「………ぅ――ぐむ…!!…重っ!肉体派男子おっも!!」
意識が現実に還った――と思ったら、背中にズドムとかかる重量感。
前例的に、私の背にもたれかかっている――いや、のしかかっているのは寮長殿下。
で、その意識は失われている――から、なおさら重い!!
本来なら、本気を出さずとも寮長殿下を背負う程度できないことではない――のだけれど、
不意打ちの大荷物投下にどこへ力を入れたらいいやら――というか下手に気力を回そうとすると、
今自分と寮長殿下を支えている力が抜けて、まず総崩れすることになると思うんです?!それじゃあ本末転倒だからどーしたもんか!?
「……何をやっているんですか」
「っ…ぅ、わ…ジェームズ…さん……!」
音も無く、不意にスゥっと私の前に姿を見せたのは――見慣れた巨大な白風船姿のジェームズさん。
トレードマークのシルクハットでいつもよろしく目元が隠れていて表情が全く読み取れない――
――が、纏っているオーラがわかりやすくお怒りモードだった。
……まぁ、それはそうだ。
最後の最後まで、ジェームズさんはこの襲撃に対して否定的だった――のだから、
その顛末として情けない格好になっているのだから、そりゃあ不興の一つや二つ、三つも四つも買うだろう。そりゃあーね!
「……………おい、いつまでそうしているつもりだ」
「ぃや、あの、…お、思った以上にしっかりとした肉体をされておりまして……っ」
「……――…、…マネージャーに言っているのではありません――…タヌキに宗旨替えかレオナ」
「……ぅん?」
寮長殿下を背負い、ヒーヒー言っている私にお冠――かと思いきや、
その不満は私の背にいる寮長殿下に向いている――のも驚きだけれど、
それ以上に驚きなのは寮長殿下を呼び捨てた――上に、まぁまぁ直球のイヤミと思わしき苦言を寮長殿下に対して砕けた口調で投げたということ。
あと、更に付け加えるなら――
「――…ったく、ウルセー野郎だな――…姑かよテメェは」
「ぅぐお…!!重い重い重い重い重い!お、起きてるなら退いてください寮長殿か――あ゛ー?!」
タヌキと言われたことが気に障ったやら、私の背に更に体重をかけ、不機嫌そうな声でジェームズさんに文句を返す――寮長殿下。
…ただでさえ積載限界が近いというのに、そこへ更にかかってくる重さに危機感を覚えて「ください」と声を上げる――が、
それによってもたらされた効果は、望んだ方向とは真逆の結果――…要するに、更に重量ドーン!だよ!!
「潰れますよ?!潰れちゃいますよ!?
寮長殿下を道連れに!大地と熱い抱擁交わしますよぉー?!」
「……――レオナ」
「…は?!」
「……レオナ――だ」
「…――…っ……レオナ!…っさん…!退けェ!」
「…へーへー」
なんとなくを理解して、身の危険に煽られるまま寮長殿下――もといレオナさんに「退け」と思いっきり言い放つ。
すると不平、不満、そして不服の「ふ」の字もなく、レオナさんは「へーへー」と応えて私の背の上から体を起こし、更に少し距離をとった。
一気に軽くなった背中に思わず体から力が抜けて――ドサと砂岩のフィールドに膝と手をつく格好になっていた。
「……随分と、素は貧弱らしいな」
「…っ……これでもよう耐えた方と思いますよ…」
「…ウチの義姉は試合で打ち負かした国王担いで颯爽と帰ってくがな」
「…ぉう――…パ、パワフルなお義姉様ですね…」
「……マネージャー、腕っぷしに定評のある夕焼けの草原の中でも特に武門の出が多いライオンの獣人の女性――
――とはいえ、比較対象として女性を引き合いに出されていることに何かないのですか」
「ぁー…んー…………強く凛々しい女性は大好物なので、特に何も!」
「「……」」
「――というか『女性を』という感覚がナンセンスですよ、このジェンダーレスが叫ばれている時代に」
「………ソウデスネ」
わかっている。わかっては――いる。
ジェームズさんが言いたいのはそういうことではなく別の問題――で、その内容についても察しはついている。
…しかし、そこで私がヘタに否定すると、なんとなしレオナさんの術中にハマるような気がする――
――ので、ここはスケープゴートとして濡れ衣を被っていただきたい…!
わかっていますよ…!ジェームズさんがそんな感覚の古い方ではないということは…!
……でなかったら出会って数時間の女を素直にボスと認めるわけないじゃない…!
