「ほう……これがオーナーの言っていた『ワビサビ』というもの……ですか…」
見たことのない綺麗な花に、想像したこともない不思議な形の花に――と、この植物園にはこの魔法の世界においても珍しい植物が栽培されている
――が、この度私が使った花材は元の世界でもスタンダードな花ばかりだった。
それはなぜかと問われれば――スタンダードが花材の提供者のオーダーだったから、だ。
しげしげといった様子で私の活けた花を眺めるのは、庭師のような恰好をしたゴースト――この植物園の管理人であるダンさん。
ダンさん曰く、兄さんとは親しくしていた――そうで、いつかの兄さんも(授業をサボる口実に)ダンさんの仕事を手伝っていた――そうな。
…で、その悪いんだか良いんだかな慣習はちゃっかり受け継がれて――いた結果が先ほどの彼、だそうで。
兄さんがこの学園に通っていた頃、兄さんは気が向いた時には、ダンさんから花を分けてもらって、自ら花を飾ることがあったという。
そしてその折、ダンさんに自分が元居た世界には「華道」という花を活ける文化があると話した――
――けれど、自分の飾った花はそんな大層なモノじゃないと断言したそうな。
……うーん…なんて言うか………兄さん、私たちに敬意払い過ぎでは…?
そりゃまぁ、華道家の息子として父親の経歴に泥を塗るようなモノを活け花と呼ぶのは気が引ける――
…だろうけど、兄さんの作品、そこらの生徒のよかよっぽど素敵だったよ?
…もちろん、あれで季蘭の名は語れないけど、
詠地の基礎にはちゃんと倣っていた――…って、私が語っていいモンなのかも厳密なところを言えば微妙なんだけどねぇ……。
「…一応、一人前以上とは自負してますけど………お父様の作品には程遠い――ですよ?」
「ふむ…これで、ですか…。…活け花とは奥が深いのですなぁ…」
「………そですね。奥が深すぎるが故の弊害――ですかね、自分の腕に確信が持てないのは」
なまじ身近に素晴らしすぎる師匠がいる――からこそ、
自分の作品が凡庸なものに感じられる――…というかお父様の作品と比べたらそれは凡庸だ。
だってその道のプロ中の家元――だし、季蘭派は詠地流の中でも個性派だからなおさらねぇ。
「…こちらはこのまま、ここに飾ってもよろしいですかな?」
「はい、それはもちろん。一応、ダンさんのために活けたモノですし」
「おや、それは嬉しい――では、そのお礼にお好きな花をお持ちください。
寮の談話室にでも飾れば、ジェームズたちが喜ぶでしょう」
「…お好きな花、ですか…!」
「………案内がてら、ご一緒しましょう」
「はーい」
なにか私から危ういものを感じ取ったのか、
ダンさんは若干考えてから同行すると言う――ので、それに大人しく同意した。
気候によっていくつかのエリアに分かれる植物園――は、中々広い。
さすがにドーム状の施設で迷子になる――とは考えにくいけれど、扱いが難しい花――下手をすれば惨事に至る可能性を考えれば、
植物の全てを管理している専門家が同行してくれるというのは非常に安心だった。
「えーと…まずは――……ん?」
ふと後方から聞こえた足音に、半ば反射で振り返ってみれば、
やや向こうに白と黒のファーコートを羽織った…なんとも温室には似つかわしくない男性が一人、こちらへ向かってきている。
…雰囲気からして、きっとあの男性はこの学園の教職員なんだろう。ダンさんも驚いた風もなく「おや」って言ってるし。
スルと私の前を横切って、ダンさんは前に出る――と、穏やかな声音で「どうしました?」とファーコートの男性に声をかける。
するとダンさんに声をかけられたファーコートの男性は、若干不機嫌そうに植物園へ来た理由――前の授業で不足した素材を補充するためにやってきたと言う。
そしてそれを聞いたダンさんは「そうですか」と言って微笑むと、ファーコートの彼にリストを寄越すように言う――
――と、それに対して彼は若干迷惑そうな表情を見せたが、無駄を悟ったやら、諦めたやら、ため息を漏らしながらダンさんにメモ用紙を手渡した。
「――では、少しばかりお待ちください」
ニコと笑みを見せ、ダンさんは――音も無く姿を消す。
…さすがゴースト、というべきでしょうかね。
――で、取り残された他人二人はどーしたものでしょうか。
「――おい」
「はい」
「…………お前、が……レーイチの妹、か」
「………っ?! は、はい!?」
「……どうしてそんなに驚く」
「ぇと、その……兄の名前、が……」
「…………ああ、レーイチで呼んだから――か。
…この名前で呼ぶヤツも、だいぶ減ったからな――…まぁ、端から少なかったといえば少なかったが」
「………」
「…」
明らかに、このファーコートの男性は兄さんと面識がある――…ようだけれど、さてその面識というのが友好なものだったかが微妙なわけで。
もし彼の年齢が見掛け通りのものであれば、兄さんと同世代――元学友、とかだろう。
でももし彼がクロウリーさんのように、若々しい見かけに反して齢を重ねていたとしたら――…たぶん、いい関係ではなかったはずだ。
だってうちの兄、授業をサボるタイプの学生――だったようなので。
色んな意味でやらかしただろう兄さん――によって、クロウリーさんがなんらかの迷惑を被っていた――とすれば、
必然的に学園長の部下ともいえる教員たちにも必然的に迷惑がかかる――はず。
であれば、兄さんが問題児として教師たちから毛嫌いされていたとしても――なんの不思議はない。
…そしてそうなると、問題児の妹である私に対して嫌悪を向けるのもまた至極当然なわけで――
「――フン。
どうやらあのアホウと違って、妹はよく躾けられているようだな」
「…………アホウ…」
「ああ、アホウ――だろう?
