最盛期は、NRC――を通り越し、賢者の島における「名所」とまで世界に名を馳せた幽霊劇場。
粗削りであっても基礎を固めた演奏に間違いはなく、内容は突飛であっても事実をベースにしたストーリーに陳腐さはない。
可不可を補い合った公演を、世界の目に留まるまでの芸術に引き上げたのは、
劇団の団長にして看板歌手たる一人の天才の才能――…ではあるけれど、
どれ程優れたモノだろうと、そもそも人の目に入らなければまず「評価」さえ得られないワケで。
この辺境の島と呼ばれる賢者の島――そこで芽吹き、根ざしたファンタピアという劇団が、
たった数年のうちに世間に広まったのは――見事、と言う他ない営業戦略あってのこと、だった。
華美ではないけれど、スタイリッシュには程遠い、クラシカルな装飾で改められたファンタピアのロビー――を、NRC生たちが行き交っている。
楽しげに友人と話している生徒もいれば、愉しげな笑みを浮かべて言葉なく学友と共に劇場へ足を運ぶ生徒もいて――と、
十人十色までは言わないが、三者三様ほどには生徒たちの反応はそれぞれだった。
さてそこで、話は営業戦略の話に戻る――けれど、生徒たちの反応の違いが、
そしてファンタピアを訪れている生徒の数こそが、初代の見事な営業戦略の結果――だったりした。
子供向けに構成、編集した映像を、ツテだのなんだのをフル活用してテレビ局へ売り込み、
ファンタピアの公演を子供番組ではあるが、公共の電波を通して放送した――ことによって、子供から大人へと興味が伝播し、
更に評判が親から友人や同僚に伝播し、その過程で著名人やら有識者、果てには権力者にまで評判が届き――
――結果、ファンタピアは一国の王が公演を見るために、わざわざ辺境の地まで足を運ぶほどの劇場、という評判を得るに至った。
…ただ目標達成でその番組作成を、劇場を閉鎖するその日まで止めなかったあたりが――…まぁ、なんというか、だ。
子供番組として浸透した幻想劇場は、多くの児童向け楽曲を、
保育施設や教育機関に限り、使用に関する条件を緩和し――た上に、音源の提供、果てにはお遊戯会向けの振り付けまで提供したという。
その結果、ファンタピアの活動期における教育機関やらの発表会は、軒並みファンタピアの公演に因ったモノになり――
…その時期と児童期が被った子供たちにおけるファンタピアの認知度は驚異的な高さを誇るそうな。
――で、その件の子供たちというのが、現在NRCに在籍している生徒ら、だったりした。
トラッポラくんたち曰く、番組は暇つぶしに見ていた程度だった――けれど、ダンスや歌は学校行事で覚えさせられた――と言う。
そして、全てを母親に管理されていたリドルくんは、教育の一環としてクラシック楽曲だけ視聴を許され――
――やっぱり学校では行事のためにダンスと歌を習ったそうな。
たった三例、しかも薔薇の国に限った情報なのだから、彼らの話を鵜呑みにするのは早合点にも等しい――…はずだけれど、
男子高校生の半数近くが自らの意思でここに足を運んでいる――…のだから、
おそらくトラッポラくんたちの話は一部の世代にとって「あるある」なんだろう。
…でなければ、懐古からくる興味、思い入れからの興味でもなければ――無料とはいえ、
クラシックコンサートになんぞ、男子高校生が自分の時間を削ってまで足を運ぶとは考え難い。
――単純に、こちらに興味がある生徒は別、だけれど。
「ハハっ、衣服が人を作るってヤツ?」
「…失礼ですねぇー…。私もユウさんも衣装に着られているつもりはありませんよ――
…ただグリムくんはどーしてもコスプレ感がぬぐえませんでしたが……」
「………なんかものすごい失礼なこと言われた気がするんだゾ…」
ロビーの端、その一角にちょこと集まっているのは――オンボロ寮生+元店子たち。
入場受付作業も一段落し、開場からだいぶ時間を空けてやってきたエデュースくんたちと、休憩がてら他愛もない話をしているところだった。
「…つーかユウにしてもアンタにしてもさぁ………男子校でソレってどーなの?…まぁアンタは生徒じゃないからいーかもしんないけど………」
「おんや?もしやドレスアップして可愛くなったユウさんに独占欲――です?」
「………」
「……さん…」
「いや、だって、どー見たって可愛いでしょう?私たちの知識とセンスと技術を結集したんですからっ」
思わずドヤと笑みを漏らし、今日の日のため――というか
今後の公演も見据えてこしらえた制服をまとったユウさんを、後ろから抱きしめ「当然でしょう?」と問う。
…とはいえそこは謙虚な日本人だけに肯定は得られず、
