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肌を焼く日差しと、カラカラの空気が――痛いような、一周回って心地いいような。
極東の夏――湿度を保った暑さとは感覚が違う熱帯の熱さは、俗に言う「カラっとした暑さ」というヤツで、
乾いた空気は心地いい――が、暑さが猛暑日ド直球なだけに暑い。…いや、痛い!日差しが!!
既に数度訪れているサバナクロー寮――ではあるけれど、
だからといってこの気候の差にすぐ慣れることができるかといえば、それは難しい。
だって普段生活している区域の季節は残暑も過ぎて既に秋――
――だっていうのに急に真夏の気温に迎えられてはそりゃあビックリするだろう。体が。
…コレ、健康な若者だから問題になってないけど、真冬にこの寒暖差をお年寄りが体験したら……
…ヒートショック現象で軒並みぶっ倒れるんじゃないかなぁ……。
普段は肩にかけているストールをスカーフの如く頭にかぶり、燦々と照りつける太陽の下――を早々に離脱するように建物の中へと駆け込む。
既に授業が始まっている現在、学生寮にひと気は無く、しんと静まり返っている――…が、それはサバナクロー寮においてはそこまでおかしなことじゃない。
寮生の自主性を認める――他寮であれば用務員が担うべき仕事も寮生が行い、寮内の衛生と秩序の維持を寮長が管理し、
その程度が基準値を満たす限り、用務員たちは最低限しか干渉しない――という独自のルールの上にあるサバナクロー寮だけに。
――しかし、だからといって用務員たちに担うべき仕事がない、ということはない。
肉体派――運動系部活に所属する生徒が特別多い寮だけに、洗濯物の量、そして夕食に消費される食材の量も他の追随を許さない――
…曰く、それだけで結構いっぱいいっぱいだそうだ。今の人員数では。
…いや、正しくは逆――それに間に合う人数で構成されている、らしい。ジェームズさん曰く。
サバナクロー寮担当の用務員たちの主な仕事は洗濯と料理。
なので調理場へ行き、更に洗濯場、そして洗濯物を干す屋上にも足を運んだ――が、目的の人物には出会えなかった。
…まぁ、最後の屋上は「いないだろうな」と思いながら足を運んだだけに落胆はほぼ無く、
なにを思う間もなく用務員室へ足を運び――遂に、出会うことができた。
…というか発見した。優雅に二度寝と洒落込んでいるマキャビーさん、を。
ジリジリとした日差しを逃れ、土壁で建てられた用務員室の中で最も涼しいな窓際で、
クッションの積まれたソファーの上、仰向けでゴロリと寝転がっている――というか思いっきり寝ているのは、デフォルメ姿のマキャビーさん。
さて、肩書を持たない用務員たちがえっほえっほと労働している中、
彼らのリーダーである寮区長がのんきに――いや優雅におサボるとはどういう了見だろうか。
…ただそれを、苦笑いしながらも職員たちが容認していたとなると………。
…働いてくれない方が、面倒が少ない?…とか??
ヘンルーダさんのこと――イグニハイド寮の用務員たちの問題については、
ジェームズさんから愚痴を聞いたけれど、マキャビーさん、そしてサバナクロー寮についてはなにも聞いていない。
職員全員がグルのことでさえ「問題」が把握されていたのだから、
一方だけが面倒を被っているのであれば、すぐに「問題」は告発される――はず。
…だけれど告発がされていない、もしくはこの状況を把握した上でジェームズさんが放置しているのであれば――
…マキャビーさんのおサボりは問題ではない、ということになる。
どういう理屈で成立しているんだかは、まったく見当がつかないが。
私はゴーストたちのボスであって、用務員たちの職長――ではない。
だからここで、「問題」として取り上げられていないマキャビーさんの勤務態度に対して口を出すのはお門違い――
――ではあるけれど、マキャビーさんのサボりが癖であるというのなら、ファンタピアの指揮を執るマネージャーとして、看過できなかった。
度々、気まぐれで練習をサボられては困るのだ。
なにせマキャビーさんはパフォーマー部門のリーダー――ダンスの演目において、主役を担う柱の一人なのだから!
「…マキャビーさ――」
眠るマキャビーさんの名を呼びながら彼との距離を詰めると、不意にフワリと柔らかな風が吹き――マキャビーさんとの距離が更に開く。
……風に攫われて、マキャビーさんが――…窓から落ちたんだがー!?!
