まず、そもそもは――レオナさんの在り方が、気に入らなかった。
たぶん、元の世界の私なら「まぁ」と目を瞑れたと思うけれど、どーしてもの私では、目を瞑ることができなかった。

 そう、あくまできっかけは個人的な感情ふまんからの行動だった――のだけれど、
最終的に私の行動は神子じぶんの役割を果たす結果、白獅子の矜持を守る選択こうどうとなっていた。
…まぁ、それは大したコトじゃ――…というか、胸を張れるようなことじゃないんだけどね…。
だって結局のところそれは結果論――結果オーライってヤツだったワケだからねぇ…。

 諦念に沈みながらも野望を燻らせ、それでいて怠惰に耽る若獅子のたてがみを剥ぎ取る――
――それが白獅子の矜持を守ること、私のそもそもの目的だった。
たちばを奪われ、たかみから地へ落ちた若獅子のその後――
――以後の復権せいちょうは、もちろん見守るつもりでいたし、何事あればフォローに回る覚悟つもりもあった。
だけれど、あくまでそれは影からのつもり――…だったのだけれど、別件あって私の内心つごうは変わっていた。
 

 この「不平感」は一体何から端を発しているのか――…たぶん突き詰めて「悪者」を決めるとするならNRCがくえんだろう。
だけれどコレには無思慮に無関心、黙認だのと些細だけれど無数のほう助あくが包括されての結果――
――なのだから、学園側だけを責めるのは理不尽と言えば理不尽だ。
――となると、全ての「悪」を暴きつるしあげ、それぞれのせきにんの元で相応の対価・・を支払ってもらう必要がある――
…のだけれど、それにはあまりにも時間が足りなすぎる――以前に、まず自分の権威ちからというものが足りなすぎていた。

 …恥も外聞も、矜持もなにもなく、結果だけを求めれば、
やってできないことはない――けれど、試合に勝っても勝負に負けては意味がない。
…戦争とか、人命のかかった場面なら、そーゆー無茶も特例的に許容するところだけれど――平和のうえに有る学校行事に無法ソレはない。

 はっきり言って、コレは矛先がずれた嫌味やつあたりにもほど近い――が、色々と言い訳べんかいが立つから利用することにした。
打倒を掲げ、一致団結したサバナクロー寮の意気――ディアソムニア寮への雪辱に燃える敗者かれらの下克上を。

 

 

 早朝5時55分、サバナクロー寮のマジフト場のフィールドに集まっているのは――…20人ほどと、笑ってしまうくらい少なかった。
…因みにその内訳は、選抜メンバー――よりもその座を狙う候補や、一年生の方が多いからなんともまぁ。
…とはいえ、それはある意味ではいい傾向――なのだけれど、ボスだれに似たらやらレギュラーきょうしゃたちの傲慢まんしんよ――…。
……挙句、昨晩その辺りを改めたはずの寮長ヒトが不参加ってなんだ。

 現実とはままならないもの――とは、わかってはいるけれど、それでも湧く不満というものはある。
口元が怒りに引きつる――…が、それをなんとか深呼吸で落ち着けた。
 

 気に障るおもうところは、そりゃあ山ほどあるだろう――寝不足だからなおさらに。
だけれど面倒ソレオーバーワークめんどうと分かった上で選んだのは、他の誰でもない自分自身――
――とかいう以前にコレは誰のためでもなく、私が望んだ実現コトのため。
であれば現実げんじょうに文句を連ねても仕方がない――それも、目的を達成するために必要な対価という労働モノだ。
 

 マジフト場の末端から見下ろす先に在るのは――サバナクローの学生寮。
あそこには、未だ眠りに身を任せている傲慢ゆうがな寮生――及び、同じく暢気に眠りについているだろう無関係を決め込んだ寮生たちがいる。
…細かいことを言えば、後者の寮生には迷惑な話だが、なんの協力もせずに旨みなどない――という理屈の上、我慢という名の協力くらいはしてもらおう。

 ――では、大きく息を吸いまして、

 

「集ゥ合オオーーー!!!!」

 

 腹の底から、吼えるように声を出す。
大砲の弾を打ち出すが如く放った集合の掛け声――は、実のところ素のものじゃあなかった。
…いやまぁコレだけの音だったんだから、言うまでもないコトかもだけど。

 コレは以前、イレーネさんから教えてもらった声を拡散する魔法――による音量モノ
本来は声を張り上げずに指示ことばを伝えるためのモノ――
――拡声器メガホンと同じ役割を持つ魔法で、私もそういう用途カタチで使おうと教えてもらったのだけれど――
…それでは、私の気が済まなかった――というワケだった。

