焼きあがったタルト台を冷まし、その間にイチゴとラズベリーで作った上塗りナパージュを用意し、
タルト台が冷めたところでその上にディプロマットクリームを絞り出し、その上にイチゴを並べていく。
整然と並べられた綺麗なイチゴたち――に、ナパージュを塗れば輝きが増し、イチゴたちは真っ赤な宝石のような光沢を放っていた。

 あえてブルーベリーやラブベリーといったイチゴ以外のフルーツを使わなかったことで、艶々とした真紅のタルトはなんとかいうか圧巻。
見事な仕上がりにナイフを入れるのが勿体ない――が、スイーツは食べてなんぼである。
この美しい見た目とて、食べる時の満足感や贅沢感を増すためのスパイスのようなモノ――であって、ビジュアルそれはスイーツの本懐ではない。
食べてもらわなければ意味が無い、そしてその上で――

 

「……美味しい…」

「…!」

 

 白い皿の上に切り分けられたイチゴタルトをフォークで切り、それを口の中へと運んだリドルくん――の感想は「美味しい」。
そう、スイーツ作りはこれがあってこそ――食べた人の「美味しい」の言葉と、笑顔があってこそ――とは、友人談。
…でもこれは、スイーツに限らず、料理に関しても同じこと――だからこの友人のモットーことばには頷くしかない。

 人間にとって食事はただの栄養補給ではなく、他者とのコミュニケーションを図る一環ツール――でもある以上、
食べる相手のことを思って作り、その反応に一喜一憂することもまた料理しょくじの楽しみというもの。
…個人的なところを言えば、食べてもらう以上は喜んでもらいたい――というエゴイスティックな考えよくがあるけれど、
それが向上心となって努力くふうに反映され、上達に至るのだから――この身勝手さエゴは見逃していただきたい。

 

「…しかしオーブンが薪式だったのには驚きましたねぇ――…その結果がこの風味のある香ばしさ、なわけですが」

「準備やその後のメンテナンスが手間なのはわかっているのですが、
やはり慣れた道具が一番使いやすい――ですし、美味しさが違いますから」

 

 苦笑いしてそう言うアルテさんを前に、無意識に視線が向かうのは調理場の一角に設置――というか造り込まれたオーブン。
コンロの下に組み込み式になったオーブンどころか、オーブンレンジが主流の日本いせかい育ちの私――
――でなくともこれは、薪を熱源とするオーブンは時代的に珍しいだろう。

 まず使うための準備が必要で、使い終わったら今度は後始末が必要。
その上、日々のそれとは別に定期的なメンテナンスも必要――と、薪オーブンは使用に伴う手間が多い。
スイッチ一つで火が入って、モノによっては自動で洗浄までしてくれる現代のオーブンを思えば、
いくら美味しい料理ができるとはいえ――無駄の二文字がよぎる。

 だがそれを「使いやすい」と言うヒトにとってすれば、
わざわざ使い慣れない現代的なオーブンを使い必要はないだろう。ほぼ間違いなく、薪式の方が美味しく仕上がるのだし。

 

「…こういう美味しさを味わってしまうと、どーにも欲しくなっちゃうんですよねぇ……」

「……オンボロ寮のオーブンはウチのとは違うのかい?」

「ええ、ごく普通のガス式のオーブン――……まぁ…日本式じっかを思えばコレでも十二分なんですけど…」

「…オンボロ寮は、寮生が極端に少ないですからね。
薪式は非実用的――現代においては贅沢だ、と職長が導入を却下したとか」

「へー?」

「食べ盛りの学生――の割に、グルメなメンバーが多かった上に、芸術家肌故に皆凝り性で…。
夜食やら軽食やらを作っているうち、色々エスカレートして――ピザ窯造ろうぜ!まで話が飛躍したとか…」

「ぅわ………それはあったら正直嬉しかったですけど――…さすがにやりすぎですね、ピザ窯は」

「ええだから――…学園の調理場に導入したんです。
学生の楽しい青春トークはピザ無くしてははじまらない――と…」

「……………そんな理由でOK出す学園側もどーなんです?」

「…経費も設置のアレコレもファンタピア持ち、でしたからねぇ…」

 

 苦笑いして言うアルテさんの真相ことばに、鈍い頭痛が奔って思わず眉間にしわが寄る。
最高にくだらない理由で本校舎の調理場に導入されたピザ窯――以上に、経費が掛からないからといって、
非常に個人的なくだらない一生徒の主張を認め、導入を許可した学園側もどうなんだろうか。
…まぁ、全寮制という窮屈な環境を思えば、生徒たちの楽しい生活を提供できるツールの導入は、
生徒たちの健全な成長を担う学園としても道理は通らなくもないけれど――……ちょいと、無責任フリーダムが過ぎる気がしないでもない。

 ――とはいえ、その寛容性によって私はここに居ることができて、ファンタピアは再開できる――ワケなのだから、
その点についてはまったくもって非難できた立場ではない――…し、超個人的なコトを言えば、なおさらに「ピザ窯導入ソレ」は否定できない。
だってそれはあの・・兄さんが恥も外聞もなく仲間たちと・・・・・やらかしたバカ――…妹としても、同類いちこじんとしても責められません…!

