少し、がっかりした――……と言うか、浮かれねつが冷めた。
やはりというべきか、当然というべきか、このTWLせかいは特権領域――元の世界からぶん断された世界、のようだ。
 

 それを――獣神かれ加護こうていを失ったからといって、自分に対する自信とか存在意義とかいうモノを、今更私が見失うことはない。
それはもう元の世界でみんな・・・から余るだけ貰っている――し、異世界いまにしてもノイ姐さんたちから十分貰っている。
……だから今一時、彼とのつながりを完全に失ったところで、特別な問題にはならない――
………んだけど……寂しいとは、どうしても思っちゃうんだよねぇ……。

 今生の別れではなく、あくまで一時の別離――…とは、頭でわかっていても、心が言ってしようのないワガママを言う。
もちろんその程度の不満ワガママ、まるっとキレイに呑み込んで、何事もなかったかのように消化することはできる。
この程度の自制ができなくては「――かれの神子」など名乗れはしない――………けど今に限ってはお獅子だし……。
 

 自負から成る矜持せいろん子供の言い訳はんろんが頭の中で交互に飛び交う中、
とりあえず本校舎の用務員室に設置されているゲートを使ってファンタピアへ帰還する。

 思うことはドンとあるが、それはある種のパンドラの箱――
災いもんだいを解決する術を持たない現状、これは面倒の種にしかならない未練あんけんだ。
…だからここは、理性総動員で気持ちも問題あたまも切り替えて、
全ての解決のためにサバナクローとうしょの問題を解決することに頭も力も気持ちも入れるのが最善手だ――ぉん?

 

愚者の行進ラフ・ウィズ・ミー――♪」

 

 視界の端に見慣れない人影モノが入ってきた――と思ったら、聞き覚えのある呪文が耳に入って――体の自由が失われる。
彼が前へ進めば私も前に。彼が左に動けば私も左に――ただ、彼からすれば私は右に動いていて――
――外へとつながるゲートの前を塞ぐ障害はなくなった。

 おそらくこれは彼――呪文を口にするのと同時にニヤと勝利の笑みを浮かべたブッチくんのユニーク魔法、の効果ちからだろう。

 うーん…なるほど……。これは確かにカラクリがわからなければ「よくわからない」だろう。
体のコントロールじゆうを失い、操られかってにうごいている感覚はあるけれど、
それが一瞬のことで、なおかつ術者を把握できなければ、たとえ被害者とうじしゃであっても「不注意」で納得できる。
…これはホントもうなんて言うか………器用貧乏こざかしい、ですねぇ……。

 

「――っ」

「ッ?!」

 

 ふと全身に気力を巡らせれば、ものの一瞬で私の体の支配権はもとに戻る。
おそらく自分の魔法が失敗する――私では魔法の力に逆らうことはできないと踏んでいただろうブッチくんの顔には強い動揺が浮かんでいる。
これなら確保は容易――…と思ったけれど、諦めが悪いのか、それとも慣れた事・・・・なのか、
ブッチくんの動揺そこからの復帰は早く――更にはここを勝負所と見たようで、
先ほどまでは浮かんでいた慢侮の綺麗さっぱりと笑みは消え、その顔には無表情が張り付き、ブルーグレーの目には私に対する警戒の色が宿っていた。

 

『――見逃して』

「へ?」

 

 ブッチくんの本気しょうぶに、こちらも応えようとしたところ――で、入ってきたのはヘンルーダさんの「待った」。
思っても見ない指示に、思わず意識と視線がそっちに――うっかりブッチくんから逸れてしまった。

 …もう、そうなってしまってはお手上げだった。
私の隙を好機と見たブッチくんは扉に向かって一気に駆け出し、私の横を抜け、外につながる扉に手をかけ――
…この勝負、軍配はブッチくんに上がった――が、残念ながらブッチくんと私の勝負は、端から決しているのである。私の勝ちで。

 

「っ――!………んえ?」

 

 ファンタピアと外界を繋ぐ唯一の扉から飛び出したブッチくんを待っていたのは――真っ黒。
漆黒のような深い黒でもなく、暗黒のような不穏な黒でもなく、扉の先に広がっているのは、形容のしようがないほどのただの黒。
…まぁ、だから・・・恐ろしいのですが。
 