 我が声ながら耳が痛い――が、不思議と心はスッキリとしている。
たった一度の絶叫おおごえに、ストレスを軽減する科学的な根拠はない――が、ストレスとは結局のところ心の澱みもんだい
だから根拠が無くとも、当人が不満ストレス吐き出はっさんしたと思えば――それは成るのだ。
それこそ、一時的な効果モノであればなおさらに。

 

「さァーて、キチンと時間通りに集まってくれたみなさんは、さっそく始めましょうか――朝練を」

「…………」

「……ん?なんですブッチくん」

 

 すっきりした気分に意気揚々とフィールドの上に――集合時間より前にきちんと集合してくれた寮生たちの元へと戻り、
「さぁ」と朝練の開始を促した――のだけれど、不意にブッチくんが一歩進み出たかと思うと、
待てストップ」とでも言うかのように手のひらを突き出した。

 その「待った」に疑問を覚えてふとその後ろに並んでいる寮生たちを見てみれば――

 

「……耳鳴りと…動悸がヒドいんで……ちょっと待って……クダサイ………」

「ぅわ、声ちっさ」

「…誰のせいだとぉ…………」

 

 

「朝からヘロヘロになるまで扱かれると思ってたんスけどねー…」

 

 私の横でハハハと苦笑いしながらそう漏らすのは――黒の運動着つなぎを着たブッチくん。
どっかの寮長殿下とは違い、きちんと朝練の開始時間にはフィールドに集合していたため、私が課した練習メニューはとうの昔に全てこなし、
以降は自主練――もとい、私の頼みしじで一年生のデータ収集めんどうを請け負って貰っていた。
だからブッチくんの想像は確かに外れたと思う――が、

 

「…それは、私が無茶な脳筋指導で問題解決コトを押し進めると思っていた――ってことですね?」

「ぁ、イヤっ……そーゆーつもりじゃァ…ないッスけど………」

「……まぁ、必要な情報が揃っていれば、そーゆーやり方もできたと思うんですけど――
…知識も含めて、まず私が色々不足してますからねぇー…」

「あー……ぇ、ちしき??」

「ええ、ルールを覚えたのも、試合映像を見たのも――昨日の話です♪」

「……………ハぁ?ふざけてんスかアンタ。てか、マジフトなめてんスか??」

「いやいやナメてねーからこーしてわざわざ段階を踏んでるんじゃないですか」

「……」

「それにですね、私のけいかくの柱はコレ――サバナクロー寮生のお洗濯、じゃあないんですよ」

「……………は?」

「ざっくり言うと、私もレオナさんと同じ結論に達した――って話です」

「………………ハイ??」

 

 知らぬ・・・事実を開示する度、表情と声色をガラリと変え反応してくれるブッチくん。
ジェットコースターと言うよりはタワー系アトラクションスペースショット的な感情の上昇――からのフリーフォールこうかで、
最後の最後には鳩が豆鉄砲をくらったような顔で呆然と私を見つめていて。
そのきょとんとした表情に、思わず漏れ出てしまうのは――苦笑い、だった。

 これは私が真実じじつを秘匿していたから起きた齟齬――ではなく、この世界の住人とそうではない人間じゅうにんの間にある前提の差ギャップ故。
彼らにとっては「当たり前」のことだとしても、私たちからすれば「非現実な非常識」であるコトの方が圧倒的に多い。
…そこの齟齬ギャップを埋めるには、異世界人コチラこの世界かれらに歩み寄る――より理解を深めていくことが、
唯一で最速の方法――…ではあるけれど、それにはまったく別方向の負荷リスクがあるから厄介だった。

 

「(とどのつまりは等価交換――…失わずして得るもの無し、か…)」

 

 【世界】の真理ことわり――としても、先が思いやられる真実げんじつに、どーにも頭痛を覚えてしまう…。

 解けた絆を取り戻すために、結んだ絆を手放さしだす――
…理には適っているけれど、どこか人の心としては矛盾を覚えるというか…。
…ただまぁ、予定外にくび結んでしめてるいのは、私自身の身勝手つごう――…でしかないんですケド、ねぇ〜…。

 

「――ちょっ、リュグズュールくん?!レ、レオナさんと同じってどーゆーことッスかっ…?!」

 

 アレコレと今更なことを考えていた――ら、酷く焦ったような様子のブッチくんに「どういうことだ」と詰め寄られていた。
……まぁ、昨晩あれだけ派手に大見得を切っておきながら、ふた聞けあければ状況は変わっていない。
その挙句、だんまりを決め込まれては――…そりゃあ慌てもすれば、焦りもするだろう。

 今度こそは大船だいじょうぶと思って乗った船が、またしても泥船――かもしれないとなれば。
――ただ、泥船to泥船にしても、前泥船よりはマシな轟沈オチになるとは思うけれどね。負けるしずむにしても。

 