不名誉をひっ被せてしまったジェームズさんに対して申し訳なく思いながら――も、
態度にはそれを微塵も見せず、あくまで毅然とした調子で立ち上がり、顔を――背後に立つレオナさんに向けた。
向けた視線に返ってくる視線――に、先ほどまであった敵意や反発といった攻撃的な色はない。
そしてそれと同時に、その緑を曇らせていた諦めも影を潜めている。
…しかし、だからといって感情という熱が失われてしまった――と、いう風でもない。
寧ろ、なにかこう――…良いけどワルい顔というのか――
……ぅぅむ…コレがホントの、眠れる獅子を起こしてしまった――…という事態なのかね〜ぇ…。
……まぁ、とはいえ眠れる獅子ならまぁなんとか対処のしようはあると思うのですけどね?
…因みにコレ、もしも相手が龍だった時には――十中八九、お手上げだ。
だって龍は私をオモチャにするイキモノ――で、生来の利口さが仇で逆らえないのが私の限界だからねぇー……。
……ハハハ、本来は同位のはずなんだけどなァ――…私も兄さんも。
「――なにか、私に対して示すものがあるのでは」
「……」
「事実だけじゃ、足りないんですよ――理解させるには」
私の催促に、レオナさんはムッとした表情を見せる――
――が、不意に小さくため息を吐くと、どこか観念した様子で私の前にやってくる――と、躊躇することなく、片膝をついた。
「俺の負け――だ」
恭順を示すように片膝をつき、己の敗北を認めるレオナさん――の姿に、少し冷えた夜の空気が、徐々にざわざわとどよめきだす。
自分たちのボスが敗北を認めた――以上に、気位の高いレオナさんが自らの意思で頭を垂れた――という光景が、彼らにとっては衝撃的だったのだろう。
――しかし、自分は強者であるという自覚があればこそ、張ってはいけない意地というものもある。
自分で自分の価値を貶める、我執という視野の狭い意地が。
…数分前までのレオナさんであれば、もしかすると拘っていたかもしれない我執――
――だけれど、憑き物の落ちたレオナさんに限ってそれはない。
持って生まれたその賢さが、無恥を犯すアホウを許す道理がないのだから。
「――では、サバナクローの『ボス』の座、譲っていただきますね」
「…好きにしろ」
レオナさんの承諾に――サバナクローのボスの交代に、サバナクロー寮生たちの間に大きな動揺が奔る。
サバナクロー寮の不正を暴き、尚且つ断罪しようとした、幽霊劇場の管理人――
――…この得体の知れなさ加減、中々の高水準ではないだろうか?
…――まぁ、だからといって、ソレで第六感が鈍るほど、獣人種の本能は人寄りではないだろう――
――マキャビーさんの言葉が真理なら。
「さて、このボスの座の譲渡について異議申し立て、
なんなら『我こそが真の長!』と――自分に挑む気概のある方、いらっしゃいます?」
この場の流れに逆らうヤツなどいないだろう――と思いつつ、それをあえて促してみたものの、それに応じる者は誰一人としていなかった。
…ただそれは、私一人の力――ではまったくなく、寧ろ私の横で今までとは違う威圧感を纏っているレオナさんの影響が、なによりの要因だろう。
自身が敗北を認めたモノを否定されるということは、ソレを肯定した自分自身を否定されるにも等しい――
――となれば、ここで反発の声が上がればレオナさんの勢威は地に落ちる。
…もしそれを、私が望んだなら、たぶんレオナさんは激しく嫌な顔をして、物凄く不貞腐れるだろう――が、おそらく最後の最後には応じるだろう。
敗者が勝者に逆らえる道理はない――と。…だけれどサバナクロー寮生は違う。
彼らはさっきまでレオナさんに従っていた配下――…少々の誇張はあるが、レオナさんからすれば敗者たち。
故に、彼らもまた私――以前に、レオナさんに逆らっていい道理はないのだ。
――ただ、その道理を冒す無謀を圧し止める気はない。
その気があるなら、自身が納得できるよう挑んでくればいい――
――それを受け止め、喰らい尽くすのが、金獅子の遊戯――だから、ねぇ?
…しかし、そんな尖った気概を見せる愉しいバカも愚かなアホもなく、夜のフィールドは新たな熱を帯びることなく更に冷めていく。
それを、一応の決着と捉え、雰囲気を改めて「では」と切り出せば――緊張が、水面に張る薄氷のように静かに広がった。
「寮対抗マジフト大会選抜メンバー――及びその候補、
更に加えて選抜メンバーの座を狙う方は、明日朝6時にココに集合です」
「………」
「……」
「…………………マネージャー……」
「イヤイヤ、自らの意思でボスの座を奪った以上、その責任は果たさないと――でしょう」
「………その…責任、とは…」
「それはもちろん――
大量得点差による初戦敗退の汚名返上、及びマジフト強豪寮としての権威復興――のための、ディアソムニア寮の打倒、ですよ」
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