラウドさんの顔は白とも青ともつかない奇妙な色になっていて――
…これ以上の負荷はさすがにマズイと、ヘンルーダさんにどう対応したらいいものかと声をかけてみれば――
「………一歩…いえ、三歩ほど後退願えますか――
――で、お前は逃げようとするなっ。何のための距離だっ」
「…!……!…!!!」
ヘンルーダさんに後退を求められ、言われた通りに後ろへ下がった――ら、それと一緒にシュラウドさんも後ろに下がろうとしたようで、
それに気づいたヘンルーダさんは即座にシュラウドさんの背後に回ると、羽交い絞めで彼の動きを制限する。
そしてそれに対してシュラウドさんはバタバタと暴れて必死に抵抗する――
…けれど、ヘンルーダさんの方が上手の様で、その抵抗は無意味と化しているようだった。
「えーと……ヘンルーダさん?その…シュラウド寮長とは後日改めて、にしませんか?
……これだとまるで恐喝してるみたいで――後からグタグタ文句言い出して、仕事の手を抜かれては困りますので」
「…………」
「……ふむ。それも…そうですね。コレではまとまる話もまとまらない…
…この件については後日、場を改めることにしましょう――ではマネージャー、鏡舎までお送りいたします」
「………まだ就任してませんよ?」
「あと半日も経てば決まることです――
…というか、ジェームズを下した時点で、肩書上は既にマネージャー――」
「ッ――ちょっと待った!!」
シュラウドさんの体調と精神状態を考慮して、依頼の話は後日改めて――と話をまとめ、
ヘンルーダさんの案内でイグニハイド寮を後にしよう――としたところ、不意に大声を上げたのはシュラウドさん、だった。
まさかの人物の「待った」に思わずビックリしてその場に立ち尽くしていると、不意に横からため息が聞こえて――
――反射でため息の聞こえた方へ顔を向ければ、そこには不機嫌そうなヘンルーダさんの姿。
そしてその不機嫌そうな雰囲気のまま、ヘンルーダさんはシュラウドさんに「なんだ」と問いを投げつける。
すると、シュラウドさんはヘンルーダさんの雰囲気に怯んでかビクと体を震わせる――けれど、
そこで退くつもりはないようで、僅かに反抗の色をその目に宿してジトとヘンルーダさんを睨んだ。
「し、仕事ってなんだよ…っ。い、一体僕に何をさせるつもりだよ…っ」
「…………だから、それは後日話すと今、話が纏まったろう。
…それともなんだ。これから真面目に対面で話し合いをする――か?」
「そ、れは……っ」
「……はぁ…安心しろ、お前にとっては悪い話じゃない…。
…ただ、どうしても早く詳細を知りたいのであれば、今晩十二時に大食堂へ来るといい――
――学園中のゴーストの熱気に呑まれない自信があるならな」
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