 

「……はぁ…。…兄さんには驚かされてばかりですねぇ…」

「………キミ、は……お兄さんがいる、のかい?」

「ん?…あれ?言ってませんでしたっけ??」

「……初耳だよ…――…そもそも、キミと個人的な話をしたのは昨日が初めてじゃないか…」

「…ああ、そでしたね――リドルくんのことは一方的に・・・・知っているので、どーも心の距離感が狂うんですよねぇ」

 

 はははと笑って返せば、それを受けたリドルくんはなんとも不満げな表情で私を睨む――
――が、不意にどこか諦めた様子で「はぁ…」と小さくため息を吐くと、心に湧いた不満にがみを誤魔化すようにタルトを口に運んだ。
 

 先の一件、リドルくんがそれまでに溜め込んでいた負の感情よどみがオーバーフローブロットを引き起こし、
内に秘めた感情が形を得てあふれ出したのは、真黒なインクのような形状カタチで具現化した穢れ――通称・ブロット。

 そして溢れ出たブロットを沈静するため、オーバーブロット状態のリドルくんとドンパチを繰り広げ、
その末にブロットの集合体たる顔のない怪物を力尽くでねじ伏せた――
――ものの、怪物の悪あがきによって、私はリドルくんと共にブロットに呑み込まれてしまい――
…理屈はさっぱりだが、リドルくんの精神世界に介入しおちてしまったたようで。
リドルくんの過去――…おそらく厳密なところを言えばブロットを増幅させた根源にあたるモノ――トラウマとなる記憶できごとを、一方的に覗き見る格好になってしまっていた。

 ――…そして、精神モノクロの世界の中で、トラウマかこにまつわるリドルくんの本音も聞いた――…
…のだけれど、その当たりのことはリドルくんは断片的にしか覚えていないという。
……しかしまぁそれは、おそらくその方がリドルくんにとってよかった――…とかいう問題ハナシではなく、
とにかく一方的に記憶を垣間見られていること自体が、リドルくんには不満な様だった。

 ……いやまぁうん。それは当然の不満コトと思いますけれどね?

 

「尋ねられれば答えますけど、自ら語る気はないですねぇ。知ってもらったところで、ここでは・・・・無意味な情報ですし」

「っ……そういうことじゃなくてっ…、……キミだけが知っているのは不公平じゃないか…っ」

「…そうですねぇ…知りたくて知ったわけではないですが、一方的に知っているのは確かに不公平ではありますよねぇ――アルテさん?」

「あ」

「……ダメ、でしたか」

「ジェームズさん――どころか、兄さんさえ知り得ていない過去じょうほうですよ?そんなモノを聞く覚悟がある――なら、お話しますけど」

「…それ…は………、……今は、遠慮しておきますね…」

「賢明ですねぇ」

「……」

 

 自分の過去を語ることに問題はなく、また隠しておきたい内容ことがあるわけでもない。
だから、自分の過去を語ることに問題はない――のだけれど、
離れ離れになってしまった家族きょうだいを差し置いてまで、話を聞く必要かくごがあるのか――という話で。

 いくら何を話したところで、私の過去が、記憶が減っていく――ようなことは起こり得ないのだけれど、
それでもこう……後ろめたさ、にも似た謎の感覚があって…。
…多分兄さんも、こんなことじゃ気分を害すことさえないと思うのだけど――…個人的に、なんだか、なぁ…。

 

「……そんな風に言われたら、何も聞けないじゃないか…」

「…お気遣い感謝します――………あ、そうだ。兄さんがいなくなるまで――であれば、お話ししますよ?」

「……いや、あの…………そんな、簡単に話せる内容ではないと思うのだけど……」

 コトと、私の前に出されたのは、一杯の紅茶――と、イチゴをふんだん使ったイチゴタルト。
上塗りナパージュによって光沢を増したイチゴはキラキラと輝き、食べるのがもったいない――と感じる反面、とても美味しそうだった。

 …そう、美味しそう――なのだ。美味しそう・・

 

「…………」

 

 横から注がれるのは、ニコニやらとニヤニヤやらといった風の笑み。
彼らがなにを思ってそんな笑みを私に向けているかはそれぞれだろうけれど――見逃すつもりはない、というコトだけは共通認識だろう。

 そして、それを見守っている面々についても、彼らの意思を支持――
――私のフォローに入るつもりはないようで、だんまりを決め込んでいる。………うん。腹を括ろうか。

 

「――ゥふぐ…!!

 

 タルトを一口分切り分け、覚悟を決めて口の中へと放り込む――と、
即存在を主張してきたのは意義の解らない風味と塩味――で、またそれを即追いかけてきたのはまったりとした甘味。
その脇で酸味がちょろりと顔を出す――が、負けてなるものかと互いに存在を主張しあう塩味と甘味に共生の道はなく、
己の主張そんざいをかけて大激突する――…ものだから………混迷を極める私の口の中は戦場カオスと化したァ…!

