ナイトレイブンカレッジで住み込みで働くゴーストたちの娯楽のため、
そして支配人オーナーと愉快な団員なかまたちの得意分野こせいの兼ね合いによって開設に至った、
ゴーストによるゴーストのための劇場・幽霊劇場ファンタピア

 文章パンフレット上においては、オンボロ寮の地下に作られている――とあるが、実際のところは少々事情が違う。
オンボロ寮の下には地下空間などは無く、実際にファンタピアがという空間ハコがあるのは――

 

「……なるほど…。芸術こうえんを奉納することで構築に必要な気力チカラを捻出していた――…のか」

「ああ。澪一という異文明いせかいじんあっての秘策さ――
…ただまぁ、お前から見れば穴ボコだらけだろうけれど」

「………うん。そだね…見よう見真似でこれだけ組み上げられたなら上等だけど――…
……にしても、随分と極端な文言だね…」

「難しいことはできない――から、欲張らなかった、のさ」

「…あぁ……そゆこと…」

 

 舞台のに仕込まれた神楽殿ぎしき用の方陣を眺めながら、ノイ姐さんの言葉に納得する。
…確かに、この精度ていどの術式で欲張ったなら間違いなく不具合だの、暴走だのが起こりかねない。
そのリスクを回避するという意味では、確かにこれくらい極端――
――対象を絞った術式の方が色々とロスが少ないだろう。…そもそもにロスがあることはさておいて。
 

 欧州の古い歌劇場を思わせる設計けいしき、それでいて仰々しふる過美はでではない落ち着いた雰囲気に整えられた内装インテリア――
――は、地味を通り越してどこか無機質な、味気なささえ感じてしまうほどに飾り気がなかった。
…ただそれも、贅と美を極めた至上の娯楽を楽しむ歌劇場――という先入観あっての違和感、異質さという気もする。
ただ単純に、作り上げられた芸術鑑賞するたのしむ場――現代的な劇場と考えれば、このシンプルさはまったく異質じゃない。
――ただ、トンでもなく意識高いちょうせんてきだな、とは思ったけれど。

 古く有名な歌劇場のような煌びやかで荘厳な雰囲気というのはまるでない――が、
洗練された品の良さの中に意識の高さを物語る荘厳さがあって。
劇場という雰囲気ぶたいに頼らず、自らが作り上げた舞台モノだけで感動させしょうぶしたい――
…よく言えばストイック、悪く言えば高慢――故に理解する部分は多く、その考え方には賛同する部分がある。………本来もとの世界だったら、ねー。

 

「――――」

 

 舞台うらから移動して――舞台の上に立つ。

 舞台の手前にはオーケストラピットがあり、その向こうには無数の座席があって、そのの壁には整然とバルコニー席が並んでいる。
…ざっと見、収容数は1000人そこらといったところ――だが、バルコニー席が座席・・に改められれば、おそらく2000人は収容できるだろう。
……そんな大人数を、この劇場に呼ぶことができるか――…よりも、リピーターを確保できるかに、若干の疑問があるけれど。

 

「…レバーひとつで大小ホールの切り替えができるとか………ファンタジーの底力ってなぁ〜……」

「……いやいや、無形げんそうの劇場――ファンタピアだからできる芸当、だよ?
他所――ファンタピアの後継劇場・・でさえできないあら業さ」

 

 ファンタピアとは、現実から切り離された幻想の劇場である――文字通りの意味で。
幽幻の芸術に現実を忘れてしまう――とか、比喩的な話ではなく、本当にファンタピアというモノは物理的げんじつには無いモノ――だったりする。
…かといって、精神世界というわけでもなく――………竜宮城、てなところが適当だろうか。日本じもと的に言い表すと。

 行こうと思っていける場所ではなく、招かれた者だけが足を踏み入れることを許される特別な神域くうかん――それが幽霊劇場ファンタピア
しかし金を積めば立ち入ることを許される「神域」というのは随分と俗的だ――が、
商売繁盛、ギャンブル運UPだの、地獄の沙汰も金次第――なんて言うように、神様にも「金」は価値あるモノでして。
……ただなんというか、どくを以てどくを制す――的な意味コト、だけどね。

 

「……しかし本当に――…夢獏をはじかなくていいのかい?アレは本物のトラブルメイカーだよ?」

「…一柱だけをはじくとなると逆に面倒だし――……厄介だからってはじくのは、端から降参してるみたいでヤダ」

「………その気持ちは理解するけれど、賢くはないねぇ?」

「…芸術に、賢いとかないからねぇ?」

 

 賢くないと言って寄越すノイ姐さんに、苦し紛れの屁理屈を返し、軽く息を吐いてから――

 

