光が晴れ、意識が現実に戻る――と、私は完全に気を失った寮長殿を――…お姫様抱っこしていた。
…うん。これは気を失っていてよかったと思います。寮長殿が。

 そんなことを思いながらとっとこと――人の輪に戻る。
顔のない怪物の悪足掻きによって汚泥に呑まれ――てから少々の時間は経過していたのか、
ユウさんたちの輪の中にはノランさんとハーツラビュル寮所属たんとうのゴーストたちの姿――と共に、担架が運び込まれていた。

 

「えーと…ブロット?でしたっけ?
アレについてはほぼほぼ除去しましたので、あとは肉体的な消耗の問題かと」

「…了解しました――ローズハートを自室へ搬送。その後の診察と処置はダブニーが指揮を取れ」

「「「イエス・サー」」」

 

 冷静にテキパキと、部下に指示を与えるノランさん――に応じ、
部下のゴーストたちは寮長殿が横たわる担架を持ち上げ、慌てず騒がずハーツラビュル寮へと移動を開始する。

 そしてそれに長身の緑髪の青年――副寮長さんは、
心配と後悔の色が混じる表情で付き添い、彼らと共にこの場を去って行った。
…うん。やっぱり心配無用だった。

 

「…さて、どうしましょうかね――あの、鬼の首取りそうな勢いのある烏合の衆は」

 

 一連の騒動の中で逃げそびれた――のか、
それとも事態の落ち着きを見て戻って来たのか、遠巻きにこちらを見ているハーツラビュル寮生たち。
寮長の暴走――からの、その敗北による事態の収束――に、
今まで抑制されていた感情の爆発の気配がある――が、それは認められなかった。

 確かに寮長殿は、暴走の末に私に物理的に鎮静された――が、トラッポラくんたちとの決闘には勝利している。
そう、あくまでハーツラビュル寮の寮長は代わっていない。
…だというに、「解放された」などと勘違いされた上で騒がれては困る。

 ……それも修行べんきょうと、どこぞの大師匠なら言うだろうけれど、同類相哀れむ――だ。
そんな酷な真似、私にはできません。

 

「……ノランさん、寮長殿のフォローをお願いします」

「了解です――ダイヤモンド、手伝いを頼む」

「…………はぁ〜……りょーかぁ〜い…」

 

 出しゃばるのは悪手かと思い、ノランさんに任せてみる――と、ノランさんは少しばかり嬉しそうな表情で「是」と応え、
副寮長さんと一緒にこの場を去らなかった寮生――ダイヤモンドさんに協力を要請する。
そしてノランさんの要請を受けたダイヤモンドさんは、面倒そうにため息を吐きながらもその要請に応じ、
ノランさんと共に寮生たちの処置をするため、輪の中から離れていった。

 ……ため息の中に不満や迷惑そうな色が無かったところを見ると、
イマドキな風で振る舞っていても、彼の性根は古くも善いモノ――なんだろう。

 

「はぁ〜〜………くん…あなたには言いたいことも聞きたいこともたっぷりと――」

「あ゛〜〜〜…ダメ…っだ、なぁー………思ってたより……重、ぃ……」

「…は?」

「っまさか……アレ、肩代わったのかよ?!」

「な……なんですってぇ?!

「………しょーがない…じゃ、ないですか……コレ、が――…一番手っ取り早かった…ん、ですから…――」

「っさっ…!?」

「待てユウ!今は…!」

「あーもー……自分の無策むのうに腹が立つ――………くっそ……ここ、で…倒れ、る…とか、ぁー…」

 …いつ、以来だろうか。
こうして体力が底をつき、押し寄せる眠気に呑まれて――…ぶっ倒れるのは。
 

 油断していた――いや、厳密に言うと見通しが、考えが甘かった――だ。
精神的な負荷が、あそこまで魔法士というモノに多大な影響を与えると思っていなかった――
――てか、寮長殿の事態はイレギュラーだったとしても、魔法を使って「穢れ」が溜まるってなに?

 超常の力の行使には代償がついて回るモノ――…とはいえ普通の人間に、内に溜めた穢れを浄化する能力はない以上、
穢れを溜め込むなんて自殺行為というか、犯罪者を増やすだけというか…。
………ああでもオーバーブロットとかなんとかクロウリーさんが騒いでいた事を考えると……
…避けるべき事態というか、穢れブロットが悪いモノって認識はあるのか。

 

「……………姐さん」

「なんだい?」

「…どれくらい……寝てた?」

 

 応えと共に、私が横なっていた自室のベッドの上に姿を見せるのは、少しクリームがかった白の毛並みを持つメスライオン。
ゆったりとした動きでこちら近づいてくると、親愛を示すように私の頬に頭を寄せ、すり寄ってくる。
…その感覚に「心配をかけてしまっただろうか」と後ろめたさのような気持ちを覚えながら、
なんとも複雑な気持ちで白の雌獅子――ノイと名付けられた獣神かのじょの首を撫でると、
ノイ姐さんは「ふふ」と笑って「丸一日さ」と私の質問に答えてくれた。

 ………は?丸一日??

