窮鼠、猫を噛む――と言うけれど、
反撃ソレで必ずしも問題コトがどうにかなる、状況が好転するわけじゃあない。
反撃に打って出たところで、強者ねこに通用するだけの牙が無ければ、
たとえ決死の思いで噛み付いたところで、意味はあっても成果はない。

 捨て鉢、玉砕覚悟――なんて、一欠片ほどでも勝機がある人間が選べる選択であって、
一片たりとも勝機が見出せない人間の反撃は――勝利くびを差し出しに行く、だけだろう。

 

「…いずれ、こういう日が来るだろうとは思っていましたが……」

 

 ハーツラビュル寮の用務員室――に設けられた簡易的な応接セットのソファーに腰掛けノランさんに話を振れば、
ノランさんは諦め――よりも呆れの方が強く宿った声で「こういう日が」と口にする。

 …ぇぇと、そんなに呆れられるようなこと……しましたか、ねぇ…?

 

「寮生が寮長に挑むのは、ハーツラビュルに限らずNRCではままあること、ではありますが――
…入学間もない一年生が挑むというのは、正直言ってかなり珍しい事例――…だというに……
厳格な精神と規律、そしてそれからなる統率を掲げるハーツラビュルが…二年連続で………」

「………ぇーと……昨年も、同じような構図で?」

「……そう…ですね…。
構図としては『同じだった』と言えるでしょう――…ただ、今回とは逆の主張でしたが…」

「ほほほーぅ」

 

 らしいと言うべきか、残念と言うべきか…。
ハートの女王の厳格な精神に基づき、規律と統率を掲げるハーツラビュル寮にとって、
どちらの寮長が良いモノだったのか――…は、その時代とうじの寮生が判断することだろうけれど、
長年ハーツラビュル寮というものを見守ってきたのだろうノランさんからすると、色々色思うところがあるらしい。

 …前寮長殿は前寮長殿で緩すぎた、のかな??

 

「…一年生かれらの気持ちというのも理解しますが…。
……それはそれとして寮区長わたしとしてはローズハートを支持したいところですね…」

「………まぁ…寮長殿もアレですが………あの二人に寮長は務まらない――
…というか一日経たずに座を奪われそうですねぇ…」

「…そうなれば寮長が定まらない……暇なし寮長が変わる日々――…最悪、寮内で派閥ぶんれつが起きる可能性も考えられる…。
他寮よそであればまだ、大きな問題・・ではありませんが…
ハーツラビュルにおいては致命――寮の在り方を根底から否定する大問題に発展しかねない…!」

 

 真白な顔を青に染め、ノランさんは「あああ…!」とやり場のない感情を自身の手に向け、感情それを発散するようにわきわきと手を動かす。
…おそらく、ノランさんがこの事態を問題とおもく受け止めているのは、寮区長だから――だけではなく、OBとしての個人的な感情も含まれているから、だろう。

 規律から転じて伝統を重んじるハーツラビュル寮――の出身であるというノランさん。
そんなノランさんからすれば、伝統の基礎を築いた先人たちに、
そして古いつづく伝統を堪えまもってきた後輩たちに対して申し訳が立たない――という感情もあるだろう。
…まぁ、ノランさんの先輩せんじんたちは、さすがにもうご不在だろうけど――………お彼岸、的な行事でお叱りを受けることがあるんだろうか?

 

「――だとしても、寮長殿のやり方は正しい、んでしょうかね?」

「……我々の時代で言えば、スタンダード――…故に『ただ法律ルールを守るだけ』では、時代錯誤です」

「…進歩が無い――…と」

「伝統を守ることは重要ですが、時代に取り残され、廃れてしまっては意味が無い――
…進歩、などと贅沢を言うつもりはありませんが、廃れさせることだけは避けて欲しい……それがOBわたしの願いです」

 

 ノランさんの本音ねがいに、同意する部分はある――
…が、うっかり脳裏に過らせてしまったのはお祖父様の顔、だった。

 若者からすれば絵に描いたような老害ロートル――伝統を守ることに固執した、頭の硬い頑固ジジイ。
……それだけで、済んでいれば――…まだ・・、よかったのだけれど…。
私たち家族いっかにとっては、わかりやすすぎる加害者はんたいせいりょくの筆頭――でもあっただけに、
好感度は地の底を突き抜け、嫌悪感は青天井という、同じ血が通う親類あいてに向けるべきではないだろう感情がある相手で…。
………まぁそれは、相手にも言えたことだろうが。