「―――」

 

 ――一つ、柏手を打った。

 最後にこの劇場を使用したのは――身内公演を行った4ヶ月ほど前。
4ヶ月近く誰も足を踏み入れていない劇場であれば、祓わなくてはならない穢れなんてない――はずだが、なにせここは幽霊劇場ファンタピア
穢れどくはなくとも淀みちりはある――のだけれど……劇場にとって在留思念ソレは、いわば年輪のようなモノでもあって。

 劇場に積み重ねられてきた芸術こうえん感動きろくたち――
――でもある在留思念ソレを、吹き祓ってしまう、リセットしてしまうのは、色々な意味でどうかと思う――…のだけれど、
…さしもの私も、穢れを祓わずに儀式を行うことはできなくて。
…それこそ、全力全開の本気が出せたなら、話は全く違ってくるけれど――…できないことの話をしても仕方がなかった。

 

「ん…」

「過去とは所詮思い出。積み重ねていくモノ――…であって、失われるものじゃない」

「…」

「心に刻まれた『思い出』は、神――そしてそれに準ずるモノでもなければ奪えない・・・・
たかだか場を失った程度で失われる思い出きおくなら――その程度、というだけさ」

「……………はぁ〜…もぉ……ご尤もだけど乱暴、だなぁ〜…」

 

 誰かの心に刻まれた思い出は、人の力では奪えない――
…で話を収めておけばいいのに、最後に「その程度」と付け足すあたりがノイ姐さんらしいというか、なんというか。
…でも、逆に言えばコレは肯定だろう――長きに亘って、このファンタピアを維持してきた一柱・・である彼女の言、なのだから。

 

「今出せる全力の、本気で行くよ――でなきゃ、誰も応じてくれないからね」

 劇場の起動じゅんびは整い、公演の演目ないようについても、既に人前で披露できるだけの程度には完成している。
あと整っていないモノと言えば、一部の出演者たちの心構え――と、舞台の演出やらに関わる細かい備品ぶぶんだけ。
前者については「今」どうにかできる問題ではなく、後者については部門長+裏方総動員で細部を詰めているところで。
新生ファンタピアのお披露目に向け、一分一秒も無駄にできない――…という段階にあるのだけれど、私は一分一秒を気ままに消費していた。
…ですがそれも、仕方ないのです――だって団員ゴースト自由かつどう時間は、夜に固定されておりますので?

 ――とはいえ、「今」に向けてできることが無くとも、「先」に向けてのやるべきことは山ほどある。
ファンタピアの公演は一度で終わるモノではなく、また半年に一回とか長い間隔のモノでもない。
初公演前後は、定期公演との兼ね合いもあって一夜限りの公演ばかりになってしまうけれど、
状況が落ち着いてきた頃には、月に数回のペースで公演を行い、演目についても二ヶ月を目途に更新を考えている。
だから、現段階で先の演目こうえんについて内容だけでも固めておく必要がある――
――のだから、その前にまず私がたたき台となる草案を完成させておかなければお話にならないワケで。
 

 …なんというか、コレが経営者と社員プロデューサーの違い――というものなんだろう。
大きな傘の下、ただ成果を上げればいいだけの立場――と、発展と補償の責任を負いながら傘を掲げる立場。
…こう考えてしまうと、プロジェクトの全責任を負う立場――とはいえ、プロデューサーという立場も気楽なものに思えてしまう。

 ……ただまぁ、大きい事務所であればこそ、経営者がアホの二代目きらくという場合もあるけど。

 

「(…二代目というそーゆー意味では、私は気を引き締めないと……ね)」

 

 無名から始めるのと、二代目50から始めるのでは、果たしてどちらが大変だろうか――なんて、アホな比較だ。
苦労のベクトルが別物の時点で、どちらが「大変」か、なんて当事者のメンタリティで「答え」が違ってくる。
…もしかすれば、どちらであっても「苦労」を感じない猛者だっているかもしれない――…
………いやぁ…いるのかな…そんな鋼鉄の毛むくじゃらメンタルの持ち主…。

 仮に、どんな負担も苦労と感じない鋼鉄のメンタルの持ち主がいたとして、
果たしてその人物はリーダーとして優れているのか――というのには多大に疑問が残る。
苦労を苦労と感じない、すべてを完璧にそつなくこなせる一人で成立した人間に、他人が入る欠点すきまのない人間に――指導者は、不向きだろう。
だってできないという苦労コトを知らない、共感できないのだから――
――数多いる自分より劣る者ぶかたちを理解することができず、彼らを真の意味で成長させることは叶わない。
…精神的な部分については特に、だろうか。

 

