「――」
「ヒッ…?!」
悩みに悩んで方針が固まり、決意と一緒に立ち上がった――ら、やや遠くから怯えを含んだ悲鳴らしきものが聞こえる。
反射的に声の聞こえた方へ視線を向ければ、怯えた表情のシュラウドさん――が、また私から顔を背けた。
……ああ、決意が揺らぐなぁ………。
懸念がぽこぽこと湧き上がり、かさを増した懸念に呑まれそうになる――が、そこはぐっと堪えて前へと進む。
思い出せ、本来私は改革派――保守的な一族に逆らい、噛み付き、その上で成果を上げてきた。
そう、だからこれはある意味で元来の私の方針に戻るだけのことなのだ――
………ただ?私だけが元に戻っても仕方ないんですけどね?
私だけが戻ったところで、傲慢プロデューサーが爆誕するだけ――なのでね??
「イデア・シュラウドさん」
「………は、ぃ…」
シュラウドさんたちが座っている席にまで近づき、名前を読んでみたところ、小さいながらも応えは返ってきた――
――ものの、視線は相も変わらず私ではない何処かへ向かっている。
…またしても、懸念という不安が湧き上がってくる――が、それを圧し留めることにはもう慣れた。
だから懸念を圧し潰し、私は下すべき決断を口にした――
「シュラウドさん――あなたを買わせてください!」
「……………………ほあ?」
「プログラマーとしてのスキルもさることながら、こちらの指示を読む理解力。
更に指示通りに見えて、細かい部分と指示の空白にちりばめられた自我…。
…大概、コレが後の面倒に繋がるんですが――シュラウドさんなら、問題にはならないと思いました」
「……………く、組み易し――…と?」
「………その可能性は無きにしも――ですけど、
一番の理由は単純に感性――…というか感性を磨いたモノが一部共通していると感じたから、ですね」
「………と…申しますと??」
「…シュラウドさん、ゲームお好きですよね?」
「ぅ…は、はい…」
「ゲームのオープニングムービーとか、何度も見返しちゃいます?」
「そ、そうデスね…」
「なるほど。実は私もスキップ忘れ常習犯なんですよ――
――で、話題が変わりますが、アイドルのライブに行かれた経験は?」
「ぁ、あります…」
「ではそのライブの円盤は?」
「…………特典付き初回限定版を予約しております…」
「ほほぉ、それはそれは…――…でも正直ソコは、関係なくてですね?
そのライブ映像をファンの視点で純粋に楽しんだ――後、エンターテイメントとして改めて解析しながら見ているのでは?と感じたのですが」
「………」
最後の、指摘のような私の質問に、シュラウドさんは怪訝な表情を見せ、黙り込む――が、コクと小さく頷いて、答えは返してくれる。
ゲームはともかく、ライブ映像についてはかなりマニアックな見方だけに、確証が持てなかったのだけど――
――どうやら、私の見当は間違ってはいなかったようだ。
――となれば、私の推測は確信に変わる。
やはり、私とシュラウドさんの感性を磨いてきた芸術は極めて近い。
国と立場の違いで、エンターテイメントの焦点に差異が生じているだろうけれど――
――おそらくそれは「刺激」の枠内に収まる程度の「摩擦」だろう。
…あえてもっと現実的に言えば――趣向の優先度はそもそもクライアントの方が上、なモンでねー?
「ゲームについても、アイドルについても、おそらく趣味趣向については噛み合わない部分は多々あるとは思います――
――でも、非現実に見るエンターテイメントの魅力は、自分と近いモノがあると感じました」
「…それ、は………指示通りに作ったからそう見えるだけ、…だと思うけど……」
「………指示にない、主張激しめのレトロな弾幕演出ぶっ込んどいてなに言ってんです?」
「ぃや…それ、は………く、空白が場の流れを止めそうだったから…お、応急処置的に……」
「ほお、応急処置――ですか。
…であれば、シュラウドさんの本気はこんなものではない――今回は本気で取り組んだモノではない、と」
「っ…それは……っ…」
「――うん!兄さんの本気はもっと凄いよ!」
「んッ、へ……ぁ?っぉ…オっ?オルトぉ……?!?」
「今回は時間制限があったから、細かい部分はブラッシュアップが間に合わなかったけど、もっと時間があれば――」
「――納期厳守は義務。
プロを謳うならなおのこと――…とはいえ、アレを丸三日でっていうのは、まぁまぁ無茶振りだったとは思うけどね――常人には」
オルトくんのフォローを遮り現れたのは、先ほどまで奏者として舞台の上に立っていたヘンルーダさん。
ただ、その時の姿から既にデフォルメの姿に戻っていて――
――若干定位置になりつつある私の頭の上に、ヘンルーダさんは「よっこい」とのしかかるような形で落ち着いた。
「で、結局のところ、コレはお前にとって面白かったの?それとも――面白くなかった、の?」
「っ…それ…は………」
「面白くなかったんなら、それは仕方ない――趣味趣向にも左右される内容だからね。
だから断るのも、仕事として引き受けるのも、依頼を持ち掛けられたお前の自由――……マネージャーが頭下げちゃったからねェー…」
「いやー…欲しいモノは負債作ってでも手に入れろ――が、家訓なもので……」
「………そんな家訓掲げてなんで破産しないんだか……」
「…人材育成を生業とする家の社訓――…だからですかねぇ〜」
負債を背負ってでも己の欲するモノを手に入れろ――なんて家訓は、確かに一族の破綻を早める家訓にしか思えない。
ただそれが、家訓というなの社訓であれば――少し話が変わる。
そして「モノ」が「物」でなく「者」だと更に話が変わってくる――人材を育てて財を成す我が社の場合は。
