気が多い――と言うと、なんとなし聞こえが悪いが、それも理由によっては悪いことではないと思う。
――ただ、今の私に関しては良くない傾向、だ。
いつかは去る世界で、余計な縁を増やそうとしている――ワケなので。
他人に対する好き嫌いが激しく、またはっきりしている――からこそなのか、私は気に入った相手に対して良くも悪くも入れ込む傾向があって。
それで誰かを潰したためしは――…今のところはない、けれど介入したがために誰かの世界の安定をぶち壊すことは多々あって――
……それで問題が起きるのもまた茶飯事だから、その都度、波を起こした首謀者として対処していた。
……そう、この予後が、異邦人の立場においてはなによりのネックだった。
自立した後のことは自己責任――はご尤も。だけれどそれは「普通」の枠内での話。
だから私の場合は自立後の安定――の後からが、自己責任のはじまりで。
…ある意味で、コレは私が悪いといえば私が悪い。
だって気に入ったモノの可能性を、限界ギリギリまで引き出して――「完成」とするんだから。
時に手を引き、背を押して、支えながら到達した限界で、「自立だ」と手を離しては――そりゃあ転がり落ちる。
…最近は、その辺りのことも考えて色々とやるようになったけれど、それでも不測の事態というのは起こるもの。
そうなった時、当事者が最善を尽くしてなお収拾がつかなかった時――の、最後の砦として、
「誰か」の端っこにしばらく留まり続けている――…のが在るべき世界での私の在り方だけれど……
…今在る世界でも、安定まで面倒を見てあげられるのか――という心配があった。時間的な意味で。
身分――よりも、実力に見合わない世界で生きることの方がずっと辛い。そしてそれは上であっても下であっても同じ。
だから――と言うわけではないけれど、不遇を理解してしまった私は手を差し伸べて、より高みへと引っ張り上げ――過ぎる。
燻るのと磨り減るのどちらがマシか――…おそらくこの世界においては前者だろう。
ほぼ間違いなく、後者は当事者だけが努力したって打破できない大きな壁にぶち当たる。
そしてそれを、自らの行動で打破できるのは――…。
イグニハイド寮の用務員室――の奥に有る面談室。
そこで私は一人ぼーっとしていた。真っ暗なタブレット端末を前に。
まず私の管理人就任は、イグニハイド寮所属の用務員たちに認められた。
…ただ、ノランさんたちと同様に「記憶はないが――」という前提ではあったけれど。
それでもこれで全寮のゴーストたちから――もとい、幽霊劇場の全団員から管理人として認められたのは一安心だった。
…テストが、一番心配のない問題だったはずなんだけどなぁー……。
――とはいえ、クリアした課題に再考の必要はない。
合格ラインギリギリの及第点――であったなら、色々と考えを改める必要もあるけれど、
おそらく実力不足の心配はなさそうなので、早々に次の問題に取り掛かるべき――
…なのだけれど、それはどうあっても一人ではクリアできない問題だからしようがなかった。
「(………口上…間違えたかなぁ……)」
入団テストの時に口にした口上――と言うにはまぁまぁ品の無い、
煽り文句のような台詞を思い返しながら「配慮が欠けていた」と反省する。
己の立場を弁えず、相手の自負を冒す台詞を、傲慢に浸して撒いた――
…たぶんあの場が、ゴーストだけの集まりだったなら、何の問題もなかったと思う――けれどもあの場にいたのはゴーストだけじゃなかったワケで。
…更に言うと、兄の関係者ではない人物もいたワケで――…。
「………」
ヘンルーダさん及び、イグニハイド寮のゴーストたちから合格を貰った――あと、
当初の予定通り私はイグニハイド寮の寮長――であり、デジタル関係の技術者としても高い技術力を持つというシュラウドさんと、
改めて話し合いの機会を設けることになっていた。
そしてシュラウドさんが対面での話し合いを好まないということで、
シュラウドさんはタブレット端末を通して――ということになっていたのだけれど、
いくらヘンルーダさんが呼び出してもシュラウドさんはそれに応じず、結果――
「――ちょっと行ってきます」
――と言ってヘンルーダさんは面談室を出て行き、
面談室に残された私は――用意された紅茶を飲み干すだけの時間を一人で過ごしていた。
性格が悪い――下手をすれば「ヤバい」と思われるほど、自分の性格がアレだという自覚はある。
けれどそれを覆い隠せるほどの面の皮――というか営業の面というモノも、私は培っている。
…ただ今回は、それを一枚も被らずに傲慢を吹っ掛けたわけで――…
……はっきり言って、ドン引きどころか恐怖心を植え付けていてもおかしくはない。
…だってアレ、実力で黙らせますよ―って台詞だからね、要約すれば。
落ち着いていた、平静としていた――ようで、私は十分に意気が上がっていた――興奮していた、らしい。
…我がことながら、こうなってしまうと本能任せのその場のノリ任せで行動してしまうから――…本当に参る。
…挙句、自覚なく暴走するから自制が難しいからまたこれ…!