「(…そーゆー意味では、リドルくんは救いがあった――…かな)」

 

 エレメンタリースクールから、今の今まで、学年主席の座に在り続けた寮長殿――もといリドルくん。
彼は天才、優秀と世間から高い評価を受けている――けれど、それは母親の期待に応えたいがために楽しみこころを圧し潰してまで積み上げた努力あってのこと。
全てを管理されて育った――からこそ、その努力えいきょうが及ばない事柄に関しては、もしかすると一般ふつうの生徒よりも劣る部分があるかもしれない。
…特に「遊び」に関しては子供以下……だろうなぁ…。

 はてさて何度目の訪問になるやらのハーツラビュル寮――の、調理場のドアの前。
一応ノックをしてみれば、ドアの向こうから聞き覚えのある声が「どうぞ」と入室を促す――ので、
「お邪魔します」とドアを開け、調理場に足を踏み入れれば――

 

「――おや、コレはお待たせした感じですかね?」

「…そんなはことないよ。ボクが早すぎただけさ…」

 

 ハーツラビュル寮の調理場にいたのは、
ハーツラビュル寮の調理場のリーダーである用務員ゴーストのアルテさん――と、すでにエプロンも三角巾も着用済みのリドルくん。
約束の時間に遅れたつもりはなかった――けれども、既に準備万端のリドルくんの姿を見ては「アレ?」と思って尋ねてみれば、
アルテさんは苦笑いを浮かべ、リドルくんに関してはどこか恥ずかしそうな様子で「早すぎた」との返答。
……うん、それは昨日の下準備がそれだけ楽しかったから――ということにしておこう。

 遅れたわけではない――けれど、一人準備の遅れている状態に、持参したバッグからエプロンやらを取り出しながら、
アルテさんに今日の作業工程について尋ねてみれば、私の意図をくみ取ってくれたらしいアルテさんは「今日の作業は――」とこれから行う作業の説明してくれる。
でもそのまま何もせずに――ではなく、昨日作ったタルトの生地を冷蔵庫から取り出したり、リドルくんと手分けをして材料を用意したりと、今日の作業の準備をしながらで。
少し遅れて私もその準備作業に加われば、あっという間に準備は整った。…既に道具は揃っていた、からね!

 

「では、本日は仕上げの作業です。
ディプロマットクリームを作るには少々コツが要りますが、難しくはありません。慌てず、だけれど素早く作業を進めましょう」

 

 改めて今日の作業内容――に、モットー的な言葉を加えて、作業の開始を告げるアルテさんに、リドルくんと一緒に「はい」と答える。
それにアルテさんはニコと笑みを見せると、「まずは」と言ってタルト生地を指差した。

 ――さて、未だやることは山積みの状況で、わざわざ他寮に赴いてまでお菓子作りをしているこの状況、
問題と作業量の多さに現実逃避でもはじめたか――と思われても仕方がないが、
実を言うとこれも必要な作業――自分の行いの責任を取ってのこと、だったりする。
 

 今回のことの発端であるトラッポラくんとリドルくんの和解――のためであり、
寮生たちに対するリドルくんのこれまでの自身の行いに対する謝罪――の意味も含めて、
次の何でもない日のパーティー用のタルトはリドルくんが用意することになった。

 そしてそこに更なる注文・・として、トラッポラくんは誰の手も借りるな――と付け加えたのだが、
自分は人の手を散々借りておいてソレはどうなんだ、という私の指摘から、
今回のことがオーバーブロットあそこまでの大事になってしまったのは私のせい――という話にしてなり
私の視点ことでいえば被害者にあたるリドルくんへの協力は謝罪の意味も含めて果たさなければならない――ということで、
リドルくんへの協力――このいちごタルトおかし作りは、私が自分の行動の責任を果たす上で必要なコト、だったりする。
…ただ、結構な余計なお世話だったな、と昨日の時点で思ったけどね。

 生真面目とはこのことか――という話で、しっかりとレシピ本を読み込んだ上でタルト作りに臨んだリドルくん。
アルテさんが教える手順はなく、作業についても本には載っていないひと手間と、それに付随するちょっとしたコツを教える程度で。
私どころか、プロの料理人であるアルテさんさえほとんど出る幕が無かった――…ことを考えると、
おそらくリドルくんは一人であっても美味しいいちごタルトを作り上げることができていたことだろう。…うん。ホントに余計なお世話だった!…………か?