弘法、筆を選ばず――なんて言うけれど、弘法こそ筆を選ぶもの。
自分にとっての最善、最良を選び、そしてそれを用い、また自身の全力をもって――己の目指す最高の作品を作ることこそ芸術家の本懐。
己の最高を目指すために妥協なんてことは許されない――だから、私たちは欲しい人材に対して貪欲だった。
自分一人がどれほど努力したとしてもたどり着くことができないショーを実現するために。
否応なく視線が――シュラウドさんに集中する。
集まっている視線はほぼ身内のモノ――とはいえ、プレッシャーを伴ったものだけに、
視線という名の期待に耐え切れなかったらしいシュラウドさんは、苦しな表情で期待から逃れるように顔を下げてしまう。
そのシュラウドさんの反応に、思わず視線を上――ヘンルーダさんのいる方へ顔を向けると、
私の意図に気づいたらしいヘンルーダさんは自ら私の方を覗きこみ――色濃く呆れが浮かぶ顔を「やれやれ」と言いたげに横に振った。
…どうやらこうなってしまうと、もうお手上げのようだ。
「ヘンルーダさん、シュラウドさんをサブに案内してください」
「………ん?」
「シュラウドさんの才能と技術は買ってるんですが、
精神的な部分についてはほぼほぼ信用していないので――そこも、試してみようかと」
「……………ぁあ…なるほど…。……初っ端で色々へし折りそうな気もするけど……」
「であれば端からついて行けないってコトです。
…未来も能力もある若者に無理を強いて、心を病ませるようなことになったら――損害賠償が怖いですからねぇ」
「…………」
「…サブは顔見知りの方ばかりですから環境としては悪くないかと」
シュラウドさんの意思も聞かず、二次試験を行おうとする私を、シュラウドさんは恨みがましく睨んでくる――
――が、ここで下手に出ても答えが出るわけではないので、ここはわざとテキトーな配慮でお茶を濁す。
…ところが本当にテキトーが過ぎたようで、シュラウドさんの表情は恨みがましい――というか不満げな表情のまま。
……あれ?もしかして……余計なお世話、でした??
「……いや、逆じゃないよ――…ただ、ヒカマの絡み方がウザいってだけ」
「あー……」
もしや――とヘンルーダさんに不安を投げてみれば、それに対する答えは否――…ではあったけれど、ある意味では応でもあった。
…ぁあまぁそうか…。昔からの顔見知りだからって、必ずしも相性が良いとは――…限らないよねぇ…。
…特に才能あふれる若者に、経験で生きてきたベテランは、相手が好意的だったとしても、煩わしい時ってあるからねぇ……。
…おじさんたちに悪気はないのです――ただ、ノリが古いだけなのです…!
「…でもまぁ実際に関わるのはグアドとブラケンだから平気でしょ――ホラ、さっさと行くよ」
「っ………、……はぁ〜〜〜………」
「もうちょっと頑張ろう兄さん!」
「――っと、すみません。オルトくんはこっちに残ってもらってもいいですか?」
「…………ハぁ?」
「私の指示だと伝わりにくい部分とかもあるのと思うので、その辺りの通訳をお願いしたいんです――
それに、オルトくんが居てくれれば技術的な可不可も現場でわかるので、なにかとスムーズだと思うんですよ」
「……、……………」
「――兄さん、どうする?」
弟であるオルトくんをこの場に残して欲しい――という私のお願いに、
シュラウドさんは当然のように難色示す――が、私の提案を聞くと若干態度が軟化した。
私に対する苦手意識があるからこそ、私の提案には納得する部分があるようで、
事の如何を尋ねてくるオルトくんを、シュラウドさんは何とも言えない表情で見ていた――ので、搦め手を使うことにした。
「どうでしょうね――オルトくん?」
「っ…!」
「ぇ?」
「オルトくんが残ってくれると、私としては心強いのですが」
私の搦め手に、シュラウドさんは恨むような表情を見せる――が、
オルトくんの視線に気づいたその瞬間、どこか気まずそうな表情でオルトくんの視線から顔を背けた。
…おそらく、個人としての我儘と、兄としての自負がせめぎ合って――葛藤、しているんだろう。
一個人としては、慣れない環境で一人になりたくない――オルトくんに傍にいて欲しい――が、
オルトくんの兄としては、オルトくんの意思を尊重したいし、弟に付き添ってもらうのは兄として情けない。
…さてこうなると、オルトくんの頭の中における「優先順位」が争点となってくるのだけれど――
「――ロジックエラー。
AIシステムのアルゴリズムに重大なエラーが検出されました。
システムチェックのため、スリープモードに移行します――………」
無機質な声で、事務的な文言を並べ――…オルトくんは近くにあった座席に座り、そのまま目を閉じてしまう。
…彼の言葉が正しいのであれば、システムチェックのための機能停止ということなのだろうけれど………。
…さすがにこれは想定外――…ではあったけれど、要するところは「兄思いの弟には酷な選択」だったのだろう。
兄を傍で支えたい、兄の背を押したい、そして自分の知的好奇心――やら…
…当事者以上に悩む要素が多い第三者の立場にある少年に、事の是非を預けたのだから。
「あーも〜…思慮の浅い…!」
「……いえマネージャー、これはいつまで経っても腹を決めないイデア――
――と、鬼になり切れなかった自分も同罪です。ですから、そうお気になさら――」
「――赤信号、みんなで渡れば怖くな――くとも違法は悪、です。反省しましょうね?お互いに」
「……ハイ…」
「…」
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