ハーツラビュル寮で一悶着を起こしたユウさんたちを回収し、
オンボロ寮へ送り届ける――ことなく、私たちは鏡舎で解散となっていた。

 曰く、今回の招待きょうりょく者であり、寮長くんの過去を知っているだろうクローバー先輩ふくりょうちょうは図書館に現れるはず――だそうで、
件の先輩と接触を図るため、少年少女+小モンスターは待ち伏せのため図書館へと先行していた。

 そして、一人鏡舎に残された私といえば――次々に寮をめぐり、
寮区長の同意を以て各寮の全ゴーストたちから管理人マネージャーとして認められ、あとは一寮を残すのみ――となっていた。

 

「…昨日も思ったんですが………全寮を一日で回るの、体に悪いですね…」

「……体に?」

「気温の変化に体がパニック起こすというか……」

「ああなるほど……。
…我々には影響…と言いますか実感が薄いので、気にしたことがありませんでしたね…」

 

 ディアソムニア寮の玄関前アプローチで、ふと思っていたことを口にすると、寮区長のワースさんが苦笑いしながら納得する。
ゴーストとはいえ、気温の暑い寒いを感じられないわけではない――けれど、やはり生身の人間よりもその辺りの頓着は薄いらしい。
そして更に言うと――

 

「我々にしても、寮生や教職員にしても、一日の内に全寮を渡り歩く者はほぼいないですし……ね」

「…まぁ私も、今日これでもうしばらくは――と思ってますけどねぇ」

 

 用務員ゴーストたちにしても、各寮生にしても、その行動範囲はおそらく学園と自分の寮。
オクタヴィネル寮に併設されているモストロラウンジは全生徒が使用可能とのことだが、
そこを含めたにしても肉体が混乱して疲れるほどの気温の変化は……ぁ、サバナクロー寮とスカラビア寮ならあるな。
オクタヴィネル寮あそこは人魚族の生徒が多いとかで、水族館的なヒヤリとした感じがするから、
カラカラでジリジリのアフリカ気候とは落差が激しいんだよねぇ…。

 …しかしまぁ、そこは真面目に順番通りに回らないで、オクタヴィネル寮ひとつ飛ばすべきだったかなぁ〜…。
結局、個人的な都合でイグニハイド寮ひとつは飛ばしたわけだし…。

 

「…幽霊劇場ファンタピアが復活すれば、我々の活動域は広がりますが………」

「…ん?」

「マネージャーは、そこに固定されてしまうのではないかと思いまして…」

「…それは……どう、でしょうね??ウチの寮生がなかなかのアクティブさんなので……
…心配して目をかけているうちに一緒に活動域広げられると思いますよ?」

 

 正式に、私が幽霊劇場ファンタピア管理人マネージャーと認められ、そしてファンタピアが再始動した――となれば、
ワースさんの言う通り私の活動域はおそらくほぼファンタピアに固定されるだろう。

 日中は、多くの団員ゴーストたちが用務員としての仕事をしている――とはいえ、裏方仕事はごまんとある。
それを黙々とこなしているうちに日は暮れ、団員たちの仕上がりを見たり、調整を加えたり――とやっているうちに翌日を迎えて……。
――と、ファンタピアから一歩も出ない日があっても、正直なんの不思議はない。ぶっちゃけ、元の世界の時点で前科持ちだやらかしてるし。

 ――ただそれも、ユウさんという「心配の種」がある以上、長く続くことはおそらくないだろう。
…そして、更に言及するとすれば――

 

「…どーにも、ヤな予感がするんですよねぇー………悪い気を、更に起こしそうというか……」

「悪い……気?」

「なんというか…気が多いんですよ、私…。…寄り道、回り道常習犯というか……」

「……」

 

 一日も早く元の世界へ帰ること――を、「目標」にしたとしても、間違いなく私はこの目標を達成するために全ての力を注ぐ――事はしない。
既に幽霊劇場ファンタピアという魅力的な寄り道モノがある以上、絶対に私はそこにかまける。
元の世界に帰るために必要なこと――とか尤もらしい言いぶんの上で。
…そして、異世界・・・という環境においてはかなり質の悪い性質が、ユウさんに何かあっては――とか、
やっぱり尤もらしい言い訳を盾に、この学園の生徒たちに及びそうだから気が重い。

 …後というのか先というのか、そういうものを考えた上で、上手くやりきる自信はある。
けれどそれだけの労を払うことをいとわないだけの存在であるのなら、別れが惜しくなるはずで…。
…なら、一番手っ取り早いのは関わらない、縁を結ばないこと――…なわけだけれど、どうにもこの学園は相性がわる過ぎる。
実力主義の名門エリート魔法学校――…だもんなぁー……うん。最高に最あく、だ。