 

「ほう…。今の時代はそれがスタンダード…なんですね…」

「…本場、というのか、本職故なのか……驚きの隠し味、ですねぇ……」

 

 形を整えたタルト生地をオーブンで焼き上げる間に、
タルトとイチゴの間に敷く、カスタードと生クリームを混ぜ合わせたディプロマットクリームを作る――最中、思ってもみないことが起きた。
なんとまぁ驚くことに、イレギュラーが発生したのだ――リドルくんが持ち出したケーキ屋の息子トレイさん直伝の「隠し味」によって。

 

「カキから出たうま味が、クリームに深いコクを与える――そう、トレイは言っていたよ」

 

 セイウチ印のヤングオイスターソース。
その原料だろうオイスターカキはいくつかの旨味成分を含むため、それらの相乗効果によって深い旨味を産み出している。
…そもそも旨味の概念は日本じもと由来の概念――なのはまぁさておいて、
オイスターソースが料理に深いコクを与える隠し味になることは理解できるし、知っている。
…が、それは、あくまで「料理」の話であって、「お菓子」の場合は話が違うと思うのだ。

 …てか入れるならせめてタルト生地だと思うのです。
タルトのほんのりとした塩味がクリームの甘味を引き立てる、ソースの風味がタルトの香ばしさを引き立てる――とかいう意図ならまだ想像もつくけれど、
クリームに塩味とカキの旨味は必要だろうか?てかそれがコクになるのだろうか??

 

「………隠し味、としか聞いてないから、適量はわからなくて…。
……どれくらいが適量かわかるかい…?」

「「……」」

 

 少し自信なさげな様子で適量を尋ねてくるリドルくん――に、思わずアルテさんと二人顔を見合わせる。
…おそらくアルテさんも、オイスターソースコレに適量はない――と思っているだろう。
しかし、ここでリドルくん自主性いけんを潰してしまうのも――どうかと思うのだ。

 失敗は成功の母――というし、元を糺せば副寮長さんの蒔いた種なので、
いっそ寮生全員で仲良く処理してもらった方がいいのではないだろうか。
………もしかしたら本当に美味しいのかもしれないし。もしかしたら、奇跡的に、本当に。

 

「……なんとも言えませんね。私はクローバーくんの作ったタルトを食べたことが無いので…」

「右に同じく――ですね。…だいぶトリッキー過ぎて味の想像がつかないので…」

「クローバーくんのタルトの味を知っているリドルくんの感覚で入れるのが、一番『適当』だと思いますよ」

「そ、そうかい…?」

 

 調理場長であるアルテさんの言葉に背を押され、
リドルくんはおずおずといった様子でオイスターソースのビンを手に取り、
きちんと計量スプーンを使って自身の思う適量を、カスタードの材料となる牛乳に投入する――……が、

 

「………」

「……カスタードの色は卵黄からくるものですから…ねぇ」

「……でもこれはコクがありそうですね、色合い的に」

「……お、多かった…かな…?」

 

 真白な牛乳が、チョコレートを混ぜた――とも違うなんとも形容しがたい薄茶色へと変わり、
その変わりようにさすがにその原因であるリドルくんも不安を覚えたようで、戸惑いと不安を顔に強くにじませ、どうかと聞いてくる――ので、

 

「牛乳を足して薄めればいいのでは?残った牛乳は、上手いことアルテさんに晩御飯へ昇華してもらいましょう」

 

 牛乳に対してオイスターソースを入れすぎてしまった――としても、
そのオイスターソースに対する牛乳の適量を導き出せば、いつか「適量」にたどり着く。…そもそもについて言及しなければ。

 しかし、オイスターソース入りの牛乳を余ったからと捨ててしまうのは、勿体ないの精神の国の出身モノとして許可できない。
割と個人的な感情ではあるのだけれど、昨今の食育、そしてフードロスの観点からも、廃棄という選択はよろしくない。
なのでここは調理のプロたるアルテさんに丸投げしまかせた――ところ、アルテさんは目を細めてニコと笑みを浮かべ「お任せください」と答えてくれた。
……たぶん、物凄い勢いでコレをどうするか考えてるんだろうなぁ…。
 

 ……でもまぁ料理であれば、いくらでも化けるとは思うんだけどね――
…なんならそれこそ牛乳を足して隠し味てきりょうにすることも可能だろう。
なにせハーツラビュル寮には90人近い寮生がいて、アルテさんたちはその食事を一気に用意しなくてはならないワケなので。

■あとがき
 屁理屈(?)の下、リドルくんとタルト作りと相成りました(笑)ようやっと夢っぽくなりましたかね(泣笑)
 この話を書くに当たり、イチゴタルトの作り方を勉強したのですが――…適当なオイスターソースを入れる余地がわからず…(汗)
マロンタルトの時にトレイパイセンが「クリームに〜」と言っていたので↑の形になりましたが……。ヒデェ違和感…。