「マネージャぁアアアあ〜〜〜〜〜!!!」

 

 遠いような、近いようなところから、なんかめっちゃ呼ばれている――…てかマネージャー?
マネージャーてなんだ。我、プロデューサーぞ。何ゆえ急に現場担当扱いされておるのか。
…………て…、随分と、声が……しゃがれてる、なぁ…?…ウチのチームに、こんな中年しゃがれボイスのヤツいたかなぁ………。

 答えを見つけられない疑問に不快感が沸き上がり、それが睡眠への欲求よりも勝って――のろりと身を起こす。
無理矢理起こされた格好になってしまったせいか、思考はぼんやりだし、気持ちもモヤっとしている。
……ぁあ…やっぱりまだ眠い…。まだ眠い――から、もっかい寝よ――

 

「マネージャー大変だ!いやっ、まだ大変なことになっちゃいないがなァ?!」

「………」

 

 事務室の窓際に置かれた高さのないソファーの上、敷き詰められたクッションに再度身を預けよう――としたその瞬間、
バビュンと窓から飛び込んできたのは、白風船デフォルメ姿フォームに縦長の耳――ウサギのそれが生えたゴースト・ポールさん。
彼は仕事をサボったマキャビーさんに代わって常駐用務員ゴーストたちを仕切っている存在で、
ファンタピアにおいては演劇部門に所属していて――

 

「ねーるーなッマネージャー!!」

「………起きてます…起きてますぅー…」

「だったら目ぇ開けろ!ホレ!水!」

「んー……」

 

 わーわー騒ぐポールさんに若干のわずらわしさを覚えながらも、差し出されたコップに口をつけ、中に入っていた水でのどを潤す――と、
思いがけず冷たかった水に、意識が変な方向に行きかける――が、
それをポールさんの「あーもー!」の声に引き戻され、更にぐいと手を引かれたと思ったら廊下まで引っ張り出される。
そして私を廊下に引っ張り出したポールさんは更に窓の外を指差し「ホレ!」と声を上げた。

 ポールさんが指さす先――窓の向こうに見えるのは………崖?
…ただその頂上に人工物が見えるから………その上に何かしらの施設があるんだろう。
……で、よーく耳を澄ませてみると、の方向から喧騒らしきものが聞こえる…。

 …喧騒……喧嘩的…騒音………。

 

「………決闘?」

「ちっがーう!決闘じゃねぇ!幼獣ガキの狩りの練習だァ!」

「…」

 

 幼獣ガキの狩りの練習――…とは、アレだろうか?
親が殺さず生け捕った獲物――弱った獲物それを練習台に、幼獣こどもたちが狩りの練習を行うという……
捕食者の生態から見れば興味深く、獲物の立場から考えればなんとも惨たらしい…。
自然界における絶対的なパワーバランスの上にあることだけに、自然の摂理と言っても過言ではないようなアレでソレ………。

 ……でもそれを、獣人の幼獣ガキがやっているとはおかしくないだろうか?
てか、弱った獲物を捕ってくる「親」って誰だ??

 

「…………イジメ?」

「そう!イジメ!弱い者いじめ!肉食獣(人)が寄ってたかってだ!」

「ぅんー……確かにそれは良くないですねぇ………。……でもそれ、私が割って入るのもおかしいのでは?
NRCの教職員でもなければ、サバナクローの関係者でもないし――…厳密、用務員ですらないですし…」

「だあー!!イジメられてるのが――お宅の寮生なんですー!!?

「…なん?」

 

 聞き捨てならない事実たんごに思わず視線を前に――窓のはるか向こうにそびえ立つ崖――の、上に向ける。
…が、遠いし高いしでまったく全然わかることがない。
ただ聞こえてくるのは愉快そうに笑う野郎どもの粗野な声――…嫌な予感しかしない。

 

「――」

「ふぎゃ?!ま、マテ!まてマテ待て!オレは連れて行っても仕方ない!
オレはあくまでヒラ職員!連中を口で止められるのは副区長だけだァ〜!」

「………んぇ、マキャビーさん戦力外ですか」

「そう!サバナクローはじつ力主義だかンネ!」

 

 なぜビッと親指を立て、イイ笑顔で真っ向勝負故に物騒なことを言って寄越すポールさんに、不快なカタチで意識が覚醒するのだった。

 

