「………」

 とりあえず、色々な方面において、トラブルと呼べる問題が起きることなく終幕したプレ公演。
少しばかり心配していた途中退場――どころかブーイングさえなく、今回の公演は生徒かんきゃくたちからの拍手に包まれて閉幕することができていた。

 …思ったよりもだいぶ好感触だったら今回の公演――…ではあったけれど、
その感触が必ずしもアンケートかんそうとイコールにならないのだから、大変に不思議な話である。

 

「……ある意味、それだけ意識してもらえてるってことなんだろうけど――…ねぇ?」

 

 公演終了後、用務員ゴーストたちの手を借りて配布し、そして回収したアンケート用紙。
最終的な来場者は約350名――で、返ってきたアンケート用紙はおよそ300枚ほど。
回収率としては上々――…だけれど、これがアンケート調査としての役割を果たせているかには、正直疑問を感じている。
…ただまぁ……彼らが今回の公演に小賢しいそんなことを思い至るほどの価値を見出した――という事実は、ある意味で「評価」と受け取れなくもないけど。

 凄かった、楽しかった、感動した――等々、簡素な感想が半数以上を占めている――ことが多い中、
今回のアンケートに関しては、半数近くに長文の「感想」が記入され、
モノによっては「呪詛かな?」と引いてしまうくらいビッシリと文字かんそうが書き込まれていたものまであった。
それだけ今回の公演に感動を覚えた――…からこそなのかも知れないけれど、
ビッシリと「感想」が書き込まれているアンケート――特にポムフィオーレ寮のソレは、正直言って感想文というよりは履歴書・・・に近いモノが多かった。

 簡素な称賛、ざっくりとした批判――からの1から10までの自己アピール。
自分ボクならもっと素晴らしい舞台を作ることができる――的な締めくくりと共に、アンケートなのにしっかり学年、クラス、氏名までを記載したアンケート用紙…。
…ある意味、そのハングリーさは芸の道に生きるモノとして称賛するべきところ――だけれど、何故「協力してあげてもいい」なのか。

 魔法を使える人間が、この世界においては特別エリートなのは理解している――が、魔法ソレ芸能コレとは話が全く別だろう。
…一応、ポムフィオーレ寮生が芸術そういう系――芸や美の要素に適性のある魂の持ち主であるとは聞き及んでいるが、「だから」と認められると思ってもらっては困る。
純粋な芸術の世界において、出身校や所属なんて所詮は箔――ふるいにかけるにあたっての基準めやすでしかない。
…そして、更に言及すると――……ポムフィオーレ寮所属それ、アピールポイントにならないから。
そういうこと考える人、大体みんなポムフィオーレ寮所属そうだから。

 

「(…それに対して頭脳派寮は……)」

 

 ポムフィオーレ寮のアンケート結果が、やや批判的なのに対し、オクタヴィネル寮及びスカラビア寮は、肯定的――というかよいしょベタぼめだった。
たださすがに、しっかりと名前を書くようなことはなく、稀にイニシャルを書いているものがあったり、
個人を特定しようと思えばできる事柄が書いてあったりと、文面における自己アピールは控えめだった。間接的にかみのうえでは、ね?

 思惑はそれぞれなのだろうけれど、オクタヴィネル寮とスカラビア寮に関しては、直接的な接点コンタクトを求められた。
…現状、私と紅の師団長にいさんの関係は秘匿されている――が、
そもそも幽霊劇場ファンタピアという組織モノ自体が、NRCにおいてある種の伝説的なモノだけに、
その恩恵利用しあやかりたいと考えるのは――当然と言えば当然だろう。
だからこその、今回の集客だったのだし。――しかし、だからこそ、そういった誘いは全て平等に断った。
一寮生も、寮長以下略も一緒くた――本公演へ向けての調整で余裕が・・・ありませんので、ごめんあそばせー!と。

