幽霊劇場ファンタピアが保有する舞台ホールは約4つ。
主に団員たちが打ち上げに使う小ホールに、試験的しょうきぼな公演に使う中ホール。
そしてメインである大ホールは二種類――…と言えなくはないが、座席のけいしきで2種類パターンにはなるけれど、
舞台と一階の座席部分はほぼ構造が変わらないので、部屋という分類では1つが適当ではあって。
…更に言えば、大ホールの最大だいに形態は未解禁こうかい――
…一応、今月末にお披露目予定ではあるけれど………人間相手じゃあないんだよねぇ〜……。

 現代的なドームやら、アリーナやらを思えば、この大ホールの収容人数なんて、最大であっても鼻で笑う数――
…ではあるけれど、名もない劇団が保有するには過ぎたモノ、だろう。
家賃及び維持費という意味での負担がない――とはいえ、空席の多い会場こうえんほど無様で情けない状況はない。
そして演者にとっては、これほど屈辱的な状態ことは――あるけれど、最大級の屈辱であることには間違いないだろう。

 

「(…とりあえず、途中退席さいだいのくつじょくは味合わずに済んだけど――……まだ、油断はできないよねぇ……)」

 

 先のプレ公演において、途中退席する生徒は一人としていなかった。
また、変なヤジだったり、ブーイングだったりもなく、細かいことを言わなければ、
マナーが守られた上で公演は問題とどこおりなく閉幕――し、予定外のアンコールに応えた末に終幕した。
別の意味で予想を超えた反応だった――が、これで安心するのはさすがに気が早いだろう。

 今回のあいては無料で招いた学生――だったが、次のあいては有償で訪れる大人と、様々な方向での関係者・・・
おそらく彼らは今回よりもずっとずっと高いボーダーで、理不尽な期待を寄せて鑑賞こうえんに臨むことだろう――
…まぁそれは、「良きお客様」であればお金を払った時点で当然の権利なんだけどね?

 現状、ほぼすべての演目が――及第点、にも到達していない。
ただ、今回の客層こうえんにおける、私の思惑きじゅんにおいて――の話なので、先のプレ公演であれば「上等」というレベルには到達している。
そう、間違いなく団員えんもくのクオリティは向上している――…が、まだ足りなかった。
及第点なんてあくまで通過点――目標点にはまだまだ遠く、完成ちょうてんなど程遠い状態なのだから。

 

「(…とはいえ、問題なく着実にレベルアップしてるから……
…このままいけば『演者』に関しては課題は達成できる。…だからあとは――)」

「――マネージャ〜イデ坊が来ましたよーっ」

「…そうですか――………にしてもご機嫌ですね?」

「はははまぁイデ坊のことはこーんなチビの頃から知ってるんでねェ〜…なんとなしこう…気持ちが、入っちゃうんですワ」

 

 「ははは」と自嘲交じりの苦笑いを漏らし言うのは、演出部門の部門長であるイグニハイド所属のヒカマさん――で、
ふと辺りを見渡してみれば、他のゴーストたちも「そうそう」と言いたげに苦笑いを浮かべいた。
…ヘンルーダさんとシュラウドさんが、特別親しいのは知っていたけれど――…まさかのイグニハイド担当まるごと、なんです??

 

「………みなさんそう、…なんですか??」

「んん?………ぁあそうそう、オレたち演出部門サブチームはみんなそーなんだわー――…副部門長がヘタレだったもんで〜っ」

 

 ニヨニヨと笑みを浮かべながら「ヘンルーダふくぶもんちょうが〜」と言うヒカマさん――と、それを呆れを含んだ苦笑いで見守る他演出サブ組一同。
…おそらく、ヘンルーダさんとシュラウドさんが接点を持ったことを切っ掛けに、ヒカマさんたち演出部門サブチームもシュラウドさんと面識を持ったのだろう。

 ……ということは、もしかしてシュラウドさんは先代メンバーとも関わりが……?

 

「(…いや、その追求かくにんはあとでいいな――)」

 

 そう頭の中で割り切っていると、知らない内にヒカマさんが定位置についていて――
――その横のSWとVEふたりが「ほうほう」と漏らしながら何やら作業をしていた。

 …おそらくアレが、本日の試験の答え。
彼らの反応的には好感触だけれど――

 

「ではみなさん、感慨に浸らずお願いしますね?」

 

 一つ、失念していた――…というか勘違いしていた。
プログラマーとしての技術があれば、依頼者こちらがアイディアと素材さえ用意しておけば、あとはそれを組み上げるだけなのだから、
グラフィッカー、もしくはデザイナー的な能力は必須ではない――と思っていたが、よく考えれば馬鹿げた考え方ハナシだった。

 ゴーストたちの演奏に合わせて光が舞い、曲の盛り上がりに合わせてエフェクトがかかる――それはこちらの指示通り。
だけれど光の動きのパターンや、エフェクトの大きさや強弱についてはざっくりとした指示しか出していない――
…ということは、そこの部分に関しては、プログラマーシュラウドさんのセンスによって調整された上での仕上がり、ということになる。
…要するに、こちらの指示を受けての作業だとしても、仕上げはプログラマーの美的センスに因る――ということだ。
 

