コイツの首をはねろoff with your headーー!!!」

「「うわああーー!!」」

 

 一瞬のきらめきののち、スペードくんとグリムくんの首に嵌められていたのは、
トラッポラくんとお揃いの、ハートの様で鍵穴の様にも見える――魔法封じの首枷。
グリムくんが余計なことを言ったせい――のようにも思えるけれど、たぶん遅かれ早かれ二人とも同じ状態になっていただろう。

 うっかり者スペードくんお調子者グリムくんだから――ということもあるけれど、
そうでなくとも寮長じゅつしゃ殿はもう火にかけた栗か竹かの爆発物かんしゃくだま状態。
少しの刺激でも怒りかんじょうに任せて魔法ばつを執行しような勢い――
――だけに、これは水を一つ注した程度では冷静さを取り戻す――どころか、落ち着いてもくれないかもしれない。

 ……まぁそれで、私にバツが及んだところで、私には・・・無害なわけだけれど。

 

「…さすがに、コレは無視できませんよねぇ〜」

「……」

 

 独り言のように呟いて歩き出せば、後ろでノランさんが小さくため息をついて――私の後ろに続く。
ノランさんのため息の意味するところは分からないけれど、学生たちの衝突という場面において用務員ノランさんという存在が持つ意味は大きい。
特に規律を遵守する寮長殿に関しては、特に効果があるだろう。
…ただまぁそれも、落ち着いてくれないことには――かもしれないけれど。

 

「トレイ、ケイト――」

「――おや、またしてもトラブル、ですか?」

 

 呆れを含みながらも平静に、そして場違いなほどに堂々とした振る舞いで、
騒ぎの現場に足を踏み入れる――と、瞬間その場の空気がゼロに還る。

 部外者の空気を読まない乱入――によって乱された場の流れに、
ただ一人仰々しいとくべつな衣装に身を包んだ赤髪の少年――寮長である彼が新たな怒りを吹き出す――その刹那、
またその意気を乱すように、デフォルメされたゴーストの形態フォルム――から、生前・・に近い人型に姿を改めたノランさんが「何事だ」と威厳を以て介入した。

 そうして私とノランさんによって、二度も意気を削がれた寮長殿は、
最後の一打が目上の立場ノランさんだったこともあってか、僅かに冷静さを取り戻したようで、
怒りを押し殺し、平静を取り繕いながら――も、躊躇なく自身の正当性を主張した。

 

「違反者に相応の罰を与えていただけです」

「…相応――か…」

「…ボクの判断に間違いがあるとでも?」

「…それは、寮生おまえたちが決めることであって、私が口をはさむことではない――
――ただし、私闘に発展した場合には武力を以て介入する。それも、寮の管理を任される我々の仕事の内――だからな」

 

 寮生たちに対し、あくまで中立――部外者の立場を貫くノランさん。
私闘に発展すれば――と釘を刺すようなことは言っているが、おそらくそれが抑止力くぎになっているとノランさんは思っていない。
それでもそう言ったのは自身の役割を果たすためか、それとも逆の効果を狙っているのか――
…まぁいずれにせよ、ノランさんの発言は無意味に等しいことには違いない。何を思ってソレに甘んじているかは分からないけれど。

 

「私闘に、と言うなら介入してくれませんかねぇ?
コチラの寮生くんたちはともかく、他所の寮生にまでハーツラビュルコチラの寮則を守る義務はない――なら、グリムくんへの首輪ばつ私怨しとうでしょう?」

「ッ…!なにをっ――」

「郷に入っては郷に従え――です。
ハーツラビュル寮内にいる以上、寮訓たる【ハートの女王の法律】に従うのは来訪者のマナー・・・でしょう」

 

 私の指摘に寮長殿が噛み付く――すんでのところで、ノランさんがご尤もが過ぎる正論を口にする。
正直なところ、マナーとそう言われてしまっては返す言葉――反論の余地はない。
…もちろん、徹底抗戦の構えで、屁理屈アリとなれば話は変わるけれど、そのつもりがないのであれば――こちらが折れるほかないだろう。

