ユウさんとグリムくん――と、押しかけ店子いそうろうのトラッポラくんと、そのお目付け役のスペードくん――
――そしてその4人のお守り役を買って出てくれたジェームズさんをオンボロ寮に残し、
私はオンボロ寮に住みつではたらくゴーストたちと一緒に大食堂へ移動していた。

 そして大食堂で合流した7人の寮区長の手を借りて、
テーブルを退けてイスを並べなおすといった会場設営というのも大げさながら、
とりあえず簡単ながらも今夜の入団テストのための会場ホールの準備を整えた。

 

「……しかし本当に伴奏は不要、なのですか?」

実力・・で黙らせるならいっそ無伴奏アカペラの方が――文句ぐうのねも出ないかと思って」

「……呆れた自信ねェ…」

「これを失ったらあとは何も残らない――くらいの、才能ぶきですからねぇ?」

「いやいや〜お嬢には美貌っつー武器があるじゃねーか。
そんだけ美人なら、芸能界でも十分に――」

「…いえいえ、芸能界なんてとんでもないとんでもない…芸能界と芸術げいのうの世界は似て非なるモノ、
生半可な覚悟で踏み入ってはいけない戦場りょういき――…である以前に美貌ようしうんぬんは才能の世界じゃないですしねぇ」

「フフンっ。さすがアタシの見込んだ子ネ!わかってるじゃない――
――で!アンタはどーしていつまで経っても意識が低いのヨ!」

「あー?意識が低いんじゃアねーんですよぉ〜。庶民派なの、しょーみーんーはぁ〜」

「…まぁ、イレーネ殿と比べれば、庶民派そうだろうが――…部門長がそれでは面目が立たないぞ」

「アん?んだよノラン。オレ様の演奏技術にケチつけんのかよ?」

「…演奏についての文句はないが……もう少し出演者であるという意識を持ったらどうなんだ…」

「……確かにハーさん…演劇でも兼任で出演することもあるし……」

「………というかゴーストみなさんの身だしなみってどうなってんです?」

 

 なにやら外見――身だしなみ的なことでやいやいと盛り上がる寮区長たち――に、思わず酷く疑問に思った事を投げる。
すると彼らは「ん?」と顔を見合わせ合った――末、最後に視線が集まったのは、
とんがり帽子を被ったゴースト――茨の魔女の高尚な精神に基づく寮・ディアノムニア寮の寮区長・ワースさんだった。

 

「我らの外見の乱れ・・こころの乱れ――
…もちろん、生前の容姿も多分に影響していますが、心の整ったゴーストの姿というのは、今を生きる者には神秘的に・・・・映るのです」

「………ぅん?…ということは、良い芸術えんそうで心が整うと、演者も観客も……?」

「ええ、それが他所にはないファンタピアの――個性つよみ、なのです」

 

「チェストオォォオオオーー!!!」

 

 突如、世界をぶち破ったのは、腹の底から響くようなデスヴォイス。
その衝撃たるやまるでソニックブーム――…と思うけれど、それは所詮人の体感による印象・・でしかないようで、
実際にはイスの一つもその場から動いていなかった――が、

 

「ッ――なんか出てる!なんか出てる!なんか出てるー!!

 

 私が立つ簡素なステージの前、
ずらりと並べられたイスに座っている(?)ゴーストたち――の頭からチョロとはみ出ているのは、淡く光る小さな白い半円。
…それがただ、彼らの頭から出ているだけなら、「ん?」と疑問を覚えるだけで慌てることもなかったと思うけれど――
――穏やかな表情で気絶しているゴーストかれらでは、最悪なようなそうでもないような成仏そうぞうが過って――

 落ち着いてられるワケないでしょうがー?!

