「大丈夫か?怪我はないか?」

「は、はいっ…全然大丈夫です…!」

「…ケガはなくとも怖い思いはしただろう――…助けに入るのが遅くなってすまなかったな…」

「そっ、そんな…!シーゲルさんが謝ることじゃ…!寧ろ迷惑をかけてしまってすみませんでした…!」

「いやいや、面倒めいわくをかけたのはサバナクローウチ寮生こぞう共――…OBせんだつとして恥ずかしい限りだ」

 

 ユウさんを囲み、あれこれと心配しつもんやらをしているのは、サバナクロー寮担当の用務員ゴーストの中でも調理場を任されている3人。
元店子+ダイヤモンドさんを担ぎ上げ、そのままグリムくんとユウさんを抱えた私と一緒にサバナクロー寮から脱出――
――サバナクロー寮の用務員室に設置されたゲートからファンタピアのロビーへと転移しにげてきたメンツ、だった。

 屈強な体格とその強面かお、そして群れることを好まないトラが原典のじゅうじんということもあり、
彼らはとっつきにくい存在と思われている――し、実際そうなのだけれど、それは相手が齢を経たゴースト、もしくは屈強な男子学生だから――であって、
本来・・の彼らというのは、優しさと勇敢さ兼ね備えたしん士――通り越した兄貴オカン属性、なのだという。

 そして、調理場担当かれらのそのというのは、特に「女子」に対して色濃く表れる――
――故に、魔法を使えないむりょくな女の子であるユウさんは、彼らにとって強烈に母性ひごよくを掻き立てる存在であるよう思えた――ので、
今回はそれを保険にりようして事無きを得た――…というかサバナクロー寮もんだいから離脱した、…ワケだけれど……
…――私は、まったく全然事無きくなかった。

 

「…………マネージャー……ワース殿からサバナクロー寮長キングスカラーとの事情ハナシは聞いていたはずですが……?」

「……でもウチの寮生がイジめられてたんですよ?」

「ふな゛っ!誰がイジめ――モガッ?!

「ハーイ、グリちゃんはちょっと黙ってようね〜〜」

「………自寮生の危機を見逃せなかったのは仕方ない――…にしても、他寮生まで拾って逃げ帰る・・・・義理とは」

「…保身のために他人を切り捨てる無様を晒せと?」

「……オーナーの苦労これまでを思えば安いモノでしょう」

「…」

 

 青い顔をしたマキャビーさんを片手にふん掴み、
私の一番痛いところを的確に突くのは――無表情で怒りを覆い隠している(が、漏れ出ている)ジェームズさん。

 ハーツラビュルの次はサバナクローの寮長と摩擦を起こした私に対する呆れ、
しがらみの多いキングスカラー王家との問題処理の面倒ゆううつ
そしてそれらをひっくるめ兄さんオーナーへ対する申し訳なさ――
…たぶんこれ以外にも色々あるだろうけれど、「まず」これだけでもジェームズさんが怒りを見せるには十分に思えた。

 …なにせ、兄さんの負担にはなりたくない――とか言っている私が、
問題ことをなおさら面倒な方向じょうたいに持って行っているのだから――…そりゃイラっともムカっともするだろう。
 

 そう、ジェームズさんの怒りや不満はご尤も――だけれども、こちらとてイラっともムカっともしているのです。

 

「…まったくもって、安くありません。
他寮生を見捨てる無様はともかくとして、寮長殿下の顔を立てる義理――…いえ、そんな愚は犯せません。
…それこそ、金獅子オーナーの名に泥を塗るというものです――色んな意味で」

「……だとして、ただのマネージャーの時点たちばで対立して支障もんだいのない相手ではないでしょう」

「…確かに…問題のない相手ではないですけど――…仲良くするよりはマシでしょう。逆に・・

「なにも無い――が、最善なのですが」

「………」

 

 無感情に、静かに重く、ジェームズさんはご尤もなことを言う――…から眉間にしわが寄った。

 確かに、ジェームズさんの言っていることは尤も――正しい、とは理解している。
兄さんのことを考えれば、安易にキングスカラー一族おうけの人間と友好な関係を築くべきではない――が、
だからといって雇われ管理人ただのマネージャーの立場で王族を相手取るなど無謀。
であれば、波風を立てずに計画ことを進めるのが「今」における最善手――だと。

 ジェームズさんの言い分が、尤もな意見ハナシで、それが最も良案なコトと、理解している――…が、
の立場で考えると、それは最善手でもなければ良案でもない。
あの状況で寮長殿下の意に倣うのは悪手どころの騒ぎではない愚行――絶対に認められない選択こうどうだ。

 

「…私の行動が、直情径行だったことは認めます。
冷静に考えれば短絡的で、無謀な行動でした――……上の立場にありながら、
その場の感情で行動をしたことについては……申し訳ありませんでした…」