 何がどうあれ、ウチの寮生がマナー違反――寮長殿に暴言を吐いたことは事実。
そしてそれがハートの女王ハーツラビュル法律りょうくんに違反したのであれば、その罰を受けるのは至極当然のこと。
自寮も他寮も関係ない――忖度の余地などない正否のはっきりとした真っ直ぐな姿勢は好感を覚える――
――ただ、残念ながら寮長殿に私が好感を覚えるような立派な意図はないだろうが。

 …だから、彼に対して頭を下げるのは、正直なところを言えば不服なのだけど――

 

「――我が寮生が無礼を働き、申し訳ありませんでした」

「!」

「これは寮生を指導する立場にある私の不徳の致す所。
指導が行き届いていないにもかかわらず、他寮の行事への参加を許した私の落ち度です――申し訳ありませんでした」

 

 下げていた頭をさらに下げ、謝罪の言葉を口にする。
寮長殿に対しても、ハーツラビュルの寮訓に対しても、疑問も不満もあるけれど、今それをぶちまけてしまっては学生かれらと同列。
そこをぅんぐと呑み込んで、責任とっておさめるために頭を下げるのが「長」の役割というモノ――だろう。

 …とはいえ、正直あまりこういう役割しごとには縁がなかったもので、
コレが正解スタンダードだったのかは分からない――けれど、間違ってはいないだろう。
これはかつて、先達が恥を忍んで自ら示してくれた行動ありかたなのだから。

 

「っ――…いいだろう。キミの謝罪に免じて、彼らの暴言については許そう」

「…ありが――………………ん???」

 

 聞き捨てた方がいい――のだけれど、思わず聞き捨てできなかった「」という表現。
完全に反射で「ら」に含まれるもう一人――ユウさんに視線を向ければ、
私の視線を受けたユウさんは申し訳なさそうに視線を下げ、ふとした瞬間に顔を上げたかと思うと――

 

「ご――」

「それは要りません。というかやめてください。でないと私が哀れじゃないですか」

「っ…」

 

 ユウさんが口にしかけた謝罪の言葉を遮って、
自分の都合を口にすれば、ユウさんはなんとも複雑に感情が絡み合う申し訳なさふふくそうな表情で押し黙る。
その人の善さに思わず苦笑いが漏れる――トコロだったが、そこはぐっと堪えて表情を平静なモノに改めてから寮長殿に向き直り、改めて一礼――の後、

 

「寮長殿の寛容な裁量に感謝します――では、指導の足りない子猫どもはこちらで回収させていただきますね。
――さ、帰りますよウチの店子たち。帰ったらこってりお説教です」

「な――」

「あ゛ん?」

 

 説教という単語に反応して、不満を漏らしそうになったグリムくん――を、全力をもって(黒)笑顔で睨めば、
グリムくんは不満も文句ことばも綺麗に呑み込んで、若干泣きそうな顔で「なんでもない」とでも言うように首を横に振る。
ある意味で素直なグリムくんの答えに黒いものを引っ込め、笑顔で「そうですか」と返し、「さて」と改めて視線を向けるのは――

 

「そちらのノラ・・子猫も、回収して帰りましょうかねぇ?」

 オンボロわが寮の寮生を回収し、そのついでにハーツラビュル寮を追い出されたノラ寮生も回収して、
出入り口となっているゲートへ向かう――その途中、何か堪えきれない様子でユウさんが私を呼び――

 

「――だから、『やめて』と言ったでしょうに」

 

 頭を下げ、ユウさんが謝罪の言葉を口にしようとする――
――ものだから、口を塞ぐのと一緒に上体も起こさせた。ノランさんが。

 心優しい上に、義理堅いユウさんの性格を考えれば、自分たちのせいで私が頭を下げるはめになってしまった――と思えばそれは心苦しいだろう。
特にプライドの高い私が頭を下げたとあっては――…まぁ、残念なわるい意味で気が気じゃないかもしれない。
…それは――わかる。その申し訳なさ、もしくは罪悪感というのは理解っている。何気に私も経験した感情かんかくだから。