 …それでも、ユウさんたちを通して「ファンタピアのマネージャー」と接触を図ろうとする生徒に関しては、
本校舎の担当ゴースト――と、友人マブ2名と、更にハーツラビュルの寮生みなさんの目を借り、適当に対処していた。
……とはいえ相手は頭脳派、潮目を読んでさっさと引いてくれたけどね。

 

「……さて、イグニハイドコレが何よりの課題もんだい…だよ、ねぇ……」

 

 半ば履歴書だったポムフィオーレ寮、接待感想文だったオクタヴィネル寮&スカラビア寮――とは打って変わり、
イグニハイド寮の感想は忖度無し――だけれど先代贔屓の激しいモノだった。
…ただ先代のオマージュ、伝統けいしきびを踏襲した部分に関しては概ね好感触――だからこそ、
今までにない演出などについては「昔見た――」の書き出しで、その大体が否定されていた。大体・・は。

 昔見た――と、先代かこの公演を引き合いに出しながらも、
「それはそれとして」と一定の好感ひょうかを示している生徒かんそうも、少数ではあったけれど存在して。
他寮のアンケートことを考えると、どうにもこの感想を疑ってしまう――が
「なににメリットが?」というヘンルーダさんの尤もな指摘に、イグニハイド寮かれらの感想は素直に受け取ることにした。

 ――で、今回の公演における観客の評――は、

 

「…『良』ってことで、…いーのかなぁ〜………」

「マネージャー、自分はもう我慢できません」

 

 ファンタピア内にある事務室に、ノックも挨拶もなく入ってきたと思ったら、
管理人わたしのデスクの前にやってきて、開口一番そう言い放ったのは――ヘンルーダさん、だった。

 前触れもなければ、更には主語まえおきすらない直談判に、もやと思い浮かぶのは――…いつぞやの逃亡やりとり
…確かにあの時はちょっとからかうようなニュアンスがあったのは事実――…だけれども!
アレは冗談コミュニケーションの一様として許容されたんじゃないんですか…?!

 

「ぁ、あの…ヘンルーダさん?い、以後気を付けますので、脱退とか離脱とかはご勘弁を…!」

「……………は?…なんでそんな話に……」

「…?…私のセクハラが我慢ならない――…のでは??」

「…………………セクハラの自覚…あったんデスか…」

「……自覚なくとも、相手がセクハラそう思ったらセクハラですから」

「…それはご尤も――………ですがっ、それとは全くの別問題です!」

「んー…?…なら…なにが『我慢ならない』と?」

「――…イデアの処遇についてです!!」

 

 いつぞやのセクハラことではない――となると思い当たる節が無く、
率直に「なにが?」とヘンルーダさん尋ねてみれば、ヘンルーダさんは納得の答えを返してくれた。

 …ぁあうん。確かにヘンルーダさんには「我慢ならない」と思います。
ただ私も、忘れてたとか、見守っているとかでシュラウドさんの是非ことを先送りにしていたわけではないのです。
――かといって、何らかの解決策おもわくあってのコト、でもないのだけれど。

 

「いつまでイデアに猶予を与えておくつもりですか!アレに時間を与えたところで時間の無駄です!
…そんな度胸があったら今頃もっと――…」

「…だからって、その都度誰かが手を引くのも、差し伸べるのも不味いでしょう。
……まぁ、本来こちらが雇いたいとっている側ですから?こちらから声掛けするのが然るべき対応――
…なんですけど、他者からの働きかけで決心されるのは、悪手だと思うんですよ」

「………逃げいいわけにつながる、と」

「…基本的に、私は学生・・ってモノを仕事相手として信用してないんです。
……みんながみんな、そうじゃないとは分かってるんですけど………確率的にやっぱり?」

 

 世の学生の全てが、自分の「仕事」に責任を自覚しもって取り組んでいない――とは、さすがに思っていない。
だってそうじゃない学生を私は知っている――…が、そいつら全員私と似たような家系たちばなんだから、ある意味当然。
芸能一族に名を連ねる「学生」なんて例外以外の何でもないのだから、ソレは一般論とは言えないワケで。
――…でもそれが、私の学生に対する不信感の根幹をなす事柄じゃあなかった。