「……」

「でも、今回の行動はんだんを誤ったとは思っていません――
よく考えればけっかオーライではありますが、そもそも寮長殿下の行いを一国の王たるお兄様がよしとするはずがない」

「…、……」

「あの寮長殿下おとうとにしてその国王あに在り――というのであればアウトでしょうが、
そんな方が兄さんオーナーと縁を結ぶとは思えませんし、オーナーにしてもそんな方を『友人』とは認めないでしょう。
…であれば、王族としての自覚に欠ける行為を行った寮長殿下に泣きつく先はない――寧ろ問題にできるなきつく権利さきがあるのは我々、のはずです」

「……」

「いやいや、しませんよ?そんな学生・・相手に大人気ない――
――以前に、私が獅子の威を借る・・・・・・・なんておかしな話じゃないですか」

「……………それ、は………」

「さァて、なにがどうなるやら――ですね。
――では早速事情ハナシを聞かせてもらいましょうか。
なーに心配はご無用です。なにがどうしてああなったのか、包み隠さず事情をぜェんぶ話してくれればいいだけ――です。
みなさんの面倒にはなりませんから、素直に協力ゲロっと――お願いしますねェ…♪」

 

 ここ最近、保健室の利用者が増えている――
――NRC内で、軽度ではあるが事故が複数件起きているという。

 階段からの転落、実験中の大釜に手を突っ込んだ――など、その内容は事故の当事者たちの不注意によるところが大きいように思える――が、
その当事者たちの全てが、今月開催されるマジフト大会の選抜メンバー候補――というのだから「事件性」という要素たんごが出てくるのも当然だろう。
――で?そこでユウさんとグリムくんウチのこが駆り出される道理ワケがわからんのですけれど?

 確かに?ユウさんとグリムくんの保護者は未だにクロウリーさんですよ?ですけれども?
だからって「事件性」が漂う案件を、自衛の術まほうが使えないユウさん――と、問題児モンスターであるグリムくんに任せるとは――
………非常に癪だが、上手いことやってくれる…。
ユウさんたちりょうせいをダシに、りょうぼを引っ張り出す――クロウリーさんの思惑通りになってしまっていることは非常に癪に障る…
――が、まぁ今回に限っては渡りに船という案配なので、素直に良しのるとしよう。
 

 クロウリーさんがくえんちょう脅迫しじを受け、事故の被害とうじ者たちから話を聞きに回っていたユウさんとグリムくん。
地道な聞き込みによって、ここ数日のうちに怪我をした生徒――
――は、イグニハイド寮、ディアソムニア寮、そしてサバナクロー寮以外の寮生だけ、ということがわかった。

 捻りなくふつうに考えれば、犯人は怪我人の出ていない寮の所属――と考えるの妥当。
ただだからこそ、無差別に、もしくは自寮生さえ犠牲にして犯人捜しを妨害すこんらんさせる――のもまたセオリー。
…となるとふりだしに戻って全寮を疑ってかかる必要がある――ワケだが、
その面倒は事故当時の映像じょうきょうの洗い出しによって――あっという間に犯人しんそうにまで迫っていた。

 

「いやはや、仕事が早くて助かりました」

に入れば処理コトは高速――だからねぇ〜
…それに件数も多くはなかったし――…これから任される仕事を思えば楽勝かなァ〜」

「……今晩だけで済むと思うので…なにとぞご協力のほどをっ」

「…拝まなくていいから…――…それにそもそも監視コレ、オレたちの管轄だし…」

「――ということは本部ウチに情報が回ってこなかったのは仕事に怠慢ふびがあったからかな〜?」

「…ソ……ソ、んなことは……ナイ、んですよ…?
……ホラ、プレ公演以来ユウの見守り強化してるから……そのあたりの問題生徒こうどうの摘発数は増えておりまして…??」

「んふふ――わかってますよ、みなさんが目を光らせてくれていることは。
…てかアレ、リアルタイムじゃ気付けないですよ――端から疑ってかからない限り」

 

 ファンタピアのロビーに設置されたソファーセットの一人掛けソファーに座っている私――
――の膝の上で、無数のSFチックな半透明の画面スクリーンを操作しているのはヘンルーダさん。
本来であれば私もヘンルーダさんも次の公演――無償プレではなく有償ほんもの公演ほんばんへ向けて練習に参加、そして監督しているところ――
――なのだけれど、今日のところは別問題――マジフト選抜メンバー候補傷害事件・・終息のため、練習には参加しないでいた。

 ここ数日の内に起きた事故の調査――は、ユウさんがクロウリーさんに押し付けらまかされたこと。
しかしそれを「そうなんですか」と寮母としてはスルー出来るはずもなく――というか、
その調査の中でサバナクロー寮に行き着いた、という時点でお節介ぎむではなく自分都合で私はこの問題あんけんに首を突っ込んだ――
――通り越し、ユウさんから主導権やくめかわっていた。

