NRC寮対抗マジフト大会当日。試合会場となるコロシアムへと続くサイドストリートには多くの出店が並び、
そしてそれを利用しているのはNRC生――ではなく、本来であれば許可が無ければ敷地内に入ることさえ許されない一般人だった。

 …ただ、その多くはNRC側が招いた関係者がほとんどで、純粋な「一般人」は賢者の島の住民と、我が子の勇姿を見届けにやってきた保護者たち。
それ以外の「一般人」の多くは、テレビ中継によって激戦ばかりのトーナメント戦に興奮し、白熱の試合展開に熱狂する――
――故にNRC寮対抗マジフト大会は、マジフト界において世界的に注目される大会イベントの一つ、なのだそうだ。

 …まぁ、それはある意味で私には関係のない話なのですが。
 

 マジフトとは魔法を使ったスポーツ――だけに、運動神経だけでなく、魔法士としての才能も必要となってくる。
そのため、マジフト関係のスカウト――の他にも、魔法に関する多種多様な業種ぎょうかい人事部スカウトが注目し、またNRCの招待を受けて視察に訪れているという。

 そして、我が義兄が所属する灰魔師団にも招待状が送られ、人事を担当する【藍の師団】の団員がやって来ているそうで、
その担当者じんぶつは既に到着していると警備担当から情報れんらくを貰ったのだけれど――…【紅の師団】の師団長の動向については一切情報が入ってきておらず、
挙句の果てにダンさんが兄さんから「野暮用で遅れる」との伝言を預かっていて……。

 …生まれてこの方、初顔合わせの場において人見知り――…緊張などしたためしがないのだけれど、
…今回ばかりは兄さんちゅうかいやくにいて欲しかったぁ……!!
 

 観客席――その中でもVIP級の来賓に宛がわれる特別観戦席に向かいながら思う。
結局のところ、「根拠のない自信」として私の根底を支えていたのは一族いえ権威ちからだったんだろうな――と。

 実績を失い、更に後ろ盾まで失って、唯一残ったのは根拠・・のない実力。
…ただ不幸中の幸いというところで、兄さんが残してくれた事業モノが適性のある分野だったから適応して、
自分のモノにする算段もついたけれど――

 

「(引け目――…とかではないんだけど…ねぇ……)」

 

 西洋人の美的センスと比べて、極東人の美的センス“それ”は劣っている――わけではない。
ただ純粋に、その趣向性が違っているだけで、そこに優劣はない。
そう、文化的美意識に差はあれど、その差は優劣ではないのだ――…が、やはりこう……どうしても…餅は餅屋、なのである。

 いくら東洋人が西洋の美の極めようとしたところで、仮に認められるまでの域に達し、その神髄に触れ、それを得たところで――その神髄きわみに至ることはできない。
生まれた時からそのぶんかに触れ、それを当たり前に受け入れてきた人間と、そうでない人間が同じ境地ばしょに至れる――わけがない。
もしそれが叶うなら、万人に通用する普遍的な「美」はとうの昔に成立している。
だけれどそれがいつまで経っても生まれないのは、結局のところ「神髄ともち文化もちや」なのだ。…人間的な心情よういんを排除したとしても。
 

 過去の実績として、アイドルやバンドのライブを成功させたことはある――が、オーケストラクラシックのコンサートなんて携わった事さえない。
もちろん、観客として足を運んだことは何度もあるけれど、
あくまでそれは個人の趣味としてでしかなく、仕事プロとして真摯に向き合ったことは――正直言ってなかった。

 …でも、「経験がない」からといって、別の方法カタチを選べるほど余裕も無くて――
…とにかく自分が今持てる知識と経験、そして識者たる先達の協力を得て、
なんとか演目を形にして、人々を魅せられるだけの公演を作り上げた――…のだけれど、
それでも、どうしても――自信がなかふあんだった。現役の名門の本職サラブレッドに披露するには。

 自分には才能がないんじゃないか――とは、まったく思っていない。ほぼ間違いなく、並以上には適性さいのうはある。
…でなかったら、端から団長コンダクターとして団員・・たちから認められなかったはずで。
だから、自分の感性を信じることに、間違いはないはずなのだけれど――
……相手が並の才能の上限突破した人たちの集まりで、
その最大値にいたっては人外バケモノ級だというのだから――……許容さえして貰える気がしねーのですわぁー…。

 

「……」

 

 なんとなし、目の前の扉が歪んで見える――まるで、そこが魔境への入り口であるかのように。
…いや、実際魔境だろうけれども。常人からすれば。
なにせこの部屋さきには、世にその才能を認められた実力者ばかりが何人も集まっているのだから――
…まず、そのネームバリューだけで普通は気圧されきんちょうすることだろう。常人ふつうは。
…であれば、常人ふつうではない私が緊張する道理はない――のだけれど、そういうことじゃあないってんですぅー??
 

