まず、結果だけを言うと、イデア・シュラウドは――ファンタピアからの業務委託を了承した。
しかも、天才と呼ばれる優れた技術者いつざいには相応しくない――低賃金で。

 シュラウドさん――もとい、イデアさんの「芸能の分野に関しては、知識はあっても未経験シロートだから――」という自己申告により、
現在アルバイトの立場かつ、その立場相応の賃金で、イデアさんは公演における演出プログラムの制作業務を行っている。
ファンタピアに所属する部門長じょうしの指示の下――という構図カタチで。
ただ実際は、クライアントからの指示書はあっても上司からの指示はなく、
制作の全てをイデアさんの判断で行っている――…けれど、それは演出部門の長であるヒカマさんの指示であり判断。
よってその責任もヒカマさんが負うべきモノ――…ということで契約ハナシはまとまった。

 …絶妙に、ヘンルーダさんがなんともやりきれいえない表情をしていたけれど、そこは私もヒカマさんもさすがにスルーした。
さすがにそこまでの円満を目指す余裕はない――…時間的にも、金銭的にも、精神的にも。
 

 …あ、因みにオルトくんはイデアさんのお手伝い、という形式カタチで、
書類上はファンタピアウチとは無関係の立場に収まっている。
ただ実際のところはずぶずぶ――私とイデアさんの通訳係として、
そして出不精なイデアさんの引率係として、ほぼ毎日ファンタピアに来てくれている状態だった。

 ――で、連日出勤それに対してイデアさんから「契約違反」と抗議を受けた――のだけれど、
オルトくんが「業務のクオリティアップと、兄さんの健康に必要なことだよ!」と説明しいってくれたことで、
イデアさんは苦虫を噛み潰したような表情で抗議を取り下げてくれた。

 …因みに、オルトくんと打ち合わせとかなんとかはしていない。
なので、これはオルトくん自身の判断に因るところ――
――いつぞやのシステムチェックとアルゴリズムの最適化の結果だろう、とはヘンルーダさんの見解だ。
………うん。まだ深くは突っ込むまい…。
 

 そんな感じで新たな人材、そしてそれによる新たな可能ほうこう性が見えてきた新生ファンタピア――
…だけれどここ2日ほど、練習も打ち合わせも滞ってしまっている。……私の、かなり個人的な問題コトで。
…ただその二日間かんの記憶が、私にないからなんとも言えないのだけれど……。

 

「……」

 

 ここ二日間の記憶が無い原因は――既にわかっている。兄さんが首謀者げんいんだ。
…でもそれは、兄さんなりの気遣いだったんだとも、わかっている――
…否が応にも、双子ふあんタネを思い出してしまう誕生とくべつな日を、心穏やかに過ごすスルーするための。

 そしてそれは、私個人の観点でのみ考えれば名案だった――
――が、ファンタピアのマネージャー、そして団長コンダクターとしては、悪手だった。

 ……ただね、総合的に考えたら、兄さんの方策こころづかいが最善だったとは思っているんだよ…。
…前日の時点で、自覚できるくらいおかしかったからね…。その、メンタルが――…ねぇ……。

 

「……なめられましたか…ねぇ……」

「…いえ…そういう趣旨コトではないと思います」

「では…どういうコト、でしょうねぇ……」

 

 私の頭の中にまるきり存在しないここ二日間の記憶――を補ってくれたのは、ジェームズさん及び部門長たちが制作してくれた報告書。
…ただ、パフォーマー部門に関してだけは部門長ではなく副部門長からの報告――で、
その事実を現すのは報告書に書かれた名前サイン――もだが、
なにより一番わかりやすかったのは、部門長が練習に参加しなかった、という事実ほうこくだった。

 パフォーマー部門の部門長とは、百獣の王の不屈の精神に基づく寮――サバナクロー寮の寮区長でもあるマキャビーさん。
デフォルメゴーストの姿になっても残っているサフランイエローのケモノ耳が示す通り彼はネコの獣人で、
確かにその振る舞いはネコ然とした気まぐれで、悪戯好きな愛嬌のある人――
――だけれど、だからといって努力を厭う表現者ヒトではないと認識していた。
そして自分の役職たちばについても、その役割せきにんを理解した上で引き受けているのだろう――と、思っていたのだけど……。