またその前に口にしたからかいが原因でトラッポラくんからも得られず――
「………っ…」
――一連の流れで急にユウさんに女子を意識したらしいデュースくんに関しては、意識がこちら側にあるかどうかすら怪しいところ。
うっかり膠着させてしまったなんとも言い難い空気に、思わずグリムくんに視線を向けるけれど――
…花より団子なグリムくんに、少年少女の繊細な心の機微を察せというのは無理な相談だったようで、きょとん顔を返されてしまった。
――さーてこの空気、どーしたものか…。
「――もうすぐ開演時間だよ。管理人がそんなところで油を売っていていいのかい?」
「…おやリドルく――…ん、と……」
聞き覚えた声に「おや」と声の聞こえた方へと顔を向けると、そこには思った通りにリドルくんの姿――と、見覚えのある姿が二つ。
一つはトラッポラくんたちを迎えにやってきたことのあるダイヤモンドさん。
で、もう一つは、すらっと高い背にアイビーグリーンの短髪と黒ぶちの眼鏡が印象的な――
「はじめまして――…じゃないが、自己紹介をさせてくれ。
俺はトレイ・クローバー。ハーツラビュルで副寮長をしている――……今更だが、よろしく」
苦笑いしてペコと会釈するのは、ハーツラビュルの副寮長であり、リドルくんの幼馴染みである…
…つい先日のカオスタルト誕生の発端たるケーキ屋の息子――クローバーさん。
なんとも言い難いあのカオスが不意にフラッシュバックし――
…危うく漏れ出そうになった嗚咽をぅんぐと呑み込み、体勢を正してコチラも改めて肩書と共に名前を答えた。
「幽霊劇場のマネージャーを務めております、・リュグズュールと申します――
――が…オンボロ寮の保護者と思って接していただけると、ありがたいです」
「……――わかった。君が望むなら、そうさせてもらうよ」
私の申し出に、やっぱり苦笑いしながらクローバーさんは了承を口にする。
さてその苦笑いは似たような立場故の理解からくるモノなのか、はたまた私の図々しい魂胆に気づいてのことなのか――
……なんとなし両方の気がするが、了解してくれたのであれば正直それだけでよかった。
ユウさんがハーツラビュルの寮生と絆を結んでしまった以上、リドルくんのことが落ち着いたからといって、
今後ユウさんがトラッポラくんたちの世話になる可能性――そしてもしかすれば、彼らから面倒を被る可能性も、十分に考えられる。
そうなれば必然的に後輩と縁を結んでしまった先輩として――だけに留まらず、
立場ある彼らは寮長と副寮長としても、寮生の面倒を見ることになるはずで。
そしてもしそうなった時、双方の保護者が理解と協力結んでいた場合――…間違いなく、色々なことが楽になるだろう。
ギブアンドテイク――だけに、どちらか一方だけが得とすることはないけれど、それでも間違いなく精神的負担は軽減される。
お互い様という理解によって。…うん。その価値はデカいなーぁ…。
「ところで――……あー………」
「? どうしました?」
「ぇーと……寮母さん、のことはなんて呼んだらいいのかなーって……」
「……ぁあ…そうですね…。…好きに呼んでくださって構いませんよ?ちゃん付け以外であれば」
「……それ、は――…あだ名でも?」
「……は?」
苦笑いしてダイヤモンドさんが口にしたあだ名に、思わず間抜けな声が漏れる――
――が、どうやらあだ名に驚いているのは私だけのようで、どういうわけやら私以外全員の顔には困惑or呆れ混じりの苦笑いが浮かんでいて。
まったく要領を得ない状況に「どういうことです?」とダイヤモンドさんに意図を問うと、
ダイヤモンドさんは何かを誤魔化すように「ハハハ」と苦笑いして――
「…こないだの一件で、誰が言い出したんだか『白薔薇』の仮称が寮生の間で定着しちゃって……」
「…寮生曰く、畏怖を込めての呼称だと言うから……一概にやめるようにも言えなくて、静観している状況なんだが……」
「ふむ…なるほど……。…畏怖はあっても『白の女王』とかじゃないんですねぇ――
…いえ、女王を望んでいるわけでは全くないのですが」
ダイヤモンドさんの突飛な発言――と同時に、私以外の反応に納得する。
どういう連想ゲームで「白薔薇」になったやら――ではあるけれど、
NRCに在籍していない上に、名乗りを上げてもいないのだから、受けた印象から成る仮称が本名より先に定着してしまうのは仕方がない。
それに幸いと言うべきかなんと言うべきかで、「女王」とあだ名されなかったのだから上等だ。
性別を伏せるつもりはないが、「男子校に男装で通うなんて二次元の話じゃないですか〜」で誤魔化す算段でいただけに、
余計な疑念を生むだろう「女王」の肩書は一番に避けたいところで。