 ――でもここで、ユウさんに頭を下げられては、甲斐がないのだ。
色々に色々を呑み込んでまで、格下に頭を下げた甲斐が。

 

「謝るくらいなら、端から逆らうな――という話です。
でも、利口なユウさんが、お利口さんでいられないほどの『何か』があったんでしょう?
ならユウさんの主張はきっと正しい――であれば、その主張は上司うえとして尊重しませんと、ねぇ?」

「っ…で、でも…!」

「――くくく、わかってにゃーなぁ〜。おみゃーは利用されてるだけだぜー?」

「ッ!!?」

「「な゛?!」」

「生首お化け〜〜〜!?!」

 

 私の主張に食い下がるユウさん――の、主張ことばを遮ったのは、聞き覚えのない声。
でもそれよりも驚くべきことは、ユウさんの頭の上に知らぬあたまが乗っている――という状況えづら
知らぬ顔というだけで驚きだというのに、頭だけが・・・・乗っている――のだから現実を疑わめをみひらかずにはいられない。

 ――が、若干の間をおいてノランさんが口にした「チェーニャか」という名前セリフに、警戒マイナスは湧き出す前に霧散した。

 

「よぉノランの兄さん。珍しく肌艶が随分といいにゃあ?」

「…お前は相変わらずの様だな――で、パーティ会場は向こうだが?」

「ふふん、それよりコッチの方がオモシロそー――っと、こえーこえーまるでどっかの母親みたいだぁにゃー?」

 

 首から下を現したのは、ユウさんの頭の上にのしかかるモーブの濃淡がメッシュのようになった――
――そして同じ色の縞模様のネコの耳を持つ、ノランさんに「チェーニャ」と呼ばれた青年。

 生首状態から、人としての全容を明らかにした――のはいいけれど、
そのままユウさんに乗りかかっている――という状態がどうにも許容し難くて。
威嚇程度にちょいと彼に害意を向ければ、その原種みみに違わず察しがいいようで、
猫人じゅうじんの彼――チェーニャくんはケタケタと笑いながらユウさんからひょいと離れる。
――が、聞き捨てならないことを言ってくれるから、黙ってはいられなかった。

 

「…おや、それはとんでもない言いがかり――大体、あなたの方でしょう?私がこの子を利用していると言ったのは」

「――にゃはは。そうだそうだ、そうだった――にゃけど、利用してるのはどっちも同じじゃーにゃあのかね〜?」

「……――まぁ、語意だけを言えばその通りですが…」

 

 売り言葉に買い言葉で、とりあえず反論ことばを返してみるものの――とりあえず理解したことは、とにかくこちらの手札が少ないということ。
そんな状態で相手の腹を探ろうとしたところで上手くいくはずがない――…大体、私は未だに問題わだいの中心人物の名前すら、把握していないのだし。

 ――…というかそもそも、だ、部外者わたしが介入していい案件モノなのかも、イマイチわかっていないのだけれど?

 

「――あ、あの!リドル寮長についてなにか知ってるんですか…?!」

「んん〜?知っていると言えば知っとるし、知らないと言えば知らにゃあな〜」

「…結局どっちなんだゾ…」

「ふふーん?なあにゃ君ら、リドルについて知りたーぁの?」

「――ああ知りたいね。どう育てればあんな横暴になるんだかっ」

 

 チェーニャくんの言葉の節々から覗く過去モノに察しがついたらしいユウさんが、
リドル寮長――問題くだんの寮長殿との関係について尋ねれば、それをチェーニャくんはもったいぶるように答えを濁し、
値踏みすたしかめるように「知りたいの?」と問い返せば――それに答えたのは、まさかのトラッポラくんだった。

