「はぁ……決闘、ですか…」
イグニハイド寮での楽しい――けれど無情な現実を叩きつけられた鑑賞会を終え、
オンボロ寮に戻って夕食の準備をしていた調理場担当を手伝って、出来上がった料理を寮生+αで配膳し、
全員で「いただきます」と食事をはじめ――て、ものの数分で振られた話題は「決闘」なんて物騒な話題だった。
…ただまぁ、学園長の立ち合いの下で行われる正式な決闘だと言うのだから、
おそらく「物騒」なものではない――正式であっても試合でしかない、ようだけれど。
「魔法以外の攻撃は使用禁止――…ですかぁ…」
「……正直言って、ローズハートのユニーク魔法とこの学園の決闘は相性が良い…。
…もちろん、防衛魔法の基礎を収め、その修練を積めば防衛は可能ですが――…彼らには無理でしょう。現状では」
「「………」」
無情というか、無慈悲というかなジェームズさんの見解から、寮長殿に勝利するのは「無理」と断言されてしまったトラッポラくん&スペードくん。
だけれどそのジェームズさんの意見に対し、彼らは反論というものを一切しなかった。
…実力差というのか、分の悪さというのか…そういうものを理解しているというのは大変よろしいが、
理解してなお挑もうとするあたり――……なんと言うべきか…。
一応、彼らの無謀さ、無鉄砲さにはなんとなし、好感を持ってはいる。
だから彼らに手を差し伸べることも、その手を引くこともやぶさかではない――し、
そもそも寮長殿の生き方は超個人的に気に障るので、その崩壊は私としても願ったり叶ったりではあって。
――ただ、だからといって私まで無謀の無鉄砲で行動を起こすわけにはいかないのである。
年上だから、脳動要員だから――とかではなく、私の行動は暴力的にして、否定というリスクを伴うのだ。
他人の人格形成――ならまだしも、場合によっては人生にまで波紋通り越して大波を生むことさえあった――のだから、無暗な手出しは禁物だ。
……ココが、私の故郷だったなら、また前提も変わってくるのだけれど――
「……とにかく、一人じゃあどーともならないのは確定ですね――
…数ヶ月、修行的なことをすれば、道は見えてくるかもですが……」
「…ある意味、現実的ではありますが――…現実味はないですね…」
「…………失礼を承知で言っちゃうんですが――…ジェームズさん、意外と言葉遊びがお上手ですよね」
「………部下だの敵だのに口達者なモノが多かったので…」
私の失礼な誉め言葉に、ジェームズさんはため息を吐きながら自身の言葉遊びを培った要因を口にする。
そしてそこで私の脳裏に浮かんだのは個性豊かな寮区長たち――…うん…アレは……確かに鍛えられそうですね…。
…でも実践が一番の上達法ではあるんだよねぇー……生き者相手のコトだけに。
「……相手の有利を削る…のは、無理そう――
…であれば、こちらの有利を、相手の不利を演出する――…のが実践的、でしょうかねぇ…」
「…ローズハート寮長の不利、を??」
「…事前に相手にハンデを科すのはルール違反――…なのに実践的ってなんだよ」
「この場合の指すハンデとは『魔法士としての能力』に関わるコト――
――であって、人間的な部分に対するハンデについては指していない――ですよね?」
「…ええ。そういった点については公式には言及されていません…」
「…………」
「…なんです?トラブッタくん」
「……………」
私が言わんとするところ――「不利の演出」が指す所に見当がついたらしく、
私を見るトラッポラくんの表情はまぁ迷惑そうというか「お前こそトラブルメイカーだろ」と言いたげ。
…でも、その本音を口に出さずにいるところを見ると、
本気で現状を打破するためには、本気で寮長殿に勝つためにはそれもやむを得ない手段だ――という自覚はあるようだ。
……なんだろうなぁ…。段々トラッポラくんの方がかわいく思えてきたなぁ。
「っだぁー!もう!!そのニヤニヤ顔やめろよなー!!」
「いやぁ申し訳ない――…まるで昔の自分を見ているようだったので」
「………ハァ?!」
「――ふふ、トラッポラくんが思っているほど、私は大物じゃないってことですよ――…普段はね」
「っ…」
「普段は」と付け足した私に、険しい表情をわずかに怖れで歪ませ、トラッポラくんは迷惑そうな非難の視線を向けてくる。
そのトラッポラくんの反応がついつい愉しくて、思わずニヤと笑みを漏らしてしまう――と、
当然のように「やっぱアンタ嫌い!」とトラッポラくんから何度目になるやらの嫌い宣言を受けてしまった。
…ただ残念ながら、それさえも私は愉しみ始めている――ので、
トラッポラくんには申し訳ないけれど、彼の拒絶はまったく全然本来の意味を成しておらず――
「っ…!…!っっ…!!」
ニヤニヤ笑う私をトラッポラくんは今にもとびかかってきそうな表情で睨む――
――が、声にならない息を漏らすだけで、自身の中で沸き上がり、そして蓄積している怒りを感情に任せてぶちまけ――そうな風はなかった。
…どうやら、やっぱり私とトラッポラくんは近いモノがあるようで――
…となると、そりゃあトラッポラくんにとって私の存在は面白くないことこの上ないだろう。
そして更に言及すれば、私の考えに察しが付く分なおさら面白くない、というか癪に障ることだろう。
――ただ、だからって完全には拒絶しきれない辺りが――実に共感できた。
