ヘンルーダさんは言った。ゴーストの中にデジタルに強いモノはいない、と。
でもそれに、文句や不満というものはない。デジタル技術は適性――と同時に、謎の「好き好き」というものがある。
だからその好みに対して文句を漏らすのはいささか横暴――…これが会社の中の話となれば、
賃金が絡んでくるので強制力が発生するけれど、彼らの場合は仕事に関わるコトじゃないからどうもこうもない。
…とはいえ、テレビとレコーダーくらいはあって欲しかった…!
照明が一つも灯らない暗い会議室の一番奥、
そこに設置されている大きなスクリーンに映し出されているのは――
「…」
――オーケストラの演奏に合わせ、
煌びやかな衣装をまとい舞い踊るゴーストたちの姿、だった。
なぜシュラウドさんは私を拒絶するのか――という疑問の答えを得たら帰る、という約束を、
映像記録を見るための機材一式を貸してもらえたら帰る、というモノに変えた――ら、
私に退去勧告をした少年――シュラウドさんの弟だというオルトくんが「じゃあ」と応じてくれた。
…正直、「じゃあ?」と最初は内心で首を傾げた――けれど、コレはこれでありがたい変更だった。
テレビなどよりも大きなスクリーンで、なおかつテレビのレベルなど軽く凌駕する音響で――
――ずっと見て見たかった「公演」を見ることができたのだから。
オンボロ寮に、ファンタピアにおける公演の記録映像は――ある。
こけら落としのソレから、内輪だけのちょっとしたモノ――そしてヘンルーダさんが言っていた閉鎖後の内輪モノまで、おそらくすべての公演を網羅していた。
そう、公演の映像の全てが、兄さんの部屋に保管されている――…のだけれども、
どうにもこうにもそれを観るための機材が、オンボロ寮にはなかった。
…因みに、ジェームズさんたちが過去の公演を観たくなった時には――校舎の視聴覚室で鑑賞会をするんだそうな。
それはそれでとっても楽しそうだけどね!
データはあるのに、それを観ることができない――…そのもどかしさたるや筆舌に尽くしがたく…!
…そんなもどかしさに苛まれた――のは、厳密なところたった数時間といった程度だったのだけれど、過去の公演を観たいという熱量に違いはなくて。
期待に踊る心を体面で押し殺し、オルトくんが好きだという公演を、平静を装いオルトくんと一緒に観はじめた――
――ら、ウソが真以上の現実を呼んでいた。
「(確かに凄い。演奏もダンスも、それに衣装やセットだってクオリティは確かに高い――…から、演出が単純だ)」
スクリーンに映し出される映像は、
画面という小さい枠の中にあっても引き込む魅力を失わない、極めてクオリティの高いモノだった――
…が、だからこその「傲慢」が見て取れる映像でもあった。
良いものを使えば良いものができる――なんて発想は「傲慢」ではなく「怠惰」。
良いものを使ったところで、組み合わせや構成を間違えれば、いくら優れた素材だろうとマイナスの成果を生む。
…ただ、今私が見ている公演のソレはあくまで「傲慢」から成る発想だ。
公演のクオリティだけで、観客を魅了しようとしている――のだから。
カメラワークはともかくとして、演出――照明のド直球さには、正直ちょっと引く。
…ただまぁ、この程度でこれだけの魅力を帯びている――という規格外のクオリティに、っていうのが厳密なところではあるけれど…。
「(…やっぱり、次代が並ぶには演出で差別化するしかない……か)」
ヘンルーダさん曰く、最盛の団員の多くは他所へ流れてしまったという。
そして今現在、団員として在籍しているメンバーの多くは、無料公演しか経験したことがない――セミプロ程度、だという。
――ただ、ノランさんの口ぶりからして、その意識は素人のモノではないんだろう。
…ヘンルーダさんの言う「古株」の指導か何かによって。
――であれば、技術的な部分はおそらく公演を重ねることで、きっと磨かれていく。
だからとにかく腐ることをせず、真摯に公演を続けていけば、いずれ私たちの芸術は認められる――
…だろうが、「いつか」では困るのだ。初演で、認められなくては。
「――――」
急速に、思考が狭まっている――のが、自分でもわかる。これはアレ――焦っている、というヤツだ。
生まれてこの方、ここまでの焦りを覚えたことはない――…恐怖とか不安とかならよくあったけどね?
