「ッ…?!」
寮長殿下の腹部を狙った私の一撃は、
またしてもすんでのところで寮長殿下の手によって止められてしまった――が、さっきと今では戦況が違った。
ユニーク魔法を発動した寮長殿下の手は、今やもう触れたが最後、その全てが塵と化す敗北の一手。
さて、その破壊を具現化した力が生命に及んだ時、その身は一体どうなってしまうのだろうか――
…大変、興味深い事象だけれど、さすがにそれは「見たい」とは言えないよねぇ〜…。
これは間違いなく人の体を傷つけることに、下手をすれば命にだって関わること――だろうから。
………アレ?だとしたら私、今死ぬハズだった??傍から見たら。
寮長殿下の手が捕らえたのは私の一撃――
――だけれどそれは私の拳ではなく、鈍い金色の鉄扇、だった。
元の世界で携えていた鉄扇とは違い、ずしりと金属特有の重量感がある――が、今そこは問題じゃない。
今この鉄扇に求められている役割はただ一点――破壊の一切を受け付けない絶対的な頑丈さのみ。
全てを掻き消す魔法の力――であろうと綻ぶことのない要因とは、錬金術師によって作り出された超常の鋼。
並大抵の魔力では傷さえつかない――と書いてあったけれど、
並大抵ではない魔法であってもびくともしないとは――…さすが天才魔法技師の作、と言うところなのだろう。
受け止められた鉄扇を支点に体勢を整え、寮長殿下の横っ面目掛けて回し蹴りを放つ。
おそらく、先ほどまで――魔法を発動していない状態であれば、この一撃は簡単に受け止められてしまっていただろう。
けれど私の拳を受け止め、受け止めた攻撃ごと勝利を掻き消すつもりでいた――
――攻撃に精神力を回したがために、私の蹴りに対する反応が遅れてしまい――
「ッ――…!!!」
――私の蹴りは、驚きに歪む寮長殿下の顔にクリーンヒットした。
寮長殿下の横っ面に決まった私の蹴り――の勢いがあまり、まるで投げ飛ばされたかのように寮長殿下の体が宙に放り出される。
致命には程遠い――が、攻防の逆転には至っただろう一撃。
余裕を騙るなら、相手の攻勢を呑むのも一計――だけれど、
相手の手札を完全に把握できているとは言い難い戦況において、その騙りは誘い水にしても悪い手だろう。
この、決闘などとは呼べない稚拙な喧嘩に、勝敗を決定づける勝利条件はない――というか決めてすらいない。
そも喧嘩である時点でルールなど無用――勝利条件、なんて文言がそもない。
勝敗が決するその時とは、どちらかが戦闘不能に陥る――もしくは一方が己の敗北を認めた時。
――であればここは、得手でなくともこのまま攻勢に転じ、
寮長殿下が戦闘不能に陥るまで容赦なく攻撃を叩きこむ――それが、おそらく私が勝利するための最速手だろう。
…そう、最速の――ね?
「………ッ…!」
不平に表情を歪め、不満のこもった目で私を見るのは、
地面に投げ出されている――マドンナブルーのストールでぐるぐる巻きにされた寮長殿下。
…どうやら寮長殿下のユニーク魔法の有効範囲は、彼が触れているもの全て――ではなく、寮長殿下の手に触れているモノまで――らしい。
もし、そうでないのなら、寮長殿下は秒でこのしようのない状態から離脱できるはずだ。
だって私のストールは寮長殿下の上半身と足首に巻き付いている――身に触れるモノに有効だとするなら、
寮長殿下を拘束する邪魔物はその魔法の影響下にあるのだから、その解除は容易だろう。
……ただ、コレがブラフという可能性も、なくはない――…ただその場合、勝負を捨てることになるけど、ね。
「…そりゃあ、納得いかないだろうとは思いますよ?コレ、凄いのは使い手ではなく道具の方ですから」
寮長殿下のユニーク魔法によって、跡形もなくその全てが消失したストール――だけれども、
実を言うとストールを持ち出した時点で、断片を保険として端から仕込んでいたりした。
…ただ、手持ちが全消失することもあろうかと――と思って仕込んだわけではなかったけどね。
使い道自体はほぼほぼ想像した通りだったけど。
在って無き無限のストールに、並大抵ではない魔法も弾く魔法の鉄扇――
――言われるまでもなく、どちらも反則レベルの性能だ。
そしてどちらも私が作ったモノじゃあない――し、ストールはOBのおさがりで、鉄扇は一応……と言わず私の、ではある。
だけれどコレを、私の実力と呼んでいいのかと言う話――だが、優れた道具こそ使いこなせて一級の代物でもあるのです。
弘法筆を選ばず――とは言うけれど、宝の持ち腐れとも言う。
そしてそもそもただの私は強者ではない――のだから、
自分の身の丈に見合った武器を選び取ることもまた、私の実力と言えるだろう。
「しかし――だとすると、一流の道具を揃えれば、
獅子の威を借る小鳥でも勝てる雄獅子殿下って――なんなんですかねぇ?」
「!」
「おや、なにを驚いてるんです?