風に転がる風船が如くコロコローっと転がされ、戸のない窓から転がり落ちる――眠ったままのマキャビーさん。
咄嗟のことに対処が間に合わず、それでもどうにかしなくてはと窓から身を乗り出し、慌てて下を覗きこんだ――ら、
「ぶあっぷ…ッ?!」
私を迎えたのは一陣の風。
人一人を容易に吹き飛ばすその風は、自然の力を物語るかのように強烈――ではあるけれど、
天候的に、そして地形的に自然現象は考えにくい。
…となると、必然的にこの風は人為的な現象――誰かが、何らかの思惑をもって実行したこと、となるわけだが――
「にゃはは。ゴーストが落ちたくらいで慌てすぎだぜー?」
強烈な風――おそらく魔法に因るものだろう風によって部屋の中に押し戻された上、ゴロリと体が後転。
思考も視点も落ち着きを取り戻していない――ところに聞こえたのは、愉しげな笑い声で。
特徴的なその笑い声に、一気に思考が最適化され、鈍い頭痛を覚えながらも声が聞こえた方へ顔を向ければ、
そこには愉快そうに笑いながらフワフワと宙に浮かんでいるマキャビーさんの姿があった。
「……物理法則下で落ちた――んですから…。…そりゃ驚くでしょう……」
「くふふ、物理法則下にしても風船ニャあ痛くも痒くもないぜー?」
「………そうですね…」
恥ずかしさのような悔しさのようなで、つい尤もらしい反論を返してしまった――
――けれど、その上を行くご尤もな正論を返されては反論の余地はなく、マキャビーさんの言葉に頷くしかなかった。
なんとも言えないモヤとした気持ちを抱えながらも、屁理屈をこねるようなことはしない――が、
失態は一度棚上げして、改めてマキャビーさんに視線を向ける。コレは、どういうつもりだ――と。
「にゃははっ、そーんなに怖い顔しねーで欲しいナぁ〜。こンぐらい、カワイイイタズラじゃねーの〜」
「…確かに、この程度のイタズラは許容範囲内ですよ――…でも、練習サボったヒトがお出迎えにやることではないでしょう」
「え〜お嬢もサボってんだからお相子だろ〜」
「ぐ……それを言われると……」
昨日一昨日と、ファンタピアのパフォーマー部門の練習をサボったマキャビーさん。
それに嘘はない――が、それと同時に私がサボった――その自覚が無くとも、練習に参加していなかったことは事実。
たとえその二日間の意識が私に無かったとしても、事実は責任なのだから受け止めるしかない。
さて、こうなるとマキャビーさんに対して強くは出られなくなってしまうわけだが――
「マーとはいえ、ソレはオーナーせいだから?オレも、お嬢を責めたりはしねーけどー?」
「……けど、なんですか」
「ん〜けど――お嬢ちゃんに説教される義理もねーな〜ぁって」
「……………」
今、私の頭の中で怒りのゴングがカーン!と鳴った――が、それをGOサインと受け取ってはいけない。
上司としての器を保つためにも、ここは絶対に噛み付いてはいけなかった。
10〜20そこら歳の離れた年上であったなら、意気を抑えつつ嫌味の一つも返したれ――というところだけれど、
如何せん相手は確実に100歳以上も年の離れた、名実ともに年上。
そんな相手にお嬢ちゃん――子供と、女と侮られたとしても、それはさすがに仕方ない。
…それに、私は危険のない世界でのうのうと育った人間――なのだから、獣人の慢侮は尤もだ。
表現者、そして経営者として認めた――としても、個人的に認めているかはまた別問題。
ノランさんの場合は、別問題だからこそ、個人を無視して格上として認めてもらえたけれど――
「――では、マキャビーさんに私のお説教を聞いてもらうには、どうすればいいですか?」
「……ンフフっ。ソレ、オレが決めちゃっていーのかネェ〜?」
「…マキャビーさんに認めてもらえないと、意味ないですから」
「――ニャハハー!だワナー!」
私の言葉のニュアンスを読んだやら、マキャビーさんは酷く愉しげに、どこか興奮した様子で笑って、声を上げる。
…なんだかよくわからないけれど、おそらくコレは獣人種の性――精一杯牙を剥く弱者に対する強者の嗜虐心、といったところだろうか。
生命維持に因らない残虐性――弱者をいたぶるという行為は、知性無き獣には起こり得ない現象。
しかし人の知性を持ち、そして獣の狩猟本能を持つ獣人種は、種の特性という次元でこの嗜虐性が出てしまうモノ――なのではないだろうか。
……ただ、そういう傾向で考えると、マキャビーさんの感覚はだいぶ狂っていると言う他ない。
白獅子たる私を、眷属の立場にありながら「獲物」と侮るなんて――雄獅子の威を借るにしても、不敬だな。
…というか寧ろなおさら不敬では?神子たちに対してじゃなくて、お獅子様夫婦に対して、ね??
「ほんじゃマ、オレを捕まえてみーな?
できたらちゃーんと認めてやるサ――それがサバナクローの寮訓だかんネっ」
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