校内マジフト大会における選抜メンバーに起きた事故――の全てにおいて、その現場に居合わせる人物が一人いた。
それはサバナクロー寮所属の二年生――…先の一件においては寮長殿下の隣に控えていた、
サバナクロー寮生にしては若干小柄な生徒――ラギー・ブッチ。
不特定のサバナクロー寮生が現場に居合わせた――と言うのであれば「情報」にさえならないけれど、
彼だけは必ず居合わせている――となれば情報通り越して証拠にも等しかった。

 そして更に要素を重ねるなら、彼が習得しているユニーク魔法は「対象者を自分の動きにシンクロさせる」という――
――ざっくり括れば「他人の動きを操る」という要素を有していて、
なおかつ事故が起きる寸前くらいのタイミングで、ブッチくんから魔力反応が出ているというのだから――これはもう犯人確定ビンゴだろう。
…ただ残念なことに、事故の現場の映像・・の全てにはブッチくんの姿は映っていなかった。

 ブッチくんが、すべての事故の現場にいた――という証拠を作り上げることはできる。
そもそもその事実けつろんに行き着くことができたという時点で、法廷しょうぶに出られるだけの状況証拠そざいというのは既にある――
…のだけれど、その解析技術を表に出すと開発ぎじゅつ者であるヘンルーダさんが後々色んな意味で面倒なことになる――
――というので、それを証拠して法廷おもてに出すことはできなかった。

 ――から、逆算の方式で「証拠」を作ることにした。
言い逃れ不可避の犯行現場を映像に収め、なおかつ実行犯はんにんの身柄もその場で確保する――超現場アグレッシブ方針で。
 

 砂漠の魔術師の熟慮の精神に基づく寮――スカラビア寮の調理場に立っているのは、
マジフト大会の選抜メンバー――入りが確定している、スカラビア寮の副寮長であるジャミル・バイパーくん。
…消灯時間が迫っているこのタイミングで調理場にやってきて、
なおかつ料理まで始めたこの状況――…には、首をかしげるところだけれど、
ここもここで――…というか絶対的特例・・たる豪商子息りょうちょう従者みぎうでである彼なのだから、
スカラビア寮の独自ルールりょうくん的なモノで色々と認めらゆるされているんだろう。

 …というかまぁ「特例」うんぬん言い出したらオンボロ寮わたしたちの方がよっぽどアレですけどね。性別そもそもからいって。

 

愚者の行進ラフ・ウィズ・ミー――」

 

 それは本当に一瞬の犯行だった。
ユニーク魔法の発動のキーとなる呪文が聞こえた――
――その数秒後には遠くから聞こえる「痛っ」の声と金属の落下音、だった。

 他者の肉体のコントロールを奪う魔法だけに消耗が激しい――持続時間が短いのか、
それとも長時間の使用は足がつきやすいのか――まぁそこは、今に限っては正直どうでもよかった。

 今この時において一番重要なことは、ブッチくんの企み事が成功し――その一連の状況を証拠えいぞうとして記録すること。
ただそのために、バイパーくんには怪我を負わせてしまうことになってしまったけれど――
…アフターケアは既にヘンルーダさんが仕込んでくれているはずなので、とりあえず今そこは棚上げしておこう。
ここで私がミスをしては――バイパーくんも、怪我のし損というものだ。

 

「――つーかまえたァ…♪」

「ッッ――?!!っ、ぅん…!?ふ、ぁ………???」

 

 音を立てずに一気に距離を詰め、ブッチくんの鼻と口を覆うように、催眠剤を染み込ませた布を押し当てる――と、
抵抗の余地なく催眠剤それを吸い込んだブッチくんは、本当にものの一瞬で落ちてしまった。
………いや、あくまで眠りになので、命の心配は不要だ。
ただ……ホントに文字通りの一瞬で落ちたから不安になっちゃうけどね??

 

「(ぉお…さすが元薬剤師ロイドさん…)」

 

 ことを荒立てず、速やかに実行犯ブッチくんを確保するために一肌脱いでくれたのは、なんの因果かスカラビア寮の寮区長であるロイドさん。
生前には薬剤師――それも開発者として様々な薬品を作り出していたというロイドさんの手にかかれば、
元の世界げんじつでは再現不可能な「一呼吸いっしゅんで昏睡状態に陥る麻酔薬」も現実のモノに――…ただ「ネコ亜目獣人なら可能」との自己申告だったけれど。
…ぅーん……ネコ亜目限定ってことはマタタビの成分をベースにしてるのかなぁ…?