学生の分際で労働組合を立ち上げ、更に突拍子なく劇場まで――……まともな思考回路を持つ人間がやることか?」
「………では…ない、ですね…」
「――…まぁ俺も、それで楽しませてもらった身――…アイツのアホウに中てられてバカを犯した同類、だがな」
「……………どう…るい??」
「…もちろん、今は違うがな。今は元同級生――腐れ縁の悪友、といったところ――…って?!な、何故泣く!?」
「ぁ………す、すみません…っ」
ぎょっとした様子で「何故」と言うファーコートの彼の指摘を受け、ふと目元に意識を向ければ――確かに、泣いていた。
…いやうん。泣いた理由はわかっている。どうしようもなく安心した――のだ。
一人この世界に迷い込んだ兄さんが、孤独に生きることはなかった――それどころか、
元の世界では得られていたかもわからない、一緒にバカをやれるような友人を得ていた――という事実に。
笑顔で笑い合う学生たちの写真をいくつも見た――はずだが、
それでも半信半疑だったようで、確証にもほど近い当事者からの証言を得て、安堵の笑み――と一緒にポロポロ涙がこぼれ出る。
…そこまでの自覚はなかったけれど、思っていた以上に私は兄さんのことを心配していたらしい――
――ぅぅむ…これじゃシスコンのことをどうこう言えなくなっちゃうなぁ……。
「……まったく…大した兄妹愛だな……」
「…へ、え?」
「……今朝、お前の兄から――…クッソ長いメールが届いてな。…八割がお前の心配だったぞ」
「…ぁあー………………っていやもう私6歳の幼児ではないのですが…ねぇ……」
「…いや、『俺以上のヤンチャをやらかすんじゃ』と心配していたが」
「いやいや……もうないですって…。これからは大人しくファンタピア再開に注力しま――」
「…待て。ファンタピアの再開、だと?」
ファンタピアと口にしたその瞬間、ファーコートの彼の雰囲気が変わる。
まさか、とは思うけれど、兄さんの同級生で、悪友――バカを犯した同類、というのだからその可能性は高い。
…彼が、ファンタピアを最盛にまで持ち上げた初期メンバー――である可能性は。
さてここは、どう打って出たものか――と、思案する必要はないだろう。
その是非は、今ここで決めるべきことではないんだから。
「立場を得るため、利用させていただくことにしました」
「…肩書?…支配人とでも名乗るつもりか?」
「まさか。オーナーは兄さん――私は劇場の運営を任された管理人です」
「……任された――な…。そんな話、一切知らされていないんだが」
「ぇ」
「――それは、オーナーがお嬢様の才能に絶対の自信を持っているから――でしょう」
不意に、会話へ入ってきたのは――様々な植物の入った籠を抱えたダンさんで。
リストに書かれた植物をすべて集め終わったのか、ファーコートの彼に「どうぞ」と言って籠を手渡す――と、すぅっと私の隣に納まった。
「お嬢様の能力に疑問があるのなら、今夜12時に大食堂へくるといい。
そこで彼女の入団試験を行います――学園中のゴーストが集う中で」
「………団体圧力で揉み消されそうだな…」
「くく…去った者の意見よりも、今在る者の意見を優先するのが当然ではないかな」
「――…ご尤もなことだ」
諦めを含みながらも、少しばかり不機嫌そうな様子でファーコートの彼は小さなため息を漏らす――と、そのままクルと踵を返してその場を去って行く。
なんとも後味の悪い別れに、思わずダンさんに不満の表情を向けると、それに気づいたダンさんはなぜか「ふふふ」と穏やかに笑った。
「…笑いごとですかね…」
「ふふ、問題ありませんとも。
あくまで今の彼はナイトレイブンカレッジの教師――であって、ファンタピアの運営に携わる者ではありません」
「……やっぱり、ですか…」
問題ないと言う――いや、からかうように言うダンさんに思わず鈍い頭痛を覚える。
…確かに、現役の団員たちを差し置いて、最盛を誇った時代の団員とはいえ、去った者の意見を優先する道理はない――が、
こーゆー世界に関しては正論が正解にならない場合があるから複雑で。
単に悪しき慣習――という場合もあるけれど、確かな経験と実績から導き出されたアドバイスということもある。
そしてファーコートの男性の場合は――
「はぁ〜…分野が違うから納得させるの難しそうですなぁ〜」
「ははは、どうですかなぁ〜…私には、既に納得しているように見えましたがねえ?」
「ほわっつ?」
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