 お祖父様の存在を棚上げすれば、伝統を守ること、そしてそれを繋いでいくことに対するノランさんの姿勢は理解するし、同意もする。
分野というのかが違いはするけれど、芸能の分野における伝統とはそれを成す基礎であり、形式美。
それをただ「時代錯誤ふるい」と一蹴するのはイキった若造の驕りでしかない――と思ってはいるので。

 ………ただ、伝統の重さを認めてしまうと、お祖父様の「正しさ」を認めるのと同義…
…で、更に言ってしまうと今までお祖父様の正しさを否定してきた自分の行動を否定する――
――自分が間違っていたと認めるのもまた同義……で…!!

 

「ぅぐぅー………分かるんです…。ノランさんの仰ることはわかるんです…!!
…でも――!でも絶対にィ……!寮長殿の『有り様』は認められないんですゥ゛ー…!!」

「………それほどに、彼の態度が気に入りませんでしたか…」

「……いえ、寮長殿の態度うんぬんは関係ありませんよ。
ただ、彼の在り方を肯定すると、自分の在り方を否定する――ってだけです」

「……」

「規律を守り、伝統を重んじる――他人・・の言いなりに生きる傀儡の在り様。
寮長殿アレは、私がお祖父様けんりょくに従じた未来すえの姿――…であれば、反抗しそうならなかった私がとるべき行動は否定しかないでしょう」

「…、……――…」

 

 不意に腹積もりが決まり、ずっぱと最終的なところを口にすれば、
それを受けたノランさんはなんとも言えない、ぬるい苦笑いを薄ら浮かべて――「頭が痛い」と言いたげにスッと自身の額に手を当てた。

 ノランさんの態度に対し――ては、納得する部分しかないので、なにも文句はないし、反論の余地もない。
ただ、だからと言って自分の主張ことばを取り下げるつもりも、またないのですが。

 

「……オーナーも大概でしたが……お嬢様の傲慢みがっては、更にその上を行きますね…」

「…と言われても、ピンとこないんですよねぇ――…身勝手な兄さん、って」

「………」

「……」

 

 思いがけず訪れた謎の沈黙。
私には、ノランさんの言う兄さんの在り方すがたは想像できない――が、ノランさんも、私の知る兄さんの在り方すがたは想像できないんだろう。
11年――だから、ねぇ?別人ってレベルで在り方せいかくが変わっても仕方ない年月だよね――…お互いに。

 

「マネージャーの、方針いこうというものは理解しました――が、寮区長として、その方針に従うことはできません。
これが生徒たちの諍いもんだいである以上、そうでない者が介入するのはやはりルール違反おかどちがい、です」

 

 平静と、理解を示された――上で拒絶された言い分ほうしん
だけれどこれもまた、反論の余地はない――ご尤もすぎて。

 生徒間のいざこざに部外者――それも大人が介入するのはルール違反ただしくない
まぁ、私に限っては大人ではない――と言い逃れもできるけれど、「部外者」と括られてしまえばしようはない。
片方の当事者に頼られた――とはいえ、私自身が立ち上がるのは話が違う。
――であれば、ノランさんが腰を上げこうどうにでるのも、また話が違うだろう。

 

「しかし、現在のハーツラビュルの有り様に苦言を呈す権利は――
――ハーツラビュル寮OBとしてなら、自分にもあるでしょう。そして、ここで働く用務員ものにも」

「…」

「我々全員が、同じ考えを持っているわけではありません。緩和を望む者もいれば、今の厳格さを望む者もいる――
…その個人の思いかんがえを、寮区長のたちばで統一するつもりはありません。…それこそ、お門違いですから」

「……それ、は――…用務員みなさんの統率を乱すことになる――…と思うのですが?」

「…いえ、そこは大人・・ですから。公私混同などはありません――
NRCの用務員ゴースト幽霊劇場ファンタピアの団員としては、私の統率の元、オーナー、そしてマネージャーの采配に従います」

 

 僅かに浮かんだ懸念ふあんを口にすれば、ノランさんはそれを「ありません」と言い切った。

 確かに、ノランさんの性格――ノランさんだけのことを考えれば「ありえない」かもしれないけれど、
他のゴーストたちもノランさんと同じ考えとは限らない――…はずだが、その可能性を切り捨てたノランさんの表情には自信しか宿っていなくて。
ハーツラビュル寮生たり得る魂の持ち主たち――…とはいえ、そう統率がとれたいうモノと受け取っていい――…んだろうか?