オーナーの威を己が威と思い上がった役も無いマネージャー――
――そんな小者に土を付けられたんですから、それ以下とみなされるのは当然でしょう?」
「ッ……!!!」
ニヤと浮かぶ笑みを傲慢に染め、筋が通っている――が、綺麗事に等しい挑発を寮長殿下に投げる。
そしてその、私の傲慢に返ってくる寮長殿下の感情は怒り一色。
しかしその内は単一ではなく、様々な感情が混ざりあった複雑なモノ――…ではあるけれど、それもこれもざっくり括れば大体「怒り」。
そして最終的に「怒り」としてまとめられた感情が出す結論は――
「気に入らねぇ…!テメェの、何もかもが気に入らねェ――…!
…目の前の当たり前を…当然のように享受するテメェが――
――何の疑問も持たずに、全てを自分のモノにするお前が――…!!」
向けられた怒りと憎しみに――少し、彼が内に抱える「澱み」に当たりがついた。
遅く生まれたというだけで当主になれないことが――
長男というだけで当主の立場が約束されていることが――
――彼にとっては、納得し難いことなのだろう。
――だが、その憤りは至極当然だ。
ただただ早く生まれただけ、長子というだけで、一族の長に据えられる――…なんと理不尽な理屈だろうか。
個々のパーソナルなど度外視で、優先されるのは血と年功。
家系図の上でしか優位性を証明できない「定義」によって押し付けられる一族を背負うという大業――
…本当に、なんと理不尽なことか。
「…――……アナタが、不平を言いますか――……生まれに胡坐をかくアナタが、それを」
彼に能力があることは確かな事実だろう――
――が、だからといってその兄よりも彼が「王」に相応しい逸材かと問われれば、それは色んな意味で疑問が残る。
現王を知らずに比較はできない――けれど、
彼が人々から敬われる「賢王」と呼ばれる国王になることはできないだろうな――とは思う。
おそらく、彼が今のまま王となって冠すだろう称は暴君。
――で、没後云十年と経過した頃にやっとその経済手腕が評価される――…てなタイプの王様だろう。
――…しかしそれも、彼が王の役割を果たしていたのであれば――の仮定、でしかないけれど。
「――…ハッ、とことん底が合わねぇらしいな」
「……そうですね。歩み降りる筋合いはないですけどね――私には」
「―――」
感情を抑え、冷徹に事実を吐く――上が、下に降りる道理など無いと。
しかしそんな言い分こそ上の無自覚の傲慢――だとしても、
それに道理を投げ返すことが許されるのは、己の義務を精一杯果たしている者だけ。
義務を果たさずして通る権利など、対価を払わずに得られる力など、存在しないのだから。
そしてそれは、家系から成る権威とて同じ。
その家名に恥じぬ実力と、名門として手本となる行い、
それらを両立して初めて、その権威は語ることが許される権利。
――…だというのに、それを理解せず、一族に生まれたというだけで、
当たり前に得られる権利と思っているバカが多いから嗤ってしまう。
真面目に倣っているコチラが間抜けなのか――と。
不意に、寮長殿下の内側からトプリと溢れ出したのは――魔力。
密度というのか、純度というのか、高い濃度を持つそれは、寮長殿下のユニーク魔法の有効範囲を広げる第二の手といったところのようで。
その身からにじみ出る魔力は、彼の身の自由を奪うスートルを、掻き消すように塵と変える。
そうして自身を縛り付ける邪魔物を排除した寮長殿下は、静かにゆっくりと立ち上がり――迷いなく、私を真っ直ぐ見据えた。
濃厚なミルクのような魔力を纏い、静かにこちらを見据える寮長殿下――
――だが、不思議なことに彼の目には先ほどまで並々一杯に湛えていた怒り――どころか、そもそも負の色さえ見て取れない。
