自寮生とハーツラビュルの面々、そしてここ、サバナクローの寮生であるジャックくんを引き連れ、
更に同寮生であるブッチくんを肩に担いで向かった先は、サバナクローの寮生たちが群れている談話室。
夕食時もとうに過ぎ、他寮へ出歩くことを大人たちに嫌な顔をされる時間帯であるにもかかわらず、
ルールに厳しいと有名なハーツラビュルの寮長がこんな時間にサバナクローへやってきた――
――ことよりも、サバナクロー寮生たちを驚かせたのは、
「ンもぉ〜〜〜!!おーそーィいイ゛〜〜〜!!!」
「んおっ!」
不貞腐れた子供のような調子で「遅い」と文句を漏らすと同時、
疾風の如きダッシュ力で駆け出し、私にガバと抱き着く――ラギー・ブッチ。
…因みに私の肩にも、ストールでぐるぐる巻きにされたラギー・ブッチがいる。
そう、ブッチくんが泣き言を垂れ流しながら私に抱き着いている――のもおかしいが、
それ以上にラギー・ブッチという存在が同時に二人と存在していることが、何よりおかしな状況だった。
――ただ、そのカラクリを理解している者からすれば、まったく全然おかしなことはないのだが。
「ちょっ?!オレの姿でなにやってんスか!」
「…ぁン?…ナニをどの格好で言ってんだかネ〜。そっちの姿の方がよーっぽど――………ぅ、ン?
ん〜〜〜……ァあー…そー考えると、どっちもどっこいどっこい――か」
何か納得したようなセリフを、抱きついている方のブッチくんが漏らす――と、不意に彼の体がフワと光り出す。
そして淡い光の塊となった人の形をしたそれは、人の形から縦が縮まっていき、最後に落ち着いた形は――風船のよう、だった。
「遅いぜマネージャー。危うく――…レオナに消されるトコだった!!がナ!」
私の肩の上で、やや本気で危機を呈するのは――デフォルメ姿のマキャビーさん。
…おそらく、私の気配を感じ取って手筈通りにネタバラしをはじめた――が、いつまで経っても私が現れず、
戦略的挑発が危うく無謀なの挑発になるところだった――のだろう。
いや、うん…それは大変申し訳なく思うのですが――…予定外は私も同じだったわけで……。
「…徒党に、人質まで揃えてくるとは――イイ方針だな」
ペチペチと尻尾で私の腕を叩いて不満を主張するマキャビーさんを宥めている――
――と、不意に投げつけられたのは、僅かな憤りと侮蔑の色を含んだ寮長殿下のイヤミ。
その指摘に、思わず本能が反応して顔が向く先は言うまでもない寮長殿下――で、
そうしてまっすぐ向けられるた嘗めたの表情に――…頭の奥で、チリチリと何かが焼ける音がした。
威嚇とは、相対するモノに己が力を示す行動であり、無用な戦いを避けるための戦法でもある。
…しかしそれも、過ぎれば自信の無さを曝すだけ――自身の威を貶め、自身の立場を絞める行為になる。
だから威嚇は必要最低限――と思って生きて来たけれど………――仏の顔も三度って?