 

「………いや…丸一日ってなに……早すぎでは?!」

「――であれば、お前の力だけじゃないということさ」

「……………っ――……!!ぅ、お……!!ォぉおお……!!!

「……女の子なのだからその野太い呻き声はおやめよ…」

 

 女の子なのだから――と、尤もであっても姐さんにはある意味で言われたくない注意――を、
一応大人しく聞き入れ、口を固く閉ざし――頭を抱えて悶え転げた。

 ああ、ああ、ああ――やってしまった。
心配かけないと約束したのに、大人しくしていると言ったのに――…!

綺麗さっぱりぜーんぶ裏切っちゃったよ!!兄さんをぅ!!

 

「ぅぁあぁぁぁぁぁ……ぁぅぇぁぅぃぃ゛い゛〜〜〜……」

 

 丸一日前には偉そうに「負債に納得ができる」とか
「信頼に相応しい自分」とか人様に語っておきながら――…胸の奥底からブワと噴き出すのは自己嫌悪。

 そんな自分の情けなさに自己嫌悪いやけの追加発注がかかり――更に胸具合が悪くなる。
ああもう、端から兄さんとの約束を破ることになるとは覚悟していたけれど――速攻でバレた上に、面倒までかけてしまうことになるとは……。
……あああできればバレるのは一か月後…か、せめてかけるのは心配だけに留めたかったァ……!!

 

「…フフっ、なに、そう落ち込むことはないさ。
お前と再会した時点で、あれはこういう展開を予期していたからね」

「……………ぇ」

「でなければ、可愛いお前のお呼びとはいえ、駆け付けられるわけがないだろう?
母親わたしが息子を戦場に放って――なんてね」

「!!!」

「ハハハ、大丈夫大丈夫。今回はきちんと折り合いをつけて――さ」

 

 言われてみれば当然――というか、尤もなことに、その問題に考えが及ばなかった自分に――…
……いや、待て。これは、そもそも――前提が、おかしくないだろうか?

 

「…………姐さん」

「ん」

「まず、話を改めてもいい?」

「――そうだね。お前には腑に落ちない部分が色々あるだろうからね」

 

 私の「まず」の言葉にノイ姐さんは苦笑いを漏らす――けれど、私の提案に応じてくれる。
それに私は軽く息を吐き――まず、この世界に訪れて以来、ずっと抱えている最大の疑問を口にした。

 

「…どうして私と暁の契約が解除――…ぅんんいや…破棄とも違うし………、……抹消……?」

「…そうだね。その表現が適当かもだ――白紙に戻される、という意味で」

「………」

「ここは我々のほうも及ばぬ夢の国。
獣神であろうと、干渉が許されるのは同位の八双――と、縁の深い八業だけ。
それ以外は上位いじょうであろうと認められない。
内容を単純かつ明瞭にしたことで、ルールの強制しっこう力がかなり強化されているようでねぇー……」

「………待って。それ、おかしくない…?
下位が上位を撥ね付けられるのもおかしいけど――…姐さんの口ぶりからいってソレ……獣神の仕業じゃない、のっ…?!?」

 

 無から有を生み出し、世界というモノを作り上げ、そして見守るそんざい――獣神。
自然にも、人の信仰心にも依存しない彼らは、私がいた世界における最上位の存在――…ただ、非公式だけど。

 人々に存在を認識されずとも――というか人間との面倒せっしょくを避けて存在する獣神たちは、そのスタンスに相応する力を持っている。
…それは人間ぞく的に言えば「奇跡」と呼ばれるレベルのモノ――だから、そんな奇跡チカラを振るう獣神かれらに、
人間が逆らうことなど、敵うことなどあり得るわけがない――……はずなのに、ノイ姐さんは言った「獣神であろうと」と。

 …それは相手が――獣神の干渉を規制した存在が、獣神じゃあないってこと、…ではないのデスカ……?!

 

「…もちろん、この世界を造っまとめているのは獣神――夢獏ノ神の力だよ。
…ただ、それに根座している・・・・・・ルールを書き上げしいたのは――………異界の吸血鬼、かな」

「…………は?」

「あっちで、聞いたことはなかったかい――獣神に逆らった、始まりの魔女あくの話を」

「………………………ぅン?!

 

 姐さんの上げたキーワードことばたちがガチンと噛み合って――
――それを、頭が理解することを畏れきょぜつした。

 いやいやいや、ご勘弁いただけるだろうか。
獣神に逆らった最大にして唯一の神子あくが、この世界の根っこに座しておりますですと??
その上、手を借りられる獣神は夢獏ノ神と同位の八双、そして彼らと縁の深い八業――に限りで、上位じょうしの力は借りられない。
――となれば、おそらく最終的なところでモノを言うのは神子の地力ちから――………積んでません??