「――…とはいえ、不利の演出も短期間では難しい大仕事なんですけどねぇ。
…内部にコネもツテも無いですし――…やりすぎると色々後が面倒ですし…」
「ぁ、あの…さん?な、なにを…というか、その…寮長さんの『不利』っていうのは……?」
「……………」
「あ、あの??」
「………いえ、ユウさんを前にしてコレを提案するのは良心が痛むな、と」
「……アンタに良心なんてあったのかよ」
「おや、良心があるから寮から放逐されたノラ子猫二匹を拾って、
食事と寝床まで与えてるんじゃないですか――…まぁ、ユウさんの手前、というのも多分にありますけど」
「………」
「エース、さんに突っかかっても仕方ないぞ」
ポンとトラッポラくんの肩を叩き、彼を宥める――ようでただどストレートに現実を叩きつけただけのスペードくん。
その、なんともしようのない真っ直ぐ加減にトラッポラくんの心に生えていたトゲ――は、不思議と抜けてしまったようで、
不貞腐れた様子「うるせーなぁ」とトラッポラくんは悪態を漏らした――ものの、明らかに「怒り」というものは薄らいた。
…そしてそれを、スペードくんも感じ取っているようで、トラッポラくんの悪態にそれこそ突っかかることなく――
「使える手があるなら使わなきゃ、戦う意味ないっす!」
――と、真っ直ぐ私を見て言ってくるのだから堪ったモノじゃない。
…いやはやなんだろうな、この少年たち…。おねーさんの琴線にべたべた触り過ぎじゃあないかねぇ?
まぁあくまで一番はユウさん――だけれど、それ故に彼女の友人である彼らも庇護対象というのかなんというのか……。
…ぁあもう、本当に私って気が多いなぁー……。
「…先に、確認しておきますが――
…お二人とも、自分に枷を嵌めた寮長殿に、本気で勝てるとお思いですか?」
「!」
「そ、それ、は……」
雰囲気を改めて「本気」を問えば、スペードくんもトラッポラくんも言葉を詰まらせる。
だがそれは当然だ。彼らの「挑戦」は極めて分が悪い――というかもういっそ分なんて無い、
勝ち目はないと言っても過言ではないくらいの無謀な挑戦なのだから。
そしてそれは、子細を知らない第三者よりも、寮長殿の実力というものを目の当たりにしている当事者が一番に理解していること、だろう。
間違った行いが、正しいと許容される――なんて、世の中では往々にしてある事例。
勝てば官軍――などとは上手く言ったもので、結局のところ社会は過去であっても、異世界であっても、「力」の上下によって成りなっている。
たとえ間違っていたとしても、それを「正しい」と押し切れる「力」があれば間違いは認められるのだ――
…が、そんなしようのない世界なら「諸行無常」なんて言葉は生まれないのです。
「力」が正しさであると言うのなら、絶対など存在しない「力」に依存する正しさもまた絶対ではない。
盛者必衰の、栄枯盛衰――更に言葉を重ねるなら、驕れる者も久しからず、で。
驕る強者はそれこそ絶対に、その頂点から叩き落とされるお約束――でもあるのです。
…この、向こう見ずな先導者によって――ね。
「――だから、さんたちに相談しようって決めたんでしょ。なんともならないを、なんとかするために」
現実に尻込みするトラッポラくんとスペードくん――に、尤もと言えば尤もな言葉を投げるのは当事者でも何でもないユウさん。
当事者ではないが故に無責任に「正論」を振りかざすことができる部外者――とかなんとか、そういう自覚はユウさんにはないだろう。
そして自分の発言に対して責任というものも持っていないだろう――だって彼女の世界の中では、彼女は「当事者」という認識なのだろうから。
友達が困っていて、自分自身も納得がいかない部分がある――となればもうユウさんにとって、友人の問題は自分の問題も同じなのだろう。
共感性が高いというべきか、ただただお節介というべきか――
…その「捉え方」は人それぞれだろうけれど、彼女の場合はもう少々特殊な「答え」になる。
言った言葉を言ったままに受け止められる――それは才能、天賦の財とも言えるが、彼女の場合は「星の下」という表現が適当かもしれない。
「…そう…だな。…本気で勝ちに行くために――力を貸してください!」
「――…はぁ〜……。
……アンタに頭を下げるのはイヤだけど……寮長に謝んのは、…もっとヤダ!っ…だから――…力を貸してください!」
席から立ち上がり、大きく頭を下げるスペードくんとトラッポラくん。先日の一件では頭を下げるどころか、協力することさえ嫌がっていたというのに。
…はてさてユウさんが凄いのか、それとも彼らが単にそもそも和合を成す性格だったのか――
――好奇心から成る疑問はあるけれど、それは疑問であって問題ではないので棚上げとする。
頭を下げられた年上として、それに見合った策を与えなくては我が姓折れ――
――って以前にこれまでの行いの全てが「醜態」になってしまうは、さすがの私もご勘弁いただきたい。
あれだけ偉ぶっておきながら――と侮られないためにも、全力で彼らの期待に応えなくてはならない――…のだけれど、
「格闘家的に、殴れないハンデは大きいんだよなぁ〜」
「……いえ、そもそも彼らにお嬢様と同じ動きを求めること自体が無茶な話、です」
「いえいえそこは本気出してもらいませんと。彼らが寮長殿に勝っている部分なんて、身体的なモノと若さと無謀さだけですよ?