 走って跳ねてを繰り返し、あっという間にたどり着いた崖の上――の………これは、なんだろう……運動場グラウンド

 ポールさんの報告というのか警告というのか通りで、黄色と黒のリボンわんしょうを腕につけた制服姿の寮生たちが集まり、
赤と黒のリボンわんしょうを腕につけた制服姿の……見覚えしかない生徒たち+オンボロ寮ウチの寮生一匹を相手に、
円盤ディスクの取り合い――………にかこつけた暴力イジメ、と思わしき行為を行っていた。
あー……まずはどこからツッコめばいいやら……。
 

 一体お前たちかれらはなにをしているのか――もとい、なぜこんなことになったのか。
しかしそれ以前に元店子たち+ハーツラビュルの上級生おめつけやくがここにいる――
――ひいてはウチの寮生たちまで何故サバナクロー寮にやってきたのか。

 とりあえず、ユウさんについては何かしらの「面倒」に巻き込まれたから――だろうけれど、
基本的に荒事めんどうごとお断りのトラッポラくんとダイヤモンドさんがこの場にいることが解せない。
…しかしまぁそんな彼らだからこそ、逆に考えれば何かしらの目的なりがあってここにいる――
――自らの意思で面倒に関わっている、という仮説は立つ。
…ただ、その「目的」とやらにまったく見当がつかないから――…身の振り方に迷っているのだけれど。

 

「――っと、またしても何事ですか」

「っ…さん…!」

 

 空中から急降下――の後、少しばかりスライディングしブレーキをかけつつ、
不安げながらも必死にグリムくんたちに状況を伝えていたユウさんの傍に着地する。

 真っ当ではない方向からの侵入者に、誰も彼もが驚きに動きも言葉も止める中――

 

「っ! あーっくーん!止めて止めて!この練習試合・・・・止めて〜」

 

 ――と、少しばかりおどけた調子で助けちゅうしを求めてくるのはダイヤモンドさん。

 ぅーん…この人もこの人で中々の曲者だなぁ……。
…ただまぁ、だからこそ・・・・・ダイヤモンドさんが私の不利に動くことはないとも思ってるけどね。
賢いくせものならば、付く側を見誤ることはしないだろう――良くも悪くも。

 

「…ユウさん、『助けてください』――ですか?」

「っ…はい…!寮母さん!グリムたちを助けてください…!こんなのっ……暴力と同じです!!」

「そう、ですか。では、これはオンボロ寮として正式にサバナクロー寮に苦情ですね――マキャビーさん、出番ですよ」

 

 ユウさんりょうせいからのSOSに寮母として応える――オンボロ寮関係者としてサバナクロー寮に正式に苦情を出すべく、
その最大の窓口であるマキャビーさんりょうくちょうを呼びつけ、ストールに巻いて背負ってきた彼を自分の前に持ってくる――
――が、今の今までというか今もまだマキャビーさんの意識は夢の中にあるようで、返ってきたのは「ンあ〜〜………?」という気の抜けた声。
挙句、マキャビーさんを掴んでいた手を離せば、ノロノロとマキャビーさんは高度いちは下がっていき――…最後には地に着いた。

 …このまま、こちらののっぺりとしたペースでハナシを進めるのも、一つの手だろう。相手の意気を削ぐという意味も含めて。
…しかしそれは、これまでの諸問題こともあって――まず、私が耐えられなかった。

 

「――――」

 

 地面に転がるマキャビーさんを見下ろす――視線に、本日溜め込んだ色々を凝縮した感情モノを一瞬乗せた。

 向けられた感情モノが降りかかるのはほんの一瞬。
しかしそれ故に向けられた全てが一瞬の間に圧し掛かってくる――だけに、それはもう圧しかかるではなく突き刺さると表現した方が適当で。
…ほぼ眠っているところにコレはだいぶ残酷だけれど――………私にも、許容限界というものがあるのです。

 

「――ヒふギャ?!!」

 

 針、釘を通り越し杭でも突き刺さったかのような声を上げ、
でも実際そんなものは刺さっていないマキャビーさんは、読んで字のごとく「跳び起きる」。

 叩きつけられたゴムボールの如く飛び上がったマキャビーさんがその頂点に到達し、
そこから落ちてきた――ところでまたストールを放ち、確保した後引き寄せる。
そうして私の手の上に収まったマキャビーさんの目はパッチリ開いていた。大丈夫。瞳孔は開いてないから大丈夫。