 開かれた扉からブッチくんがファンタピアを飛び出し――た結果、ブッチくんは真っ黒な世界に飛び込む格好に。
上も下もない真っ黒に、重力なんて存在しない――が、どういうワケやら引力・・は存在しているようで。
……ただ、ナニが存在モノを引っ張っているのか――引き込まれる先にナニがあるのか――
…と考えると、本能が心地の悪い悪寒しか思えないから何も考えないでおくけれど。

 ブッチくんが真黒な世界の引力に囚われる――その刹那、ここ数日ですっかり扱い慣れたストールを目一杯の力で放つ。
そして正体不明のナニかにブッチくんが引き込まれる――すんでのところで、放ったストールがブッチくんの身を捕らえた。
――が、それで安堵するにはまだ早く、ブッチくんが黒の世界の法則に囚われるしたがうその前に――こちらの物理法則どうりに力尽くで引っ張り戻した。

 

「ッ――…ンげっ?!」

 

 ドテンと、まぁまぁ派手に尻もちをついたブッチくん――ではあるけれど、世界こんせにお別れを告げずに済んだのだから安い怪我ものだろう。

 

「…まったく、危ないじゃないですか――ヘンルーダさん?」

「………へ?」

 

 「危ない」と、小さな苦言を呈する――と、受付カウンターの向こうからひょこと姿を見せるのは、私が苦言を向けた先――ヘンルーダさん。
…だけれど私の苦言ちゅういを重く受け止めていないらしいヘンルーダさんは、いつものどこか冷めたような調子で口を開いた。

 

「…コレが一番手っ取り早いんデスー。脱走の不可能ムダを理解させるにはー」

「……理屈的には間違ってはないんですけど………命懸け・・・だってこと……忘れないでくださいね…」

「…別に忘れてないよ。ただマネージャーの反射神経を信頼してたってだけ」

「…く、ぉ……重い信頼を軽く言うな〜ぁ…」

 

 物理的げんじつに存在しない幽霊劇場ファンタピアにおいて、その出入りは「劇場の主」の許可なくして成立しない。
もし、そのルールを守らず幽霊劇場ファンタピアで出ようとした――としても、普通は「扉が開かない」で終わる。
だけれど今回のような場合――無理矢理にゲートをくぐった時には――……アレはもう…「逝ってらっしゃい」だろう…。
あの中に落ちてしまっては、もう文字通りに一かんの終わり――
…劇場の作り手あるじとて、あの虚空の世界に囚われおちたモノを救い上げるのは……かなり難しい神業コトだろう。

 ……だっていうのに、ヘンルーダさんは軽く「信頼してた」で済ますんだからホントにもぅ……。
……いえ…信頼を受けることは嬉しいんですよ?嬉しいんですけど――…ねぇ……。
…コレ、冗談抜きで人の存在いのちがかかってるんですよ――…
…ホント…なんとか対処が間に合ったからよかったものの……!ぁあもう今になってどっと疲れがっ…!

 

「は〜ぁー………もぉー…朝から必要以上に疲れた…。
……後から狼くんに説明するのも二度手間だし――…状況確認せつめい、先送りしても?」

「………」

「…この状況・・で選択肢とか――…マネージャーってば悪魔おにだねぇ」

「………そう言われるとなにかカチンときますねぇ……。
…ぅぅむ…当初の予定通り、説明しますよ――…さっさと仕事も任せたいですし…」

「………………へ、ぇ?…な、ぇ、し、しごと??」

 サバナクロー寮において副寮長という存在はいない。
寮長殿下の傍で、彼の身の回りの世話をやいているブッチくん――ではあるけれど、
副寮長という立場ワケではなく、あくまで肩書上は一寮生でしかないのだという。
…ただ、実質的ナンバー2はブッチくんだろう――とはポールさんの言だが。
 