 

「…気を付けたいとは思ってるんですけど――…現時点で3つは寄り道確定かなーと思ってるんですよねぇ〜…」

「………もう、ですか……」

 

 気が多い――と言うと、なんとなし聞こえが悪いが、それも理由によっては悪いことではないと思う。
――ただ、今の私・・・に関しては良くない傾向、だ。
いつかは去る世界で、余計な縁を増やそうとしている――ワケなので。

 他人に対する好き嫌いが激しく、またはっきりしている――からこそなのか、私は気に入った相手に対して良くも悪くも入れ込む傾向があって。
それで誰かを潰したためしは――…今のところはない、けれど介入したがために誰かの世界の安定をぶち壊すことは多々あって――
……それで問題が起きるのもまた茶飯事だから、その都度、波を起こした首謀せきにん者として対処していた。
……そう、この予後・・が、異邦人いまの立場においてはなによりのネックだった。

 自立した後のことは自己責任――はご尤も。だけれどそれは「普通」の枠内での話。
だから私の場合は自立後の安定――の後からが、自己責任のはじまりで。
…ある意味で、コレは私が悪いといえば私が悪い。
だって気に入ったモノたいしょうの可能性を、限界ギリギリまで引き出して――「完成じりつ」とするんだから。

 時に手を引き、背を押して、支えながら到達した限界ちょうてんで、「自立ひとりだちだ」と手を離しては――そりゃあ転がり落ちもんだいがおきる。
…最近は、その辺りのことも考えて色々とやるようになったけれど、それでも不測の事態というのは起こるもの。
そうなった時、当事者が最善を尽くしてなお収拾がつかなかった時――の、最後の砦かけこみでらとして、
誰かせかい」の端っこにしばらく留まり続けている――…のが在るべきもとの世界での私の在り方だけれど……
今在るこの世界でも、安定そこまで面倒を見てあげられるのか――という心配ぎもんがあった。時間的な意味で。

 身分――よりも、実力に見合わない世界で生きることの方がずっと辛い。そしてそれは上であっても下であっても同じ。
だから――と言うわけではないけれど、不遇それ理解してしまった私は手を差し伸べて、より高みへと引っ張り上げ――過ぎる・・・
燻るのぜんしゃ磨り減るこうしゃのどちらがマシか――…おそらくこの世界においては前者だろう。
ほぼ間違いなく、後者は当事者だけが努力したって打破できない大きな壁にぶち当たる。
そしてそれを、自らの行動で打破できるのは――…。

 

 イグニハイド寮の用務員室――の奥に有る面談室。
そこで私は一人ぼーっとしていた。真っ暗なタブレット端末を前に。

 まず私の管理人マネージャー就任は、イグニハイド寮所属の用務員ゴーストたちに認められた。
…ただ、ノランさんたちと同様に「記憶はないが――」という前提ではあったけれど。
それでもこれで全寮のゴーストたちから――もとい、幽霊劇場ファンタピアの全団員から管理人マネージャーとして認められたのは一安心だった。
テストコレが、一番心配のない問題かだいだったはずなんだけどなぁー……。

 ――とはいえ、クリアした課題に再考の必要はない。
合格ラインギリギリの及第点――であったなら、色々と考えを改める必要もあるけれど、
おそらく実力不足の心配はなさそうなので、早々に次の問題かだいに取り掛かるべき――
…なのだけれど、それはどうあっても一人ではクリアできない問題ことがらだからしようがなかった。

 

「(………口上…間違えたかなぁ……)」

 

 入団テストの時に口にした口上――と言うにはまぁまぁ品の無い、
煽り文句のような台詞それを思い返しながら「配慮が欠けていた」と反省する。

 己の立場を弁えず、相手の自負を冒す台詞ことばを、傲慢に浸して撒いた――
…たぶんあの場が、ゴーストだけの集まりだったなら、何の問題もなかったと思う――けれどもあの場にいたのはゴーストだけじゃなかったワケで。
…更に言うと、うちの関係者ではない人物もいたワケで――…。

 

「………」

 

 ヘンルーダさん及び、イグニハイド寮のゴーストたちから合格を貰った――あと、
当初の予定通り私はイグニハイド寮の寮長――であり、デジタル関係の技術者としても高い技術力を持つというシュラウドさんと、
改めて話し合いの機会を設けることになっていた。

 そしてシュラウドさんが対面での話し合いを好まないということで、
シュラウドさんはタブレット端末を通して――ということになっていたのだけれど、
いくらヘンルーダさんが呼び出してもシュラウドさんはそれに応じず、結果――

 

「――ちょっと行ってきます」

 

