故郷にほんのことわざに、親しき仲にも礼儀あり――というモノがある。
どれほど親しい間柄にあったとしても、守るべき礼儀がある――
親しくなりすぎたあまり、侵してはいけない一線を冒し、良好な関係を失わないように――という意味合いの戒めことわざだ。

 しかし私には馴染みのある言い回しことわざも、異世界ここでは通じないだろう――この言い回しままだと。

 

「(hedgeかきどころか鍵すら引っこ抜くヘンルーダさんの行動力……)」

 

 親しき仲に垣をせよA hedge between keeps friendship green.――というのが、西洋における「親しき仲にも礼儀あり」に相当する格言いいまわし
hedgeかきが礼儀に相当し、やはりいくら親しい間柄でも、冒してはいけない一線がある――という認識は、世界でも共通の認識の様だ。
…ただ、それを全力で否定して行く――……いや、この場合は例外、って言った方が適当かなぁ……。

 

「イデアー!!」

「っ――ふぉワァああー!?」

 

 心の垣を取っ払い、更には部屋のセキュリティかぎまで突破して、イグニハイド寮はシュラウドさんの自室に突撃したヘンルーダさん――と私。
拒絶されることを想定し、端から呼び鈴まえおきもなく突入した――のだから、シュラウドさんが言葉になっていない叫び声を上げるほど驚くのは当然で。
…しかもなにやら仕事さぎょう中、だったようで――?

 

「――シュラウドくん?!何事ですか!!?」

 

 ――と、タブレットからクロウリーさんの声が聞こえてくる。
タブレットがめんを見るに、これは寮長会議――というヤツだろうか?
リドルくんが居て、シュラウドさんが参加していて――資料で見た生徒かおばかりが揃っているところをみると。

 

「イグニハイド寮はマレウス・ドラコニアの殿堂入りに賛成。
だが、それに対する反対意見に対し異議を唱えるつもりはない――以上だっ」

「っちょ、その声はヘンルーダさんですね?!
いきなりなんなんですか!?とういうかアナタ!学生じゃないでしょ!」

「二百年経とうがイグニハイド寮ウチマジフトうんどうに対するスタンスは基本変わらない――専門すきなヤツいいようすきにやれっ」

「あ」

 

 クロウリーさんのご尤もな指摘に、ヘンルーダさんはたぶん間違ってはいないんだろう方針こたえを返し、
クロウリーさんの反論こたえを聞く――ことなくブチと通信を切断した。

 …たぶん?こちらの光景ようすは向こうには見えていないから?
この一件に関して私がクロウリーさんから責められることはないだろう――…けれども、ここはちゃんと首を突っ込んでおこう。
ヘンルーダさんぶかの不出来は我が不出来――ですので。

 

「…これで、場は整った――さぁ…!話し合いの時間だイデア…!!」

「っ――」

「…ヘンルーダさん、無駄に雰囲気・・・を盛らないでください。
我々はシュラウドさんをスカウトしに来たんわけじゃないんですから」

「っ、な――……………………あ゛?

 

 決断はなしあいを迫るヘンルーダさんを「スカウトしに来たわけじゃ」と宥めると、
私のそのセリフに反応したのだろうシュラウドさんの顔が私に向く――が、しばしの沈黙ののち、非常に不機嫌そうな顔で睨まれた。
…いえ、当然の反応とは思うのですが。

 

対面・・を嫌忌するお前に対しての配慮――であって、マネージャーの奇行しゅみじゃない」

「………」

 

 平然と、まるでそれが適切であったかのように言うヘンルーダさん――を、シュラウドさんは更に不機嫌の色を濃くしてジロと睨む。
…何度も言うようだけれど、シュラウドさんの反応の方が普通――ではあると思う。
私が着ているこのライオンの着ぐるみを「配慮」と言われては、そりゃあ「はァ?」だろう。

 直接的な「対面」を避けるため――にしても、もっとましな方法があったのではないだろうか――
……とか思っておきながら、実のところ「面白そう」の一点でヘンルーダさんの提案を受け入れた私――だけに、
一概に「趣味じゃない」とは言い切れず、この件に関して何を言う権利は私にはなかった。
……因みに、真実に関する報告義務に対しては黙秘権を行使しまーす。