 すったもんだあったロビーから場を元の客室――ではなく、小会議室へと移し、
少し遅れてやってきたロイドさん――が持ってきてくれたキッチンワゴンちょうしょくをつまみながら、
ヘンルーダさんが用意してくれた状況証拠えいぞうしりょうを提示しつつ、ブッチくんに自身がある状況を説明する――と、さすがにブッチくんも諦めかんねんした。
…てかそもそも現行犯逮捕――の末ですしね、この軟禁じょうきょう

 自身の状況の悪さ――言い逃れのしようの無さに、
ブッチくんの表情は説明が進むにつれて恐怖と絶望が滲み――最後の最後には全てが諦めに染まった。
…だがそれも仕方ない――というか当然というか。どう考えたって彼らの行ったことは不正――で、挙句にそれが傷害案件だというのだからなお悪い。
実害的――にしても人的被害を伴わなければまだ救いようがあったかわいいものを――…
……まぁ…それじゃあ「目的」を達成できないだろうから?それはそれでやるだけ無駄な妨害工作ふせいではあっただろうけど…。

 

「(下克上の意気は買うけど――…にしても計画りくつが乱暴すぎる……)」

 

 ブッチくんが犯したコト――それも全てはサバナクロー寮がマジフト大会で優勝するため――
――もとい、マレウス・ドラコニアに敗北の二文字を叩きつけるため。

 マジフト強豪寮として名を馳せたサバナクロー寮が二年にも亘って味合わされた屈辱、そして先輩たちが背負った汚名と無念を晴らすため、
サバナクロー寮は「打倒マレウス・ドラコニアディアソムニア」を掲げ、寮長殿下の指揮の下、
最後のチャンスとなる校内マジフト大会での勝利ゆうしょうを目指して計画こうどうを開始した――
…までは立派なのだけれど、…その計画が粗末っていうか…なぁ……。

 …もし仮に、警備部門わたしたちが動かなかった――としても、サバナクロー寮かれらの計画はいつか・・・露見していた。
狼くん――のこともあるけれど、それがなくともユウさんたちの調査と推理でブッチくんはんにんにたどり着いていた――のだから、
いずれ現場せんて抑えらうたれるか、罠を仕掛けらさそいこまれるか――で、
最後には証拠を掴まれて彼らのけいかくは白日の下にさらされ、更なる汚名を背負う結果となっていたことだろう。

 …………ぅん?そう考えると私の気に障ったのはラッキー――……いや、この場合は「悪運が強い」と言うべきか――…なぁ〜…。

 

「――失礼しますっ」

 

 大道具びじゅつ部門の作業部屋のドアの開く音と共に聞こえたのは――なぜか緊張した様子のユウさんの声。
演者――ではないけれど、裏方スタッフとして既にユウさんは何度もファンタピアを出入りしている――というのに、なぜかその声には緊張の色が混じっていて。
そしてそんな彼女の声の後に、同じく緊張と警戒が混じった低い青年の声――
――狼くんの声が聞こえた……けれど、ユウさんに限って彼に緊張しているとかいうコトもないはず。
であれば――……彼女は一体なにに緊張しているのだろうか?

 問題にはならないけれど、疑問を覚えたユウさんの声色の答えを確かめようと、
声の聞こえた方――部屋と廊下を繋ぐドアに顔を向ければ、そこには当然のようにユウさんと狼くん、そしてグリムくんの姿がある。
…そしてこちらを見る彼女たちの表情は、その声と同じくどこか緊張したもの――…だったけれど、不意にその表情に驚きが咲く。
「ん?」と視線かおをユウさんたちから前――元見ていた方向に戻してみると、

 

「ふ〜ん?結局は群れオオカミの生き方に倣ったってわけッスか」

 

 ニヤと嫌味の混じる笑みを浮かべ、狼くんを「結局――」と評したのは、同寮の先輩・・である――ブッチくん。
当人の自覚はどうやらだが、狼くんは既に「先輩たち」から目を付けられていたようだ。
…ただそれが、スカウトプラスだったのか排除マイナスだったのかは、当人たちに訊いてみないとわからないトコロだけれど。

 ――しかし、それはそれとして、

 