 

『…そんなとこで油売ってないでさっさと帰還するっ――ホラ、駐在きゅうきゅう担当も到着したよ』

 

 今に関しては割とどうでもいいことに思考を割いていた――ら、
耳につけているイヤホンから、帰還を急かすヘンルーダさんの不機嫌そうな声が聞こえる。
その報告こえに半ば反射で、事故が起こった現場ほうこうに意識を向ければ、
ヘンルーダさんが派遣したのだろう駐在担当と思わしき声が「大丈夫ですか?!」「ひょえ!血ィ!?」と慌てていた。

 …たぶんと言わずわざとの人選だろうけれど――…大丈夫なのかね?バイパーくんの怪我にしても、駐在担当の慌てっぷりにしても。

 

「……おやまぁ…まだお眠さんですねぇ…」

 

 ファンタピア内に何故かある客室――のベッドの上で眠っているのは、
問題わだいとなっている事故――に見せかけた傷害事件の実行犯であるブッチくん。

 スカラビア寮での犯行に際し、状況映像しょうこを確保した後、その場で身柄を確保した――催眠剤で眠らせ、
事情聴取などを行うためにファンタピアに連行し、そのままこの客室に監禁ごあんないさせていただいていた次第で。

 ブッチくんの目が覚め次第、さくっと事情を聞く――…はずだったのだけれど、
昨夜の時点で全然目覚める気配が無かったので、今日のところは諦めて明日の朝一番で――と話が纏まかいさんとなったのだけれど………。

 

「………ロイドさん?…大丈夫……ですよね??」

『大丈夫です――………たぶん』

「「たぶん」」

 

 一応の可能性を考えてご同行願った医療班ロイドさんに、
失礼を承知で不安ぎもんを投げると、返ってきたのは「大丈夫」――と、それから間を開けての「たぶん」。

 不安を煽る不確定要素「たぶん」に思わず聞き返せば、ロイドさんとは別口で同行を願っていたヘンルーダさんも同時に疑問「たぶん」を繰り返す。
そんな私とヘンルーダさんの疑問はつげんを受けたロイドさんは、おもむろにベッドの上で眠るブッチくんに近づいて行くと――

 

『大丈夫です!』

 

 ――と、親指まで立てて「大丈夫」と答えてくれた。
うん。それは大変に良かったです――…単品で考えたらコッチもそれなりに荒っぽいことしてるからねぇ…。
余分なマイナス要素はできる限り負いたくないのですよ…。

 ブッチくんの無事にほっとしつつ、荷物を積んだキッチンワゴンをベッドサイドテーブルの横に置き、その近くにおいてあったイスをベッドの横に持ってくる。
そして持ってきたイスに腰掛ける――と当たり前のようにヘンルーダさんが私の膝の上を陣取る――が、おそらくそれ・・は今も必要なコトなんだろうと解釈して、
ヘンルーダさんを膝に乗せたまま、未だにブッチくんの状態ようすを調べているロイドさんに改めて視線を向けた。

 

『…おそらく日々の疲労の蓄積が原因でしょう』

「…日々寮長殿下にこき使われて――る?」

「いやどっちかっていうと『自分から』だと思うよ?ホラ、ご機嫌取りは出世の早道だから」

「ふむ…。確かに王族に気に入られるっていうのはステータスですよね――…同郷じもととなればなおさら…」

 

 虎の威を借る狐――ではないけれど、「権威」に関するアレソレは、どこの世界・・においても往々にあること、だ。
生まれもっての立場を、努力で、才能で覆すことができないとなれば、最後に希望をかける先は――人脈、なのだから。

 ひとの威を借り、利用して――それを更に利用して、より上のちいを目指す。
個人・・的には、正直呑み込めないところ――…だけれど、政略結婚コレ地位れきしを積み上げてきた一族いえの生まれ――
…というか現実に従姉しんせきたちが「役目」を果たしているのだから――…浅慮な綺麗事は言えなかった。

 ――とはいえ、ブッチくんが我が家のような超特殊ななりわいを営む一族の出身――とはいうコトはないだろう。
だとするなら、その頭領はそれなりのアホウ――…いや、学生ブッチくんにはまだ荷の重い役目しごとだった、ということだろうか?
もんだいを犯してまで権力者の機嫌を取ろうだなんて――愚策が過ぎる。というかリスク管理が甘すぎる。
彼は「失敗」というもう一つの、最も避けるべき未来かのうせいを考えなかったのだろうか?

 

「(…それだけの信頼関係がある――…とかいう雰囲気でもなかったけど…)」

 

 失敗の可能性かげを理解してなお、己の理想を預けたい――そう思ってしまう存在というのは、いる。
そうホイホイと世に出てくる逸材モノではないけれど、まったく出てこないモノでもない。
…ただ、寮長殿下がそうかと問われれば、首をかしげるところではある。
計画の露呈しっぱいを考えていない――にしても、部下トカゲ未来しっぽを切り捨てる算段でいる、にしても。

 部外者わたしからすれば、寮長殿下に自分の手を犯罪に染めてまで取り入る価値メリットはない――
――が、地元民ブッチくんにはそこまでする意義かちがあるのかもしれない。
彼らの出身国である【夕焼けの草原】の文化、更に政治や経済、そして治安などがどういう状況であるのかを知らない――からこそ、
綺麗ごもっともな事ばかりを並べるのは浅慮ちせつが過ぎるだろう。