双子の弟が割と生死の境をさまよう子だったモンでね??
弟が体調を崩し、面会を謝絶された時――に湧き出す不安と、コレは似ているけれど、
問題の可不可を握るのが自分自身である時点で、他力本願な不安なんてものは存在しない。
問題は祈ってどうにかなるモノじゃない、課題をどうにかできる――いや、どうにかしなくてはらないのは自分の都合――
――である以上、全ての不安の責任は私にある。
…変な話、焦りは自分の意識の高さから端を発するプレッシャーが原因で、
これは完全に自分で自分の首を絞めている状況――…なわけだけれど、残念ながらこれが私という生き者の本質で。
安易に本質を捨てては、私が私でなくなる――と同時に、私を肯定してくれる人たちの信頼を裏切ることになる。
…異世界で、その禁を犯したところで、私の犯した愚が彼らに知れることはない――けれど、間違いなく兄さんには知れる。
現状、誰よりも信用を得たいと思っている相手――にピンポイントで、だ。
「(…やるしかない――…認めさせるしかない、でしょ――もう、守られるだけの妹じゃないんだから)」
魔法も使えずになに言ってんだ――という話ではあるけれど、不幸中の幸いというべきか、この世界には魔法を使えない人間が存在する。
そしてその人々は、必ずしも低い地位、立場にいるかと言えばそういう道理でもない――
――のであれば、甘えた立場に収まっている道理がなかった。私には。
「…オルトくん」
「ん?どうしたの?」
「お話、してもいいかな?」
「……うん!いいよ!」
オルトくんの様子を見て、頃合いを見て話しかけた――のだけれど、それでも若干驚かれた、というのか首を傾げられてしまった。
ただ、驚きはしたけれど、私と話すこと自体に抵抗感や嫌悪はないようで、私の提案にオルトくんは笑顔で応じてくれた。
…正直、それに今度は私が首をかしげる――ところをぐっと堪えて、私はオルトくんに話題を振った。
「この公演の、好きなところってどこかな?」
「――好きなところ、はね――ダンスの正確性と規則性かな!」
「……ほう?」
「ほら、移動しても左右対称で、動きのズレもほとんどないでしょ?
フォーメーションもランダムな動きが無くて、パズルのピースみたいに動くのが――僕は好きなんだ!」
「ぁあなるほど……規則性、かぁ……」
舞台の上で踊るダンサーたちの動きは、オルトくんの言う通り規則的――ロボットの如く統率の取れた一糸乱れぬ一団の動きで。
これは相当の練習を重ねなければ到達できない完成度――…ではあるのだけれど、
極めて個人的なダンスの好みの問題で、私の琴線に規則性が触れることはなかった――だけれど、
よく考えれば「コレ」は西洋文化圏向けのショーとしてはかなり間違いない、気がした。
「……でもこれの再現となると練習時間が……なぁ…」
「…ああそっか、人間には難しい――よね」
「………そう…だね。ここまで仕上げるには、並大抵の努力じゃ足りないね――…だから、の付加価値がつくワケだけど……」
「…『だから』?」
「人には難しいことを完璧にやり遂げている――っていう驚きと、それを可能にした要素へ対する感心、だね。
…芸術性に対する評価じゃなくて、精神的な評価――『凄い』って感動に繋がる要素、ってところかな」
努力を評価しろ――というのは、芸術家としてとんでもない怠慢――ではあるけれど、
精神的、心理的な部分に対するアプローチについては――……意見が分かれるところ…。
ソレを含めての構想であり表現、そして工夫であるならそれは、監督もしくはプロデューサーの評価されるべき手腕だ。
…ただ、それに甘えているだけ――であれば、それは秒で見限るところだが。
わざわざ意識の低い連中を囲うほど、実家は人材に困っていない――とかいう話じゃないし、そも世界が違う。
今問題なのは私が「精神的評価」という禁断の果実に手を出すか否か――
――って、出さないよ!どれほど切羽詰まってもソコには手を出しませんよ!!襤褸を着ても心は錦――の精神ですよ!