 

「ぁあ…ぁぁー………〜」

 

 ふと、兄さんが口にしていた「特権領域」「役者が違う」というセリフを思い出し――…更に頭痛が悪化する。
なるほど…。これは確かに、10年そこらでどうこうできる課題もんだいではない……ね…――…
……ぶっちゃけ、一生かかってもどうにかできるか怪しい……というのが正直な所感ところだけど…。
 

 …向こうこちらの伝承によれば、件の神子まじょは、
魔を率いて天を引き裂き、神を引きずり出した――が、結局は敗北した、と語られる。

 根も葉もない神話であれば、神を「至上ぜったい」とするためにありがちな作り話しんわだが――
それ・・が事実であるのなら、これほど恐ろしい偉業いつわはない。
基本的に世界の存続に興味がない獣神たちを、「ヤッベ」と思わせた上に現世ちじょうに引きずり出した――
――なんて大業を、みこの立場で成し遂げたんだから…!!

 

「…そんな…武闘派ウン千年神子せんしゅ相手に巫女わたしができることとは………」

「…それ、なのだけどね?巫女おまえだからこそ可能だと、私たちは見ているんだよ」

「…………ぇ、なんで??」

「お前の神降のよぶ力は確かにお前のモノ――だけれど呼ばれてやってくるモノの力は、お前の力に因らない――だろう?」

「あ!――ぁー………んん…?」

 

 不敵な笑みを浮かべ言うノイ姐さんのりくつに光明が差す――…が、ふと先日の「結果」を思い出す。

 呼べなかった――という結果しか理解していなかったけれど、改めて思い返せばおかしな点がちらほらある――
…ただ、現状にプラスの方向に働く要素はなかったけれど。

 

「…なにか気にかかることが?」

「うん…あのね?
実は向こうでむかし、兄さんを危険にさらすことを承知で……夕映を呼んだことがあったんだ」

「…ふむ」

「その時は、なんとなく弾かれる感覚があったんだけど……今回は、なかったんだよね…。
届かなかった、掻き消された――……っていうより………応えてもらえなかった……感じ、があって……」

「……………いや、まさか。あの暁に限ってそれはないだろう?
自分せかい役目そんぞくよりお前の命を選ぶ唯一無二の神子バカ筆頭だよ??アレは」

「でも………みおりも、非現実的なこういう世界に飛ばされてしまった――…としたら………」

「…その時は日向が――……む?」

永眠くだんの魔女と、会長がグルって可能性は低いけど――
…何かを感じて、暁は応えてくれなかったのかなって…」

 

 心の奥底からゴポゴポと湧き出す心配と不安を、
精神力おもしで圧し留める――が、それでもじわじわと漏れ出るのは、恐怖にも等しい不安、だった。
 

 自分だったから、この非現実的ファンタジーな世界でもなんとか生きている――が、これがもし体の弱いみおりだったとしたら?
………体は弱くとも運は強い子だから、超常の異端技術がどうたらのこうたらで逆に生き生きしてる可能性もゼロではないけれど――…
…それでも、あの晩のみおりが日常生活をおくれるまでの体調を取り戻すまで…は………?

 

「……………」

「ぁあぁぁあぁぁ…!落ち着いて…!落ち着くんだ…!
もしみおりに何かあったとしたら何かしら状況コトが大きく動いている…!
その気配も見受けられないということは、お前たち三兄弟は全員が全員健康無事ということだよ…!」

「…………ごめん…」

 

 頭をグリグリと寄せてくるノイ姐さんを撫でにこたえながら謝罪すれば、姐さんは「賢いのも善し悪しだね」と言って苦笑いする。
…これ、は……賢いと言っていいのか、それとも心配性と呆れるいうべきなのか――
…変な心配をさせてしまったたちばからすると、後者の気がして申し訳ないのだけれど………。

 

「…とりあえず、行動を起こすには今はまだ時期尚早――
…お前自身のコトもあるけれど、それと同等に他所・・の協力も必要だからね」

「………他の八双……か…」

「…まぁ彼ら自体・・は、お前なら割とどうとでもなりそうなのだけれど――ね…その神子が、ねぇ〜…」

「……」

 

 苦笑いしながらノイ姐さんが提起する問題かだい――に、頭痛の種は増える一方のようだった…。

■あとがき
 世界観を損なう――と言うよりも、「世界」を喰い物にした上に悪改までする――原作へ対する冒涜行為、にも等しい状態ですね…(目逸らし)
…ただ、言い訳をさせていただきますと……かつて生モノでもないというのに同人界のタブーとされた某ゲームの夢主が……おって、ですね…(汗)
とおーい親戚ジャンル的なことで、何かしらの役割を担ってもらおうと思って引っ張ってきたら――
…根っ子にずっぷり突き刺さった上に引きこもられて……お手上げの惨状でーす…(白目)