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大食堂は、既に大量のゴーストたちで埋め尽くされていた。
異世界より現れた支配人の妹。
それに対する楽団員たちの期待は、オーナーが感情に任せて吐き出した自慢の内容を反映するように――異様な熱気を孕んでいた。
熱気に湧くゴーストたちがぎゅうぎゅうに肩を並べる大食堂――の脇に集まっているのは7人の寮区長。
そして植物園の管理人であるダン――と、魔法薬学及び錬金術の教師であり、ファンタピアの最盛に携わった初期メンバーの一人でもあるデイヴィス・クルーウェル。
更にその輪の端で縮こまりながらもその場に留まっているのは――
「……既に先の公演を見据えて人材確保――…か」
「…実際、どうなるかはイデア次第ではありますが」
イグニハイド寮の寮区長・ヘンルーダがそう言う――と、その場にいた全員の視線が、
上着を頭からすっぽり被って体育座りをしているイグニハイド寮の寮長であるイデア・シュラウドに向けられる――
――と、その視線を感じたらしいイデアは、更に上着の奥へ引っ込んでしまった。
「……こんな調子で打ち合わせができるのかしらネェ?」
「これでも列記としたイグニハイドの寮長です。…リモートであれば打ち合わせ程度には参加できます」
「………りもーと?」
「……直接その場には足を運ばず、音声だけの参加――というカタチです」
「フーン?アタシは好きじゃないワね」
「……イレーネさんは我々の中でも特に芸術家肌…ですからね…」
「…であれば、この件に関してマネージャーの一番の壁になるのはイレーネさん、かもしれませんね」
「アラそう。なら目一杯辛口で審査してあげないといけないワね!……既にウチのボスは骨抜きのみたいだし〜」
バラのコサージュが印象的なキャプリーヌを被ったゴースト――ポムフィオーレ寮の寮区長・イレーネが自嘲交じりの苦笑い浮かべながらそう言うと、
彼以外の寮区長全員が絵に描いたような苦笑いを浮かべる。
ただ一人、ダンだけは穏やかな笑みを浮かべている――が、それは寮区長の心情を察した上、のようだった。
「せめて、芸術分野では対等であって欲しいものだが――望み薄、のようだ」
「おんや?ダンチョーってば抜け駆けかい?オレたちはすなおーに今まで待ってたってのにサ〜」
「いやいや、あの方の音になど触れていないとも――
――ただ、その芸術の高さは理解した、というだけだ。…案外、審美眼に関してはオーナーを上回るかもしれんぞ?」
「………あの方を、ですか…」
「オーナーも『所詮』と言っていたろう?自分の審美眼は付焼き刃だと。
…正直、ただの謙遜……もしくは血に対する劣等感と思っていたが…。
…どうやらあの兄妹の絆は、そんな凡庸なモノではないらしい」
昼間の植物園での口調から一変して、どこか威圧感を含む威厳を以て自身の考えを口にするダン。
どこか愉しげ――薄く浮かべた笑みに嗜虐の色を僅か滲ませるダンに、寮区長たちはどこか困惑した様子で顔を見合わせた。
このダンというゴーストは、ゴーストの中でも特別危険なゴースト――だった。
ただレイヴとの過去の一件で、その危険性は完全にオーナーによって制御されている――…と、本人たちは語る。
…が、確信を得るに至る現実がないだけに、ダンの恐ろしさを身をもって知る寮区長たちからすると、
彼の狂気は滲んだだけでも、僅かとはいえ危機感を覚えるモノで。
一体何を――と、寮区長たちの胸に一抹の不安が過る――そんな時、呆れを含んだため息を漏らしたのはクルーウェルだった。
「…あのアホに、何か吹き込まれたか?」
「フフフ、さすが親友殿。察しがいい」
「……親友はやめろ。あのアホを理解しているつもりはない」
「おやおや、なんと寂しいことを……オーナーが聞いたらなんと嘆くやら…」
「構うか。好きに嘆かせておけ――アレの『親友』になりたいヤツなんぞ、掃いて捨てるだけいる」
「ただ、認められる者はゼロに等しい――ワケだが」
「…………――…それより、ヤツになにを吹き込まれた?」
「…なに、ゴーストの存在に関わる話――だ」
「「「は?」」」
「「え?」」
「んん〜??」
まるで何でもないことを離すかのようにダンが口にしたのは「ゴーストの存在」というある意味で物騒な単語。
ただの少女にまつわる話の中で出てきた単語であれば、そこまで危機感は覚えないだろう――が、なにせ相手は寮区長たちに危機感を打ち込んだ人物。
それだけに、脳裏をよぎる不穏さは現実味を帯びていて――
…その不穏な沈黙に耐え切れなくなったらしいディアノムニア寮の寮区長・ワースが「ダン殿…?」と訳を問うようにダンの名を呼ぶ――と、
「みなさん、今宵は若輩たる私の入団試験のために集ってくださったこと、心より感謝します。
オーナーの兄妹である私に、みなさんがどういった考えを持っているかは存じません――
――ただ今宵は、何にも揺るぐことのない『本物の芸術』をお見せします」
舞台と呼ぶにはみすぼらしい簡素な壇の上、
イエローオーカーの長い髪の緩く三つ編みに結った少年――のような姿をした少女が言う。
…酷い、傲慢の笑みを浮かべて。
試されている立場でありながら、本物を見せると口にする高慢さに、会場の空気は一気に険悪に張り詰める――
――が、その状況を前にしても少女の態度は変わらない――どころか、寧ろその傲慢さを更に色濃いものにした。
自分の実力に絶対の自信を持っている――
――そんな程度ではすまないほどの自信という名の傲慢は、会場の多くのゴーストたちには伝わっていない。
だが、オーナーをよく知る者からすれば――話は違った。
「私には分からない どうしてこんなに悲しいのか――」
ピアノも無く、少女の声だけで編み上げられていく――音楽。
穏やかでありながらも、どこかもの悲しさのような――怪しい美しさを纏った歌は、聴く者の心を奪うまさしくローレライの歌。
危うさを孕んだ美しさに、本能が警鐘を鳴らすように鳥肌が立つ――が、その程度では警鐘にはならない。
それは圧倒的だからこそ――と混乱した頭が勝手な解釈をすれば、鳥肌は本能からの感動を示すものに成り代わる。
故にその歌に、声に――誰もが、より深く惹き込まれる。
「っ………まさか…ここまで、とは……」
「確かに……これは心配する方が不敬…というものか…」
誰も、彼女の実力を疑っていたわけではない――が、ただその程度を見誤った、というだけ。
そしてその度合いが、あまりにも過ぎた――義兄の想像通りだった、というだけだった。
聞き惚れる――では生温い。これは一種の魔性の力。
これに逆らうことは、おそらく誰であっても困難だろう――…魔に近しいモノであればなおさらに。
「っ…オイ!ゴーストたちが…!」
「ぉお…オーナーの懸念が現実に…」
「感心している場合か!コイツら全員がこのまま昇天――消滅しては…!」
「ああ、それは困る。それではあの方の野望が潰えてしまう――からな。
…さて、出番だぞ――デスヴォイス殿」
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