 トントンと手の甲で額を軽く叩き――心と表情を改める。
公演に対する評価が何であれ、まず――私がなめられるわけにはいかない。
自分自身のためにも、新生ファンタピアのためにも、まずは長たるものが、新代の意気を示さなくては――だ。

 今一度、胸に溜まった不安いきを吐き、平静の皮を被って――目の前のドアをノックする。
そしてほんの僅かな間をおいて、所属と名前を告げる――と、それに返ってきたのは「どうぞ」と言う男性の明るい声。
…そのあかるさに一瞬、意気を削がれたものの、なんとか秒でそれを持ち直し、
声と顔に平静を纏わせ「失礼します」と言って――ドアを開き、魔境の奥へと足を踏み入れた。

 

「(ぅわ)」

 

 入室したその瞬間――部屋にいる人物全ての視線が私に集まったその時に思った事は「ぅわ」“それ”だった。

 自分に集まった視線に耐え切れなかった――とかではなく、ただただ単純に、その顔面偏差値の異常たかさに、怖じ気づいてしまったのだ。
…なにせ、規格外の美貌“それ”が示すところは、先代かれらが人間以外の種族――
――特にその中でも性格せいしつにクセのある妖精族が多い――…ということでもあるもので……。

 人間などよりもずっとプライドいしきの高い妖精族にして、尚且つ一流の芸術家である先代かれらを納得させる――…なんて、さすがに大仕事が過ぎる。
脳裏を過った課題の多さと困難さに瞬間、心に諦念と苛立ちが奔った――…ものの、その気配は喉奥――から更に胸の奥に押し込んで、
何事もなかったかのように営業用のなれた笑顔を作り、それぞれの「印象」でもって私を見る先代たちに「はじめまして」と頭を下げた。

 

「オーナーより遅参の報を受け、先行してご挨拶に伺いました」

 

 当初の予定では、兄さんオーナー仲介しょうかいの下で「はじめまして」“ごあいさつ”と相成る予定だったのだけれど、
仲介者オーナーの到着が遅れるというので、二人揃って遅れるよりは――ということで、
止む負えず一人先行して対面ごあいさつと相成った――……のだけれど…

 

「ぇーと…ココはオレが仕切る感じ、です?」

 

 若干の沈黙の後、私以外の視線が集中したのは、私の入室を許可してくれた声の主――鈍いレーズン色の髪をミディアムに整えた男性かれ
そして周りの視線を受けたレーズンの髪の彼が、確認と共に視線を向けた先にいたのは、
薄らとどこか見覚えのある、制服だろう服装をしたヒヤシンスネイビーの髪をオールバックで整えた男性だった。

 レーズン色の彼の確認に、ネイビーの男性が「そうしてくれ」と答える――と、レーズンの彼は「じゃあ」と声に明るさを取り戻し――

 

「まずはオレたち――ファンタピア劇団の後継、
リゴスィミ劇団所属のメンバーから先に自己紹介させてもらうね」

 

 ニコと笑みを浮かべて「自己紹介を」と切り出したレーズン色の男性に、「お願いします」と応えると、
彼は小さく「コホン」と一つ咳払いをして、「まずは副団長のオレから――」と前置き、名乗りを上げた。

 

「オレはニア・ヴィルゴー。
リゴスィミでは副団長――主に劇場運営のマネジメントと、ちょーっぴり衣装に口出してますっ
――で、後ろにいる三人が――むこうから楽団長のシュテル・プレヴェールくん、
衣装・小道具班長のリュゼ・アクリウスくん、大道具班長のジョナサン・ロレンスくん――…でぇ………」

 

 レーズン色の髪の男性――リゴスィミ劇団の副団長だというヴィルゴーさんが紹介してくれたのは、
部屋の手前の席に腰掛けている、上着のフードを被った黒髪の男性・プレヴェールさんと、
その隣に座っている淡い金髪を緩く三つ編みにした男性・アクリウスさん。
そして部屋の奥――観戦席としては最前列に当たる席に座っている、暗いブロンドの横髪がぴょこと跳ねた男性・ロレンスさん――
――…で、なぜかそこで一旦ヴィルゴーさんによる紹介は歯切れ悪く休止する。
まだ紹介されていないメンバーかおは、あと半分以上いるのだけれど――

 

「――以上が本日お招きに応じた、生きてるリゴスィミ団員――だよ」

「…………ぇ?」

 

 全4名いじょうが、新代の招待に応じ、その公演を見るために遠路はるばる賢者の島にまで足を運んでくれた、
ファンタピアを最も盛り上げた生者せんだいたち――…と、気だるげに言うのは、背もたれに肘をついているプレヴェールさん。
しかし……わかりやすく、最も重要な役職の方が、未だ紹介されていないのだけれど――………ぇ、生きていない・・・・・・、の???