一度暴走したら最後、今朝の一件のように外的衝撃――ゲンコツの一つももらわないと止まらないからなぁ……。
不幸中の幸いと言うべきか、ジェームズさんはなんでも殴れるヒトのようなので、ジェームズさんが傍にいてくれれば、
どうしようもないほどまでの暴走はない――だろうけれど、基本的にジェームズさんはオンボロ寮の敷地外へは出ない。
ただ、ゴースト的な問題ではないので、必要に迫られれば出ることもあるだろうけれど――
…それはそれとして、常に目付け役が必要っていうのも、いい加減いかがなものか――…て?
不意に耳に入ったのは扉をノックする音。
部屋を出ていったヘンルーダさんが戻って来た――のであれば、おそらくこちらの返事を待たずに入ってくるはず。
――なんて思考が至ったのは扉に向かって「どうぞ」と答えたあとで。
誤魔化すように「調理場担当さんかなー」とか思いながら扉を眺めていると――
「こんにちはー」
朗らかな挨拶と共に面談室に入って来たのは一人の少年。
噂のシュラウドさんと同じく、頭部には炎のように揺らめく青い髪(?)――よりもずっと気になるのは、
彼が身にまとう物々しい――いや、ザ・未来的な服装、というよりもうこれは装備というのか…。
――とにかく、魔法の世界でお目にかかるとは思っていなかったSF的な印象が強烈で。
思わずポカンと驚きの表情を晒していると――
「?」
――小首をかしげられた。…なにあれ、可愛いんですけど。
「…ぇえと……シュラウドさんにご用、かな?」
外見からいって、おそらくシュラウドさんの関係者だろうと踏んで声をかけてみれば、
少年は一瞬きょとんとした――と思ったらまた小首をかしげた――のち、急にニコと笑みを見せると、
「あなたとお話に来ました!」
――と、言われた。
まったく全然脈絡もなければ意図も見えないし、そもそもこの子は誰なのかもわからない――が、彼からは悪意も害意も見ても感じ取れもしない。
であればというかまぁ可愛いからそれでいい――とか能天気なこと思っている5秒前の私ちょっとステイ。
どうやらこの子は悪意も害意もなく殺っちゃうタイプ――ヤバい世界の住人のようですよー!!