「……………」
「………」
「………………………………」
なにを思ってか、私を侮る寮長殿下に対し、私は――ただ、不満の色を向けた。
その慢侮を正すには、威嚇が何より手っ取り早い――が、それは手っ取り早いが故に不満が残る。
今回で終わる立場なら、わだかまりが残ってもいいけれど――たぶん、そうはいかない。
私たちが望む望まざるにかかわらず、その王が友好で繋がっているのなら――…嫌でも、のちに接点が生じるだろう。
………まぁ、嫌悪を呑み込んで猫を被る程度、今となってはわけもないコトだけれど――も、
それはそれとして、あっけなく断ってしまうには惜しいと思う相手ではあるのだ。これでも。
寮長殿下を睨む私に返ってくるのは、苛立ちを孕んだ視線――だったが、不意に苛立ちは怪訝な色に変わる。
そしてそれに対して私が不満の色を強めれば、疑問は畏れに変わった。――そう、コレだから「惜しい」と思うのです。
「……なにが、目的だ」
慢侮を警戒に改めながらも、怯むことなく寮長殿下は私に牽制を投げる。
その顔は不機嫌に歪んでいる――が、そこに恐れの色は微塵も窺えない。
あくまで損ねてしまったのは寮長殿下の機嫌であって、私の機嫌の良し悪しなんてどーでもいいこと――
――…はてさてこれは威嚇なのか、虚勢なのか。
…とりあえず、どちらであったにせよ、少なからず好感は覚えるとことだけれど――……虚勢が、濃厚かなぁ…。
「……目的………と、いうと――………最終、ですか?」
「……………なら、今回は最終じゃねェってことか」
「…いえ、関門ではありますよ?問題でなければ、まず私が出向く価値がない――
…この公演が差し迫ったタイミングで、どーでもいいことにかまけるほど余裕があるわけでも、現実を諦めているわけでもないので」
「………」
なにか、自分で言って、現状にイラっとした――が、それでいて、自分の行動に納得もした。
何をどう言ったところで、この一件に私が首を突っ込んだのは――私の都合。
思うところがあって、感じる部分があって――認められない部分があった。
この部分が、私の矜持を冒す以上、その決着は私以外がつけても、意義が果たされない――のだ。
…ただまぁとはいえ、自分だけのことではない大関門を棚上げして、
より面倒なコトになる方向にわざわざ首を突っ込んだんだから――…そりゃあジェームズさんも怒りますよね、呆れますよねぇー……。
………ん?アレ?…なんか……どっかで聞いた覚えのある言い分のような??
「……もう一度聞く。…テメェの目的はなんだ」
態度を改めることはせず、威圧するように問いを重ねる寮長殿下。
…だけれどその心の底に、なにか腹を決めたような覚悟にも似た色が僅かに感じられる――
…が、その覚悟が必ずしも私好みの答えであるとは限らない――てか、好みだとしたらまずこんな事件になってない。
そして更に言えば、気に入らないから、こんな問題になってるってんです?
「この度の『傷害事件』の犯人を特定する――それが第一の目的です」
「…――なら、その肩に担いでる間抜けは何だ」
「決定的証拠――です」
私の目的を「わざわざ」と受け取ったのか、それとも白を切ったのか、
寮長殿下は「なら」と言って私の肩に担がれている間抜けを「なんだ」と指す――
――ので、物的証拠と答えて、長らく肩に担いだままだったブッチくんをやっとこ肩から降ろした。
ブッチくんを肩から降ろした――そのついでに、ブッチくんをぐるぐる巻きにしていたストールも解き、
それを正しい使い方に戻した――…のだけれど、どういう思惑やらブッチくん自身は本来ある場所へ戻っていなかった。
「……」
「………」
敵対者の手に捉えられた間抜けを見る寮長殿下の目には侮蔑と怒りの色が宿っている――
――が、それを受けるブッチくんに謝罪と恐怖の色はあっても、その非難から逃れようとはしなかった。
自身のあまりの立場の悪さに、最後の頼みの綱である寮長殿下にすがっている――…という風ではなく、
これはおそらく寮長殿下、そしてサバナクロー寮生たちの将来を想っての行動――だろう。
今回の事件の犯人を突き止めることが、私の目的ではない――
――そのことを知っているのは、サバナクロー寮生で言えばブッチくんとジャックくんだけ。
だからここで、サバナクロー寮生の命運を預かっている寮長殿下の選択に、
なにかしらの波紋を打てるのは彼らだけ――もとい、ブッチくんだけなのだ。
ここで素直に退いておけば、最悪の顛末――「卑怯者の犯罪者」という汚名だけは回避することができる。