 しかしそれに関して問題というものはないだろう。
クロウリーさんからすれば、問題を起こさない――もしくは解決さえしてくれればそれでいい、のだろうから。
 

 ユウさんたちからそれまでに行った聞き込みちょうさの内容を聞きだし、
ユウさんと協力関係を結んでいたダイヤモンドさんたちハーツラビュルりょうせいたちをとりあえず寮へと送り、
調査を引き継ぐ形で私がまず手を付けたのは――事故当時の映像じょうきょうの洗い出し、だった。

 監視カメラといったNRCの警備関係を管理しているのは、警備員の役割も兼ねている用務員ゴースト
なので監視カメラの映像を提供してもらうことは簡単――な上に、その解析と分析まで協力してもらえたのだから情報収集はとんとん拍子で進み、
ユウさんたちから調査を引き継いで30分そこらという程度で犯人の所属寮を一つに絞り込み、
それから更に30分といったところで――犯人の断定にまで至っていた。

 

「…ただ不自然というだけで、犯行の決め手となる『証拠』としては弱い――
…冤罪の被害者かのうせいを考えればやむを得ないですけど、こーゆー時は面倒ですねぇー…」

「……お嬢って、意外とせっかちだよね――
…イデアの一件に関してはせっかちの『せ』の字も出てこなかったケド」

「アレ…は……ホラ……正解に確信が持ててませんでしたから……。
…基本的には私、慎重派なんですよ?ただ確信を得ると『答え分かってんだから結果はよ』ってなるだけで」

「うわ、一番ウザい上司ヤツ…」

 

 他愛もない会話をヘンルーダさんと重ねつつ、
目を向ける先に在るのは半透明のスクリーン――に映し出された今現在のサバナクロー寮内の映像。
夕食の時間はとうに過ぎ、今は個々の自由が許された時間帯となっているため、
談話室に集っている生徒も廊下に出ている生徒も多い――全寮共通の消灯時間が迫っているというのに。

 実力主義の独自寮訓ルールによって、監督者である寮職員ゴーストの指図を受けないサバナクロー寮生とはいえ、
全寮共通のルールとなれば従わないわけにはいかないはず――と思っていたのだけれど、そういうモノでもないようで、
ほとんどの寮生が消灯時間が迫っているにもかかわらず、部屋の外で自由に時間を過ごしている。
――そしてそんな寮生たちに対して留守番ちゅうざいのゴーストたちが消灯時間云々と部屋に戻ることを促すこともなかった。

 …色々、双方に対して思うところはあるけれど、今日のところはその色々を呑み込むとする。
今夜に関しては、いつも通りでなければ――コチラの思惑が、通じなくなってしまうのだから。

 

「――お、動き出しましたね」

 

 ワヤガヤと賑やかな寮生たち――の陰に隠れて動き出したのは一人の寮生。
何事もない――特に周りを警戒しているといった風もなく、彼は消灯時間が迫ったこの時間に――寮から出て行く。
寮舎どころか寮区からさえ――だった。

 一人サバナクロー寮から鏡舎と移動し、彼が向かった先は購買部――ではなく、スカラビア寮へとつながる鏡の前。
そしてサバナクロー寮を出た時と同様に落ち着き払った様子で彼は鏡の中へ――スカラビア寮へと侵入した。

 

「……慣れたモノ――ってヤツですかねぇ……」

「感心してないでさっさと行って――証拠えいぞう実行犯みがらも押さえたいんでしょ」

 

 無駄のない動きに思わず感心していた――ら、膝の上のヘンルーダさんにぺちぺちと膝を叩かれ出立を急かされる。
確かにこれだけこなれているとなると――…こちらも行動を急いだ方がいいだろう。
後手・・に回る算段であるはいえ、この様子だと犯行後の撤収はかなり迅速そうだ。

 

「ではヘンルーダさん、色々お願いしますね」

「はいはい任されるからさっさと行って――ああほらやっぱり調理場だ。ぇえとルートは――」

 

 スクリーンに映し出された地図――スカラビア寮の見取り図を一瞥し、私はファンタピアと外界を繋ぐドアをくぐって――

 

『――部屋を出たら右に進んで。寮生は出歩いてないけど警戒は怠らないように』

「了解です――!」

 

 ――スカラビア寮の用務員室から今夜つぎの犯行現場となるスカラビア寮の調理場へと移動こうどうを開始するのだった。

 

■あとがき
 展開というか、設定というかに改変および無茶が生じております――が、各寮に調理場(食堂)が無いこと自体どーかと思うワケで。
集団生活という「学習」を考えれば、毎日朝昼晩と600人近い生徒が大食堂に会すのも「学習」の一環なのでしょうが……。
田舎育ちの人込み嫌いには勘弁願いたい――のはともかく、各寮の調理場設定保持のため、このまま押し切りますっ(逃)