「齢百年を超えた妖精ドラゴン相手に、真っ当な学生が敵う理屈ハズがない――って話ですよ」

「そっ………それ、は……そう…かも、ッスけど……」

「勝負事――特にスポーツにおいて、プレイヤーに衡平さを求めるなんてナンセンス――ではありますが、
その分ルールは公正かつ公平であるべき――とすれば、校内がくせいの大会に大人・・が出場するというのが、そもそも不公平です」

「…それ、は…確かに……リュグズュールくんの言ってることは正しいッスけど……」

「ええ、その理屈で通すいく前提ハナシが変わる――って以前にコチラも最大の切り札を失うことにもなるので、
ソレで相手の力をせいげんするつもりはない――ですけど、そういう方向で制限はなしを進めないと無理なんですよ。どー考えても。
だって相手ドラゴンですよ?ドラゴン。
百年生きてもまだ青年期ーな種族いきもの相手に、その五分の一も生きてない子供せいねんが、敵う道理がそもそもないんですよ――」

「――そりゃ、ドラゴンに対する過大評価ってモンだろ」

 

 不意に話に入り込んできたのは、なにか嫌味ふくみのある愉しげな声――体力テストれんしゅうメニューを終えたのだろうレオナさんのそれだった。
ニヤと小さな笑みを浮かべながら、レオナさんは私のドラゴンに対する評価を「過大」と指摘する――けれど、過大評価ということはまずないだろう。

 アレは、サバナクローをはじめ、そのほか全ての対戦者りょうをたった一人で圧倒したあの力は、
真っ当な人間が敵う道理のない生物そんざいの力――ファンタジーちょうじょうの最たる例、というべきレベルのモノ。
それに対して「真っ当には敵わない相手」という認識はんだんは極めて順当な評価だろう。
……ただ、子供せいねんたちに敵う道理が無い――…というのは、過小評価――…と言えないことも、ないかもしれない。
ただその場合、その子供せいねんたちがそもそも「真っ当」じゃあないと思うんですけどねぇ…。

 

「…まぁ、自分のスケールものさしじゃあ計画は図れないですからねぇ」

「ほぉ?随分と程度せいどの低い物差しだな」

「……雑な設計士雇うよかマシですよ」

 

 売り言葉に買い言葉――といった調子でレオナさんに嫌味ことばを返せば、
特に躊躇すかんがえる様子もなくレオナさんは、薄ら愉しげな笑みを浮かべて「そうだな」と肯定こたえを返してくる。
……どーゆー心境の変化なのかはさっぱりだが、とにかくレオナさんの心には他人の嫌味も愉しむことのできる、大人こころの余裕というものが生じた――…らしい。

 …それは、まぁ……第三者としては「よかったね」と思うのです。心に、歳相応の余裕が生まれたことは。
しかし、なぜだかその相対とうじ者としては「アカン」と感じるのです。
……たぶんコレはきっと同族嫌忌・・――…(たぶん)トラッポラくんが私に感じている苦手意識と同じヤツ。
人の振り見て我が振り直せ――ではないけれど、自分がされて嫌なことは他人にもすべきではない――と、わかってできる・・・なら、世の中もっと平和だってんです。

 

「――で?この度・・・の設計士サマの計画はどういう算段だ?」

「………正当な屁理屈で、公平な力量差ルールにします」

「……仮に、その屁理屈が通ったとして――…現実的な計画ハナシか?ドラゴンを飼いならすくびわを作るなんざ…」

 

 ニヨニヨと愉しげな笑み――から一転して、呆れの混じる怪訝な表情でレオナさんは「ルールで縛る」と言った私を睨む。
雑な計画せっけいし――などと言っておきながら、
私が披露した「計画」は雑どころか、たとえ正当であっても現実味のない――そも計画ですらないただの理想論。

 魔法の世界を推しても最強種と呼ぶに値するドラゴン――にして、
TWLにおいて最上級トップ5に入るだろう魔法力の持ち主――の力を、
制限するという前提けいかくなのだから、現実味なぞないだろう。普通に考えれば、ね?

 

「そこは世界の脅威と戦う灰魔の技術力の見せ所――てなトコです」

「……」

「あ、コレ、うちのオーナーは無関係ですよ?別口の、別動機してんからご理解とご協力をいただくこととなりまして」

「………」

「………さっきからなんですか、その顔は」

「……一ヵ月そこらで、灰魔のにパイプをつないだお前の根回しの早さにヒいてんだよ」

「……それを言ったら――…すべてのきっかけ・・・・はユウさん、ですよ?」

「……………」

 

■あとがき
 新生サバナクロー朝練初日のお話でございました(苦笑)
夢主が色々好き勝手なことを考えた上で行動を起こしているため、全力で展開が原作とズレております…。
ただ一応、最終的な「オチ」は同じです――ので、広い心で許容していただけましたらー!(逃)