気位の高い寮長殿下にとって、他人――それも王族でも何でもない格下に降伏するなぞ、屈辱の極みだろう――
――が、寮生たちの将来を守れるのは寮長殿下だけなのだ。
…なにせ、裁定者の関心は寮長殿下にしか向いていないのだから。
「――で、ソイツを証拠に、テメェは誰が『犯人』だと?」
「んー…そうですねぇ…。寮対抗マジフト大会優勝に息巻くサバナクロー寮――ですかね、ざっくり言うと」
「…拉致った一人と裏切り者一人――たった二人の証言で、俺たち全員を一緒くた――か?」
「まさか。全員がグルとは言い切れませんよ――まぁ黙認も含めれば言えなくもないですが」
「……あくまで、サバナクローを犯人だと言うんだな?」
「ええ。ここ数日の内、マジフト選抜メンバー候補が被害者となった事故の現場、及びその周辺の監視カメラの映像が、証拠です」
「……で?」
「全十二件の事故の内、例外一件を除き、累計41人のサバナクロー寮生がすべての現場において、
『対象者と自分の動きをシンクロさせる』というユニーク魔法を使うラギー・ブッチを隠すように輪を作っていた――
――寮生の半数近くが関与している時点で、サバナクロー寮による組織的な犯行と断定していいでしょう」
犯行現場が監視カメラによって記録されていた――その事実に談話室の空気がどよめく。
…しかし、その決定的とも言える証拠を突きつけられた――にもかかわらず、
寮長殿下の表情に変化はない。そして纏う空気にも変化は感じられない――でもそれは、ある意味当然の反応と言えば当然のこと。
なにせ、この一連の証拠の中に、寮長殿下の姿は――一つも、上がっていないのだから。
「…で、全員を平等に裁くのか?」
「…そこが、難しいところなんですよ――…
…やはりこういうコトは首謀者に一番非がありますし……。…あ、ブッチくんは実行犯なので主犯級扱いです」
「ぇえー?!」
「…なんで『えー』ですか。捕まっておきながら、まったく反省してないみたいですね?」
「いや、だっ…そうじゃなくて!!」
「……確かに、みなさんの将来に瑕を付けたいわけじゃない――とは言いましたよ?
でもだからって、あなた方の悪を許したわけではないんですよ――…明るみに出さないだけで、しっかと罰は受けてもらいますからね?」
「っ……」
「………教師でもなけりゃ、用務員ですらない立場で、生徒を裁くのか?役も無いお前が」
嘲笑ではなく、真っ当な指摘――のようであって、この寮長殿下の問いには個人的な色がある。
役の無い有象無象にありながら、他人の弱みを掴んで強者を気取る傲慢が気に障った――…にしては、随分と憎しみがこもっている気がする。
…かといって、自分の群れに害を成さんとする敵に対する憤り――…とは思えない。
そんな感情があるなら、それは最初から向けられているはずだ。
「…彼らが、役無しに裁かれるのが不服と抗議するならそのように――
――きっちり証拠をまとめて、まるっと全て学園側に引き渡しましょう」
「っ…それは…!」
「不当に裁かれて罪を償うか、それとも、公正に裁かれて罰を受けるか――そこは、みなさんに委ねます」
悪は公正に裁かれ、公平な判断の下で罰を受け、その罪を贖うべき――ではある。
だけれど一度、光の下で裁かれた悪は、いくら贖っても、誰に許されたとしても――一生、汚点という足枷として人生について回る。
…まぁ、少年犯罪は履歴書への記載義務がないけれど――
…集団でしょっぴかれるとなれば、数年はサバナクロー寮というモノ自体が世間の不信を買い、就職の機会において足枷となることだろう。
首謀者、実行犯、共謀者――に関しては自業自得だが、直接関わっていない寮生にとってはトンだとばっちりではある。
…ただ厳しいことを言えば、知っていて放置したのであれば、それはほう助という罪と呼べる。
個々のしがらみから言い出すことができなかった――という生徒もいるだろう。
弱肉強食を掲げるサバナクローであればなおさらだったろう――が、であれば結局はなにも変わらない。
弱者は強者の顛末に引きずられ、己に悪が無くとも課せられる罰に泣き寝入りするしかない――無抵抗という選択を理解しないままに。
「――ところで、寮長殿下からなにか仰ることは?」
「…あ?」
「証言でも、告発でも、助言でも――この件に関して発言しておくことは、ないですか?」
苦しげな表情を浮かべたサバナクロー寮生をよそに、
ある意味で一番大事なところを、ここで寮長殿下に促す――と、ブッチくんたちの視線がざわと寮長殿下に集まった。
…どちらにせよ、寮長殿下の選択が、彼らの将来に影響を及ぼすことは間違いない――