 ――と言ってヘンルーダさんは面談室を出て行き、
面談室に残された私は――用意された紅茶を飲み干すだけの時間を一人で過ごしていた。
 

 性格が悪い――下手をすれば「ヤバい」と思われるほど、自分の性格がアレだという自覚はある。
けれどそれを覆い隠せるほどの面の皮――というか営業ネコかわというモノも、私は培っている。
…ただ今回は、それを一枚も被らずに傲慢ちょうはつを吹っ掛けたわけで――…
……はっきり言って、ドン引きどころか恐怖心を植え付けていてもおかしくはない。
…だってアレ、実力で黙らせますよ―って台詞コトだからね、要約すれば。

 落ち着いていた、平静としていた――ようで、私は十分に意気が上がっていた――興奮していた、らしい。
…我がことながら、こうなってしまうと本能任せのその場のノリ任せで行動してしまうから――…本当に参る。
…挙句、自覚なく暴走するから自制が難しいからまたこれ…!
一度暴走したら最後、今朝の一件のように外的衝撃――ゲンコツの一つももらわないと止まらないからなぁ……。

 不幸中の幸いと言うべきか、ジェームズさんはなんでも・・・・殴れるヒトのようなので、ジェームズさんが傍にいてくれれば、
どうしようもないほどまでの暴走はない――だろうけれど、基本的にジェームズさんはオンボロ寮の敷地外そとへは出ない。
ただ、ゴーストたいしつ的な問題ではないので、必要に迫られれば出ることもあるだろうけれど――
…それはそれとして、常に目付け役が必要っていうのも、いい加減いかがなものか――…て?

 不意に耳に入ったのは扉をノックする音。
部屋を出ていったヘンルーダさんが戻って来た――のであれば、おそらくこちらの返事を待たずに入ってくるはず。
――なんて思考が至ったのは扉に向かって「どうぞ」と答えたあとで。
誤魔化すようらっかんてきに「調理場担当さんかなー」とか思いながら扉を眺めていると――

 

「こんにちはー」

 

 朗らかな挨拶と共に面談室に入って来たのは一人の少年。
噂のシュラウドさんと同じく、頭部には炎のように揺らめく青い髪(?)――よりもずっと気になるのは、
彼が身にまとう物々しい――いや、ザ・未来的SFな服装、というよりもうこれは装備というのか…。

 ――とにかく、魔法の世界でお目にかかるとは思っていなかったSFきかい的な印象インパクトが強烈で。
思わずポカンと驚きの表情まぬけづらを晒していると――

 

「?」

 

 ――小首をかしげられた。…なにあれ、可愛いんですけど。

 

「…ぇえと……シュラウドさんにご用、かな?」

 

 外見からいって、おそらくシュラウドさんの関係者だろうと踏んで声をかけてみれば、
少年は一瞬きょとんとした――と思ったらまた小首をかしげた――のち、急にニコと笑みを見せると、

 

「あなたとお話に来ました!」

 

 ――と、言われた。
まったく全然脈絡もなければ意図も見えないし、そもそもこの子は誰なのかもわからない――が、彼からは悪意も害意も見ても感じ取れもしない。
であればというかまぁ可愛いからそれでいい――とか能天気なこと思っている5秒前の私ちょっとステイ。
どうやらこの子は悪意も害意もなく殺っちゃうタイプ――ヤバいファンタジー世界の住人のようですよー!!

 

「兄さんはあなたと会うことを拒絶しています。だから――お帰りください」

 

 ニコと笑顔を見せたまま、少年は声色を変えず、朗らかに――事務的に言葉を口にする。
そこに感情は乗っていない――から、当然のように敵意や拒絶の色もない。
そして更に言及するなら、それを圧し殺しているような風もない。
あくまで彼は自分の兄――おそらくシュラウドさんを助けたい一心で行動しているんだろう。

 …ただまぁ。だからこそそこに感情が乗らないのは不自然ではあるのだけれど――…今、その疑問を明らかにする必要はない。
それよりもずっと重要な、明らかにしなければならない疑問がまずあった。

 

「――その前に、一つだけ質問してもいいかな?」

「…質問?」

「うん、それがはっきりしたら、ちゃんと言われた通りに帰るから」

「――、――、――うん、わかった。いいよ、一つだけ質問を許可します――それで、あなたの質問って??」

「………どうして、シュラウドさんが私に会いたくない――拒絶しているのかが、知りたいんだ」

 

 シュラウドさんが私と会うことを拒否している――それが現実であり、全ての答えだ。普通は、たぶん。
でも、その定説じょうしきではどうにも腑に落ちない、というか納得できなかった――ヘンルーダさんの行動が。
 