 

「マキャビーの考えは当人にしか分かりません――…本人に訊くのが手っ取り早いかと…」

「………」

「確かにアレはネコですが、あくまで獣人――…主の言いつけには従います」

「……じゃあ、言いつけを残さなかったわたしの落ち度でしょうかね……」

「…それ以前にいつ、お嬢様はマキャビーの『主』になったんです?」

「――……………、……ッ!!?!?」

 

 雷が落ちたような衝撃――とはこのことだろうか。
脳天から真っ直ぐ、全身を貫くように奔り抜ける事実しょうげき
寝ぼけた脳味噌にはいいきつけ薬――ではなく、寧ろ意識を失いかねないほどの衝撃げきぶつだった。

 ああ、ああ、ああ――…!全身から血の気が引いていく……!

 

「っ…お嬢様…!あくまでそれ・・はマキャビーの場合であって…!
我々全員がそうというハナシではありませんっ…」

「………、……」

「…でなければ、ハーツラビュルさきの一件にしても、今回の不在ことにしても――
…誰もお嬢様のフォローになど回りませんよ……」

 

 不信が不審を呼び、思わず疑念の視線をジェームズさんに向ける――と、
…ジェームズさんは焦りと呆れが複雑に混ざった困惑を表情かおに写しながらも不信を否定して、疑念ふしんを解こうと言葉を選んで重ねてくれる。

 ……確かに、ここまでされては――という以前に、
ジェームズさんに限っては面と向かって信頼を示されていたというのに――
信頼それを疑う私のたんらくさたるや、なんていうかもゥ……!

 

「…穴があったら入りたい……」

「………ぁあ、埋め合わせ――ですか」

「………………………――……もうヤダこの年上オジサンたち…!!」

「…若返れ、という命令は、さすがに聞けませんよ?」

「っ――聞けたところでェ……!誰がするかー!!

 

 肌を焼く日差しと、カラカラの空気が――痛いような、一周回って心地いいような。
極東こきょうの夏――湿度を保った暑さとは感覚が違う熱帯の熱さは、俗に言う「カラっとした暑さ」というヤツで、
乾いた空気は心地いい――が、暑さが猛暑日ド直球なだけに暑い。…いや、あつい!日差しが!!

 既に数度訪れているサバナクロー寮――ではあるけれど、
だからといってこの気候のかんだん差にすぐ慣れることができるかといえば、それは難しい。
だって普段生活している区域の季節は残暑も過ぎて既に秋――
――だっていうのに急に真夏の気温せかいに迎えられてはそりゃあビックリするだろう。体が。

 …コレ、健康な若者だから問題になってないけど、真冬にこの寒暖差をお年寄りが体験したら……
…ヒートショック現象で軒並みぶっ倒れるんじゃないかなぁ……。
 

 普段は肩にかけているストールをスカーフの如く頭にかぶり、燦々と照りつける太陽の下――を早々に離脱するように建物の中へと駆け込む。
既に授業が始まっている現在、学生サバナクロー寮にひと気は無く、しんと静まり返っている――…が、それはサバナクロー寮においてはそこまでおかしなことじゃない。
寮生の自主性を認める――他寮であれば用務員が担うべき仕事も寮生が行い、寮内の衛生と秩序の維持を寮長が管理し、
その程度が基準値を満たす限り、用務員たちは最低限しか干渉しない――という独自のルールの上にあるサバナクロー寮だけに。

 ――しかし、だからといって用務員たちに担うべき仕事がない、ということはない。
肉体派――運動系部活に所属する生徒が特別多い寮だけに、洗濯物の量、そして夕食に消費される食材りょうりの量も他の追随を許さない――
…曰く、それだけで結構いっぱいいっぱいだそうだ。今の人員数では。
…いや、正しくは逆――それに間に合う人数で構成されている、らしい。ジェームズさん曰く。