…以前に、この心許ない状況で、旗頭となる人物がいるといないでは彼らの心の安定は雲泥の差。
そしてその人物が王族ともなれば――なにをしてくれずとも、
ただ中心にいてくれるだけで、彼らは根拠のない希望を持つ心ができるだろう。
……ただその場合、その進歩のないチンピラ根性叩きなおすけどね、私なら。
「…――首謀者は俺だ」
「っ…?!」
「――ほう」
少しの間をおいて、さらと名乗りを上げたのは寮長殿下。
…確かに、白状を促す意図もあっての発言ではあったけれど、まさかここまであっさり関与を認めるとは思っていなかった――
――のは、共謀者であるブッチくんたちも同じのようで。
自身の悪を認めながらも落ち着き払った様子で立ち上がる寮長殿下を、あ然とした様子で見つめていた。
「コイツらを使って、邪魔な連中を排除する計画を立てたことは認める――…だが、テメェに裁かれるのはごめんだ」
「っ…ちょ、レオナさん!!そんなこと言ったら――…!」
自身の悪事を認め――た上で、寮長殿下が選んだ裁きは「公正な罰」。
…より厳密に言うなら「不当な罪」――もとい、私の情けを拒絶した、と言うべきだろうか。
しかし寮長殿下の拒絶は、彼にとっては最善であったとしても、地位も後ろ盾も持たないただの寮生たちにとっては酷な選択。
特にブッチくんは、「将来を保証する」という言質を私から取り付けていただけに、わざわざ茨道を選んだ寮長殿下の判断を制止せずにはいられないだろう。
自身の勝手で、その他すべての保証を、寮長殿下は拒絶したのだから。
「フン…。簡単に飼いならされやがって――…大体、お前らの将来なんざ俺の知ったところじゃねェんだよ」
「っ…なんだよっ…それ……!!」
「…いやいやブッチくん?そんな相手と知らず、安易に選んだブッチくんも悪いんですよ?
…せめて『他人を傷つける』という時点で疑問を感じていれば、まだ救いがあったんですが………
そーゆーこともなく言われるがまま他人を傷つけたブッチくんですから――…自業自得以外の表現が見当たりませんねぇ」
「っ……!」
私の指摘に、ブッチくんは悔しげに表情を歪める――が、押し黙って反論をしてこない。
…どうやらブッチくんも心のどこかには、少なからず罪の意識というものがあったらしい。
ただ、実力主義の寮訓が、罪を自分が生き残るための必要悪と勘違いさせた――か、
「……これで、問題は終わりだ――…!」
「――!」
ずわと寮長殿下から湧き上がるのは――魔力。
そしてそれを理解する間に寮長殿下が纏う魔力は形を得て――風の魔法として放たれる。
もちろんその標的は私――で、その後ろには可愛いジャックくんと、その身の無事を保障したブッチくん――に、
一応の引率者として安全保障の義務がある見届け人たち。…うん。退くワケいかんですがな。
おそらく、寮長殿下は端からこーゆー魂胆――話を物理でひっくり返すつもり、だったんだろう。
…でなければ、こんな密度の高い魔法を準備なしで放てないと思うのです――…それともアレか?能あるお獅子は爪を隠すって??
「――…ハッ」
向かってくる魔法に対し、私が選んだ選択は――迎撃。
身につけたばかりの魔法――には頼らず、使い慣れてはいるが本来の使い方ではない物理で気力を放てば――
…気弾は、強烈な衝撃波となって寮長殿下の風を掻き消した。
………しっかしコレ………燃費悪すぎなんだが…?!
「…っ…奥の手にもほどがありますねっ…コレ…!」
「あーうん……今のはレオナもけっこーマジだったから………ソレで正解だったと思うゼ?」
「…ゥん?」
「……不意打ちに、王家の魔力使うトカ――大警戒じゃネーの、オウジサマー?」
私の肩の上からずいと身を乗り出し、どこか呆れた様子で寮長殿下に所感を投げるマキャビーさん。
…おそらく、先ほどの魔法には「王家の魔力」とか言う特別な力が含まれていて、
それは不意打ちに使うには卑怯な力――…なんだろう。たぶん。
「――フン。俺の程度でどうにかなるならその程度ってことだろ」
「…そーだけんどもサ〜……オマエ、ドコのどの立場で、ダレのナニに牙剥いたか――わかってンの?」
「…――ハッ。そんなモン、わかりたくもなかったが――…こうなっちゃあ、なァ?」
「…イヤソレ、ただの自業自得デスがナ。どーゆー算段か知らんケド」
「……あの、マキャビーさん?会話がだいぶ理解の外側なのですが…」
「んんー?ぁア〜分からんでも問題ネーよマネージャ〜――…アイツに、もう王家の魔力なんてネーからサ〜」
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