…ただ、それと同時に、少なからず覗いていた光も、見えなくなってしまった…のだけれど。
ふと、なにかに納得した様子で寮長殿下は目を伏せる――…とほぼ同時、彼の影からずわと黒が湧く。
月の光も受け付けない――光を呑み込む真っ黒なそれは、リドルくんの時と同様に、発生源たる人物を呑むように包み込んだ。
…普通なら、黒いソレが湧いた時点で対処するべきなのだろうけれど――
――問題は摘出しなければ、始まりもしないし、終わりもしない。
一時的に癇癪を抑えたところで、次の発症を先送りにしただけ――なのだから、解決などには程遠い。
とはいえ、単純な肉体的腫瘍ではなく、個人によって千差万別のデリケートな心的腫瘍――なのだから、
兎にも角にも「出せばいい」という考え方は、トラウマを抉るという致命的なリスクを無視した、あまりにも乱暴な治療方法ではある。
相手の心の健全を重要視するならばこそ、短絡的に「膿を出せば」なんて思ってはいけない――そう、相手を思う気持ちがあるなら、ね?
「フフっ――…ホーント、見栄えばかりは整ってるから始末が悪いですよねぇ」
黒色の繭を呑み、顔のない雄獅子を従え、新たな姿となって現れたのは――血色の悪い肌に黒を纏った寮長殿下。
彼の胸元を飾る黒のファーは、彼自身の長い髪と相まって、ライオンの鬣を連想させる。
そして、背後に従えるブロットの化身は彼が絶対的強者であると証明しているかのよう――
…だが、それはあくまでみてくれだけの話だ。
もしも本当に、彼が「王者」としての素質を持っているのなら――
…その心に膿んでいる闇は、もっともっと救いようのない、触れることさえ憚られる猛毒だっただろう。
…――でも、幸か不幸か彼の膿はそこまで重篤なモノじゃない。
成すべきことを怠り、努力を厭いだ上での挫折がいかほどの傷だというのか――
…ホント、そういうところが――ものすんごく、気に入らない!の!!
「――姐さん!」
私の呼びかけに返事はない――が、その応えに私の服装が白の式服に切り替わる。
白地に金色の装飾を施された、中世の男性貴族を思わせるこの服は、ノイ姐さんが私のためにデザインしてくれたオートクチュール。
姐さんの趣味趣向が多大に反映されているだろうこの式服――だけれど私も大いに気に入っている。
今までの式服と違って、見栄えと一緒に動きやすさも兼ね備えているから――ドンパチに最適!
「奥の手のつもりだったなら、オーバーブロットは――失策、ですよ?」
「――――!!!」
傲慢に圧倒的な余裕を湛え、寮長殿下の意気を試すように言葉と笑みを投げる。
それを開戦と受け取ったのか、挑発と受け取ったのか、その淀んだサマーグリーンの瞳に強烈な不平を燃やし、
寮長殿下は顔のない雄獅子を従え一直線に――私に、襲い掛かってきた。
さてこれは、やけっぱちの捨て身なのか、それともわずかに残る理性の上にある策の内なのか――
――まぁどちらであれ、今となっては脅威にはなり得ない。
だから私は仕掛けられたモノ全てを受け止め、相手の全てを呑んだ上で――ただ、圧倒すればいい。
知性はあっても理性的ではない――実に暴力的な方法だけれど、それを望んだのは他の誰でもない寮長殿下自身。
であれば、提示された条件に合わせた上で、格の違いを示して見せるのが――私の在り方だ。
「――――…………………………あ?」
………いや、確かに仕掛けられたモノは全部受け止めるって言ったよ?
言いましたけれども――…私がブロットに呑まれるのは――なんか話が違くないかー?!
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