 私が、最も忌み嫌っているのは――…部活動感覚で、仕事をかつどうしている学生れんちゅう
…お前らの楽しい青春を演出するために、大勢の大人たちが汗水たらして働いてるワケじゃあないんだよ――……というのが私の身勝手なちょっきゅうの不満。

 …ただ、それとは逆に、学生の青春を食い物にする大人れんちゅうというのもいるし、
事務所トコロによってはただ単に運営おとなたちがヘタクソなだけって事例コトもある――…から、なんとも言い切れない。
…まぁウチに関しては、圧倒的に学生がわるいんだけど、な!

 

「……学生の疑念に関しては理解もしますし、同意もしますが――……イデアには、当てはまりません」

「…」

「…確かに、アレには失敗の責任を転嫁する傾向があります。
…でも、得意分野に関しては確固たる自信とプライドを持っている――
……まぁそれで、調子に乗イキった挙句にやらかして、更にコミュ障を拗らせて引きこもりが加速することもありますが……。
…だとしても、アレの才能のうりょく本物・・です」

 

 私の不安を理解し、更にヘンルーダさんは、シュラウドさんの個人的な不安要素も認めた――
――上で、それでも自信を持ってシュラウドさんの実力を肯定した。
…もしかすれば、同類故の贔屓目というものもあるのかもしれない――が、だとしても、
ここまでヘンルーダさんぶかが推薦する人材を、なにもせずに放置するというのは問題があるだろう。マネージャーじょうしとして。

 ――それに、よくよく考えれば心構えがなっていないなんて要素コトは、今現在ファンタピアに在籍しているメンバーの一部にも言えること。
今回の公演の盛況ぶりに気をよくして、浮足立っているメンバーが多々見受けられる以上、
シュラウドさんだけを「心構えがなっていない」という理由で採用を見送るのは道理が通らないだろう。

 「一人前」の心構えがなっていない――なら、そのように根性こころ叩きなおせととのえればいいだけ、だ。
端から能力も精神も整っている完璧な存在を雇おう――と考えている辺りが、肩書無しむめいのマネージャーの分際で生意気というか馬鹿げているというか。
否定さおこられ慣れていない現代の若者の矯正は非常に面倒で難題だが――やってやれないことはない。
元の世界の話ではあるけれど、そちらではできた課題コトなのだから。

 

「…――わかりました。私も腹を決めましょう」

「…………マネージャー…?」

「…いいんです。一ヵ月経ってもなにもない・・・・・ということは――…最悪の可能性しんぱいはない、ということだと思うので……」

 

 初めから完璧な人材を迎えたい――
未熟な人材の育成をしたくない――のは、
きっとこの無責任けねんが胸に引っかかっていたから、なんだろう。
帰還の目途が立てば、大事なかたよくになにかあれば――…簡単に、この仲間たちせかいを切り捨てるだろう自分の無責任はくじょうさが。

 ツイステットワンダーランドいせかいに迷い込んでから早くも一ヵ月が経過しようしている――が、環境は改善されているが、良くも悪くも状況・・は変わっていない。
未だ帰還が叶いそうな兆しはなく、まるで希望が潰えてしまったかのように――…私たちは、異世界での日々に馴染んでいっている。
…それが、必要ないいことなのかは……今は、わからない。
でも、見込みのない兆しにすがるくらいなら、それをなげうって新たな兆しに望みをかける方が建設的だろう。

 ――…ただまぁ………ファンタピアの再建コレが、本当に帰還への兆しに繋がっているのかは――
…確信どころか、漠然とした自信さえないんだけどねぇ〜…。

 

■あとがき
 (たぶん)鬼門の二章、開幕となりました。ド初っ端から版権キャラ出てこなかったぜ!(泣笑)
次回では登場予定ですが、しばらくサバナクローの「サ」の字も出てこない展開が続きます。別名サバナクロー編なのに(苦笑)