 

「――ではマネージャー、お話を」

「「………」」

「…イデアおまえに委ねた結果がコレ、だろうが」

 

 私とシュラウドさんの主張しせんを受けたヘンルーダさん――だったが、
シュラウドさんの心をおもんばかる気は一切ないようで、ご尤もな事実しゅちょうを口にする。
そしてその主張してきを受けたシュラウドさんも、ヘンルーダさんの主張は尤もと理解しているようで、気まずそうにヘンルーダさんから顔を背けた。

 …この反応から察するに、おそらくシュラウドさんは何度かヘンルーダさんから「答え」を促された――…もしくは急かされた、んだろう。
…それでも動かなかったということは――…根深いこと、なのか、それとも単に頑固かプライドが高いのか…。
いずれにせよ、「関係者」として迎える――べきかどうか、改めてその是非を見極める必要があるだろう。

 

「…それでは、不躾ではありますが、技術者シュラウドさんに対して私が求める技術モノについて説明させていただきます――」

 

 アイドルやアーティストのライブに限らず、クラシックコンサートやミュージカルなどにおいても、
デジタルが見せる幻想――プロジェクションマッピングは、演出の一様として既に浸透している。
そしてその認識は、この世界においても同じ――ではあるけれど、見せかけの幻想と、本物の幻想を併用した演出、というのは、未だ多くないらしい。
…おそらくその原因は、本物側が見せかけの幻想それを許容できないから――だろう。頭の固いロートルプライドはっそうで。

 変な話、所詮プロジェクションマッピングは見せかけ――スクリーンに映し出された映像でしかない。
であれば、実像を持った魔法による演出の方がクオリティが高い――より純度の高い「幻想」を見せることができるだろう。
それは尤もなコト――ではあるが、その傲慢ぜいたくは資金にも人材にも余裕のある、名実共に揃った大劇団が極める演出さき――であって、
色々と余裕のない新生ウチが目指していいモノではない、というか無謀という高望みモノだった。

 

「――…要するに、妥協点ってワケ」

「…妥協、ではないですよ?総合的に考えた場合の最良だいあんです」

「ふーん……失敗しない・・・・・公演が、リュグズュール氏の最良・・デスか」

「…はい――凡人を満足させるだけなら、それで事足りますから」

「……。………………そういう相手コトなら、…わざわざ拙者を駆り出す必要ないのでは。
……当然理解していると思われマスが、拙者の使用コストはSSR級ですぞ?」

「ええですから――シュラウドさんがこの仕事を『自分が手掛けるまでもない』と思うのであれば、別の方を紹介していただけると大変助かります」

「………」

 

 ベッドの上であぐらをかき、こちらを見下ろすのは――不機嫌そうな表情のシュラウドさん。
自分を頼っておきながら、あっさりと他人を持ち出したことが面白くない――のか、
それとも面白くないとそう思うと考えて吹っ掛けられたと思っているのか――…まぁ、どちらであっても特段問題はなかった。

 正直言って、今に限ってはただただ事実――こちらの本心を話しているだけなので。
だから本音それで嫌悪されてしまうなら、彼とは仕事をするべきではないだろう――
…間違いなく、仕事相手になったなら、もっと我の強い話し方・・・になるからねぇ?

 

「先代と違って、今代の資金はオーナーのポケットマネーだけなので…。
できるだけ出費けいひは抑えたいんですよ――…一度限りの公演ではないのでなおさらですね」

「……それなりの技術者を低賃金での長期雇用………。
…そんなブラック企業に同志を生け贄として献上しろと??」

「いえいえ、その方について教えていただけるだけで充分ですよ。
生徒であれば仲介はヘンルーダさんにしてもらいますし、そうでなければオーナーのツテのツテ…
…ぁあ、社会人の方であればフリーランス――もしくは小規模事務所グループ所属の方、でお願いします」

「……」

 

 割と、シュラウドさんにとって都合のいい――逃げ道につながる要素を提示しているはずなのだけれど、どーにもシュラウドさんの表情は晴れない。
というか寧ろ、より雲色が悪くなっている気がする。
…もしそれが、私の勘違いでないのであれば――…やはり興味とりつくしまは山ほどあるのだろう。

 