 ヘンルーダさんとシュラウドさんのやり取りなんて、正直なところ一度しか見ていない――が、
それでもなんとなく彼らの関係が「寮区長と寮長」という事務的なモノではなく、もっと個人的なモノであることは明らかで。
そんな間柄にあるのであれば、もしシュラウドさんが私と関わることを本気で拒絶していたなら、
タブレットからの呼び出しを拒否した時点でヘンルーダさんは諦めていたはずだ。
…強いて邪推すれば、体面を保つためのアピールという可能性もあるけれど――だったら、もうとうの昔にヘンルーダさんはここへ戻ってきているはずだ。

 …そもそも、「やる気がない人材」なぞ不要――くらいに思ってると思うんだよね、ヘンルーダさんなら。
団員なかまに対してでさえ「セミプロ」って言い切ったくらいの意識の高さだからねぇ〜…。
……いやいや個人的にはこういうヒトの方が好きですよ?なあなあよかずっとね。
 

 どうしてシュラウドさんは私と会うことを拒絶しているのか――という私の質問に対し、
シュラウドさんを「兄さん」と呼ぶ少年はまたきょとんとした表情を見せ――また「はて?」と首をかしげる。
…この反応を見るに、ヘンルーダさんの見当は外れていなかった――どうやらシュラウドさんにはこちらに対する興味とりつくしまがあるようだ。

 

「『あんな二次元よりキマってる女王様キャラと話し合いとかムリー!』とか
『アレ絶対人の話聞かないヤツですし!絶対ブラック案件ですしー!!』って言ってたけど、
『そ、そりゃ、携わりたい気持ちは…』とか『性根は悪くないんだろうけど……』とも言ってて………」

「ほう」

「兄さんにとって、ファンタピアはトクベツなんだ」

「………トクベツ?」

「うん。僕は映像でしか見たことがないけど、兄さんは公演を見に行ったことがあるんだって。
その時のことを話してくれる兄さんは、とっても楽しそうだったんだ――がけものライブを見終わったあとみたいに!」

「…………、……が、けも??」

 

 ファンタピアでの公演を、シュラウドさんは見たことがある――というのは驚きだった。
が、それよりも引っ掛かったのはファンタピアそれと同等にシュラウドさんを楽しませるという「がけも」のライブ。

 …おそらくアーティスト――…たぶんアイドルかなにかなのだろうけれど………そうなると、なにか合点がいかない。
…いや、アイドル文化にケチをつける気はさらさらないし、その価値だって強みだって素晴らしさだって理解している――
――が、一緒にされるにはあまりに毛色が違いすぎません??
 

 知らぬ単語に今度は私が首を傾げれば、
弟くんは「ちょっと待ってね」と言うとテーブルの上に置いてあったタブレットを手に取ると、それを慣れた様子で操作する。
するとふとタブレットから歓声のボリューム大きめの音楽が流れ出して――「はい」と言って弟くんがタブレットを手渡してくれた。

 そして手渡されたタブレットに表示されていた映像は、華やかな衣装に身を包んだ三人の女の子が、
歓声・・応援・・を受けながら全力で歌い、そして踊っている――実にわかりやすい、女性アイドルグループのライブ映像、だった。
…うん。なんというか、その魅力のようなものは理解するけれど――…

 

「………ぁ゛〜〜ン…?」

 

 何度も言うようだけれど、アイドルという芸能モノに対してつけるケチはない。
正統派メジャーも、個性派アングラも、地方ローカルも、それぞれの良さとニーズがあるから成立している、列記とした芸能の一様。
歴史が浅いだの、重みがないだのと、しょーもない理屈で存在かちを認めないロートル連中と一緒にされるのは非常に遺憾――
――だが、コレがファンタピアの公演とイコールになるというのは些か納得がいかない。
クオリティの問題――ではなく、感動げいのうの方向性、という意味で。

 

「……ぇと、シュラウドさんが私に会いたくない理由は――…わからない、ってことでいいかな、とりあえず」

「そう…だね、僕には判断できないから、兄さんに訊いてくる――」

「――はしなくていいので、前提やくそくを変えましょう」

「…約束を?」

「ええ、私がここを去る条件やくそくを『シュラウドさんが私に会いたくない理由』――ではなく、『ファンタピアの映像を見せる』に変えましょう」

「………え?」

「……そうですね、もっと簡単・・に言うと――映像を見るための機材を貸して欲しいんです……」

「ぇぇえー??」

 

■あとがき
 他人と関わることを避ける割に、他人にちょっかい出したがる――めんどうくせぇ夢主です(笑)
余計な摩擦を避けたいが、興味を持った存在には構いたい――というハナシなので、要は身勝手なのです(汗笑)
 オルトくんは素直が過ぎて、兄さんに害成す輩は笑顔で迷いなく殺っちゃう印象(笑)でも、素直故に一度はお話聞いてくれる良い子なのでは、とも思っております。