 

「ふふ――思慮深いことは善いことですが、マネージャーは重要な違いコトを見落としていますよ?」

「……と、言うと?」

「まず我々と彼らでは立場が、そして彼とあなた方では――役者が違う。
己の選択に責任を持って選んだコト――です。選んだモノが揺らがない限り、我々の意思に揺らぎなどありませんよ」

「…………ぉ…おぉ…ぅ………信頼おへんじが素晴らしすぎて……プレッシャーが…えげつなぃ………」

「ははは。それで潰れる傲慢おじょう様ではないでしょうに――」

 

 兄さんがいなくなって数年後、自衛のためにと言われて叩き込まれた武術ちから――は現状、自衛の域をとっこした練度レベルに到達している。
それは、叩き込まれ方が、師に就いた人物がトンでもなかった――…のもあるけれど、
その地獄しゅぎょうを共にした兄姉弟子ゆうじんたちの存在が何より、だったと思う。

 彼らと共に過ごす日々ときが楽しくて、彼らと鎬を削る瞬間ときが愉しくて
――彼らに置いて行かれたくなくて、追いつきたくて、そして負けたくもなかった――からこその、結果げんじょうだと思うのだ。
 

 兄さんオーナーの部屋の窓から見えるのはオンボロ寮の裏手――
そしてそこでワイワイと騒がしくしているのはノラ寮生2名と、それを見守る自寮生の1人と1匹――と、彼らを監督するジェームズさん、だった。

 トラッポラくんたちに協力を乞われ、それに応えることを決めた私――ではあったけれど、
彼らへの実質的な「協力」は、ジェームズさんが私に代わって引き受けてくれた――というか、ジェームズさんが「面倒をみる」と、そう自ら決めていた。
……いえ、とっても有り難い申し出ではあったんですけどね?
正直な話、実戦的な立ち回り方を短期間で他人に教えられるほど――まず私自身が、実戦慣れというものをしていない…わけなので…。

 …自分がやり合う分には、その場の流れに合わせて、これまでの経験を踏まえて適当に立ち回ればいい――
…けれど、他人に短期間で・・・・指導するとなれば、数多ある戦法の中から最適なモノを吟味して、
更にそこから勝つために必要なコトだけを取捨選択した上で、効率的に教えなくてはならない。
そしてその指導を現実のモノにするために必要なのは経験値――…この世界において、最も私に不足しているモノ、が必要だった。

 

「………ホントに、見切り発車だったなぁ……」

 

 延ばされた手を払えなかった――というより単に「取る」以外の発想が無くて、一考の余地なく当たり前に「協力」を口にした私――
――だけれど本当にコレ、それこそジェームズさんが協力してくれなかったらどんな惨事になっていたんだろうか。
…ただまぁ、幸いにも活動時間が綺麗にずれているので、どちらもこなせはした――…だろうけれど、どちらも中途半端な仕上がりてんまつになっていた気しかしない。

 ………後悔はしていなし、間違ったとも思っていない――けれど、反省はしよう。もう私は一人ではないのだ。
私は多くの同士を抱える組織の長――部下を上手く使うこともまたわたしの仕事の内、なのだし。

 

「……しかしジェームズさん、教えるの上手ですねぇ?」

 

 熱がこもっている風はない――が、面倒そうでも、事務的という風でもなく、
スペードくんたちに決闘におけるそれぞれの立ち回り方、というのを指導するジェームズさん。
性格にもやる気にもバラつきのある少年たちを相手に、それを苦にした様子もなく、
スムーズかつ順調に指導を進めていくジェームズさん――の慣れた様子かんじになんとなし疑問を覚えて、思わずそれを口に漏らす――と、

 