「――とはいえ、こちらが求める技術ていどがわからなくては判断も推薦もできないと思いますので――こちらを、参考にしてください」

「…………ん?」

USBの中に『採用試験』の課題が入っているので、それを見てもらえばこちらの『求める者』がわかると思います」

 

 ヘンルーダさんの手を借りてシュラウドさんに手渡されたUSBメモリーには、採用試験的な課題――
――相手の技術力じつりょくを計り、また採用されることで任せられる作業しごと
そして仕事に対する心構えスタンスを理解してもうための「課題」が詰まっている。
……いや、本当に詰まっているわけじゃあないけどね?それごとの提出を前提にしてるからメモリの容量的にはスッカスカだけどね??

 

「――あ、因みに期限は只今よりきっちり三日。
試験の結果は劇場での実演テストを見て決めるので――三日後の今、迎えを送りますね」

「………拙者が試験を受けるのは決定稿なんです?拒否権は??」

「もちろん拒否権それはありますが――
――程度もわからず他人どうしに仕事を投げるのは、なんであれ・・・・・相手に対して心無いのでは?」

「…」

「試験内容を見て、それで程度に検討がついたのであれば、その時点で事の是非を決めてくださって結構です。
その是非の連絡についてはメールでも、ヘンルーダさんでも、オルトくんでも――」

「――………ちょっと待って。…なんでそこでオルトが出てくるんだよ…?!」

「……オルトくんとは元の約束もありますし…。
…それにヘンルーダさんは寮区長ですから、常に手が塞がっているくらいでしょうし…?」

「…ぇ、あ、いや……そ、それは優しい職長どのの計らいで、そこまで余裕のない状況ではないデス、がぁー…」

「ほお、それはそれは――ジェームズさんに、良い報せてみやげができましたねぇ〜」

「ほ、な゛っ…おっ――…!…っカ、カマかけやがりましたナ…!」

「…――誰が、悪いってんです?」

「……ぅぐ…」

 

 あえて視線は向けず、正論だけを投げつければ――ふと首元アタマに違和感を覚える。
…おそらく、ヘンルーダさんが着ぐるみの頭に乗った――自身の非を認めての降参しゅっとうの意を示したのだろう。

 早々に仕事を片付けて、空いた時間を個人的な時間として使う――それに悪はまったくない。
だが、「早々」が「大体」で、「片づける」が「済ませる」では前提ハナシが違った。

 完璧にこなした上での自由時間の確保であれば、管理側こちらにとやかく言う権利はない――が、
不備があるなら注意も苦言も叱責も、こちらには言う権利ぎむがある。
管理すること、滞りなく運営することが、いわゆる管理職の役割しごとですので。

 

「…ボスと職長はノットイコールだったんじゃ……」

「確かにノットイコールですけど、ジェームズさんの悩み・・を放置はできませんよ――上司ボスとして」

「くぅ〜……オーナーは見逃してくれたのに…」

「人の振り見て我が振り直せてないヤツに、他人を責める権利はないですからね――ただ逆を言えば『有る』ワケですが」

「ぐう正論…」

「――と、ヘンルーダさんの言質もとったところで、我々は失礼しますね」

「………ぇ、なに?……言質ソレ…初めから織り込み済みだった――の??」

「いえ、日々虎視眈々です」

「……ぇ…そう……だったんです??」

「ええまぁ――…年長者のみなさんの話を聞いているうちに、サクっとメスを入れた方がいいと思いまして」

「…いやっコレ、サクっとメスをーではなくザックと鉈!では?!」

「はははかもですねぇ――古い・・モノを改めるわけですから〜」

「!」

「――では今度こそお暇――」

「――ただいまー…ぁ…………………ぇ、レオンくん?!

「……なんて?」

 

 お暇しようとしたその刹那、お散歩から帰ってきたらしいオルトくん――の呼び名セリフに、
もうしばし私とヘンルーダさんはシュラウドさんの部屋に居座ることになるのだった。

 

■あとがき
 二章なのに、六章なのか??と疑いたくなる展開でした(苦笑)
ぶっちゃけ、本編の流れ度外視のファンタピアの運営優先展開です。
間違いなく、六章に多大な支障を生むだろうなーと思いながら現実を見ないようにしておりますっ(脱兎)