 

「ぁああイヤイヤイヤ!ウチの団長っ、ちゃんと生きてるからね!?
死ぬ予定どころかっ、体調崩す気配すらない――…んだけどぉ………」

「…劇場を無人・・にするわけにはいかないって、律儀に留守番してくれてるんだよね〜」

「…………なる、ほど…?」

 

 驚愕まさかの事態は否定された――後継リゴスィミ劇団の長たる団長はご存命かつ、健康そのものだという。
…だけれど、劇場の仕様・・上、止む負えないことなのか、今回の公演は参加を見送り――
――団長さんは一人、本拠地である劇場に残って留守番をしている――と、事情を説明してくれたのは、
副団長のヴィルゴーさん――ではなく、楽団長のプレヴェールさんだった。

 ゴーストという不安定な存在を団員として抱える劇団げきじょうだけに、それ相応の対策、そして人員を割く必要があるんだろう――
…とは思うのだけれど、…どうにも、プレヴェールさんの口調からいって、それ以外の要因があるように思える――…のだけれど、
かといってそれをこの場面で後人わたしが根掘り葉掘り聞き出すのは、目上せんだつに対して失礼に当たるだろう。
 

 何らかの理由があって、リゴスィミ劇団の団長――前ファンタピア団長が、新代の公演しょうたいを蹴ったのなら――…正直、その理由は物凄く気になる。
…そしてそれが、新代に対するマイナスによる拒絶モノであったなら――なおのこと、
……ではあるけれど、それを知るきくのも、それはそれで恐ろしくもあった。

 

「――コッチの都合で悪いんだけど、今日のところは許してもらえる?」

「っ……い、いえっ…こちらが勝手に招待した立場ですから……っ」

「…真面目だねぇ――…俺たち相手に、下手に出る道理ひつようなんてないだろうに――さ?」

「……」

 

 薄ら含みのある笑みを浮かべ、少し首をかしげて私に「必要性」を問うプレヴェールさん。
その問いに含まれているのは試すような色――…のようでいて、その本質は腹を見せる犬の誘い・・にも見える。
服従の威を示しているようで、奇襲の機を伺っているような――…おそらく両方の意図を含めて、これは試しさそい――なのだろう。

 ――ただ、それに乗る理由が、にはないけれど。

 

「…必要があっての行動ことではないですから……」

「ふーん…?」

 

 やんわりと論点をずらした私に対し、プレヴェールさんはどこか愉しげな笑みを浮かべて――スクと、立ち上がる。
そして距離を詰めるようにこちらに向かって歩き出し――

 

「ホントに、真面目だねぇ?レイヴセンパイとは大違ぁ――ぅえー?」

「近づくな、話の腰折るな――センパイ待たせてるんだよっ自重しろッ」

「ぁう゛っ、ちょ、ゼっちゃ…首絞まァ゛…!!」

 

 ――プレヴェールさんのパーカーの襟首を引っ掴み、苦言と共にその行動を止めたのは、不機嫌に顔を歪めたアクリウスさん。
プレヴェールさんの行動が目に余ったやら、アクリウスさんの制止には容赦がないようで、
プレヴェールさんは若干青い顔で自分の首を絞めるパーカーに手をかけ、なんとか紡ぎ出した言葉でもアクリウスさんを制止する――
――が、「だからなんだ」といった様子でアクリウスさんは不機嫌そうにプレヴェールさんを睨んでいた――のだけれど、

 

「ほらっ、お前も突っ立ってないでそっちのおにーさま方とこ行けってのっ」

「は、はいっ」

 

 急にアクリウスさんの苛立ちの矛先がこちらに向く。
…だけれどそれはある意味で状況転換という名の助け舟。
若干強引だけれど、ありがたいそれに乗り、ヴィルゴーさんに促される形で前に立ったのは――

 