「……………昔から、ですよ。…ジェームズの面倒見の良さ、は」

「ほぉ?」

「学生時代も灰魔げんえき時代も、『孤高のアリゲーター』で通ってはいましたが――…いえに帰ればただのいい兄貴分、でしたから」

「………………そんな…に、長いお付き合い……だったんですか??」

「…」

 

 イグニハイド寮の寮長であるシュラウドさんの計らい――
――というか古都のお茶漬け・・・・・・・・的なことで、シュラウドさん個人所有の使わなくなった型落ちのPCを譲られ、
そのPC設置のためにオンボロ寮へやってきていたのは――イグニハイド寮の寮区長であるヘンルーダさん。

 ジェームズさんとは、付き合いの長い職長と寮区長の関係――と思っていたけれど、
どうやらヘンルーダさんたちの間柄はそんな浅いモノではないらしい。
学生時代――から、現役時代までを知っているとなると――……同じ時代を生きていなければ、言えないセリフのはず…。
…しかも、家とまで引き合いに出してるし……。

 思いっきり興味を惹かれ、ぬいぐるみの如く抱きかかえたヘンルーダさんを、
そのままの状態でじぃーっと見つめていると、不意にヘンルーダさんが顔を上げる。
するとほとんどフードで隠れているヘンルーダさんの目が僅かに見え、ほんの一瞬、視線がかち合った――
――と理解するより先に、ヘンルーダさんはバッと私の視線から逃れるように顔を下げてしまった。

 

「………ヘンルーダさんも…シュラウドさんヒトのこと言えないのでは??」

「いや…いやいやいや…!おじょ――マネージャーの!我々に対する距離感がおかしいんです…!
確かに現実・・の絵面はマスコットですが?人型せいぜんの姿はイイ大人で?!中身に関しては齢100年を優に超えたジジイ!!
若者がジジイを抱きかかえているこの状況――これがカオス以外のなんだと…??!」

「……いえいえヘンルーダさんはジジイじゃないですよ。
向上心があって、新しいモノへ対する好奇心もある――十分に心は若者かと」

「それはそれで問題では?!」

 

 こちらに顔を向けず、真っ直ぐ前に向かって「ぎゃあ」と叫ぶヘンルーダさん――の姿に、
闇の鏡が視る「魂の資質」は、間違いのない目利きはんだんなんだろうな――と、漠然と理解した。
…これは、間違いなくイグニハイド寮出身のヘンルーダさんとシュラウドさんは、同じ穴の狢だ。

 これまで平然と、どうといった風もなく、ヘンルーダさんは私と話していていた――けれど、
よくよく思い返してみれば、常に私とヘンルーダさんの間には、一定の距離というものがあった気がする。
…ただそれは、人と人との間にあって然るべきモノ、所謂パーソナルスペースというモノ――と思っていたけれど、どうやらそうじゃなかったらしい。
ヘンルーダさんの場合コレは、どうにも他人・・に対するモノ――…じゃあない気がする、なぁ?

 

「…まぁまぁ100歳オーバーの方からすれば私なんて赤ん坊みたいなものじゃないですか。
ここは赤ん坊の抱きぐるみになったとでも思って」

「……赤ん坊の抱きぐるみにされるイイ大人の心境をお察しいただけるだろうか…」

「…善い大人は、積極的に赤ちゃん抱っこしますよ?」

「………抱っこされてるのは――オレなんですケドー?!」

 

 盛大に、「ぎゃあ」と叫んで――その勢いのまま、
ヘンルーダさんは私の腕をすり抜け、更には窓まですり抜けて――オンボロ寮から飛び出して行ってしまった。

 …業務的には、もうPCの設置も設定も、更にはネット回線のあれこれまでしてもらったので、
ヘンルーダさんが帰ってしまった事に問題はない――のだけれど、コレはちょっと個人的に不味いなぁ…。
…コレは、色んな方向で、ゴーストたちかれらの信用を失うのではないだろうか――…セクハラ上司!とかで。

 

「男所帯と男子校は似て非なるモノ――…なの、かなぁ……」

■あとがき
 こぼれ話送りにしてもよかったんじゃないかレベルのオリキャラ話でした。
ノランの話は今後の展開的に必要かなーと思えるのですが、ヘンルーダの話は不要だった気がします(笑)
…ただ、この話が無いと文章量が足りなかったんだよネ〜っ(脱兎)