 

「マキャビーさんおはようございます」

「ぁいー……」

「早速ですが、ウチの寮生がサバナクローコチラの寮生にイジメられているので寮生かれらを止めてください」

「………ぇ…。…それは……………ムリ……」

「……」

「イヤ?!だって!?オレにそんな実力チカラないモン!?
サバニャクローは実力主義だからオレじゃムリ〜〜!誰か〜!副区長エーラン呼んでこーいッ!!」

「いやいやいやいや」

 

 自分では無理――副区長であるエーランさんでなければ寮生たちを止められないと、若干ヤケクソ気味に宣言するマキャビーさん。
…しかし実力主義だとすれば、どうしてサバナクロー寮区の長が寮生を下せとめられるエーランさんではなく、下せとめられないマキャビーさんなんですかね……。
ただ今ここで、その疑問が解消されたところで仕方がない――
――エーランさんが一瞬で現れて、解説と共に寮生たちを沈静かいさんしてくれたなら、それが最高だけれど。

 ピーわー騒ぐマキャビーさん――の首根っこを掴み、そのまま自分の肩の上にまで持ってきて、そこに置く。
すると、理由はわからないが落ち着いたらしいマキャビーさんはピタと騒ぐのをやめる――と、まるで肩の上そこが定位置であるかのように落ち着く。
そしてそのついでに、後ろ盾を得たチンピラみたいな意気ノリで喋り出しそう――だったので、軽めに顔面を鷲掴んでおいた。

 

「…さて……いかが、しましょうね?」

 

 マキャビーさんを色んな意味で黙らせ、改めて問題に視線を向ける。
…とりあえず、先ほどまでのマキャビーさんとのやりとりで、この場にいるサバナクロー寮生ほぼ全員の意気は削いだように見える――
…が、どうにも噂の寮長殿下の意気が下がっていない――どころか、むしろ当初より増している。

 うん…これは失敗だった――というか軽率だった。
カッとなってマキャビーさんを睨んでしまったことが、そしてその時に纏った威圧感で寮生たちを軒並み怯ませてしまったことが――失策、だった。
 

 ここで寮長殿下が大人しく引き下がっては、一団の長としてその沽券にかかわる。
…いくら実力主義を掲げたところで、結局のところしたついてくる・・・・・のは「実力」ではなく「人格」だ。
「実力」に従っているだけの配下など、状況が変わればすぐに手のひらきば返すむく野良犬と変わりない――
――以上、うえとしての沽券いげんは常に一定値は保つしめす必要がある。
………しかしそれはそれとして、相手は王族で尚且つ百獣の王たるライオンを原典とする獣人殿下……。プライドの高さは王族ヒト一倍だろう。たぶん。

 …ことをややこしくすれば、ぶっちゃけ寮長殿下が相手であれば一瞬で決着カタはつく――
…けれど、ことをややこしくしたくはないのです。
大体、奥の手コレを使うとなると、兄さんのこれまでブランドに泥、塗っちゃうからなぁ〜…。

 

「――…発言をよろしいでしょうか」

「……なんだ」

 

 色々考えた末、とりあえず黙っていても仕方がない――と、
今更ながら発言の許可を寮長殿下に求めてみれば、思いがけずすんなり発言を認められる。
思わず「おっ」と驚いたけれど、それは内心に圧し留め、
寮長殿下に「ありがとうございます」と感謝を述べてから――ド直球そもそもの問題を投げた。

 

「そちらのハーツラビュル寮生を含め、ウチの寮生たちを見逃してはいただけませんか?」

「……ハーツラビュルも、とは図々しいな」

「…この状況で『ウチの子だけ』は、さすがにないでしょう――人として、人格を疑われてしまいます」

「…ああ、それはご尤も――だが、縄張りを侵した獲物ヤツをタダで逃がしたとあっちゃ、俺も寮長ボスとしてのメンツが保てねえんだよ」

「………では、どう折り合いを付けましょうか」

「なに、条件ハナシは簡単だ――テメェが『薄情』の汚名を被ればいい」

「……。…なるほど…ハーツラビュルかれらを見捨てれば、ウチの子たちは助かる――と」

「ああ。保身テメェのために他人コイツらを売り渡せ――そういう条件ハナシだ」

 