 ――…ただまぁ、土台さえ手早く仕上がってしまえば、仮にこちらのイメージとずれていたとしても、調整していけばいいだけの話――
…ではあるけれど、そもそもクライアントとプログラマーの感性センスにズレがあった場合、その調整さぎょうは双方にとって多大な苦痛と時間を必要とする。
…特にお互いにプライドを持って仕事をしている表現者モノ同士だと、互いに譲らないから平行線で作業が進まず後が詰まってきて――……なんてことも、あったりしたし。
……でもある意味、大切なことではあるんだけどね?自分のセンスを譲らないっていうのは。
…ただ、オファーされたわけじゃないみずからとってきた仕事なのに、クライアントの意向をつっぱねるってのもどうかと思うけどね??

 ――と、話が脱線したけれど、要はクライアントとプログラマーのセンスが近い方がお互いに仕事がしやすく、
また作業にスムーズに時間が割ける分、仕上がりも良くなる――というわけだ。
……まぁあまりに近すぎると、今度は偏った仕上がりカタチになっちゃうからほどほどがベストなんだけど――

 

「(感性は近い――けど、趣向が違う…ってところかな…)」

 

 こちらの指示書の上、シュラウドさんが作り上げたプログラム――プロジェクションマッピングは、ほぼほぼ完璧な仕上がりだった。
指示書に従っているのはもちろんのこと、こちらの細やかではないざっくりとしたニュアンスを把握した上で反映しているし、
指示が抜けてしまった隙間にはそれまでを踏まえた上で適当な処理をしていて――
……本当に…今までの拒絶っぷりがなんだったのかと思うくらいの完成度、だった。

 おそらく、シュラウドさんの映像センスはゲームやアニメといったサブカルチャーから端を発し、
ショー的な演出センスはアイドルコンサートによって磨かれいった――のではないかと思われる。
これまでに収集したシュラウドさんの趣味趣向を踏まえると。
そしてそれらの知識センスと、過去に自らの目で見た先代ファンタピアの公演が融合して出来上がったのが――
――あの、プロジェクションマッピングえんしゅつなのだろう。

 先代の雰囲気こうえんを意識している――が、それを真似ているわけではなく、
あくまでその雰囲気を踏襲しつつ、新しい演出のカタチに昇華している――…
……なんというか…これはもう「スゴイ」の一言しかない…。
本当に、これが現実なのか疑いたくなるほど――ドンピシャだった。供給と需要が。

 

「(どう…しよう……)」

 

 自分だけのことを言えば、シュラウドさんは合格――いや寧ろこちらから頭を下げてでも手に入れたい才能センスの持ち主だ。
それは嘘偽りのない本心――…なのだけれど、そういうつもりではなかった上に、
逃げ道よゆうを与える形での採用には、どうしても不安があった。管理職やといぬしとして。

 シュラウドさんの実力、そして才能は本物だった――が、精神的にまでプロほんものかどうかは――…正直言って怪しい。
指示書に対して完璧に等しいモノを作り上げてきた――が、あくまで完璧ではないし、
これで完成というわけではない以上、ここから指示の修正や追加といった調整が更に必要になる。
対面うんぬんに関しては、音声通話リモートでも基本的には問題ないだろう――が、それが頻繁に繰り返される状況になった時――…が、心配だった。

 感性が近いモノ同士の仕事は作業がスムーズ――だからこそ、どうしても欲が出てしまう。
とんとん拍子で作業が進めば必然的に時間に余裕ができる。
時間の余裕は心の余裕を生み、ついつい細かいところにまで意識が向いてしまい――完成の合格点ラインが引きあがってしまう。
作品の完成度を高めることは、表現者としては大変良いことではあるのですが――
完成度それを求めたがためにプロジェクトえんもくが頓挫――で済めばいいけれど、逸材ぎじゅつしゃまで失うことになってしまったら洒落にならない。
…じゃあ、初めから欲張らなければいいじゃない――…という理屈ハナシだけれど、そんな自制ができたら悩む間もなく頭下げてるってんです?

 

「………」

 

 なんとも堪らず顔を横――やや遠くの席に座っているシュラウドさん、そしてオルトくんがいる方へと向ける。
すると視線それに気付いたシュラウドさんは驚きなのか、怯えなのか、ビクと体を震わせ――すぐさまバッと私から顔を背ける。
そしてその一連の流れを見ていたオルトくんは、少し困ったような表情でシュラウドさんに何か言っている様子――
――だが、それに対してシュラウドさんもなにか弁解しているようだった。

 腹を括った――…はずなのに、いざリスクを前にすると、それを避けようとしてしまう――…まぁなんとつまらない方針しこうか。
我ながら、呆れたつまらない考え方だとは思う――が、この演出・・において、失敗は一度たりとも許されない。
だから事前の失敗の排除リスクかんりはなによりの要務であり、計画えんしゅつの根幹を維持するための要でもある。
……ただ、失敗を恐れるあまりに、中途半端な成果しか上げられなかった――のでは、結局行き着くところは「失敗」なのだけど。

 

■あとがき