策がある上で悪手を打つならとにかく、捨て鉢で悪手に手を染める――なんて、私にとっては総てをドブに捨てるも同じ行為だってんです…!
「…そっか、『芸術』は精神活動だからそういう要素も関わってくるんだね」
「…ただ、そこは人の理屈で計算できる要素――だからね。
あくまで付加価値――芸術性の評価に作用する要素ではないんだよねぇ〜…」
「?? どういうこと??」
「…分かる表現者にとっては、ある意味で当たり前なんだよね、芸術が困難の上に成り立っている――なんて。
だから前提としてある『苦労』は、芸術の評価に影響しない――…本物の審美眼は、どんな要素にも曇らないからねェ〜…」
本物の審美眼とは、たとえどんなフィルターを通したとしても、フラットな美を見抜く――…良くも悪くも。
それは、芸術家という観点で言えば非常に好ましい――が、経営者という立場で言えば、まぁとんでもなく煩わしい。
芸術家が欲しいのは正当な評価だが、経営者が欲しいのは評判――という名の利益だ。
だから忖度どころか付加価値さえ度外視する、真の芸術家というのは――…厄介なのだ。経営者にとっては。
「…うん。やっぱり要るな――強みが」
「…武器?ぇえ?誰かと戦うの??」
「うーん…そうだね、…先代という幻影と――かなぁ…」
武器という物騒な単語に反応したオルトくんに、
苦笑いしながら嘘じゃないけど飾った答えを返す――と、オルトくんは「ゴースト?」と言って首を傾げた。
…うんまぁ、確かに相手はゴーストはゴーストだよね。実物的な意味でも。
………あれ?でも――ゴーストだけ、なのか??出演者は。
「……オルトくん、の知っている限りで教えて欲しいんだけど――…ファンタピアの公演に、ゴースト以外が出演することって…あったかな?」
「うん、あるよ――…ただ、兄さんのライブラリにはデータがないんだ――」
「――労を払わずして我が芸術を楽しもうなどとは不敬なり。
…というのが、かつてのファンタピアにおける看板歌手の『気格』というモノ――
――で、その方針から彼が出演した公演は全て記録用以外には映像を残しても、配信してもいないんです」
「っ…ヘンルーダ――…さん?………えと…なんでしょう…その状況………」
後ろから聞こえた聞き馴染みのある声に、イスから立ち上がると同時に振り返る――
――と、そこには声の主であるヘンルーダさん――と、ゴーストたちにびっしりとまとわりつかれているシュラウドさんの姿が…。
……せめて、シュラウドさんが物理的に抵抗していたならまだよかったのだけれど――…これはたぶんゴーストたちに憑りつかれて金縛り状態……。
…ってことはほぼ間違いなくシュラウドさんは、最終手段の実力行使でヘンルーダさんたちによってここまで強制連行されたんだろう。
………それだけ、ヘンルーダさんはシュラウドさんを見込んでいる――…ってことなんだろうけど、
……とはいえコレはちょっとやりすぎなような気も…。
「…いつまで経ってもイデア・シュラウドが腹を括らないので、我々全員の『いい加減にしろ』により――引きずり出しました」
「えーと………その、『引きずり出す』…は、お節介――…なんですかね?」
「ッ!!?」
ヘンルーダさんたちの実力行使による強制連行を「お節介」と形容する――と、シュラウドさんの目が「ハァ?!」とでも言うかのように見開かれる。
…まぁ確かに、この惨状を見て「お節介」なんて的っ外れもいいところな単語を持ち出してるんだから、シュラウドさんのリアクションはご尤も――
…ただ彼は今、大切なモノを一つ見落としている。…………あ、見つけた。
「ッ――!!ッッ――!!」
「――、――、――ヘルさん!兄さんのバイタルがレッドラインに!」
「……それはお前のフォローに感動してるから――であって俺たちは何もしていない」
「ッー!!ッッー!!!」
「――もう!感動だったら兄さんは赤くならないよー!」
…なんというか、改めてここはファンタジーの世界なんだなーと思う。
ゴースト――はともかく、炎のような髪(?)を持つ人間に、機械を纏い浮遊する少年に――感情によって髪の色が変化する青年。