「………裏切り者より始末の悪い物的証拠ほりょが随分と上からですねぇ?」

「…ぇ、イヤ、コレ、は……あ、あくまで個人の感想ッスよ…」

 

 裏切り者オオカミくんイヤミを投げる捕虜ブッチくん――の態度がなにか釈然とせず、
少々声のトーンを落として、わずかに圧をかけるようにして「随分と」と言葉を落とす――と、
私の機嫌を損なったことを即座に察したらしいブッチくんは、すぐに苦笑いしながら「あくまで」と弁解する。
裏切り者を非難しているのではなく、あくまで一先輩こじんとして、狼くんの変化に感想を言っただけ――だと。

 つい、その場のノリ――的なモノで「保護する」と言ってしまった狼くん。
それだけに彼のパーソナルやらについては一切把握していない――が、今朝の行動や発言で、その基本骨子的なモノについては当たりがついている。
だから彼はおそらく、寮長殿下を中心に団結していたサバナクロー寮において異物だった――俗に言うところの「一匹狼」だったんだろう。
そしてそんな狼くんかれが他人に与したという変化ことに――……ん?

 

「………」

「…な、なんスか…」

「……もしかしてブッチくん…実は結構じぶんのこと高評価してます?」

「………ハ?してねーッスけど?単にボンボンには靡いておいた方がーってハナシッスよ」

「…懲りてませんねぇ……その結果が内申点ズタボロ一歩手前のさん状なのに…」

「アレー?そうはしないってハナシじゃなかったッスかねー?」

「…それは、そのつもりですけど――…ボンボンでまとめられてはムッとしますよ」

「へー?…リュグズュールくんって意外と小さいんスね、器♪」

「……いえ、器が小さいというより精神的に未熟――子供、なんですよ。
……だからつい機嫌きぶん方針よていをひっくり返してしまうこともあって――
…悪癖とは理解しているんですが、わかっていても『つい』でやってしまうんですよー…『つい』でサクっと」

「…ゥワ……そ、それはゼヒ…直した方がいいッスね…」

 

 人を見極める力――は、やや疑問を覚えるところだけれど、やはりブッチくんの顔色くうきを読む力は確かなようだ。
…まぁ、結構ねっとりと含みを持たせたけどさ?

 

「な…なんで…?!こっ…こんなトコにラギーがいんだゾー?!!???」

 

 いきなり驚きの声を上げたのはグリムくん。
唐突に後方からカッ飛んできた大声に、半ば反射で振り返ってみると、
訳が分からんといった風の表情のグリムくん――と、そのグリムくんの疑問おどろきを肯定するようにコクコクと頷きまくっているユウさん。
そして同じく驚きに硬直している狼くんの姿があって。
ああそう言えばブッチくん“ そ ”の当たりのことは一切伝えて無かったなぁと思い返している――と、後ろから「これはこれで…」とどこか呆れを含んだ声が聞こえた。

 呆れた声につい思わず振り返る――と、呆れを含んだ苦笑いを浮かべながらこちらを見ていたブッチくんと目が合った――と思ったら、

 

「…報連相ほう・れん・そう、大事ッスよ?」

「…尤もですね」

 

 取り繕うように「ハハハ」と笑いながらブッチくんは正論もっともなことを言う――…ので、そこは大人しく同意した。

 下から上――は当然のこと、上から下への報連相ほう・れん・そうも、時と場合によっては必要だ。
…もちろん、色々な意味において逆のタブーぎゃくの場合もあるけれど。
そして今回は秘匿すべき事柄タブー――ではない、けれど絶対的に開示が必要なコトでもなかった。

 …なにせこの後の後始末ことに、ユウさんたちが関わる予定はないのだから。

 

■あとがき
 幽霊劇場は異空間(?)に存在するので、その外側に落ちたらなんというかもうどーしようもないです(苦笑)
死なないからこそ果てのない落下にさらされ、精神が病んで、最後には自我が閉じる――てなことになるかと思います(滝汗)
…なのでヘル氏はことの危険性を軽視し過ぎ――だった分(?)、夢主が重く捉えていたおかげでラギーくんは無事生還と相成りました(苦笑)