 サバナクロー寮担当の用務員たちの主な仕事は洗濯と料理。
なので調理場へ行き、更に洗濯場、そして洗濯物を干す屋上にも足を運んだ――が、目的の人物には出会えなかった。
…まぁ、最後の屋上は「いないだろうな」と思いながら足を運んだだけに落胆はほぼ無く、
なにを思う間もなく用務員室つぎのこうほへ足を運び――遂に、出会うことができた。
…というか発見した。優雅に二度寝と洒落込んでいるマキャビーさん、を。
 

 ジリジリとした日差しを逃れ、土壁で建てつくられた用務員室の中で最も涼しいかいてきな窓際で、
クッションの積まれたソファーの上、仰向けでゴロリと寝転がっている――というか思いっきり寝ているのは、デフォルメ姿のマキャビーさん。

 さて、肩書を持たない用務員しょくいんたちがえっほえっほと労働している中、
彼らのリーダーである寮区長がのんきに――いや優雅におサボるとはどういう了見だろうか。
…ただそれを、苦笑いしながらも職員ぶかたちが容認していたとなると………。
…働いてくれない方が、面倒しごとが少ない?…とか??

 ヘンルーダさんのこと――イグニハイド寮の用務員たちの問題ことについては、
ジェームズさんから愚痴そうだん聞いうけたけれど、マキャビーさん、そしてサバナクロー寮についてはなにも聞いていない。
職員全員がグルイグニハイドりょうのことでさえ「問題」が把握されていたのだから、
一方だけが面倒を被っているのであれば、すぐに「問題」は告発はあくされる――はず。
…だけれど告発それがされていない、もしくはこの状況を把握した上でジェームズさんが放置しているのであれば――
…マキャビーさんのおサボりコレは問題ではない、ということになる。
どういう理屈で成立しているんだかは、まったく見当がつかないが。
 

 私はゴーストたちのボスであって、用務員たちの職長トップ――ではない。
だからここで、「問題」として取り上げられていないマキャビーさんの勤務態度に対して口を出すのはお門違い――
――ではあるけれど、マキャビーさんのサボりが癖であるというのなら、ファンタピアの指揮を執るマネージャーとして、看過できなかった。

 度々、気まぐれで練習をサボられては困るのだ。
なにせマキャビーさんはパフォーマー部門のリーダー――ダンスの演目において、主役を担うスターの一人なのだから!

 

「…マキャビーさ――」

 

 眠るマキャビーさんの名を呼びながら彼との距離を詰めると、不意にフワリと柔らかな風が吹き――マキャビーさんとの距離が更に開く。
……風に攫われて、マキャビーさんが――…窓から落ちたんだがー!?!

 風に転がる風船が如くコロコローっと転がされ、戸のない窓から転がり落ちる――眠ったままのマキャビーさん。
咄嗟のことに対処が間に合わず、それでもどうにかしなくてはと窓から身を乗り出し、慌てて下を覗きこんだ――ら、

 

「ぶあっぷ…ッ?!」

 

 私を迎えたのは一陣の風。
人一人を容易に吹き飛ばすその風は、自然の力を物語るかのように強烈――ではあるけれど、
天候的に、そして地形的に自然現象それは考えにくい。
…となると、必然的にこの風は人為的な現象モノ――誰かが、何らかの思惑をもって実行したこと、となるわけだが――

 

「にゃはは。ゴーストが・・・・・落ちたくらいで慌てすぎだぜー?」

 

 強烈な風――おそらく魔法に因るものだろうそれによって部屋の中に押し戻された上、ゴロリとせかい後転いっかいてん
思考も視点も落ち着きを取り戻していない――ところに聞こえたのは、愉しげな笑い声で。
特徴的なその笑い声に、一気に思考が最適化され、鈍い頭痛を覚えながらも声が聞こえた方へ顔を向ければ、
そこには愉快そうに笑いながらフワフワと宙に浮かんでいるマキャビーさんの姿があった。

 

「……物理法則下でかぜでころがって落ちた――んですから…。…そりゃ驚くでしょう……」

「くふふ、物理法則下にだとしても風船ニャあ痛くも痒くもないぜー?」

「………そうですね…」

 

 恥ずかしさのような悔しさのようなで、つい尤もらしい反論ことを返してしまった――
――けれど、その上を行くご尤もな正論ことを返されては反論の余地はなく、マキャビーさんの言葉に頷くしかなかった。
なんとも言えないモヤとした気持ちを抱えながらも、屁理屈をこねるようなことはしない――が、
失態それは一度棚上げして、改めてマキャビーさんに視線を向ける。コレは、どういうつもりだ――と。