 

「――ま、ブッチくんの事情・・は正直どーでもいいんですけどね」

「……マネージャーは、…ソコ、気にするんだ…」

「…兄さんは、気にしてなかったですか?」

「ぅんー…アレは気にしてなかったって言うより規格内だっただけ…かなぁ…?
…ロイヤルソードアカデミー卒のド正道王子様だったからなぁ……」

「……そんな方を兄さんが受け入れたのもビックリ――ですけど、
そんな王様かた無法者にいさんを『友人』と認めたこともビックリですね…?」

『それが、獣人種の――なのでは?』

「…ぅわ…身も蓋もない統括…」

「………いや、それ、どっちについて言ってます?作用の話ですか?それとも性質の話ですか??」

『さて、それは――実際に、獣人かれを使って検証してみては、いかがです?』

 

 ほんの少しだけ笑ってセリフを書き起こよこすロイドさん――に促されるような形で「彼」に視線を向ければ、ベッドの上がもぞと動く。
そしてそれが指すところは目覚め――なのでここで話題いしきを切り替えた。

 ここが勝負所――ではないけれど、手数じょうほうは多いに越したことはない。
……まぁ、増えたところで情報ソレが寮長殿を追い詰める「切り札ちめいしょう」になるとも思えないけれど。

 

「――………んぁ、れ…ここ、は――………っ!っ…!!」

「おはよーございますラギー・ブッチくん。まさか朝まで直行コースとは思いませんでしたよ」

「………」

「まぁそう警戒なさらずに――…それが思い上がりむだと分からないほどアホウではないでしょう?」

「っ……」

 

 当然のようにこちら――自分を拉致った敵対者に対して警戒、そして抵抗の視線を向けるブッチくん――に、
圧を纏って抵抗それを「不敬むだ」と断じれば、ブッチくんは顔をマイナスに歪める。
だけれどやはり彼はそこまでアホウではないようで、複雑この上ない表情ながらも抵抗の意思を捨てる――…が、その瞳の奥には未だ反抗心が僅かに覗えた。

 …ぅんー……コレはハイエナ故の敵対はんこう心、かなぁー……。
…いや、ってなるとライオンりょうちょう殿下の方がよっぽど理屈ハナシが通じないのでは??

 

「……そこは人であって獣にあらず…か――…とまぁご挨拶はここまでにして、まずは朝ご飯です」

「………」

ご一緒に・・・・、いかがです?」

「…」

 

 「朝ご飯」と言った私の言葉に応じて、ロイドさんがベッドサイドテーブルの横に下げていたキッチンワゴンこちらへ持ってきてくれる。
そしてそれを指し、「ご一緒に」とブッチくんを朝食に誘えば、なんとも後味の悪い複雑な表情――ながらもブッチくんは小さくコクと頷く。
それにこちらも「よし」と頷き、ロイドさんの手も借り朝食の準備を進めれば、あっという間に準備は整い――

 

「――いただきます」

「……」

「ぁあ、故郷じもとの風習のような作法モノなのでお気になさらず」

「……はぁ…」

 

 物心ついた時から当たり前になっている「いただきます」さほう――だけれど、距離という尺度を超えた異世界においてはnot当たり前。
ジェームズさんたちは兄さんという前例がいたから、私たちの作法に驚きも疑問も持たなかった――けれど、初見のブッチくんにはよくわからない行為に見えたことだろう。
…おそらくこの世界には仏教という文化――…そして文化おしえが存在しないようだから。

 

「あ、マズ」

 

 微妙な沈黙の中でとりはじめた朝食――だったが、沈黙それをイヤな言葉で破ったのはヘンルーダさん。
おそらくこのたびの計画に支障をきたす問題ことが起きた――んだろうけれど、それが朝っぱらからとはどういうことだろうか。

 …いや、もしかしてこれは単純にグリムモンスターくんの単品とっぱつ問題だろうか?
昨日の報告会でも問題に上がってたからなぁ〜……グリムくんの無自覚自信過剰ちょうはつ…。

 

「…何事ですか?」

「昨日の騒ぎを聞きつけたハーツラビュル組がユウたちと一緒に――ラギー・ブッチに接触した」

「………は?」

 

 ヘンルーダさんのセリフと共に出現したスクリーンに映し出されたラギー・ブッチじぶんの姿に、ブッチくんの目はまさしく点になっていた。

 

■あとがき
 前回よろしくつじつま合わせが「ぉうん?」というあんばいですが、広い心でスルーしていただけたら幸いです…(目逸らし)
 どーでもいいことですが、今回で寮区長が全員出そろいました(笑)
ずっと、ロイドも場にはいたんですが、色んな意味で話せないキャラなもので…(苦笑)