…つい数時間前まで一緒にいた人物たちが生物的には普通だっただけに、うっかりというかすっかりというかで認識が薄れていたけれど――
――ここは、間違いなく魔法の世界なのだと改めて実感した。
前提が大きく違っているのだから、元の世界の「常識」なんて一切通用しない――訳はない。
知性と理性を持つ人間の行き着く社会性なんて、たぶん異世界へ行っても大体同じ――
――で、それが大多数であればそれに寄り、倣うのが生き残る「それ以外」というモノ。
――なら、どんな世界であろうと私の生き方は変わらない。
だって私は、どこに在っても異物であることには変わりないんだから――。
「――はい。みなさん、シュラウドさんから速やかに離れてください」
場を清める要領で拍手を一つ打つ――と、それになにか感じる部分があったようで、
シュラウドさんにまとわりついていたゴーストたちが、私の言葉に倣うようにして速やかにシュラウドさんから離れ――ヘンルーダさんの後ろに整列する。
…正直、そこまでされると「女王様」のイメージが更に固定されてしまうと思う――…のだけれど、実際統率者気質なんだから隠したって仕方がない。
それに、その相手がこれから一緒に「仕事」をする仲間――だというなら尚更だ。
「――オルトくん」
「…え?僕??」
「ええ、オルトくんにお願い事です――最初の質問の答えを、シュラウドさんから訊いて来てもらえませんか?」
「――、――、――――うん。了解!」
「ッ…?!」
私の要求に笑顔で応じるオルトくん――に、シュラウドさんはビクンと大きく体を跳ねさせ、血色がいいとは言えない白い顔を青くする。
だけれどそんなシュラウドさんのリアクションを何とも思っていないらしいオルトくんは、
意気揚々とお願いをひっさげシュラウドさんの元へ向かう――すんでのところで、私は「では」と切り出した。
「その答えは後日、教えてくださいね。
ヘンルーダさんを通してでもいいですし、お邪魔してもいいなら答えを聞きにこちらから出向きますし」
「…マネージャー……」
「確かに、技術者の確保は急務ですけど、こちらの演目も固まってない――
――以前に、ヘンルーダさんの評価が私の想像よりも辛口だったら、当初の算段通りまだ試験演目、ですよ?」
「………」
シュラウドさんに対して考える時間を与えた私に、ヘンルーダさんは咎めるように私を呼ぶ――
――けれど、目の前の問題を持ち出せば、不満げなオーラは出しているものの、
反論も何もなくただため息をついて――「わかりました」とヘンルーダさんは引き下がった。
「では、今回はこれで解散――
…なんですけど、もう一本くらい公演を見せてもらいたいなーと思うのですが……どうでしょう?」
「………」
「……」
「――じゃあ!次は兄さんが一番好きな『春山の一夜』だね!」
「ッ――…ちょっ……!ォ、ォ……!オルトさーん………?!」
「……自らを陰キャと言う割に、好きな演目は陽キャ属性というか陽気というか…」
「ハハハ!ヘル部長と一緒で無いものねだりってヤツじゃないッスかー?」
「……………」
「おバカ…!なんでみんな黙ってることをわざわざ言うんだよお前は…!」
「………」
「バッ…!?ぶ、部長!自分もイグニハイド寮出身の技術屋で過労死勢ですけど――音楽は明るい方が好きですよ!」
「ぇ、あ、じ、自分は技術屋ではないんですが………社畜の過労死勢で――ポップス大好きです!!」
ヘンルーダさんの背後で揺らめく怒りに、慌てた様子で部下のゴーストたちがフォロー――
――という名の、生前+死因+音楽の趣味を次々に口にする。
ヘンルーダさんの周りにワーワーと集まるゴーストたちに、
それだけヘンルーダさんが彼らに慕われているのだと思うと、見ていてなんとも微笑ましい――………の、だけれど……も…。
「…………――はぁー……」
「…え、部長??」
「な、なんで急にため息…」
「…なんで、じゃないだろ……。…お前らの趣味趣向を語るのはいいが、生前の話はやめろ。
…またマネージャーが…ゴーストたちの存在に迷うだろうがッ」
「「「ぇええー???」」」
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