 

「ぁああぁああぁぁ…!わワ、ワースさ――って!ワースさんたちまで逝きかけてるー?!
ああぁあ…!ダっ、ダンさん!!?どどっどーゆーことですかぁコレぇー!?」

「ああ、ああ、大丈夫ですよ。誰もまだ逝っていませんから――…まぁそれもそれで、幸福ではありましょうが」

「なんて?!」

 

 ステージ前で聞いていたゴーストたち――に留まらず、
昇天手前の魂消る・・・現象は、高位のゴーストであるはずの寮区長たちにまで及んでいて。
それでもただ一人平然としている――そして状況じじょうを理解しているだろうダンさんに「何事?!」と問えば、
ダンさんは一切の動揺なく「大丈夫」と言う――が、「それも」とか言うから焦る。

 なんだ、私はどうしたらいいの…?!
とどめを刺した方が善いの?それとも「ステイ!」って呼び戻してもいいの?!

 

「ククク…♪まさか意図せずこの力を揮う者が現れるとは…――さすが・・・金獅子の兄妹、といったところか」

「………」

 

 一体どうしたら――と慌てていたところ、不意に笑いを漏らしたのは、
黒髪にマゼンタのメッシュが入った不思議な髪をした少年――…のようで、間違いなく「少年」ではない知らない顔。
その外見にそぐわない年寄り染みた口調――以上に、こちらを見る目に宿っている値踏みの色の深さが、まともな齢を経た人間のモノじゃない。
これは途方もない歳月を生きた人外そんざいのモノ――……なのに学生服を着ているとはどういうことか。
…まぁ、異邦人わたしが頭を回したところで、答えには辿り着けないだろうけど…。

 悪意とか害意とか、そういったモノは感じられない――けれど、どこか彼の瞳の奥には僅かながら敵意、のようなものが感じられる。
…ただそれは、私に対するモノ――ではなく、おそらく兄さんに対する畏れけいかい……なのかもしれない。
彼が口にした「金獅子」という単語が、私の知る金獅子であるのなら――…うん。警戒それは尤もだ。

 

「リリア殿。オーナーとマネージャーは別のモノ――同じと考えるのは早計だぞ?」

「ぅん?別の……モノ??…どういうことだ?」

「……血の繋がりはない、ということです…」

「…………――ぅんんん??血の繋がりはない??こんなにも似ておるのに、か??」

「…偶然の産物です」

 

 先ほどまでの老練さはどこへやら、ダンさんに「リリア殿」と呼ばれた学生服に身を包んだ黒髪の少年は、
その姿に相応するぽかんと不思議そうな表情で首を思いきりかしげる。
…正直、そこまで不思議に思われるのは、それこそ不思議――ではあるけれど、
外見的要因とくちょうから血の繋がった兄妹だと思われることには、疑問も驚きもなかった。
 

 日本人でありながら、黒髪ではなく特異な山吹茶の髪を持つ三兄弟――なんて、全員の血が繋がっていると思って当然。
だから・・・負う羽目になった苦痛や苦悩というものも、きっと兄さんにはあっただろう――
…と思うと、色々と複雑な感情モノがじわじわと湧いてくる――が、結局のところ私が行き着く結論は既に決まっていた。

 私たち兄弟の繋がりに「血」なんてものは関係ない――血が繋がっているから兄弟なのではなく、
同じ親の下で共に育ったから家族きょうだいなのであって――……って…アレ?
そう考えると、今となっては・・・・・・一緒に居た時間の方が短いから………ぅーんー…??

 

「……どうかされましたか?」

「ぁ…ぅん……いや、あの……ちょっとばかり兄弟と名乗っていいものかちょっと疑問を覚えまして……」

「……ほう?」

「…時間がすべて、というコトではないんですけど――
…それでも、離れていた時間の方が長いと思ったら…胸張って言っていいものかちょっと疑問が過りまして………。
…個人的な気持ちトコロ兄弟とそう思ってますけどね?」

「――であれば、それでいいのではないですか?互いに兄弟の関係を望んでいるのですから」

「……いいんですかねぇー…立場ある身なら、無力な身内はお荷物でしかないと思うんですが……」

「「……無力?」」

「………」

 