「兄さんはあなたと会うことを拒絶しています。だから――お帰りください」
ニコと笑顔を見せたまま、少年は声色を変えず、朗らかに――事務的に言葉を口にする。
そこに感情は乗っていない――から、当然のように敵意や拒絶の色もない。
そして更に言及するなら、それを圧し殺しているような風もない。
あくまで彼は自分の兄――おそらくシュラウドさんを助けたい一心で行動しているんだろう。
…ただまぁ。だからこそそこに感情が乗らないのは不自然ではあるのだけれど――…今、その疑問を明らかにする必要はない。
それよりもずっと重要な、明らかにしなければならない疑問がまずあった。
「――その前に、一つだけ質問してもいいかな?」
「…質問?」
「うん、それがはっきりしたら、ちゃんと言われた通りに帰るから」
「――、――、――うん、わかった。いいよ、一つだけ質問を許可します――それで、あなたの質問って??」
「………どうして、シュラウドさんが私に会いたくない――拒絶しているのかが、知りたいんだ」
シュラウドさんが私と会うことを拒否している――それが現実であり、全ての答えだ。普通は、たぶん。
でも、その定説ではどうにも腑に落ちない、というか納得できなかった――ヘンルーダさんの行動が。
ヘンルーダさんとシュラウドさんのやり取りなんて、正直なところ一度しか見ていない――が、
それでもなんとなく彼らの関係が「寮区長と寮長」という事務的なモノではなく、もっと個人的なモノであることは明らかで。
そんな間柄にあるのであれば、もしシュラウドさんが私と関わることを本気で拒絶していたなら、
タブレットからの呼び出しを拒否した時点でヘンルーダさんは諦めていたはずだ。
…強いて邪推すれば、体面を保つためのアピールという可能性もあるけれど――だったら、もうとうの昔にヘンルーダさんはここへ戻ってきているはずだ。
…そもそも、「やる気がない人材」なぞ不要――くらいに思ってると思うんだよね、ヘンルーダさんなら。
団員に対してでさえ「セミプロ」って言い切ったくらいの意識の高さだからねぇ〜…。
……いやいや個人的にはこういうヒトの方が好きですよ?なあなあよかずっとね。
どうしてシュラウドさんは私と会うことを拒絶しているのか――という私の質問に対し、
シュラウドさんを「兄さん」と呼ぶ少年はまたきょとんとした表情を見せ――また「はて?」と首をかしげる。
…この反応を見るに、ヘンルーダさんの見当は外れていなかった――どうやらシュラウドさんにはこちらに対する興味があるようだ。
「『あんな二次元よりキマってる女王様キャラと話し合いとかムリー!』とか
『アレ絶対人の話聞かないヤツですし!絶対ブラック案件ですしー!!』って言ってたけど、
『そ、そりゃ、携わりたい気持ちは…』とか『性根は悪くないんだろうけど……』とも言ってて………」
「ほう」
「兄さんにとって、ファンタピアはトクベツなんだ」
「………トクベツ?」
「うん。僕は映像でしか見たことがないけど、兄さんは公演を見に行ったことがあるんだって。
その時のことを話してくれる兄さんは、とっても楽しそうだったんだ――がけものライブを見終わったあとみたいに!」
「…………、……が、けも??」
ファンタピアでの公演を、シュラウドさんは見たことがある――というのは驚きだった。
が、それよりも引っ掛かったのはファンタピアと同等にシュラウドさんを楽しませるという「がけも」のライブ。
…おそらくアーティスト――…たぶんアイドルかなにかなのだろうけれど………そうなると、なにか合点がいかない。
…いや、アイドル文化にケチをつける気はさらさらないし、その価値だって強みだって素晴らしさだって理解している――
――が、一緒にされるにはあまりに毛色が違いすぎません??
知らぬ単語に今度は私が首を傾げれば、
弟くんは「ちょっと待ってね」と言うとテーブルの上に置いてあったタブレットを手に取ると、それを慣れた様子で操作する。
するとふとタブレットから歓声のボリューム大きめの音楽が流れ出して――「はい」と言って弟くんがタブレットを手渡してくれた。
そして手渡されたタブレットに表示されていた映像は、華やかな衣装に身を包んだ三人の女の子が、
歓声と応援を受けながら全力で歌い、そして踊っている――実にわかりやすい、女性アイドルグループのライブ映像、だった。
…うん。なんというか、その魅力のようなものは理解するけれど――…
「………ぁ゛〜〜ン…?」
何度も言うようだけれど、アイドルという芸能に対してつけるケチはない。
正統派も、個性派も、地方も、それぞれの良さとニーズがあるから成立している、列記とした芸能の一様。
歴史が浅いだの、重みがないだのと、しょーもない理屈で存在を認めないロートル連中と一緒にされるのは非常に遺憾――
――だが、コレがファンタピアの公演とイコールになるというのは些か納得がいかない。
クオリティの問題――ではなく、感動の方向性、という意味で。
「……ぇと、シュラウドさんが私に会いたくない理由は――…わからない、ってことでいいかな、とりあえず」
「そう…だね、僕には判断できないから、兄さんに訊いてくる――」
「――はしなくていいので、前提を変えましょう」
「…約束を?」
「ええ、私がここを去る条件を『シュラウドさんが私に会いたくない理由』――ではなく、『ファンタピアの映像を見せる』に変えましょう」
「………え?」
「……そうですね、もっと簡単に言うと――映像を見るための機材を貸して欲しいんです……」
「ぇぇえー??」
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