こっちケモミミお兄さんは、旧ファンタピアからリゴスィミ、
更に新生ファンタピアの物資の仕入れとチケット販売を請け負ってる――」

「【赤ずきん商会シャプロン・ルージュ】のグレイ・アイザだ。…後ろの二人は部下のラルとアンガスだ」

「ウッス!」

「よろしく〜」

 

 やや小柄なこげ茶髪の男性・ラルさんと、大柄ながら柔らかな印象の白髪の男性・アンガスさんを紹介してくれたのは、
暗い灰色の髪、そして同じ色の狼の耳と尻尾を持つ獣人だろう男性――アイザさん、だった。

 【赤ずきん商会シャプロン・ルージュ】――もといアイザさんが、
先代に引き続いて今代の公演のチケットの販売を請け負ってくれていることは、ジェームズさんから話だけは聞いていた。
だけれどその辺りのことはアイザさんたちに任せて「心配ない」というジェームズさんたちの言葉甘えうのみにして、
情報交換どころか挨拶さえしていない始末で……。

 ――しかし、今ここでその埋め合わせをするわけにはいかず、とりあえず「よろしくお願いします」と言って頭を下げた――ら、

 

「はい。次は――………ぅん?んん??…アレ?パーさんって………なに屋さん??」

「…ぁーなにではないんだが――王族兼投資家兼篤志家、かな」

「………おぅ…ぞく…」

「そ!こちらソロウ王国の王子様――旧ファンタピアでは看板パフォーマーだった、パーシヴァル殿下であらせられまーす!」

「ははは…王子と言っても、王位継承権の無い気楽な立場なんだがね」

「………はぁ…」

 

 ヴィルゴーさんから「なに」と聞かれ、それに答えたのは、
煙のようにうねるクラウドの長髪に褐色肌――よりも、肩に乗せた確実に1m以上はあるだろう炎を纏うオオトカゲ――
――世に言うところのサラマンダー……だから…精霊?なのかな??とにかくインパクト抜群の使い魔?を連れた男性・パーシヴァル殿下。

 …私がイメージしていたよりもだいぶ大きなサラマンダーを連れ、
投資家で篤志家で、一国の王子――だが、王位継承権は有していない――と、だいーぶ特殊な要素が多いパーシヴァル殿下。
…最後の情報ようそに関しては、「ははは」と朗らかに笑いながら開示するいうことではないと思うのだけれど――
…だからといって私が指摘していいことでもないだろう。…間違いなく、お世継ぎ的デリケート問題ハナシだろうか――ぁおう?

 

「ぉ、おお、お、ぉお〜〜うーー??」

「ぁあ、大丈夫大丈夫。シヴァの炎は物理的なモノじゃないからな」

 

 王族だけれど国の中枢に至ることはないらしい王子様――という、ややこしいとくしゅな立場にあるパーシヴァル殿下。
兄さんオーナーの友人で、元ファンタピア団員とはいえ、どう対応するのが適当か――と、頭を回すその刹那、
のそと眼前にやってきたと思ったら、私の肩というか首というかにスルリと巻き付いたのは、1mどころか全長2mはあろうかサラマンダー――
…だけれど不思議なことに、その身にまとう炎に熱はほぼなく、またその巨体に見合った重量感もなくて。
物理のモノではない――というパーシヴァル殿下の言葉に好奇心をくすぐられ、衝動に任せてサラマンダー・シヴァに手を伸ばしてみる――と、

 

「ぉお…おー…?……触れる、のに……感触が、…フワフワ??」

「あー…やっぱり妹ちゃん、精霊使いの才能てきせいアリだねぇ…」

 

 言葉ではなんとも表現の難しいサラマンダーの感触に、思わず語彙力の乏しい所感おもったままを口にする――
――と、苦笑いを浮かべながら私の所感それに対する所感を口にしたのはヴィルゴーさん。
…さて、ヴィルゴーさんの苦笑いが意味するところとはなんなのか――は、気にならなくはないけれど、
現状そこを問うわけにはいかず、とりあえず次点に気になった「適性」について尋ねてみる。
するとそれに答えてくれたのはヴィルゴーさん――ではなく、精霊使いシヴァのあるじであるパーシヴァル殿下だった。

 

「適性のない者はまず精霊に触れることを許されず、仮に許されたとしても――その感触は実体・・に準じる」

「………実体?」

「ああ。シヴァの場合は『大きなトカゲ』…普通の人間は、その重さと鱗の手触りを感じるはずなんだが――そうじゃないだろう?」

 