しかしとにかくそれを回避しているのであれば、あとは「女帝」とか「魔女」とか、とにかく「女」がつく単語が付属しなければ特に問題はない。
……それにノイ姐さんの存在を考えれば「白薔薇」のイメージは寧ろ望むところ――だったりもするので。
「『女』がつく単語が付属しない限りはご自由に――…でも、女がついた時には訂正をお願いします」
「りょーか〜い――じゃ、オレはくんって呼ばせてもらうけどOK?」
ダイヤモンドさんの確認に了解を返すと、ダイヤモンドさんはニコと明るい笑みを浮かべた――
――が、不意にその笑みに陰りが差し、先ほどまで浮かべていた苦笑いに変わる。
なぜか曇ってしまったダイヤモンドさんの表情に「はて?」と心の中で首をかしげる――と、
「劇場内は撮影禁止――そう、フライヤーに書いてあったはずだよ」
不意に、落ち着いた声で話に入ってきたのは、ロビーのカウンターでもぎりを担当していたゴーストの一人――アルテさん。
そしてアルテさんの指摘に色々なコト――ダイヤモンドさんの表情が曇った原因に見当がつき、心の中で「ああ」と頷いている――と、
よほど不満だったのかダイヤモンドさんは少し口をとがらせて「だって――」とアルテさんに食い下がった。
「公演が撮影禁止なのはマナーだけど、館内まで撮影禁止ってさすがにやりすぎじゃない?」
「…学生のマナーの悪さは、学生が一番に理解している――からね」
「……わぁ…ぐうの音も出なーい…」
アルテさんの反論に、おそらくSNSの辺りを熟知しているだろうダイヤモンドさんは、
諦めと呆れの混じる苦笑いを浮かべ、降参を示すように軽く両手を上げる。
…因みにこの方針は先代から引き継いだモノ、だったりする。
ただまぁ、先代に関しては「最初から」ではなくて、知名度が上がって、幽霊劇場というモノが
週刊誌やらの記事になるようになってから――の方針ではあるのだけれど…。
――しかし、だ。
今代に関してはそもそも知名度が違うし、技術も違う。
悪意が無くとも廻り巡って「悪意」を産むのがゴシップ――で、
ゴシップが時に致命的な打撃になることも多々ある芸能の世界において、
その対策は運営側にとって最重要レベルの課題。
…特にSNSが発達、そして普及した現在――田舎の噂よりも素早く全世界にゴシップが広がるに時代においては、
過敏なくらいでちょうどいい――が事務所の常識だ。
そう、いつどこで、何が原因で情報が漏れるかわからない――…から、芸能界は嫌なんだよ…。
若干思い出したくない――が、運営側として胸に留めておかなくてはならない教訓を呑み込んでいる――
――と、不意に視界の端に、ゴーストに先導されてぞろぞろと移動する生徒の一団が目に入る。
シアンとブラックのリボン――腕章のリボンから見るに、おそらくあれはイグニハイド寮生――のうち、パブリックビューイングを希望して、
それに対するバルコニー席で妥協した生徒たち、だろう。
…報告よりもやや人数が少ないようだけれど――
「わー…あんな大人数のイグニハイド生…集会以外だと初めて見たかもー…」
「ハハ、確かにな。イベント事には基本、姿を見せない連中だからなぁ」
――という三年生の発言を聞くに、あの人数はイグニハイド寮生、としては上々なのだろう。
…ただ、だからこその期待というモノもあるけれど――
――比較は言いだしたらきりのない要素だ。なにせ相手は――
「さて、みなさんはそろそろ会場へ。そしてユウさんは――ここで上がりです」
アルテさんがパチンと指を鳴らすと、ユウさんの服装が劇場用の制服からNRCの学生服に改められる。
業務終了に対しユウさんは、どこか不満げというか、少し寂しそうな表情を見せる――
――ので、思わず苦笑いして「目立つでしょ」と言うと、ユウさんはハッとした様子で「確かに…!」と私の行動に納得してくれた。
…そんな可愛いユウさんを前に、抱きしめて猫可愛がりたい衝動が湧く――が、
さすがにここでそれを実行するのはマズいので、その衝動をぐっと堪えて「楽しんでくださいね」と笑みを向けるだけに留める。
すると私の言葉に対してユウさんは一瞬驚いたような表情を見せる――と、
不意にユウさんの表情に興奮の色が差したかと思うと、その意気のままユウさんは「さんも!」と言葉を掛けてくれた。
「……そうですね。今夜は私も――…少しばかり、愉しませてもらいましょうかねェ」
「「「「…………」」」」
「………団長…プレとはいえアドリブは程々に…ですよ…?」
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