 ダンさんとリリアさんが声を揃えてそう言って、なおかつ同じタイミングで首をかしげた。

 …明らかに、今の話の流れ的に私の言うさす「無力」は立場的なモノのことであって、
物理的――…というのか、武力的というのか…まぁとにかくこの惨状を招いた「力」の有無についてじゃない。
あくまでこれは立場の話――私はあくまで現状、無力な一般人だ、というコト

 ……それに、この世界においては、「魔法が使えない」というだけで十分無力なはずだ。
だからこそ――の、魔法士の卵かれらのエリート意識なのだろうし。

 

「くく…どうやら本当に血の繋がりはないようだ。
あの男にはというものがないが、お主にはソレがある――
…しかしずいぶんいいトコ息女の様だが……それがどうして、のーぅ………」

「……」

 

 どこか呆れたような表情で私を見るリリアさん――の呆れの原因になんとなし想像がついて、
思わずダンさんに視線を向ける――と、ダンさんは軽く笑って「許してあげてください」と言うと、
ふと視線を大食堂の奥に集まっている寮区長――の内のワースさんに視線を向けた。

 

「ワースとリリア殿は同郷の先輩後輩――心と口が軽くなってしまうのも仕方ないでしょう」

「それは………まぁ…止む無し、ですね……」

 

 育ってきたかんきょうが違う者が多く集う環境――において、故郷くにが同じという共通点は、強い結びつきになる。
そして地元テリトリーを離れた環境であればなおさらに。
――だから、ワースさんがこれまでにあったオンボロ寮関連のアレコレをリリアさんに話していても何の不思議はない。
そして更に言えば、事実それが伝わったからといって、特に問題はない――………はず。

 どういう理由があってリリアさんがこの学園に通っているかはわからないが、
兄さんの害になるような理由――国際的、もしくは武力的な問題になるような理由モノではないだろう。
リリアさんが学校という場におてい学生である――ということもあるけれど、なによりはダンさんゴーストたちの無警戒さ、だ。
………ただ、用心するのであれば、ジェームズさんに事情・・を聞いた方がいいだろーけどね。

 

「――さて、後の始末は私にお任せください」

「…は――………………いや、あの………大丈夫、…ですか?それ……」

「ふふ、ええ大丈夫ですとも――誰をどうするにも足りない程度・・しか、許されていませんので」

 

 ふと過った嫌な予感ふあんに、それを圧しとどめることなくダンさんにぶつける――
――と、ダンさんは愉し気な笑みを薄く浮かべて「足りない」と「許されていない」と言う。
…それは、今この場だけを思えば「良かった」けれど、よくよく考えると100%「良かった」とは正直言い難い。

 ――とはいえ、今に限ってはダンさんのその力は有り難い――というか、
ワースさんゴーストたちにとってはある種の・・・・救いの力。
真っ当なことを言えば、止めるべきだけれど――

 

「みなさんウチの大事な戦力です。一人残さず連れ戻してくださいね」

「ええ、ええ、もちろんですとも――彼らは皆オーナーのモノ。オーナーの許可なくしてるなど許されません」

 

 今ここで大事な団員せんりょくを失うわけにはいかない――と言えば、
それにダンさんは「オーナーの許可なくして――」と言って笑う。

 なるほど、それは確かに尤もだ――とは思うけれど、

 

「………マジですか?」

「いえ、冗談です」

 

 あの兄さんが、使われる立場を知る兄さんに限って――ブラック体制、なんてモノを布くとは思えないのです。

■あとがき
 うっかりすると、というか本気を出すと素でゴーストを祓っちゃう夢主です。怖え。
 リリアさんとオニーチャンが――というよりは、茨の国とオニーチャンの相性が悪い、みたいな関係です。
長い歴史を持つ古き国――にとって、改変の寵児たるオニーチャンはクソ邪魔不敬者だろうなーと(苦笑)