穏やかな日差しが指す温室――の一角に設けられたティーテーブルと二脚のイス。
そのイスの一方に腰掛け、籠一杯に詰められた見知らぬ果実の下処理をして――は、テーブルの上にドンと置かれたボウルの中へ放り込む。

 当初の予定では、褐色肌の獣人の彼をテキトーに言いくるめて処理するつもりだった――らしいのだけれど、
上手いこと逃げられてしまった――というか私のせいで逃げられてしまったので、代わりを買って出た次第だった。

 

「…手慣れたものですな」

「知人が、どっさと果物を送ってくれるんですけど――
…そのままだとどうしても食べきれないので、その度加工してるんですよ」

「…ほうほう、では更に料理の腕に磨きがかかった――ということですかな?」

「…………ぅ、ん…?ぇ……どゆことです??」

「ふふふ、元気をなくしたオーナーがよく漏らしておりました――『妹の美味しい手料理が食べたいー』と」

「………6歳児の料理に『美味しい』は要らんでしょうに…」

 

 私の作業を眺めながら穏やかに思い出を語るのは、庭師のような恰好をしたゴースト――この植物園の管理人であるダンさん。
ダンさん曰く、兄さんオーナーとは親しくしていた――そうで、いつかの兄さんもこうして(授業をサボる口実に)ダンさんの仕事を手伝っていた――そうな。
…で、その悪いんだか良いんだかな慣習はちゃっかり受け継がれて――いた結果が先ほどの彼、だそうな。

 

「この世界に迷い込んだその日から、オーナーは常に全力で日々を駆け抜けておりました。
すべては権力と金のため――…と言いながら、余計な問題に首を突っ込んでは、自分の首を絞めていましたねぇ」

「……わぁ…想像できないなーぁ…」

 

 全力で日々を駆け抜ける兄さん――も想像つかないけれど、他人の問題めんどうに首を突っ込んでいる兄さんも想像がつかない――から、
当然のようにそれで首が回らなくなる兄さん、なんて全然想像がつかない。
私の記憶かんかくで言えば、兄さんは能動的アクティブというよりは受動的パッシブといった感じだったから。

 …まぁ、弟妹わたしたちのこと、そして両親――特にお母様のことに関してはかなりアクティブだったけれど、
それ以外のこと――自分のことについても含めて、兄さんは否アクティブ――…というか関心が薄かった、と記憶している。
…唯一、格闘技だけは兄さんが関心を示して、両親に「やりたい」とまで掛け合った…
……けどあれ、多分いつか・・・の身辺警護とかなんとかを見越して、だったんじゃないかと今更思うワケで……。

 

「…………でも、兄さんが自分で他人・・を選んだなら――それは、嬉しい変化コトです」

「……寂しくは、ないのですか?」

「…11年間も離れていたんだから――なんて、強がりは言いませんけど、
兄さんあいては28歳にもなるいい大人ですよ?もういい加減――…自分の幸せに、照準合わせて生きたっていいじゃないですか。
…私と弟だって、いつまでも子供じゃない――というか既に組織を背負う身ですし。
……そりゃあもちろん?兄さんが帰ってきてくれて、それで一緒に仕事ができたら嬉しいですけど……
…そーゆーしょーもないワガママで振り回していい立場・・じゃないみたいだし……」

「――フフ、そうして悩んでくださるだけで、オーナーは大喜びですとも。
…お嬢様のその『ワガママ』に、自信を持てなかったオーナーですからな」

「…ぅむむ……最大限、懐いてきたつもりだったんですけど……」

「………いえ、お嬢様のせい、ではないでしょう…」

 

 ダンさんの指摘に「えー?」と首をかしげるけれど、
ダンさんは何も言わずに苦笑いするばかり――…どうやらなんらかの確信あっての発言、らしい。
…しかしだとすると、兄さんの自己肯定感の無さというのはいったいどういうことになっているんだろうか…。
……いや、今は多分解消されているんだろうけど……。

 

「はぁ〜……早く兄さんと話したいです…」

「………おそらくオーナーはお嬢様の10倍の勢いで、不安に悶え苦しんでいることでしょう――
…ですから、これ以上の心配をかけぬよう、お嬢様は目の前に課題に全力で取り組んでください。
…きっとファンタピア再開の知らせを聞けば、オーナーも少しは安心しますよ」

「…………少し…ですか」

「ええ、まぁ、それは――……ナイトレイブンカレッジここは男子校、ですから…なあ?」

「あー……?」

 