優位なモノは全部利用していかないと――…世の中、知略だけではどうにかできないってこと、肝に銘じてくださいね?」
「「……………」」
「…お返事は?」
「「………」」
僅かににじませた業に不穏なものを感じたやら、
トラッポラくんたちに承諾を促しても、二人は微妙に怯えの色の混じる険しい表情で黙り込み、承諾を寄越さない。
…変な話、その反応は尤もと言えば尤もなのだけれど、策もなく、頼れる先もない彼らに、手段を選ぶ余地など無いはずで。
そして余地が無いから、頭下げるなんて真似までしたのだろうに――
「虎穴に入らずんば虎子を得ず――だよ!二人とも!」
「け、けっ…?!…ユ、ユウ…女子がけ、ケツなんてっ…言うもんじゃないぞ…っ」
「………へ?」
「……うすうす気付いてたけどさーぁ……デュースって、テンプレバカだよなぁ…」
「――ァあ゛ッ?!」
「…だからーぁ…」
ユウさんの言葉の意味を勘違いしたスペードくんを、おそらく悪意なくただただ素直に思うところを言ったトラッポラくん――
――だが、バカをストレートに受け取ったスペードくんはどすの利いた声でトラッポラくんを威嚇するように聞き返す。
…が、そんなスペードくんにまったくトラッポラくんは怯んでおらず、
それどころか呆れた様子でスペードくんの勘違い――ユウさんのことわざについて説明していた。
「……よろしいのですか」
わいわいと、無邪気というか能天気に盛り上がる少年少女たちの様子を見守っている――
――と、不意にスルと私の隣にやってきたのはジェームズさん。
私の判断を問うジェームズさんの言葉には心配――と一緒に、呆れの色も含まれていて。
…もしかすると、ユウさんと同レベルに「向こう見ず」とか思われているんだろうか?
「…頭を下げてきた年下を突き放せるほど、薄情じゃないんですよ、私」
「……いえ、お嬢様が薄情などとは一度も思った事はありません――
…ただ、だからこそお嬢様が、心配なのです」
「……」
「…これからが、本格始動――ですよ?」
「…ふふ、年下が根性見せると言ってるんですよ?
ならこちらも強者として根性見せなきゃ示しがつかないじゃないですか」
「……見栄で倒れられては、私の命が危ういのですが?」
「見栄、とは人聞きが悪いですねぇ。矜持と言ってくださいな――んで、ジェームズさんの命の心配は不要です。
きっと兄さんも矜持で生きている強者――でしょうから、ね?」
「……」
半ば確信をもってジェームズさんに問いかければ、ジェームズさんはなんとも複雑な表情で小さなため息を吐く。
同意も、了解も、ジェームズさんからは得られなかったけれど、それでもジェームズさんが「折れた」ことは間違いないだろう。
…やはり兄さんも、私と近い矜持の持ち主――…のようだ。
……自分の面倒臭さにはしっかと自覚があるだけに、兄さんのソレは喜ぶべきか、呆れるべきか………。
…うん。やっぱり家族会議の必要があるな、これは。
…して、家族会議を実現するためには、
幽霊劇場の再開、そして次代の成功――世間に通る肩書、それが必要不可欠だ。
「…まぁファンタピアのことは、そこまで心配はしてないんですよ、得手ですし、自分のことなので。
…でも彼らのことは…………どーしたもんですかねぇー……」
「……見切り発車、ですか」
「んー……若者の輝きに夢、見過ぎましたかねぇ?」
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