 …なぜか苦笑いして「そうじゃない」と確かめてくるパーシヴァル殿下――に、思わず事の真偽を確かめるように、
自分の肩に陣取るシヴァに視線を向けると、私の視線を受けたシヴァはどこか嬉しそうに目を細めた――と思うと、
ズイと頭を持ち上げ、持ち上げた頭を私の頬に軽くすり付けてくる。
そうして頬に感じる感触は、爬虫類のそれではない――が、適当に言い表せる言葉が見つからない、やはり何とも不思議な感触だった。

 

「――ハハハ。やっぱり今日の一番の注目株は彼女だな」

 

 不意に笑い声を漏らしたのは、部屋の奥――
――ロレンスさんが座っている方とは逆の位置にある観戦席に座っているヒヤシンスネイビーの男性。
注目株――その単語をきっかけに、欠けた情報が修復される。
そうだった。この人が纏っている軍服せいふくは――

 

「…オリナ兄ぃ?そんなこと言うと、どっかの紅い師団長が真っ赤になってすっ飛んでくるよー?」

「ぁぁー…それは困るなぁー…すまんがみんな、コレはオフレコで頼むぞ」

 

 プレヴェールさんの指摘に、たははと笑って頭をかくネイビーの男性。
…その姿を見る限り、なんとも人の好さそうな、人畜無害そうな人物に見える――…が、兄さんと同じ“あの”コートを羽織ることができる、
藍の師団所属の灰魔師団の団員・・である時点で、腹の底には何かしらのアク・・を抱える――有能な人物なのだろう。

 ……ただ、その隣で静かに控えている短いサンドブラウンの髪の男性が、アクの半分以上を担っている――…気も、しないでもないけれど。

 

「ぇーと、最後にご紹介するのは――」

灰色の魔法士団グレーホライズンナイツで藍の師団を預かっている――オリナ・アネルヴァスだ。
で、こっちは副官のデーモス。――君のことは、ヴォルスから色々と聞いているよ」

 

 (たぶん)悪意のない笑みを浮かべて「色々」を「聞いている」と言うのは、
師団のおおきな括りでヴォルスさんの上司に当たる人物――もとい、藍の師団長アネルヴァス
…兄さんと同位どうりょうというだけで身構えるものがあるというのに、
ヴォルスさんの上司でもあると言われては――…苦い不安くるしいひょうじょうしか出てこなかった。

 シャンデリアの件とか、謝罪に付き合ってもらったコトとか、その辺りのことは、謝れば済む程度のコト――
…だけれど今回の問題コトについては謝って済む話ではないだろう。
悪いことをしたわけではないし、一応の理屈は通っていた――とはいえ、
個人の一存で巨大組織の技術者――知識チカラを動かしたという事実は、事実なのだから。

 

「ぁあ、責めているわけじゃないんだ。そもそも今回の件に関しては、俺に権限なんてないからな」

「……………ぇ?」

「ハハ、確かにヴォルスは灰魔ウチの所属だが、権限たちば的にはそれ以外のモノがあってね――
――まぁそれはそれとして、ヴォルスが納得したことなら俺もとやかく言わないさ――……個人的には…な?」

「………」

「――とはいえ今回のことは君が気に病む必要はないよ。向こう・・・も、十分に納得した上で賛同してくれたそうだからな」

 

 苦笑いしながらも「気にするな」とフォローことばをかけてくれるアネルヴァス師団長にお礼を言い――つつ、心の中で思う。
それ・・は、兄さん個人に限った話じゃないのか――と。

 …しかしコレは、ある種の好奇心だけで突っ込んでいい案件わだいではないだけに、
心の底から浮上した疑問はとりあえず胸の奥に押し込む――…が、やはりこの件についてはきちんと兄さんから話を聞く必要がある。
…なんというか…こう………私の御麟・・の名センサーにチリチリと障るモノがあるんだよなぁ――…………とはいえ今の私は「リュグズュール」だからなーぁ………。

 

「(……更に言えばお獅子の一派だし――…真正面からと相対すのはヤバいよねぇ……)」

 

 脳裏にペカーっと浮かぶ、忘れたくとも忘れられない存在のトレードマーク“えがお”に――強烈な悪寒が背筋を奔る。

 …間違いなく、アレよりヤバイはずはない――
――のは確かだけれど、ドラゴン名乗かたるならば、その底に孕む傲慢ヤバさはおそらくアレと同じモノ
…舵取りを間違えれば、だれより金獅子なにより性質の悪い支配者きょうしゃ傲慢せいしつだけに――…

 

「(…かといって…何事もなく終わっても――…困るんだよなぁー………)」

 

■あとがき