 ニヤと意地の悪い笑みを浮かべ条件を提示するのは、ただ一人、私に対して恐れを認めていないサバナクローの寮長――レオナ殿下。
怯む様子を見せないレオナ殿下――の、その尊大な態度に触発されたのか、
今の今まで怯んでいた寮生たちが徐々にその意気を盛り返してくる。

 …これなら、サバナクロー寮長レオナでんか威厳メンツも保たれるだろう――
――が、それはあくまで私がレオナ殿下の提示した条件を呑むことを前提としたハナシ。
…要するに、とにもかくにもノーリスクでは事態コトは決着しないということだ。

 

「…ふむ、わかりました――グリムくん」

「っ…!」

「グーリームーく〜ぅ〜〜〜ん〜?」

 

 「こっちへ」という意味を込めてグリムくんを呼ぶ――が、
やはりトラッポラくんたちを見捨てることに抵抗があるのか、応じるどころか後ずさったグリムくん――だったが、
二度目の招集よびかけに黒いモノを含ませると、生存本能・・が勝ったのか、ビクと体を震わせたかと思うと、
逃げる猫が如くダッシュでこちらに走って来た――ので、グリムくんそれを小脇に抱え、もう一人の確保者りょうせいに向き直った。
…が、その反応はグリムくんよりもずっとわるかった。

 不満ではなく、はん抗の色を差す顔に浮かぶ表情は険しく、後ずさるその姿は追い詰められた猫のよう。
誰がどう見ても、ユウさんはこの状況を――私の選択に納得していない。そして、それに応じる気も――ない、ようだ。

 

「ユウさん」

「………」

「…あなたが一人残ったところでしようがないでしょう――…大体、あなたに何ができるって言うんです?」

「っオイ!オメー!!」

「っ…だから……私じゃ…!私じゃどうにもできないから――…っ助けてくださいーー!!!

 

 恐怖と葛藤に苛まれ、泣くように叫ぶ――でも諦めずに仲間の救助たすけを乞うユウさん。
それは心優しいと言うべきなのか、それとも勇敢である表現すいうべきなのか――
…ああそれともいっそ、コレは「賢い」と言うべきだろうか。

 

「だっ?!」

「ぅおっ!!」

「わへっ?!」

 

 急に変な声を上げた――のは、三人の屈強なゴーストに担ぎ上げられたハーツラビュル寮生たち。
彼らの素っ頓狂な声にも驚く――が、それ以上に驚くべきは気配なく現れたゴーストたち。
しかもそれが、サバナクロー担当の中でも特に気難しい調理場担当で、その全員が揃い踏み――
――ともなれば、そりゃあサバナクロー寮生にとっては寝耳に水もいいところだろう。

 ――ただ、エサ・・を仕込んだ側からすれば、計画おもった通りの展開なのですけれどね。結果オチだけは、ねー?

 

「――ということで交渉決裂でーす」

「へ、あ――わひゃあ?!」

「しからばっ三十六計逃げるに如かず――ってことで!ずらかりまーすっ」

「ッ――…逃がすな!追えェ!!

 

 跳びにげ出す私たち――から0.で「追え」と吠える寮長殿下。
はてさてそれは本気か演技パフォーマンスか――まぁ、どちらであっても特段問題はない。
寮長殿下の思惑がどーであれ、ここで捕まるつもりは――彼の面目かおを立てるつもりは、とにかくない。
兄さんと寮長殿下の兄上様が懇意――だからといって、私が寮長殿下を立てる義理などないのだ。

 ――ただまぁそれは?当然のように相手にとっても言えることなので?

 

「ハハハー!サバナクローとは全面戦争ですかねー!」

「ニャハー!マネージャーってばお〜っかネー!!でーもースーキ〜!」

 

■あとがき
 実力主義社会とはある意味、独裁的なモノなのかもしれません。ただ実力主義が認められてる時点で、正当なんでしょうけどね。勝てば官軍的な(笑)
 なんやらあってパワーバランスがややこしいサバナゴースト勢ですが、実力主義であることは間違いないのです。
ただ彼らの場合、+α要素にあたる「昔取った杵柄」が大きく作用するから、端からすればワケわからん組織体制になるのです(笑)