 困難に打ち勝つためには、まず問題を知ることから始めるのが定石――ではあるものの、
今回の場合はそれイコール嫌いな相手について、労を払ってまで知らなくてはならない――ということになる。
勝手な先入観にんしきではあったけれど、トラッポラくんはこういった手順ぶぶんを疎かにしそうな印象だったのだけど――
――それはあくまで、私の思い込みだったようだ。

 

「それじゃあ、あの眼鏡に聞いてみにゃあ。
あいつはリドルがちっちゃい頃からよう知っとる――俺ならまずあの眼鏡に聞くにゃあ」

「…それって…クローバー先輩が寮長と幼馴染みってこと?」

「…正直そんな風には見えなかったが……」

「――なら、俺に・・話を聞く必要はにゃーなあ?ほいじゃーにゃあ〜」

「あ!おい!?」

 

 「ほいじゃ」とチェーニャくんが言う――と、現れた時とは逆に体が消え、その声と一緒にフェードアウトするように彼の顔が透けていき――
――最終的には姿どころか気配すら消えてなくなってしまう。
半ば反射でノランさんに視線を向ければ、それに気づいたノランさんはどこか諦めた様子で軽く首を横に振った。

 …どうやらチェーニャくんのコレ・・については、ノランさんでも詳細不明らしい。
おそらくは、噂のユニーク魔法とかいう魔法それ――…であるとすれば、たぶん彼はまだこの場に残っているのだろう。
…まぁ、彼がいるからといって言葉も行動も選ぶつもりはないけれど。

 

「…なんか変なヤツだったんだにゃあ――…って、あ!口調うつった!!」

「――それよりクローバー先輩だっ。
…おもしろくねーけど、このままじゃどーにもなんねーし……ってなに笑ってんだよ!」

「おやおや、人聞きが悪いですねぇ。微笑んでるだけ、ですよ?」

 

 ふてくされた様子ながらも、殊勝なことを言うトラッポラくんに、素直に感心していた――ら、当人から「なにを」と不満顔をされる。
まったくの他意なく、ストレートに感心していたのだけれど、
これまでの行いがあだとなって逆の方向に受け取られてしまった――が、それはまぁ別にどうでもよかった。
トラッポラくんが私をどう思おうと、私のトラッポラくんに対する好感には影響ないのだし。

 

「――ではここからは若者たちで頑張ってくださいね」

「えっ?」

「申し訳ない――とは毛ほども思っていませんが、私も私の案件つごうで忙しいんですよ。
…ただ、どうしてもというのであれば――肩代わってあげますよ?」

「……生徒でも無ければ、ハーツラビュルの関係者でもないアンタが、どーにかできるのかよ」

「ええ、だからこそ――ってヤツです。
アレは外から手を差し伸べてやれば、内側からすぐに瓦解しますよ――
――規則ムチで縛られるばかりの寮生かれらは、救いアメに飢えていますからねぇ?」

「……………なんというか……新たな地獄を招く人間のセリフとしか思えませんね…」

「「「「……」」」」

 

 痛烈なノランさんの一言に、思わず彼に視線を向ける――が、ノランさんは自分が間違ったことを言ったという認識がないようで涼しい顔。
過ごした歳月が、経験してきた修羅場ばかずが違う――と納得して、
ふとノランさんから視線を前に、トラッポラくんたちに戻す――と、トラッポラくんたちはまぁなんとも気まずげな表情で私からそろりと視線を逸らした。

 …まぁ確かに、セリフだけを言えば、ソレはフィクションの世界でよく見る悪徳商人か悪徳領主が言いそうなセリフではある。
それだけに「地獄を招く」という表現は否定し難いこと――ではあるけれど、かといって私が悪いそんなことをするような人間に見えるだろうか?

 ………まぁ、見えないことはない――…とは思うけどね??

 

■あとがき
 リドルくんとの初絡み……と言っていいんだか微妙な邂逅回でした。
…正直なところ、チェーニャくんの回と言った方が適当なような気もしています(苦笑)