 ダンさんの「男子校」という指摘に一瞬「ああ」と納得した――…けれども、よく考えたら「だから?」とも思う。
どう性のいない環境いうのは寂しく、また花もない――けれど、それと同時に「嫉妬される」ということもない。

 基本的に私の交友のスタンスは「広く浅く」――
――ではなく「狭く深く」なだけに、同性との共存は異性のいる環境では難しいというのが本音だったりする。
だからいっそ、異性ばかりの環境に雑に突っ込まれた方がまだ適応・・のしようもある――というのが正直な所感だった。

 

「……魔法が使えた…となったら…安心してくれますかねぇ?」

「そう…ですなぁ………魔法の程度がどうであれ、ジェームズを下した武力は本物――………安心なさるかもしれませんな」

「…じゃあ――やっぱりまずはファンタピアの再開コト、ですね――…それからってクロウリーさんに言っちゃいましたし」

「……ジェームズに掛け合ってみてはいかがですかな?彼の言葉であれば、学園長も聞く耳を持つはずですよ」

「ああいえ、いいんです。学業の傍らで、できることではないですし――
――逆を言えば、公演の全体指揮を取りながらじゃ勉強なんて身が入りませんし」

 

 兄さんに心配をかけたくない――と思う反面、芸術ショーというモノを知る者として、中途半端なことはしたいくないと思う。
それは自分の中にある矜持とか何とかを守るため――もあるけれど、
そんな心構えでは、共に高みを目指す同志なかまたちに対して申し訳が立たない――というのが何よりだ。

 信を得たくば芯を見せよ――とは誰が言ったセリフことだったか。
その時の映像はまったく全然頭の中から引っ張りだせないけれど、その言葉については幼い頃に感じた憧れのような感情と共に頭の中に定着している。
そしてこの言葉は、私の人生の中で「真実」として実証されている。
信用を失ってばなしたというのなら、ここで新たに築き上げればいいだけのこと――
…これが、魔法というツールを介してであれば、難しい問題にぶち当たるかもしれないけれど、
ツールが音楽であるのなら、そういう心配は無用だ。幸いにして、私の詠地家げいのういっかは、飾りだてではないのだ。

 

「ふふふ…お嬢様であれば、これまで以上の公演を披露できるかもしれませんねぇ」

「……それは…まぁ……コンサートに限ってはそのつもりで頑張りますけど……
…演劇とミュージカルは得手とは言い難いのでなんとも……」

「くくっ…既にコンサートについては抜く算段、ですか――…寧ろ、それが最も困難に思いますよ?」

「ぇ」

「実力を認められた奏者たちは軒並みリゴスィミ劇団――
――ファンタピアの後継となる劇団に引き抜かれていきましたからなぁ」

「……やっぱり、そう……なりますか…」

「ふむ…なにか考えがあるようですな」

「…実現できるか――もですが、
それ以前にそれ・・がこの世界の芸術ショーにおいて価値を持つのか――…それさえわかってませんけど、
一切の言い訳の余地なく自分の実力不足を認められるのが音楽コレなんです」

「……ふふ、それではまるで端から失敗すること前提にしているように聞こえるのですが?」

「…兄さんが、私たちと家族・・であるというのなら――…半端なモノを世に出したりはしません。
うちの兄・・・・が認めた『音楽』なら、全力を以て臨まなくては仮に並び立てたとしても――上回ることはできません」

「……なるほど――…どうやらお嬢様は、オーナーなどよりもずっと傲慢な視点の持ち主のようですな」

「…若造の自惚れと、嗤ってくてれもかまいませんよ?」

「はっはっは…まさかまさか…。ゴーストとして、多くの魂を見てきた身――
…お嬢様の魂の異質さは、此方からお見掛けした時より理解しておりますよ――」

 

 柔らかな笑みを浮かべ言うダンさん――ではあるけれど、その細められた瞳の奥で僅かに揺らいでいるのは嗜虐の影。
それはこれから困難にぶち当たるだろう私に向けられているのか、
それともナイトレイブンカレッジに私というイレギュラーが介入することによって生まれるカオスを想像してのものなのか――
…正直、そこまでは読み切れない。
ただ、それでもわかることは、このダンというゴーストじんぶつが相当の役者だということ。
…なんとなし、愉快犯で留まってくれそうな雰囲気ではあるけれど――……だからこそ、色々気を付けた方がいい、かなぁ…。

 

■あとがき