 

「――ねェ…。コレ、マズったんじゃない?」

「……」

「…良家の出で、尚且つあの意識の高さ――
…舌が肥えているのではなく、舌が繊細と解釈するべきだった……か」

「エー?その解釈違いってじゅーよォ〜?」

「…感覚のハナシではあるが、料理を総合的に判断するのが、舌が『肥えた』人間。
そして料理を要素ごとに解析できるのが、舌が『繊細な』人間だ」

「……」

「…ざっくり言うと隠し味の分からないヤツと分かるヤツだ」

「へぇ〜……ってーコト、はー?」

「…今この子は己の罪を味わってるワケね」

「オイスタ〜は罪の味ィ〜♪」

「いやいや、上手くない上手くない」

 

 こちらを心配している――ようで、
なんか結局楽しげに談笑している職長+寮区長たち――に、僅かばかり殺意のようなものを覚える…
…が、何をどう言ったところで、このイチゴタルトは私の犯した罪の具現けっか――ではある。

 …一応、共犯者にも近い存在はいるが、上司の意を汲んでそれを止めなかった――のだから、すべての責任は私にある。
だから一切れぜんぶ食べてやるよ…!隠し味にオイスターソースを使った混沌のイチゴタルトをなァ…!!

 

さん…!ぜ、全部食べる必要は…!」

「ふ、ふふっ…!この程度の試練に耐え切れずして一団の長などぅ……!」

「…その心意気というのか、根性は買いますが――…本題で役立たずでは、その方がよっぽど・・・・ですよ」

「…」

 

 辛辣――などではなく、ただ冷静に正論を投げてくるジェームズさんに、若干の怒り交じりの不満を覚える――…が、それはものの数秒の内に霧散する。
カチンときた、屁理屈はんろんの余地はある――としても、正論に敵う言い分はないワケで。
そしてその理屈が覆らない以上、私の頭の中をめぐる怒りだの不満だのはすべて「無駄」だ。時間的にも、労力的にも。

 

「「「っ!?」」」

 

 行儀悪く乱暴に、未だ半分以上残るタルトにフォークを突き刺し――そのまま口に運ぶ。
はしたなく大口を開け、飢えた乞食のように無我夢中でソレを口の中へ押し込み――数度の咀嚼の内に嚥下する。
それを二度、三度と繰り返せばあっという間にタルトの完食に至った。

 たった一口を呑み込むにもモダついていたことを考えれば、驚異的なスピード――ではあるが、
喉元過ぎれば熱さを忘れる、とかいう理屈ハナシではまったくないので、
のど元過ぎても未だにその香りねつは残り続けている――………オイスターソースつみ風味かおりがなァ…!!!

 

「…ゥオエっぷ…!

「「「行儀…!」」」

 

 3方向から飛んでくる尤もな指摘――に、応じたいし、謝罪もしたい――が、それ以上に呼吸がしたくないワケで。

 生命維持に必要な酸素を取り込むための呼吸――でしか、体内の空気を循環させたくない――
…もとい、胃袋に陣取る我が罪のスメルをリボーンしたくなくて。
…それでも鼻孔に届く罪の臭いに、若干頭がグラグラしてくる――…ところで、

 

「…アルテからの差し入れ、です…」

 

 ノランさんがコトとテーブルに置かれたのは、ガラスのティーカップに注がれたオリーブイエローのお茶。
口を付けずとも鼻孔に届くこの香りの強さはハーブティーのそれ。
…そして暖かなそれを口にすることでフワと更に広がった爽やかでスパイシーな香りは――

 

「……地獄に仏とはこのことですか……」

「…ホトケ…?」

「ぇぇと……神、様…じゃ、ないし……、………ぇと…神様になった神父様??」

「…ほう?」

「………まぁ…あながち間違った表現ではないですけど――………いえ、そういうことにしておきましょう。
ゴーストみなさんに宗教論とか釈迦に説法――……いえ、おばあさんに卵の吸い方を教えるなDon't teach your grandmother to suck eggs.、ですし」

 

 ざっくり言えば、まぁそこまで間違った表現たとえでもないユウさんの解説――を反芻し、ハーブティーと一緒に呑み込む。
だいぶ思考に明瞭さが戻って来た――からこそ、根底の宗教せいし観の違いが気になるが、それは今重要な話題コトじゃあない。
…というか、文化圏とか色々にかかわらず、大体の宗教を存在一つで否定するだろうゴーストかれらに宗教観なんやらを説いても意味が無い。

 …釈迦に説法と言うよりは、馬の耳に念仏って言った方が近かったかな〜…。

 

「…――っと、…寄り道失礼いたしました――…それでは改めまして、運営会議をはじめましょう」

 

■あとがき
 後の顛末を見越して、自分(持ち帰り)用にタルトを別に作っていた夢主――でしたが、
止めるべきところを止めなかった報復に、リドルくんお手製のタルトをハーツラビュル寮生から贈りかえされるという(笑)
自業自得以外のなんでもないんだからしかたないよネ☆