 

「にゃははっ、そーんなに怖い顔しねーで欲しいナぁ〜。こンぐらい、カワイイイタズラじゃねーの〜」

「…確かに、この程度のイタズラは許容範囲内ですよ――…でも、練習サボったヒトがお出迎えにやることではないでしょう」

「え〜お嬢もサボってんだからお相子だろ〜」

「ぐ……それを言われると……」

 

 昨日一昨日と、ファンタピアのパフォーマー部門の練習をサボったマキャビーさん。
それに嘘はない――が、それと同時に私がサボった――その自覚が無くとも、練習に参加していなかったことは事実。
たとえその二日間の意識きおくが私に無かったとしても、事実は責任じじつなのだから受け止めるしかない。
さて、こうなるとマキャビーさんに対して強くは出られなくなってしまうわけだが――

 

「マーとはいえ、ソレはオーナーせいだから?オレも、お嬢を責めたりはしねーけどー?」

「……けど、なんですか」

「ん〜けど――お嬢ちゃん・・・・・説教させめられる義理もねーな〜ぁって」

「……………」

 

 今、私の頭の中で怒りたたかいのゴングがカーン!と鳴った――が、それをGOサインと受け取ってはいけない。
上司としての器を保つしめすためにも、ここは絶対に噛み付いてはいけなかった。

 10〜20そこら歳の離れた年上あいてであったなら、意気を抑えつつ嫌味の一つも返したれ――というところだけれど、
如何せん相手は確実に100歳以上も年の離れた、名実ともに年上オバケ
そんな相手にお嬢ちゃん――子供と、女と侮られたとしても、それはさすがに仕方ない。
…それに、私は危険まほうのない世界でのうのうと育った人間こども――なのだから、獣人マキャビーさんの慢侮は尤もだ。

 表現者、そして経営者として認めた――としても、個人的に認めているかはまた別問題。
ノランさんの場合ときは、別問題だからこそ、個人そこを無視して格上じょうしとして認めてもらえたけれど――

 

「――では、マキャビーさんに私のお説教・・・を聞いてもらうには、どうすればいいですか?」

「……ンフフっ。ソレ、オレが決めにきいちゃっていーのかネェ〜?」

「…マキャビーさんに認めなっとくしてもらえないと、意味ないですから」

「――ニャハハー!だワナー!」

 

 私の言葉のニュアンスいとを読んだやら、マキャビーさんは酷く愉しげに、どこか興奮した様子で笑って、声を上げる。
…なんだかよくわからないけれど、おそらくコレは獣人種の性――精一杯牙を剥く弱者ネズミに対する強者ネコの嗜虐心、といったところだろうか。

 生命維持ほしょくに因らない残虐性――弱者えものをいたぶるという行為は、知性無き獣には起こり得ない現象こと
しかし人の知性を持ち、そして獣の狩猟本能じゅうせいを持つ獣人種は、種の特性という次元レベルでこの嗜虐性けいこうが出てしまうモノ――なのではないだろうか。

 ……ただ、そういう傾向ほうこうで考えると、マキャビーさんの感覚はだいぶ狂っていると言う他ない。
白獅子たるこの私を、眷属ネコの立場にありながら「獲物ネズミ」と侮るなんて――きん獅子の威を借るにしても、不敬だな。
…というか寧ろなおさら・・・・不敬では?神子わたしたちに対してじゃなくて、お獅子様夫婦たちに対して、ね??

 

「ほんじゃマ、オレを捕まえてみーな?
できたらちゃーんと認めてやるサ――それがサバナクローの寮訓りゅうぎだかんネっ」

 

■あとがき
 7人もいれば、一人や二人や三人くらい素直には認めないヤツがいるもので(笑)
ただマキャビーも70%くらいはもう既に認めておるのですが、嫉妬心とイタズラ心からこんなことをしでかした次第です。
新入りの子猫に構いまくる主人に対する不満を子猫に向ける先輩にゃんこの図――てなとこですかね(笑)